第五十八話
「絶対におかしい」
コロに他人扱いされた後。直後の衝撃が抜けたヒィーコとカスミは一周回って冷静になっていた。
コロと顔を合わせたあの時、本当に最悪の最悪の場合だったならば、ヒィーコはコロに申し訳なさそうな顔をされなければならない。勝手にパーティーを抜けたという罪悪感がなければおかしいのだ。それこそがヒィーコ達にとっての最悪。つまりはコロが自分自身の意思でパーティーを抜けたという、考えたくもなかったもしもだ。
だがそれすらなかった。
ヒィーコ達とは面識がないと言い、違う名前を名乗った。それを、安い切り抜け方をされた、と思うほどヒィーコは安易ではない。
「どう考えてもコロネルちゃん、おかしかったわ」
「話しに聞いただけですが、確かに変ですね」
席にはヒィーコとカスミ、そしてセレナが座っている。
ヒィーコ達はセレナの力も借りてここ数日で『栄光の道』に入った後のコロのことを調べてみたのだ。
「クランに入った日は、やっぱりコロっちが勧誘された日と同じっす。ただ、本名が違って髪形も縦ロールからただのポニーテールへ。聞いた話だと微妙に戦闘スタイルも違うっすね」
「戦闘スタイルが違うのはともかく、魔法すら違うってどういうことよ。ああ、くっそう、そもそも、縦ロールじゃないとコロネルちゃんの魔法発動できないんだから、そこの時点でおかしいと気が付くべきだったわっ」
「というか、魔法が違うからこそ戦い方も変容しているとみるのが妥当です」
悔し気に声を荒げるカスミに、そこじゃないとセレナが補足する。
南の迷宮ギルドでも、コロの快進撃は噂になっているらしく情報は比較的簡単に入手できた。だが集めれば集めるほどに不可解な事実ばかりが掘り当たるのだ。
その最大がコロの魔法だ。コロの特徴的な魔法、縦ロールに火をともして加速の助けとする強力な魔法。それが、ただ炎を操る少女ということだと周知されていた。
魔法とは、想いの結晶だ。やすやすと別物になってしまうような気持ちはそもそも魔法になりえない。それだけに、同じ炎使いとはいえ魔法の変容とは見逃せない異常事態なのだ。
「本名の件は南のギルドと照会しましたが……やはり、名前は『コロナ』で間違いないようです」
セレナはヒィーコとカスミの二人とはまた違う、ギルド側の立場で得た情報を提示する。
「前の担当ということで世間話程度に聞いてみた話だから漏らしますが、向こうの迷宮で潜った初日から『コロナ』という名前だったと。彼女の評判自体はすこぶるいいですね。礼儀正しく明るく良識もある少女だと」
「良識はともかく、性格は前のコロっちとあんまり変わってないみたいっすね。聞きたいんすけど、本名が変わることってあるんすか?」
「貴族ならば婚姻で姓名が変わることもあります」
「コロっちは貴族じゃないっすし、今回の場合は名前そのものが変化してるんすよ?」
「そうですね。このパターンはさすがに……私が知らないだけかもしれませんが、聞いたことがありません」
やはりにコロの身に何かが起きている。しかも本来ならば絶対におきようもないほどおかしい変化だ。
まずは簡単に思い当たる原因を潰していくために、カスミは意見を上げていく。
「ないとは思うからただの仮定でいうけど……あのコロナさんがコロネルちゃんの双子の姉妹とか、ただのそっくりさんとか、そういう線はないわよね」
「コロっちの出生が謎なんで確実にゼロって言える根拠はないっすけど、クランに入った日にちを見る限り、コロっち本人と考えるしかないっす」
そもそもあれがコロの生き別れの姉妹かなにかだったとして、ならばコロ本人はどこに行ったという話になってくる。
そうなればまた別の問題だし、状況を考えれば考慮する必要もないほど低い可能性だ。コロネルが勧誘された次の日に、コロナという少女は南のギルドに『栄光の道』のメンバーとして訪れている。コロが『栄光の道』に入ったというのはクルクルも認めていた。あれがたまたま偶然同時期にはいって、またまた偶然コロネルと同じぐらいの実力、レベルを持った双子の妹か姉だったなどありえるわけがない。
「そうなると、あれはやっぱりコロネルちゃんと考えて間違いないわよね」
「そうっすね。となると確認したいのは……そもそもギルドカードの名前の登録システムってどうなってるんすか?」
「ギルドカードのシステムの原理は冒険者ギルドでも解明できていないので謎ですが……名前については本人の認識による、というのが通説です」
「なるほど」
セレナにしても今回のことは不可解だ。ギルド職員の規約に反しない範囲で情報を提供するのに否はない。出し惜しみせず、話せるところは話していく。
つまりギルドカードに『コロナ』と表記されていた以上は、あのコロは間違いなく自分のことを『コロナ』だと認識しているのだ。
