第四十九話 ツイン・ロール・エクストリーム
「行くっすよ!」
新たな変身、より強い魔力装甲を纏ったヒィーコが踏み込み、駆ける。
先ほどよりもさらに早く。足場の悪さなどものともせずに。魔力装甲の出力による補助だけではなく、ヒィーコの動きに合わせて鎧に内蔵されたムーブメントが駆動する。回る歯車がヒィーコの動きを補助して増幅する。
「ふんっ!」
生まれ変わったその速さに瞠目しつつ、カニエルが一喝。同時に地面から生えるように青い岩が何本も勢いよく飛び出してくる。
「当たってたまるかってんすよ!」
この闘いで初見の技。しかし先ほど下から跳ね飛ばされたばかりのヒィーコは意地で見切ってくぐり抜ける。
そうして、加速についてこれないカニエルの懐へ。
「一本もらうっすよ!」
懐に入ったヒィーコが、カニエルの足の付け根を狙い、一突き。関節を抉るように突き立て槍を振りぬく。
一本、巨大な脚が地に堕ちる。
「ぬぐぅ……!」
自切ではなく、他人によって切り落とされた痛みは違う。
激痛に呻くも、カニエルは人間ではない。人ならば一本手足がなくなれば致命傷。だがカニならば足の一本が切り落とされようと痛いだけだ。
「なめるなよ!」
足を一本なくそうと、まるで動きを鈍らせないカニエル。憤怒の声と共に、青い巨石を生み出し射出。その自重だけでヒィーコを押し潰せそうな巨大な岩が速度を味方につけて打ち出される。
「なめんなは、こっちのセリフっす!」
ヒィーコはそれを真正面から受け止めた。
「なに!?」
インパクトの余波に、青い砂が同心円状に巻き散らされる。撒き散らされる砂の量を見れば威力がわかる特大の岩石。だがヒィーコは衝撃を殺し、受け止める。
「ん、ぐっ、ぅうううぅうう!」
鎧だけではない。槍もまた、歯車のムーブメントを内蔵し、強度をまして威力を底上げされている。カニエルの魔法を受け、しかし砕けるようなことはない。それを支えるヒィーコ自身も同様。質量差につぶされることもなく対抗し、とうとう弾き飛ばす。
「うっしゃぁ! どんなもんすか!」
「見事! だが俺も終わりではないぞ!」
重い攻撃を耐えきったヒィーコにカニエルは素早く後退。助走距離を取って、加速。その巨体を武器にする。
体そのものを使った突進。要塞がそのまま迫ってくるような悪夢。進路上の全てをひき殺すための技だ。いくらレベルで進化しようと魔法で強化されようと、小さな人間で防ぐのは不可能な質量と速さ。
迫り来る脅威に、ヒィーコは一瞬だけ自分の後ろを見る。
後ろには仲間がいる。リルは体を休め、コロは集中を極限状態に高めるために剣を砂に突き刺し目を閉じて瞑想に近い状態になっている。
二人ともヒィーコの後ろから動く気配はない。闘いのこの最中、ヒィーコの背中こそが最も安全だと信じて疑ってない。
「……あはっ」
笑みがこぼれた。
嬉しい。とてつもなく重く、カニエルの巨体なんかよりずっとずっと固くて重い信頼だ。
それ応えねば、自分という存在がすたる。
かわせない。受け止めるしかない。だから、受け止めるための力を得る。
「変形――」
「槍か? いくら巨大とはいえ、それで俺を――む!?」
雄叫びの途中、ヒィーコは槍を投擲しておしゃべりなカニエルを黙らせる。
手ぶらになると同時に、駆動する鎧がパージする。
誰かを守るべきこの場面、必要なものは鋭さではなくもっと広く広がり包み込むものだ。
想起するのは貫く槍ではない。自分を守ってくれたギガンの大きな掌。カスミが見せてくれた努力の結晶の設計図。
かつて自分を守ってくれた人の想い、落ち込んだ自分を励まそうとしてくれた人の想いを反映させて組み上げて、誰かを守る自分の力へ変える。
