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第四十七話

 厳戒態勢に入り、防衛拠点として置かれた場所以外の探索が禁止になっている王都の東の迷宮。

 そこを降りる五人の影があった。


「結局、この三人になりましたね」


 五十階層主、カニエル討伐隊。五十階層に向かう途中、迷宮の中でそういったのはセレナだ。

 セレナの先導。そして、護衛としてクグツが付いていた。そして五十階層に突入するメンバーとしてリルとコロとヒィーコの三人。合計五人で迷宮を降りていた。


「冒険者といえど、力しかない臆病者と力のない未熟者ばかりという証明ですわね。嘆かわしいことですわ」

「手厳しいね」


 討伐隊に志願しなかったもの、志願しても審査の通らなかったもの。どちらも等しく辛辣に評するリルに、クグツは苦笑してセレナは肩をすくめる。

 上級上位が二人いるというだけで中層域のここでは過剰戦力だ。逆走してくる魔物は何の問題もなく処理されていく。

 とはいえ、二人ともレベル五十をはるかに超えてしまっている以上、五十階層に足を踏み入れることは叶わない。カニエルと直接相対するには、どうしたってリルたち三人になってしまう。


「すいません。ギリギリまで人員を選定したんですけど、こんな結果になってしまって」


 ギルドで募集を募った審査の結果、純粋に実力を考えた結果がこの三人なのだ。三人の連携も加味し他が入った場合、逆に足を引っ張る恐れがあった。そのため定員に満たない三人がカニエルに挑むことになった。


「別に構いませんわ。わたくしたちが特別。それがわかったのですから十分です。ですわよね、コロ、ヒィーコ」


 セレナの謝罪に対し自信満々に強がるリルが二人の妹分に目を向ける。

 その二人はといえば、リル達の話なんて全然まったくこれっぽっちも聞いていなかった。


「うぅ……結局、訓練で一撃も入れられなかったです。昔に比べれば追いつけたと思ってたのに、クルクルおじさん、なんであんな強いんですかぁ……」

「マジありえねえっす……あのクソおっさん、頭おかしいとしか思えないっす。これが終わったら絶対にリベンジしてやるっすよ、コロっち!」

「です!」


 クルクルとの訓練で何があったのか、二人にとっていまから戦うもカニエルがただの通過点になっている。

 どことなく微笑ましいやりとりに三人は半ば呆れて少し口元をゆるませながら、この二人は放って置こうと判断。クグツはセレナに討伐の段取りを確認する。


「リルドール君達が五十階層でカニエルと戦い、その途中で入り口から追い出す。そうして出てきたカニエルの動きを僕が止め、君が一撃でとどめを刺す。それでよかったね?」

「はい。三秒、拘束してください。そうすれば一撃で仕留めます。リルドールさん達には一番危険な役割をふってしまいますが……」

「ええ。無理するつもりはありませんわ」


 実のところ、今回のカニエル討伐に関しての主力はこの二人だった。

 リルたちはあくまでカニエルを五十階層から追いやる役目を任されている。いざとなれば五十階層から逃げ出すこともできるため、セレナは三人でも可能だと判断して五十階層挑戦を決断した。

 カニエルの討伐ではなく、あくまで追い立てる役。意外にあっさりと中途半端ともいえる役割を了承したのは、やはり一度敗れたからだろう。セレナは横を歩くリルに視線を送る。


「リルドールさん。髪は大丈夫ですか?」

「……大丈夫ですわよ。そのうち伸びますわ」


 リルの縦ロールの前二本は断たれたままだ。

 リル魔法が縦ロールを操るものである以上、その分の戦力ダウンはあるだろう。無鉄砲なところがあるリル達のパーティーだが、リーダーであるリルの戦力に不安がある状態ならば無理をすることもないだろうとセレナは考えていた。


