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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
三章

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第五十一話 暗躍

 街は喜びに満ちていた。

 最近、市井を不安がらせていた魔物の暴走。ところによっては街一つ崩壊することもあるという大災害。いくら万全の対処を取っていると公的発表があろうと、五十階層主逆走の発生は王都に住む住人を緊張させるものだった。

 それが被害らしい被害もなく収められたのだ。

 五十階層主の討伐。街に安全が戻ったのを喜ぶ声、また新しい英雄がこの王都から輩出されたと自慢げに語る声もある。誰もが彼もが五十階層主を打ち倒し、魔物の暴走を収めた者達を讃える。

 そんな中、人気がまるでない酒場で一人だけ、倒された怪物のために杯を重ねるひねくれた人物がいた。


「はっはっは。よくやってくれたよ、カニ野郎」


 ろくに手入れもされていない無精髭。蓬髪をいくつみより合わせてつくったドレッドヘアー。そんな特徴を抱えるおっさんは、誰と飲むわけでもなく一人で酒を飲む。


「予想以上の予測以上の成果だぜ……。なあ、聞けよ、王都に響くこの喜びの声を。この歓声、お前さんの逝ったあの世まで届いているか? これはまぎれもなくあんたの功績でもあるんだぜ」


 人類の試練であれ。英雄に倒される怪物であれ。その理念に倒れた一匹のカニを、彼は惜しみなく讃える。


「お前ら以上に人類の敵としてふさわしい奴はいねえさ。俺はさ、お前らのファンなんだよ。そうだよ、奴らはどいつこいつもそうなんだよなぁ。創世からいて、俺なんかよりずっと年寄りのくせして、俺が適当に煽っただけで飛び出して行っちまうほどピュアな野郎どもなんだ……はっは。そんな奴らを利用するだなんて、俺はなんて悪いやつなんだろうなぁ。まったく嫌になるぜ……」


 けらけらと乾いた笑いを潤すためにか、彼は酒をその身に入れる。側からは酔っ払いの意味のない戯言にしか聞こえない文言を並び立て、英雄の踏み台になった先達に感謝を込めて酒を乾かす。