「――豪腕ッ!」
自分に重ねた想いを力に、その身にまとっていた装甲の部品が、ヒィーコの首に巻き付きたなびいていた鎖に集まる。
幾多の歯車が組み合わさりバネを当てはめ金属の装甲がそれを覆う。
そうして生まれたのは、かつてギガンが巨大化させていた右手よりもなおも大きい両の腕。カスミの錬金では動かなかった鉄腕は、魔力装甲を集中させる組み直されて駆動する豪腕へと生まれかわる。
それを動かし、ヒィーコは叫ぶ。
「あんたの全部をなぎ倒す体がグーなら、あたしはパーの手のひらで止めてみせるっす!」
想いのこもった手の平で、迫りくるカニエルの巨体を受け止めた。
「絶対、絶対の絶対にあたしの後ろに通してたまるかぁあああああああ!」
のしかかる重量。襲いかかる衝撃。それに負けじと吠えて叫んで前を向く。
守り抜くための掌だ。それがやすやすと負けてたまるか。
バキン、と砕ける音がした。
展開した魔力装甲が砕けた音か。実際、相手は強い。ヒィーコ作りあげた豪腕がカニエルの攻撃できしんでいるのがわかる。その質量、重量はすさまじい。
だが、止める。止めて見せる。
「やるな。侮ったのは謝罪しよう。貴様も俺に対抗しうる勇者である!」
果たしてヒィーコはカニエルの加速を受け止め殺し切った。
だがカニエルも力押しなだけではない。密着させたその状態から素早く次の手を打つ。
「なるほど、じゃんけんの掌か。それならば、俺の鋏、チョキで切り裂いてくれる!」
カニの手と言えば鋏に決まっている。
カニエルは大きく手を広げたヒィーコの魔力装甲をハサミで切り裂こうと挟みこみ
「うっせぇッ、戦いにジャンケンなんて持ち出すんじゃねえっすよクソガニがぁああああああ!」
「うぉお!?」
カニの語る道理など知ったことかと、ヒィーコは平手を押し込みカニエルの鋏を弾いた。
弾き飛ばされたカニエルは憤然と鋏を振り回す。
「なんたる理不尽! じゃんけんはお前が言い出したことではないか!」
「黙るっすよ! 理屈だ道理だベラベラと! 戦いに大切なのは、何よりも勢いと心意気ッ。その二つっすよ!!」
吹き出す汗、上がった息、さっきの追突で消耗しているのは間違いない。それでも勇んだ叫び声とともに、リルは豪腕を駆動。巨大な腕をがっちり組み合わせる。
この姿勢はまぎれもなくリルの必殺技の模倣。だがそこから生まれるのはヒィーコの独自の技だ。
「吹っ飛べぇっ、豪腕砲!」
声高らか技名を叫ぶと同時。回転した拳が放たれる。
まさか拳が飛ぶなど想像できるはずもない。予測不能な攻撃は、避ける間もなく甲羅に直撃。これにはたまらずカニエルの意識が揺らされる。
「ぉ、おおおぅうう?」
ぴよぴよと頭にひよこが飛び回っていそうなカニエル。
時間稼ぎは十二分。攻撃はことごとく防ぎ、カニエルの隙を作りだした。
限界まで絞りきったヒィーコは、がくりと膝を折って、それでも倒れることはない。
「あとは……任せたっすよ」
「はい」
千載一遇のチャンス。コロは閉じていたまぶたを開き、ごうっと縦ロールに炎を宿す。
「行きます」
宣言とともに、赤い縦ロールの炎が爆発する。長時間を使って沈みこんだ、極限の集中状態。世界が緩やかに見える中で、コロは駆け出す。
縦ロールが燃える。一筋の流れ星のようにコロはかける。力を吹き出し、全身を駆動させ、前へ前へ前へと進み、一歩。
震脚。
踏み込んだ力を跳ね上げて、進んだ力をまとめ上げる。駆けた全身のバネ、燃やして噴きあげた縦ロールの炎の勢い。
それを、ただ振り下ろす一撃に。
「ぅぅうう……ぬ!?」
