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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
四章

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第六十話


「いやー、今日はすごい収穫だったっすね。まさかあんな失礼な訪問理由から助けてくれるだなんて思っても見なかったっす」

「とてもいい人ですよ、ライラさんは」

「確かに、噂にたがわぬ――あれ?」


 ライラの協力を得られることが決まった帰り道。

 リルの説得は骨が折れそうだから明日に回そうということで話が落ち着いた三人は、大通りの横に入った路地でのある喧騒に目を止めた。


「俺はイアソン! クルック・ルーパー! お前の悪行もここまでだ!」

「うるっせぇ! やるならやってやらぁ!」


 そう騒いでいるのは、十歳前後の少年たちだ。各々、どこからか拾って来たのか手に木の棒をもっている。どうやら有名な物語に合わせた英雄ごっこのようで、イアソン役とクルック・ルーパー役でのごっこ遊びに興じているようだった。


「微笑ましいですね」

「そうっすね。あたしはああいうの、やったことないっすけど」

「女の子がやる遊びでもないしね。まあ、わたしはやってたけど」

「なんとなく分かるっす。カスミンって、絶対ガキ大将だったっすよね」

「え? なんでわかったの?」


 そんな三人の会話の間にも子供たちの遊びは進んでいく。

 最近の子供はライラとトーハでのごっこ遊びも多くなっているが、やはりイアソンは大英雄。彼の伝説は根強い人気を誇っている。子供たちの中で一番体の大きな少年がイアソン役ということで、仲間と一緒にクルック・ルーパーを退治するというのが筋書きのようだ。

 特に子供のごっこ遊びにしやすいのは、クルック・ルーパーという悪役がいるからだろう。ライラとトーハでは英雄の片割れが女だから男の子たちでは遊びにくいし、彼らが相手にしたのは魔物が主だから子供同士ではうまく役割分担ができないというのも理由の一つだ。

 やはり、子供のお遊びならわかりやすい敵役があったほうが盛り上がるものだ。

 イアソン役と思しきリーダー格と、その取り巻きのような子供たちが三人。イアソンはたった一人の英雄だったというのが通説だが、そこはごっご遊び。子供は自分たちに当てはめて柔軟に話を変容させる。

 そうして、悪役の子は一人だった。

 普通の遊びなら均等に人数を振るべきだが、これは悪党退治。ならば、正義の味方の人数を多くするのが常套だ。

 そのまま進めば、四対一ということになるのだろう。一方的な展開になるのは目に見えているが、あれはあくまで見知らぬ子供のじゃれ合いの範疇だ。悪役を割り振られた少年は不服そうながら負けん気が強いようで、一矢報いてやるとばかりに抵抗している。

 いじめだとか袋叩きだとか、そういうことでもなさそうだ。大人が介入するほどでもないな、と三人が通り過ぎようとしたその時だった。


「はーっはっは! 坊主ども! この俺を差し置いて悪党退治とは見逃せねえな!」


 ヒィーコたちも知っている四十を過ぎたおっさんが、子供のごっこ遊びに割って入った。

 いきなり入ってきたおっさんを前に、イアソン役の少年たちはぽかんと呆けている。もちろん悪役を割り振られた少年もだ。

 そしてヒィーコたちは、知り合いのまさかの蛮行に目をむいて驚愕していた。


「そいつは偽物だぜっ、英雄気取りども! 誰かを倒して名を上げたいっていうんなら、楽しちゃなんねえぞっ。偽証なんて最低だぜ? 苦労して打ち勝つことこそに価値があるんだ!」


 そんな空気など知ったことかと、乱入したおっさんは大きく腕を広げて子供五人の前に立つ。大音声で見栄を切る見知らぬおっさんに、はじめはなんだこいつと思っていた子供たちはうろたえ怯え始めた。

 なにせクルクルは、大柄で顔つきも悪い。子供からすれば恐怖の対象でしかない。そんなおっさんが自分たちの前に立ちふさがったのだ。普通に怖い。


「さあさあ、かかってきやがれ! 俺を倒せば、お前らはあっという間に英雄になれるぜ。それがどうした? そうして後ずさって……勇気がねえのかっ。お前らは正義の味方じゃねえのか! 英雄なんだろう? イアソンを自称するなら、俺みたいな悪党なんて倒して見せろよ! そうだぜっ、俺こそが人類のがいあ――」

