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第七話

 冒険者ギルドから、馬車を使ってきたリルの持つアパートの玄関口。

 そこで、コロは建物を見上げて惚けていた。


「うわぁ……こ、ここはお城ですか!?」

「は? お城?」


 コロの不可解な感想にリルは首をかしげる。

 ここは国王のおひざ元の王都だ。本物の王城ならばここからですら見える白亜の宮殿がある。

 リルにとってみれば、自分がいま住んでいるのは貧相な物件だという認識なのだ。


「王城はあちらですのよ? なにをどうすれば間違えるんですの?」

「いえ、それくらいはさすがにわかるんですけど、でもここもすっごくすっごいなって!」


 もとは広大な敷地を誇る侯爵家の本家に住んでいたリルにとって、いま住んでいる場所は立地も建物の大したものではない。

 だが田舎の山奥から出てきたコロにとっては、堀に囲まれた庭付き三階建ての時点でもはやお屋敷のようなものだった。塀に囲まれ「コ」の字の形で建てられたこのアパートは、コロにとっては物語に出てくるようなお城のようにすら見えた。

 リルとしても粗末とはいえ自分の持ち物だ。つたない語彙でとはいえ、率直に褒められてうれしくならないはずもない。


「ふふんっ。まあわたくしならば、この程度の物件を持っていることなだ当たり前ですわ」

「世界に輝くリルドール様ですもんね!」

「そうですわ。さあ、おはいりなさい!」

「はい!」


 素直に頷くコロに気を良くして、部屋まで通す。

 とりあえず、なにかつまむものでも用意してから湯あみの準備でも、と思ったのだが、いつもは呼べばすぐ来るメイドはなぜかどこにもいなかった。


「まったく。あれは主人を置いてどこへ……」


 呆れ顔のリルだったが、机の上に置手紙があるのに気が付いた。

 メイドの筆跡である。買い物か何かで外出しており、その伝言かと思って目を通す。そして文面を読む途中でその内容に放心してしまった


「わあっ。中もおしゃれ……リルドール様?」

「……なんでもありませんわ」


 呼びかけてきたコロに、リルは何とか返事をする。


『お嬢様がアパートの管理ができない上、先月分の給金すらいただけないのは困るので、解決のめどが立つまで留守にします』


 置手紙には簡潔にそう書かれていた。

 読み終えた手紙を、机に戻す。握りつぶしてゴミ箱に叩き入れなかったのは、コロの目があったからだ。そうでなくては、これを読んだ瞬間に逆上して引きちぎっていただろう。

 留守にするという言葉を額面通りに受け取るほどに、リルはおめでたくはなかった。辞表すら受け取っていないが、簡単に言えばもう二度と顔を出さないということだろう。

 リルは、ぎりりと歯を食いしばる。


「辞めたければ、辞めればいいのです……」

「はい?」


 リルの独り言を拾ったコロが不思議そうな顔をする。だがリルにはそれを構う余裕はなかった。

 くだらない。

 リルは、心の中で吐き捨てた。


「わたくしを、誰と心得ていますの……」


 ぽつり、と口癖のようになった強がりがリルの口をついてでる。

 だって、そうだろう。


「わたくしはっ……」


 自分が、このリルドールがこのまま落ちぶれるはずがない。絶対にこれから自分は成り上がっていくのだ。

 だから、こんなアパートの管理などが自分の使命では、ないのだ。

 あのメイドだってあのまま仕えていれば、いつかは成り上がった自分の筆頭侍女としての道があったというのに、バカなことをした。

 いったん落ちぶれたのは認めよう。だが、すぐに自分は成り上がるのだ。今日の迷宮だって、大過なくやり通したではないか。きっとこのまま順調に迷宮を踏破し、レベルを上げ、この国の英雄として迎えられるのだ。

 だというのに、どうして誰もかれも理解できないのだろう。なんで認めてくれないのだろう。

 なぜ、どうしてと浮かび上がってくる疑問の答えを出すことは、リルにとっては簡単だった。

 周りが愚かなのだ。

 自分が悪いのではない。自分の素晴らしさを理解できない周りがすべて悪い。あのメイドも現状しか見ない先見性のない女だった。周りにいたどいつもこいつも、リルの将来性に気が付けない節穴だった。それだけのことだ。


「わたくしは、世界に輝くリルドールですのよっ……!」


 自分に言い聞かせるようになっているのには気が付かず、あるいは縋り付くようになっている言葉の響きに気が付いても気が付かなかったふりをしたリルは、心配そうに様子をうかがっていたコロに声をかける。


「コロネル」

「はい、どうしたんですか」

「もう、お帰りなさい」

「え?」

「ちょっとした事情で、侍女がいませんの。仮にも客人であるあなたにもてなしができませんわ。だから、お帰りなさい」


 戸惑うコロに、再度帰宅を促す。

 思い出したのは、アーカイブ家を追放された直後のことだった。

 ライラにやり込められ、王子に婚約を破棄された。その醜聞を聞きつけリルが落ち目となったと見るや、冷ややかになっていった友人だったと思っていた者たち。実家に戻って釈明するリルに凍えるような瞳を向けた父親。王子との婚約破棄を聞いてヒステリックに泣き喚いた母親。そうして追い出されるリルをバカにするように嘲笑った兄弟。