カニエルは不自然な体勢ながら自分の鎧たる甲羅でコロの一撃を受け流そうとし、凍りつく。
ビジョンが見えた。甲羅で受ければ、目玉が飛び出し甲殻が砕け、カニ味噌を撒き散らして悶える自分の未来が。
あまりに明確な死の映像。カニエルは自分の頭をとっさにかばい、頭の間に両の鋏を滑りこます。カニエルの部位で、最も硬い鋏。それを防御に使ったのだ。
コロは仔細構わない。
赤い炎を撒き散らし、飛び上がって剣を振り上げ放つ一撃の名を告げる。
「天覧――」
天よ、照覧あれ。
これはただの、振り下ろし。
精神を極限の集中へと叩き込みその人の最高の一撃を引き出した、上段必殺の一閃。
すべての熱と力を剣の一撃に収束したコロの声は、いっそ静かで冷たかった。
「――兜割」
甲殻の割れる音が鳴り響いた。
カニエルの鋏が、七十七層までいる魔物な中で最も硬いその鋏が、コロの剣撃で砕け散る。
一拍遅れてコロの剣も耐え切れずに折れた。
「うぅ。クルクルおじさんだったら壊さないんですけど……」
無事着地したコロはがっくしと肩を落とす。扱う剣の質は収入と比例して上がっているが、それでもまだコロの振るう威力には耐え切れない。ぽっきり折れ剣を片手にコロは涙目。またアリシアに怒られると未来を嘆く。
「……まだだ!」
カニエルが砕け散った自分のハサミに自失していたのも一瞬。声をあげて己を鼓舞する。
「与えられたものが砕けたからと言ってなんだ!」
一気呵成に責め立てられ、強靭な鋏を砕かれようとカニエルはまだ戦う。逆境で鍛え上げた精神に、くじけぬ意志。それに応えて青い砂が生まれる。砕かれた鋏のあった場所に集まり、めきめきと膨れ上げる。
カニエルの巨体すらも超えるほど大きい、青い巨大なハサミが二つ出来上がる。
「俺には、自らでつかんだ力がある!」
赤い巨体に、巨大な青い鋏。カニエルの想い、青い空と陽光の輝きを体現したかのような姿だ。
「足をもがれようと鋏を砕かれようと、想いが打ち砕かれない限り俺は負けんのだ!」
「うわっ!」
「うきゅ!?」
膨れ上がった青い鋏を使った豪快な攻撃。一気に巨大さをました鋏は、砂をまき散らしてひっくり返す。会心の一撃を放ったコロとヒィーコも避けきれず宙に投げ出された。
「貴様らもそろそろ限界だろう! だが俺はまだまだ七日七晩経とうと戦えるぞ!」
カニエルは無尽蔵に近い継続戦闘力を持つ。それもまた、巨体を持つカニエルの強みだ。
だが、それに異を唱える声があがる。
「七日七晩戦えるからなんですの? どうせ次の一撃で決まる戦いですのよ」
リルの前二本の縦ロールが、そっとコロとヒィーコを受け止める。
「リル姉!」
「リル様!」
「よく、やってくれましたわ、二人とも」
真打登場。
吹き飛ばされた妹分の縦ロールで優しく受け止たリルは、そっと引き寄せ二人をそばに寄せる。
「次で決めますわ。もう少しだけ、あなた達の力をかりますわよ」
「はい!」
「いくらでもっす!」
自分の前二本の縦ロールに乗る二人の信頼に優しくにこりと微笑み、カニエルへと厳しい視線を向ける。
「お前がくるのか。英雄の種を率いし傷……いいやっ。世界に輝かんとするリルドールよ!」
「ええ、いきますわよっ」
青い鋏を向けるカニエルに、リルは縦ロールの新たな魔法を見せつける。
「セット・エクステンション!」
前二つの縦ロール。妹分の二人を乗せてそれが膨れあがり、コロとヒィーコをそれぞれ包み込んで巻き上がる。
空前絶後の魔法を目にしたカニエルは、驚愕にぶくぶくと泡を吹く。
「バカな……なんだ、その力は!? ここにきて膨れ上がるその髪の毛――貴様の縦ロールは、一体なんなのだ!?」
