第六話
迷宮で得たものは例外なく冒険者カードに蓄積される。
迷宮の魔物を倒して得る経験値やドロップ品、時折おかれている宝箱に入っているものに至るまで、全てが冒険者カードに収納されるのだ。とても便利なシステムだが、その仕組みがどうなっているのかは開示されていない。
冒険者カードの原材料が迷宮で採取される『宇宙樹の葉』というものだということだけはリルも知っている。そこから何やら加工を施し冒険者カードにすると聞いているが、詳しい製法は不明だ。
冒険の後は冒険者カードを提示して、そこに収められたドロップアイテムなどを抽出して換金する。経験値も換金できるが、非常に便利であり、冒険に必須なこれを金銭に変える人間はあまりいない。レベルを上げることを放棄した冒険者が経験値を売りさばくことを生業としているくらいだ。
リルとコロの今日の獲物は、本当に些細なものだ。
二人で六時間ほど潜って倒したのが、五十匹程度。
実際のところ、討伐数はコロのほうがはるかに多い。七対三の割合である。経験値はすべて蓄積し、コロはレベルをいくつか上げた。そしてドロップ品のみを換金させて手元に入ったのは、たったの三千ユグ。子供のお駄賃みたいなものだ。
「ええっと、これを山分けするんですよね。半分半分でいいですか?」
「いりませんわ」
「え?」
コロの提案をリルは一蹴した。
討伐数に限らず、パーティーの頭数で報酬を等分に割るのは冒険者としては基本中の基本だ。もめ事を起こさないための鉄則と言ってもいい。完全な初心者のコロでも、それは知っていた。
だが、リルにとってみればそんなはした金に固執する理由はなかった。
落ちぶれたとは元高位貴族。現在だって 仮にもアパートの大家である。
一室当たり、ひと月の貸し賃が十万ユグほどの部屋が三十以上あるアパートの管理人だ。維持管理費を引いても生活するには十分な金額が毎月手に入るリルにとって、三千ユグ程度の金額に執着する理由はない。リルはそもそも、レベルを上げ功績を積み上げるために冒険者になったのだ。
「わたくし、別に金銭を求めているわけではありませんもの。いりませんわ、こんなはした金」
「えっと、そうですか……」
そういわれて、コロは手を引っ込める。報酬を独り占めにしていいのだろうか、という気持ちもあったが、同時にコロにとっては助かるのも事実だ。
リルとは違い、コロは食い詰めて冒険者になった背景がある。だからこそ、稼ぐことには必死にならざるを得ない。
なにせ彼女は、今日冒険者になるために差し出した五千ユグが、ほぼ全財産だったのだ。
「今日は帰りますわよ。思った以上に簡単でしたわね」
「は、はい。それじゃあ、わたしも宿を探してきます。今日は、ありがとうございました!」
そういって、コロは深々と頭を下げる。三千ユグで泊まれる宿があるか、それとも食事代だけに当てて残りを明日に持ち越し、町中で野宿をしたほうが早いか。そんなことを考える。
「……」
リルは、そんなコロの礼に大仰に頷いて立ち去ればよかった。リルがコロの討伐を先導していたのはただの気まぐれに過ぎない。当然のように感謝を受けいれ、それで二人の縁はおしまいになるはずだった。
だがリルは、何かに引き留められていた。
もちろんリルはコロの事情を知らない。その境遇を知っても、リルにとっては貧乏人の境遇など関係のないことだと気にもしないだろう。
リルがいま立ち止まっている理由。
それは今日のコロの戦いぶりを見て胸からしみだした黒い感情と無縁ではなかった。
「……あなた、今日はうちにいらっしゃい」
「え?」
リルの提案にきょとんと眼を瞬かせる。コロからしてみれば、目の前の立派な人に自分が招待されるような理由がないからだ。
リル自身、自分の口から出た提案に戸惑っていた。
なぜ、自分はこんな平民などを自宅に招くような言葉を吐いてしまったのか。自分で言い出しておきながら、自分でも理解できなかった。あるいは理解したくなかった。
そんな戸惑う自分の心をごまかすように、理由をつける。
「あなた、あまりにも見苦しいですわ。ほんの一時期とはいえ、わたくしとパーティーを組んだものが小汚いのはわたくしの名誉にもかかわりますの。少し身ぎれいにしてさしあげます。だからうちにいらっしゃい」
「ええ!? わたし、そんなに汚いですか……」
「ええ、とても」
指摘されて情けない表情になるコロに、顔をしかめて頷く。
汚れている、と指摘されればコロとしても気にせざるをえない。戦闘で多少なりとも汗もかいている。魔物の返り血などはすべて塵に代わるから汚れは少ないが、それでも汗はかくし汚れもつく。そもそも、この王都に来る旅路で水浴びをできるような機会もなかったため、あちこち汚れているのは事実なのだ。
三千ユグで泊まれるような宿に風呂がついているかどうか、怪しいところだ。
コロとて女の子だ。安宿か野宿で夜を過ごすよりは、身ぎれいにできるところのほうが助かる。
それに何より、リルに誘われたこと自体がうれしかった。
自分よりレベルが高く、気品があり、物知りで堂々とした華を持つ。コロの視点から見たリルはそういう人物に映っていたため、憧れつつあったのだ。
「じゃ、じゃあ、お願いします!」
「ふふんっ。光栄に思いなさい」
コロは笑顔を弾ませ、リルは尊大に頷く。
そうしてコロとリルは初冒険を終え、冒険者ギルドを後にした