「うおおおおおなにやってんすかこのおっさんは!」

「――うお!? なんだ!?」

「なんだじゃないわよ、この変質者!」


 おっさんの口上なんぞ知ったことかと、悲鳴にも似た雄たけびをあげて飛びかかっていったヒィーコに続いて、カスミも魔法を発動。蛇腹剣を錬金し、遠慮なくクルクルへと襲い掛かる。


「前々から変なおっさんとは思ってたけど、まさか子供を脅かすような犯罪者に落ちぶれるとは思わなかったわ! 最低よ!」

「そうっすよ! 初対面から人さらいか何かだとは思ってったっすけど、コロっちの知り合いと思って甘く見てたのが間違いだったっす! 『栄光の道グローリア・ロード』から追い出されて金がなくなったら早速犯罪に走るだなんて……今ここで成敗してやるっすよ、この犯罪者!」

「はっはっは! なんかよくわからねえが、ひどい言われようだなおい!」


 カスミとヒィーコの二人でよってたかってクルクルを非難し打ち掛かる。クルクルはそれを、神がかった体捌きで交わしていなしている。

 その間にセレナは子供たちを避難させる。


「さ、みなさん。そろそろおうちに帰りなさい。あの不審者は私たちが成敗しておきます」


 やさしいお姉さんの誘導に、遊びに乱入された少年たちは怯えながらも帰路に就く。時間も夕刻。子供の遊びの解散にはいい時間だ。

 それに不服そうにしているのは、一人のおっさんだけだ。


「……ちっ。なんだよ」


 子供の遊びに乱入したおっさんは、つまらなさそうに唇を尖らせる。いくらなんでも大人げがなさすぎると、ヒィーコとカスミはさらに攻撃の手を強くする。

 それを平然と交わしたクルクルは、ふと、ある一点に視線を止める。

 セレナに促された少年たちの中で、一人だけ逃げなかった子供がいた。

 悪役のクルック・ルーパー役を振られた少年だ。彼だけはセレナの誘導に従わず、木の棒をもってクルクルをにらみつけている。


「はっ」


 嬉しそうに笑ったクルクルが、一転攻勢に出る。

 今まで攻撃をかわしていなすだけだったところから、反転。近距離で槍を振るうヒィーコの虚を突いて脇を通り抜け、中距離から蛇腹剣を振るっていたカスミに詰め寄る。


「――っ」


 あっさり横を抜かれたヒィーコは焦燥。それでも、考えようによってはカスミとヒィーコでクルクルを挟み撃ちにした状況になったともいえる。

 カスミと視線を合わせての一瞬での打ち合わせ。二人で息を合わせ、背を見せたクルクルにチャンスと槍を突き出した。

 だがそれは誘導された一撃だった。


「青いな、嬢ちゃん」


 背中に目でもついているのか。ヒィーコが突きを放ったのと同時に、クルクルが後ろに下がる。


「げ」


 してやられと気が付いたがもう遅い。背中を狙った一撃は、クルクルの脇を通ってかわされる。のみならずヒィーコが自分で詰めた分と合わせて、槍の間合いが潰される。

 突きの姿勢の終着点。ヒィーコの体が伸びきった瞬間に、クルクルの背中がヒィーコに衝突。


「ほらよ」


 適当な掛け声と一緒に、ものの見事に一本背負いで宙に飛ばされる。


「わっ」

「きゃっ」


 投げ飛ばされたヒィーコは抵抗もできずにカスミとぶつかり合ってもつれあう。

 絡まったヒィーコとカスミ見て、ぱちぱちとセレナが拍手。


「相変わらず、見かけによらず繊細な技です」

「ぐぬぬ……やっぱりクソみたいに強いっす」

「なによあの人、こんなに強かったの……」


 三人の言葉を聞き流したクルクルは、そうして一人になった少年を前に立ちふさがる。少年も、一歩も引かない。決意を込めた目で、突然現れた悪の親玉を睨み付けている。



「そりゃそうだよな。女に守られちゃぁ、格好がつかねえのが男の子ってもんだよな」


 心底嬉しそうにクルクルは言う。

 そんなおっさんを、少年は睨み付ける。後ろの女性陣は自分が守るんだと言わんばかりに、あからさまな悪役に立ち向かう。


「や、やばいっす……! いたいけな少年が、あのおっさんに襲われるっす!」

「ちょっとヒィーコちゃん、上からどいて! 早く助けないと!」

「頑張ってください、少年」


 投げ飛ばされて折り重なっている二人はともかく、さすがにセレナはここで前に出るほど大人気なくもなければ空気が読めないわけでもない。茶番ではあるが、少年にとっては大一番の舞台を静かに見守り応援する。