それを聞いて、ヒィーコは歯をむいて唸りあげる。
「原因は『栄光の道』しかないっすね……!」
コロが勧誘された日を境に、コロの意識をそこまで捻じ曲げる何かがあった。確たることこそ不明なものの、それが分かっただけでも情報を持ちあったこの話し合いには収穫がある。
「このことは、リルドールさんにも相談した方が――」
「ダメっす」
「そうね駄目だわ」
セレナの提案に、ヒィーコとカスミは論ずるまでもないと却下した。
二人の即座の否定に、セレナは眉根を寄せる。
「なぜですか? 最近ギルドに顔こそ出していませんが、リルドールさんはパーティーリーダーですよ。相談しない意味が分かりません」
「だからダメっすよ。あの腐れワカメは、現段階じゃなにも役に立たないっす。それどころ外に無理に引っ張ってうっかりコロっちと顔を合わせて『誰ですか』なんて言われようものならショック死しかねないっす」
「腐れ……? あの、なんですか、それ」
「そうでなくとも、コロネルちゃんの髪形を見た時点でネガティブを加速させたのは間違いないわね。逆によかったわ。あの時にひきこもってくれたままで」
「はあ……?」
矢継ぎ早に言う二人に対し、リルの現状を知らないセレナはあいまいに頷くしかなかった。
実際のところ今のリルでは、どんな事情があろうとコロから知らない人扱いされようものならば、今度は布団ではなく自分の縦ロールの中に引きこもりをし始めかねない。コロの不自然さに気が付く前に自分のネガティブ世界に引きこもるか、世界初――というか後にも先にも並行世界にも、史上で唯一、自分の縦ロールで自殺した人間としてその名を大陸史に刻みかねない。
「とにかく、原因を究明するか対策を決めてからっすね、リル姉に相談するのは」
コロが『栄光の道』によっておかしくされているのだという証拠をそろえ、コロをもとに戻せる希望があるとしれればリルも奮起するはずだ。
そうやって目標こそ決まったものの『栄光の道』がコロに対して何をしたのか、三人でもなかなか原因は思い至らない。
「あの時のコロネルちゃんは私たちのことを忘れちゃってたみたいだし、もしかして記憶喪失……?」
「記憶の混乱や欠如などは生死を境とした冒険者なら起こすこともあるでしょうけど、タイミングが良すぎます。恣意的に起こせるとも聞きませんし、本名が変わった理由にもなりませんよ」
「じゃあ……洗脳、とかっすかね」
「さすがに突飛です。薬物を使われたりした形跡があればギルドの受付の時点で異常が見受けられるはずですし、思想的に染め上げるには日数が足りなすぎます」
コロに起こった事態が尋常でない以上、どうしてもありえないような仮定ばかりが出てくる。
「何かの魔法でっていうのは? ほらっ、『栄光の道』のリーダーって、確か糸使いだったじゃないっ。その人がさ、人形を操るみたいに人間も操っちゃうんじゃないの?」
「おお……!」
「クグツさんはあくまで魔法で生み出した自分の糸を操れるわけであって、人を操れるわけじゃありませんよ?」
変に盛り上がる二人に、セレナはややあきれ顔だ。
「でも糸だったら、人形を操るみたいに人を操ることもできるんじゃないっすか!?」
「可能性の話だけをするならいくらでも――ぁ」
小さく呟いた言葉を、ヒィーコは聞き逃さなかった。
「どうしたっすか、セレナさん。なんかいま思いついたっすよね」
「い、いえ」
「どーしたんですか? そもそもセレナさん、さっきから否定ばっかりで何も案を出してくれませんでしたし、何か思い付いたんなら言ってくださいよ」
気まずそうに、顔を反らしたセレナの視線をカスミが追っかける。
じいっと至近距離で顔を覗き込まれたセレナは逃げられないと観念。
「洗脳、というか、他人の記憶に干渉できる魔法の持ち主というだけなら、一人だけ心当たりが……」
「マジっすか!」
「なんで早く話してくれなかったんですか!」
「なんで、というか……まず悪用をするような人ではありませんし……」
「いーや、わかんないっすよぉ。人の心っていうのはどうなってるのか、外からじゃ判断できないんす。どんだけいい人そうに見えようが、その実極悪人かもしれないっすよ!」
「そうですよ! もしかしたら、その人が『栄光の道』と組んでコロネルちゃんをいいようにしたのかもしれないんですよ!?」
「そうっすそうっす! さっさと名前を白状するっす!」
「ついでに、その人を問い詰められるようにセッティングもお願いします!」
コロのことということもあって、ずうずうしくも強気にセレナに迫る。予想通りに食いついてしまった二人に迫られて、セレナは思いついてしまった魔法の使い手の名前をしぶしぶ告げる。
「ら、ライラさん……ライラ・トーハさんです」