 そんな酒飲みがいる卓に、一人の優男が近づいた。


「やあ、クルクル。ご機嫌かな」

「……んん? おお、クグツじゃねえか。どうした?」


 こんな場末の酒場に似合わない身なりをした男。王都に名だたる『栄光の道グローリア・ロード』の若きクランマスター、クグツ・ホーネット。

 クルクルは、クグツのクランから客分の扱いを受けている。いま飲んでいる酒だって、彼がマスターであるクランからもらった金で出ている。

 もちろん、彼はそれなりの情報を渡している。


「そろそろ君の出番だよ」

「ほう?」


 穏やかに切り出された用件に、クルクルはにやりと笑う。

 クルクルから話を持ち掛け、クグツがここまで保留にしていた話。それが動くということは、とうとう彼も腹をくくったということだ。

 話だけは聞きつつも信じることがなかったそれをいま進めようという理由は何か。考えるまでもなくわかった。


「そうか。あんた、カニ野郎の討伐にいったんだったな。どうだった?」

「ああ、見たよ。君の言うとおり、素晴らしいほどの逸材だったよ。彼女たちは、間違いなくあの女――ライラ・トーハを超える器だ」

「ほう? 俺が言うのもなんだが、ずいぶん高く買ったもんだな。相手は大陸最強と名高い女帝様だぜ?」

「しょせん個人の武名だよ。そもそもトーハは死んだ時に『雷討』の絶頂期は終わっている。九十九層に至ったメンバーで残ったのは、あの女だけだからね」


 穏やかな口調では到底隠せないような隔意を目に宿してクグツは語る。

 百層への扉に至った時に、リーダーのトーハを含む二名が死んだ。生き残った三人のうち一人は祖国に帰り、セレナは若くして冒険者を引退、ギルドの職員になった。

 いまもクランに残っているのはライラ一人。過去の勇名こそ立派だが、そのライラも最近では組織の運営にかかりきというのが実情だ。


「そこで新しい英雄を抱え込めば、あんたら『栄光の道グローリア・ロード』の復権になるってな」

「ああ。ようやく、ようやくだ。ライラとトーハ。あの二人が現れてから堕ちてしまった僕たちの名声が、ようやく正される……!」

「ははっ、いいねえ」


 優男と名高いクグツがむき出しにした感情。濁った想いを見てクルクルは心地良さそうにゲラゲラと笑う。

 もともとが貴族の三男から冒険者になり、格あるクランに入って若くしてリーダーにまでなったクグツは、それだけプライドが高い。それに見合うだけの実力もあり、功績も上げていた。本来、彼は満たされてしかるべきだった。

 だが、もとは王国一のクラン『栄光の道グローリア・ロード』は、彼がクランマスターとなった頃に二番手とされた。

 現代の英雄、ライラとトーハの二人が率いた『雷討』の台頭によって。


「……もちろん、あの女を引きずり落とす必要はあるけどね。そこは大丈夫なんだろうね」

「ああ、当然だ。そもそも俺の知っている知識(ダアト)に『雷討』なんざいなかったはずだからな。ライラとトーハなんていう英雄がいる今がおかしいのさ」


 嫉妬故にねじれてほつれて絡まったクグツの想い。それを最初から知ってこの話を持ち掛けたクルクルは、にたりと笑ってグラス差し出す。


「物事は正しくあるべきだ。新しく始まる『栄光の道グローリア・ロード』に」

「乾杯」


 悪だくみをする汚い大人が二人。きぃんと、ガラスの触れ合う音が鳴った。


「それじゃあ話し通り、コロ坊は任せろよ」

「……リルドール君やヒィーコ君は、無理なのかい?」

「ああん?」


 事前に通した話し以上の要望を出すクグツに、クルクルは怪訝そうに顔をしかめる。


「リルドールの嬢ちゃんは無理だぜ。ヒィーコの嬢ちゃんもな。俺の管轄外だ。断言するが、あんたの手にも負えねえ。欲はかくなよ、クグツ・ホーネット。俺がどうにでもできるのは、コロ坊だけだし、それで十分さ」

「……そうか。やはり惜しいけど、仕方ないか」


 クグツは酒を飲み干し、グラスを置いていく。


「それでは失礼するよ」


 空になったグラス、去っていくその背中を見送って、クルクルはまた新しい酒を注ぐ。


「はっはっは。ぎらついてるね、まったくまったく。百も生きてないような若い奴らの名誉欲ってのは、どうにもこうにも厄介だね。……ま、あれくらいのほうが、こっちとしても気が楽だがな」


 クルクルにとってみれば、栄光なんて踏みにじってしかるべきものだ。それが人様の者ならばなおさら。


「しかし、コロ坊よりリルドールの嬢ちゃんやヒィーコ嬢ちゃんを優先した、か」


 闘うという一点において、コロよりも才覚のある人間などこの世界にいないはずなのに、カニエルとの戦いで何を見たのか。少しだけ気になった。


「…:…まあ、次の時に確かめればいいか」


 そう。大切なのは次だ。リル達がそこを踏み越えれば、ようやく彼の求めるところまで上がってくる。


「カニエルよぉ。お前は立派な敵だった。てめえの言う通り、怪獣以上に人間の敵として素晴らしいものなんざいねえのさ。間違いようもなく、人類の最高の敵は魔物で怪獣であるべきだ」


 強大で、純粋で、倒してあとくされなく、もし倒しきれなければすべてを壊して何もかもをなかったことにしてくれる。そんな悪者が、迷宮を支えるセフィロトシステムの整えてくれた人類の敵だ。