「わたくしの縦ロールは、誇り! 周囲に輝かしく光るこの想いに、果てなどありませんわ!」
コロとヒィーコを包んで巻き込み力を増す縦ロール。新たに発現したリルの縦ロールの特性は、単純明解だ。
巻き込む。
ライラに失笑され、コロを魅せて始まり、セレナが認めて反発していたヒィーコをも飲みこんだこの縦ロール。
自分の想いを巻くだけではない。リルの縦ロールは、自分一人で巻いたものではない。仲間の想いを巻きこんでこそのリルの想い。それでこそ輝やくリルの縦ロール。
リルの信じる力を巻き込んで、自分の想いを爆発的に高めるのだ。
「それが最後というのなら受けてたとうっ、その一撃!」
カニエルは魔物にして騎士道精神の持ち主である。膨れあがる想いを前にして、自分がつくりあげた青い鋏を構える。リルが巻き込んだ縦ロールを強大な鋏でまた切りとってやろうと打ち合わせる。
前に一度自分の髪を切りとった鋏より、さらに巨大、強大になった青い鋏。その鋏に、今度は負けぬ、負ける理由などどこにもないとリルは視線を叩きつける。
「――必殺」
コロとヒィーコ。二人を巻き込んだ黄金の縦ロールに、それぞれ新たな色が入る。
「ツイン」
片方は黄金に混ざった銀の輝きにより、縦ロールが装甲を纏い。
「ロォールぅっ」
片方は黄金に織り込まれた赤い輝きによって縦ロールが炎をまき散らす。
「エぇクストリぃィィイイイイイイぃムぅうううううううう!!」
そうして巻き上げられて放たれた、三つの想い。三人の力を束ねて巻いた二本の縦ロールの威力。
「ぬうぅん!!」
それを断ち切らんと、カニエルの青い鋏が拮抗する。
カニエルの想いとて、生半可なものではない。創世の頃より迷宮にあり、熟成されて解き放たれた空への渇望。澄み切った青い想いが、やすやすと砕けるはずがない。
「俺は、負けぬっ。五十階層主としての使命ではない! ただ俺の想いをかなえるために! 青い空と赤い太陽をこの目に焼き付けるために!! 俺は、貴様らに挑戦する!! 俺はカニエルッ。この迷宮で無二とない、最強の魔物なのだ!」
「あなたがたった一匹というのなら、なおさらわたくしたちが負けるはずがありませんわ!」
吠えるカニエルに、リルは負けじと叫び返す。
縦ロールが、さらに猛る。
リルは一人ではない。自分を信じてくれる二人の仲間がいる。リル達は三人だけではない。この場に自分達を運んでくれた人達がいる。アリシアにセレナにギガンにカスミにクルクルに、最初に散った小隊三十人、それに加えてリルを許して励ましたオーズの母親。
その人達がいたから、リル達は三人そろってここにいる。
「巻いて巻いて巻き込んでっ、巻いてもらったこの縦ロールっ」
「ぐぅっ、ぬううぅうう……!」
この闘いに関わった人間全部の想いを巻いて巻き込み巻き上げたリル渾身の縦ロール。それが唸りを上げて回転し、カニエルの青い鋏を削り取る。
「それがぁっ、たった一匹の甲殻類であるあなたにッ、負けるはずがありませんわぁあああああああ!」
拮抗が、破れた。
黄金に、赤と銀それぞれの色を巻き合わせた二つの縦ロールが、カニエルの青い鋏を巻き砕く。
その時、カニエルは見た。
「……おお」
三人と一匹との想いのぶつかりあいの余波で巻き上げられた青い砂。視界一面が青く澄み切った中で、煌々と輝く二つの縦ロール。
空に輝く太陽よりもなお眩しく光る縦ロールが、カニエル迫る。
「ははっ、これが世界を超える輝き、か」
己の敗北を知り受け入れた次の瞬間。
カニエルは極大に輝く二つの縦ロールにその身を貫かれた。