「さあっ、きやがれ!」

「ていやぁ!」

「残念、それじゃぁ倒されてやれねえな」


 精いっぱいの気迫と勇気で木の棒をもって打ち掛かってきた少年に、ぱこん、とクルクルのチョップが少年に振り下ろされる。

 あっさりとついた決着。クルクルはチョップを振り下ろした手でそのままくしゃくしゃと少年の頭をなでる。


「はっはっは! 勇気があろうが俺を負かせないようじゃ、英雄は遠いな。鍛えなおして強くなれよ、坊主」


 悔しそうな少年に満足したような笑い声をあげたクルクルは、その背中を押して送り出す。それでごっこ遊びはお終いとなった。


「……で、なんでおっさんは今の子供たちの遊びに飛び込んだんすか?」


 なんかいい話のようにまとめられたが、クルクルの奇行がどうしても納得できない。その光景を見ていたヒィーコは、半眼になっていた。


「ん? ああ、ちょっと昔を思い出してなぁ」


 過去を懐かしむように目元を和ませる。


「俺も子供の頃は、ごっこ遊びでよく一人っきりで悪役をやってよぉ。あれを見たら、つい思い出して乱入しちまったんだよ」

「ついで乱入するような理由にならないんすけど……その悪人面は昔からだったんすね」

「ああ、そうなんだよなぁ。正義の味方面した奴らが気に入らなくて、そのたびに全員ぶちのめしてたんだよ」

「あなたがいじめてたんじゃないの、それ……。悪役というか、悪ガキというか、ただの悪党よね、それ」

「はっはっは! どうだったかね。そんな昔の細かいことは忘れちまったよ」


 ヒィーコとカスミのツッコミを豪快に笑い飛ばす。

 クルクルは見てのとおり少年時代からいじめなんかとは無縁だったようだ。


「おっさんの思い出話はどうでもいいんすけど……あそこは負けてやる場面じゃないんすか?」

「バカ言うなよ、ヒィーコの嬢ちゃん」


 呆れ顔のヒィーコに、クルクルは唇を吊り上げる。


「男の子には意地ってもんがあるんだ。俺はもう、誰にだって負けてやれねえのさ」

「うわ、おっさんが自分のこと男の子とか言ってるわ……」

「おっさんが言うとドン引きですね」

「自分の年齢考えてほしいっすよ、おっさん」

「はっはっは! 女の子は厳しいねぇ!」


 そこはおっさんだからか、暴言を吐かれてもさして傷ついた様子もない。クルクルは女性陣の非難を笑って受け流した。


「それで、嬢ちゃんたちはそろって何の帰りなんだ? コロ坊の件でなんか進展があったのかよ」

「悪党なおっさんに言えることはなんにもないっすよーだ」


 ヒィーコは今回もあっさり負けたいらだちも込めて、冷たくあしらう。そもそもクランバトルの件は部外者に漏らすようなことでもなかった。

 そんなヒィーコの子供じみた態度に腹を立てるでもなし。クルクルはなるほどと一つ頷いた。


「そうかそうか。ま、相手は『栄光のグローリア・ロード』。王都の名だたるクランだ。誰に協力を求めるのも勝手だが、忘れるなよ。最後に信頼できるのは、あくまで自分たちだけぜ? 相手がどんな良さそう人間だろうと、聖人君子と呼ばれようと、昔の親友でも、例え世に名だたる英雄だったとしても! ……相手の欲しいものを見極めてからでも、力を借りるのは遅くねえぞ?」


 どこまで事情を知っているのか。

 そんな忠告だけ言い残して、彼はまたどこかの酒場に向かっていった。


「どういうこと? ライラさんに会って話したの、さっきの今よ」

「……ほんと、何者なんすかね」

「どうして知った口なのか……敵とは言えませんけど、少なくとも味方でもありません。気を付けておくべきでしょう」


 いまだ知れない正体に、三人はそれぞれに感想を漏らすしかできなかった。

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【書籍情報ページ】

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――作者の他作品――
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