 それに対して、クグツはどうだろう。

 かつては純粋だったはずの想いは薄汚れ、満たされるはずの誇りは嫉妬で歪み、先へと続く道は彼自身の妄執で満ちている。

 なんて小汚いことか。そこには崇高さもなければ高潔さもない。ただただ己の欲望を満たすために、他人を引きずり下ろすことしか考えられなくなった矮小な人間で、それ以上でもそれ以下でもない。

 けれども、それでこそ人間らしくいていいじゃぁないかと彼は思う。

 

「ははっ。だってなぁ、人類の害悪は――やっぱり、人間だろう?」


 クルクルは胸ポケットから自分の冒険者カードを取り出す。

 偽造など不可能な冒険者カード。そこに表記されているレベルが、名前が文字化けをしたようにくるくると移り変わる。

 それが、あるところでぴたりと止まる。


 レベル九十六:クルック・ルーパー。


 誰かが見れば、そのレベルよりも先に、刻まれた名前に恐れおののくだろう。

 それは、知らぬものなどいない名前。幼子が悪さをすれば脅し文句に出てくる悪党の代名詞。歴史に癒えぬ傷跡を刻んだ、最低最悪の人殺し。大英雄イアソンだけが退けることができたといわれる巨悪の名前だ。


「いけねえいけねえ。酔いが回ってやがる」


 かつて至ってドブに捨てた名前とレベル。そんなものを表示してしまった自分の凡ミスに苦笑しながら、また訂正する。

 表示されなおされた文字は、レベル六十八:クルクル。昔にコロと出会った時に十秒で決めたそんな適当な名前だ。

 いまやレベルも名前も、彼にとってはすべてが等しく無意味なものとなっている。

 彼が七十七階層の主であることは、もう少し隠しておかなければならない。暗躍をするために、欺瞞で覆った冒険者カードを胸ポケットに入れなおす。



「人間ってのは怖いもんさ。馬鹿正直で純真無垢な魔物と違って、なにをやらかすかわからねえからなあ」


 そういってゆっくりと酒を飲む彼にも、目指すものがある。そのためにリルたちを鍛え導くような真似もした。そのためにいまクグツの妄執をかなえるために力を貸している。

 五十階層主にあった騎士道精神など彼にはない。正々堂々などくそくらえ。人類の試練を自負した五十階層主とは違う。彼は人類が乗り越えるべき関門ではない。セフィロトシステムに用意された試練の延長線にあるのではない。

 優しく真摯で真っ向勝負の五十階層主。

 高潔な騎士であった彼らとは、根本が違う。

 だって、彼はもともとただの人間だったのだから。


「次から次へと試練は襲うが、これくらいで折れてくれるなよ、嬢ちゃんどもよ。はっはっは……俺はひどいやつだよなぁ。あんな嬢ちゃんたちに、ひどいことを強いるんだからよ」


 いつかの昔、人間であったはずの彼は、この世の底へと向かう九十九の階段を下りきり、そこで至った扉の向こうへと『人類の害悪であること』を契った。

 そうして七十七階層の主となって生まれた唯一の怪人。いわば、この世界にあるはずのないバグの一つ。

 それが三百年前に生まれて消えた大悪党という存在の末路だ。

 そんな彼が、また地上に現れた。名を欺いて、身分を欺き、存在そのものを欺いて暗躍する理由は簡単だ。

 だって、彼は人類の害悪であるのだから。


「でもな、負けるなよ、コロ坊、ヒィーコの嬢ちゃん、リルドールの嬢ちゃん。強くなれ。強くなって武名を轟かせて英雄になれ。そうして世界に名をとどろかせてよぉ」


 凡人を虐殺し強者を屠り英雄を殺して大衆の心をすくませるためなら何度でも、何度だって。


「世界に消えて、世を震わせろ」


 怪人クルック・ルーパーはいまへと蘇る。

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【書籍情報ページ】

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――作者の他作品――
全肯定奴隷少女:1回10分1000リン
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――完結作品――
ヒロインな妹、悪役令嬢な私
シスコン姉妹のご令嬢+婚約者のホームコメディ、時々シリアス【書籍化】
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