 蜘蛛の子を散らすように、リルの交流関係が散っていった。友人、取り巻き、親兄弟。結果、何一つとして残らなかった。そうして仕事として雇っていた侍女ですら、いなくなった。

 それはすべて、ライラに追い落とされてからのことだ。

 そしてそれ以前に、リルは知っていた。

 失望されるということの恐ろしさを。


「わたくしは……」


 一人ぼっちになったリルは、ぽつりと呟く。

 いまの自分に、なにがあるのだろう。

 それは、問いかけてはいけない質問だった。

 それを問いかけたら最後、奈落の底まで真っ逆さまに落ちていく問いだった。直視をしたら目がくりぬかれてしまいそうなほど真っ暗な疑問だった。

 必死に、どこまでも必死に己の中にある虚無から目をそらすリルに、声がかけられた。


「あの、リルドール様」


 まだ残っていたのか。そう思ったリルに、コロはおずおずと、それでもはっきりと自分の意見を言う。


「侍女さんとかはいいので、とまっていっちゃ、ダメですか……?」

「え?」


 おそるおそる差し出されたコロの提案に目を見開く。

 自分には、もう何もない。なら、この子は一体何のためにここに残ると言い出したのだろうか。

 ここには、なにもないのだ。もてなす食事の用意も、接待の準備も、風呂を沸かすことすらリル一人ではできやしない。そもそも今日のお風呂や夕食はどうすればいいのか。今更ながらそんな当たり前の疑問がリルの頭に思い浮かんだ。

 立ち尽くすリルをどう思ったのか、コロは慌てて自分の懐をまさぐる。


「あ、宿代ですかっ? そ、それでしたら足りないかもしれませんけど……とりあえず手持ちのこれで!」


 そういってコロがずいっと差し出したのは、ほんの小銭だ。

 千ユグの紙幣が三枚の、計三千ユグ。リルがここで黙って暮らしていれば入ってくる家賃収入の、一世帯分にも満たないようなはした金だ。

 リルは、いままで多くの金品を他人から受け取って来た。貴族の子女として生まれ権威を持つリルが貢物をさしだされて受け取らない道理はなかった。差し出されるものの多寡こそが、自分に対する相手の気持ちであると考えていた。


「こ、こんなお金で立派な部屋に泊めてもらえるわけないのはわかってますけど、ええと、知り合い割引といいますか、一緒に迷宮を潜った割引といいますか……ああ、でもわたし、助けられてばっかりだったしむしろ割り増しされなきゃいけない立場なんじゃ!?」

「……」


 自分の言葉でどんどん混乱していくコロをよそに、リルは差し出された小銭をじっと見つめた。

 たったの、三千ユグ。ぎりぎり、風呂も何もない安宿を探せば一晩だけ個室の素泊まりができるかもしれないというはした金。本当に子供の小遣いでしかない額面だ。

 それを差し出したコロは、照れ笑いをして自分の頬を掻く。


「あ、あはは。なにいってるんでしょうね、わたし。でも、その、とまりたいって気持ちは本当で……あ、いやっ。立派な場所にとまりたいとかじゃなくて、リルドール様と一緒にお泊りできたらうれしいなって!」

「…………」


 昨日までのリルならば、間違いなくバカにしているのかと怒鳴りつけただろう。こんな小汚い小銭を渡すなど侮辱だと、平民の小娘が何を言っていると、そう叫んで地面に叩き落としただろう。リルにとって、自分に渡される金銭の額面は、相手が自分のことをどれだけ重んじてるか測る目安の一つだった。身分とは、相手と自分が釣り合うかどうかの目安だった。

 でも、いま平民の小娘が差し出している小銭は、リルとコロが一緒になって迷宮探索をした今日の稼ぎのすべてだった。


「大丈夫です! 足りない分は、出世払いっていうか、次に迷宮に入った時になんとしてでも稼ぎますから、えっと、そのぅ……リルドール様?」

「……いりませんわ」

「え、でも……」

「いらないといったのです」


 差し出す手を抑えつけたリルは、自分の誇りある縦ロールをかきあげる。


「わたくしを誰と心得ていますの? 貴族の枠を飛び越え、世界を支えるために冒険者になったリルドールですわよ。妹分から小銭を巻き上げる様な真似はしませんわ」


 巻き上げた髪を揺らし、家名ではなく、それがまだ偽りであっても己の誇りを持って堂々と主張する。

 それを聞いて、しょんぼりしていたコロが元気を取り戻した。


「じゃ、じゃあ!」

「ふんっ、泊まりたいなら泊まっておゆきなさい。見返りなど、わたくしは求めませんわ」


 ただの強がり。ただの見栄っ張り。自分を飾るための、きれいなだけの言葉。

 ただ、そんなものでも笑顔は笑顔であり、誇りは誇りだった。


「はい!」


 わずかであったが誇りを取り戻したリルの笑顔に、コロは嬉しそうに笑った。



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【書籍情報ページ】

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