「確かに。リルドールさんの縦ロールでしたら、切られた程度ではすぐに生えてくるに決まってましたね。愚問でした」

「そうっすよね。リル姉の縦ロールだったらそのうち間違いなく生えてくるっすよ。ニュルって感じで!」

「リル様の縦ロールは不滅です。いくらだって生え変わりますよ! ニュルニュルのふわふわです!」

「……なぜ『生える』扱いですの? 伸びるんですわよ、髪なんですから。別にニュルニュルはしてませんわよっ。わたくしの縦ロールは髪なのですわよ!?」


 カニエル撤退直後は不調和に陥ったリル達のパーティーだが、各々で乗り越える出来事を経て元どおり以上の絆を取り戻している。

 そうして途中で襲ってきた魔物は全てクグツとセレナで駆除してたどり着いた四十九階層のセーフティースポット。

 そこの様相が少しだけ変化していた。


「水が……」


 そう呟いたのはヒィーコだった。

 セーフティースポットの一画を占めるだけだったはずの湖面から清水があふれて足元を濡らしていたのだ。

 以前とは変わった地形にコロがきょとんと首をかしげる。


「なんか洪水ですね。なんでこんなのになってるんですか?」

「カニエルの仕業であるのは間違いありません。五十階層主は、五十階層までの管理者権限を持つと言われています」

「管理者権限?」

「迷宮のシステムや構造に手を加えることができるそうです。だいぶ制限のある権限のようですが、おそらくはそれを使ったのだろうとは思います。しかし、なんのために……」


 聞きなれない言葉にリルが疑問を上げる。それに答えながらセレナはセーフティースポットに目を走らせ、ふと気がついた。


「……あれは」

「なるほど。噂通りに賢いカニだね」


 迷宮の床は、ほんのわずかに下の階層へと傾斜している。

 四十九階層にあふれた水は、五十階層に続く階段へ流れこんでいた。

 カニエルの意図を察したセレナとクグツが顔を強張らせる。


「ああ、なるほどっす」

「カニですもんね。水は好きですよね」

「カニらしくてよろしいのではなくて?」


 顔を暗くした上級上位の二人とは違い、三人はいたって楽観的だ。セレナはその反応に拍子抜けしつつ、安堵する。

 五十階層、峻厳の間。その風景は一変していた。

 もとは広大ではあったもののただ平坦だった広間に青い砂浜が広がっていた。

 四十九階層へ続く階段から水が流れこみ、それを青い岩礁と砂浜がせき止め足首まで浸かるほどの水位を保っている。そこを上がった先には隆起した砂浜が続いていた。


「……気を付けてください」


 風光明媚で名高い四十九階層セーフティースポット以上に幻想的な光景。だが、そこは恐ろしい魔物の独壇場になり得る地形だ。

 カニエルは、言うまでもなくカニ型の魔物だ。あの八本足は砂場など苦にしないだろう。対して、慣れない砂場は人間の戦闘力を著しく削ぐ恐れがある。

 カニエルは迷宮の構造を変化させて水を引き、自分の魔法を使って有利なフィールドを作り上げたのだ。

 セレナの忠告にリルは表情を変えることなく、自然に足を前に出す。


「ええ。行きますわよ、コロ、ヒィーコ」

「はい!」

「もちっす!」


 リルだけではなく、コロとヒィーコも臆することなく五十階層へと足を踏み入れる。

 赤い巨体のカニエルは、鋏を打ち鳴らして三人歓迎した。


「よく来たな冒険者どもよ。貴様らこそが来るということは確信していた。待ちわびたぞ、『種』に『傷』よ!」

「あら。あなたを打ち倒すものを待ちわびるなど、自殺願望でもあるんですの?」

「はははっ。まあ、否定はしない。どうあっても俺は滅びる運命だからなぁ。しかし……」


 開口一番に喜びを示したカニエルだが、リル達の後ろにいる二人の上級上位の冒険者の姿を見て不愉快そうに声を低くする。


「退路を確保する、か。ふざけた考えだ」


 消極的な安全策を看破したカニエルは、鋏を持ち上げる。

 その先に青い岩を生み出し、射出。その狙いはリルたちではなく、入口だ。

 セレナが焦るも、五十階層に入れない彼女に止める術はない。ズンと音を立て、巨岩が真っ先に入口をふさいだ。


「さあ、逃げ場はないぞ! どうする!」


 初手でセレナの目論見を潰したカニエルは、得意げに、あるいは挑発的に声を大にする。

 だが三人は塞がった退路を気にした様子もない。


「あら、ありがたいことをしてくれましたわね」

「ですね。とっても助かります」

「これで、あとからセレナさんに怒られることもないっすね」


 当然のように感謝の言葉すら並べる。もとから三人とも、セレナとクグツに頼る気などない。自分たちの汚名をそそぎ、雪辱を晴らすために来たのだ。


「コロ」

「はい、リル様」


 まず動いたのは縦ロールコンビのリルとコロだ。コロがリルを抱き上げて、縦ロールから火を噴き出して高く飛び上がる。足場の悪さなど問題にしない跳躍だ。

 高く、天井まで飛び上がる途中で、コロはリルをカニエルに向けて放り投げる。


「むっ?」


 動き出したコロとリル、どちらを狙うべきか。カニエルの鋏が一瞬迷うが、コロは縦ロールジェットにより空中機動もある程度こなすことができる。ならば空中での移動手段がないリルが組みやすしと判断し、カニエルは落下中のリルを鋏で叩き落そうと振り上げる。

 だが、そんなことを許さない二人がいる。


「リル様の邪魔はさせないですっ!」

(トランス)(フォーム)


 地に閃光、空には縦ロールに宿る炎。二つの光が輝き叫ぶ。


「うっっりゃあああああああ!」

変形(モード)撃槍(グングニル)!」


 到達した天井からまっすぐ右足を伸ばし上から下へと落ちる脚撃と、下から上へと余りある出力をまとめ上げて振り上げる撃槍。二手からコロとヒィーコが惜しみない一撃を見舞い、カニエルの鋏を叩きつけて抑え込む。


「なんと……!?」

「よくやりましたわ、コロ、ヒィーコ」


 逃げの一手だった前回とはうって変わった苛烈な攻撃に驚くカニエルなどなんのその。大胆不敵に強かに、妹分の二人の助力を受けてリルは難なくカニエルの甲羅の上に着地。

 位置的にカニエルの頭上。初見とは裏腹に積極的な攻勢にでた三人への対応を誤ったカニエルは、紛れもない急所を取られて真っ赤な身体で青ざめる。

 しまったと思っても、真剣勝負に待ったはない。すぐに甲羅を揺らすだろう衝撃に備え、しかし攻撃をしてくる気配のないリルに戸惑った。

 慎重にカニエルが相手の挙動を確認すると、リルはそれを待っていたばかりにカニエルの視線を受け胸を張って口を開けた。


「足を折り、地に伏せ、常に跪いて控えるその姿勢、大変結構。自分がカニの分際であると自覚していますのね」

 カニエルの目と目の間。頭部に降り立ったリルの断ち切られていた横髪が、一瞬で伸びてくるまり巻き上がり、見るも見事な縦ロールとなる。


「跪いたその上目遣いの瞳に焼き付かせなさい。わたくしの縦ロールの輝きを」


 誇りに光る五本の縦ロールを取り戻したリルは、それを見せつけるためにふわりかきあげたなびかせる。

 その輝きに、カニエルは瞠目。


「脱皮もなく瞬く間に生え変わるとは、やはり面妖な魔法だな!」

「伸びたのですわっ」


 どうしてどいつもこいつも生えるというのか。髪の毛なのだから、伸びるのは当たり前のことだ。脱皮するカニの生え変わりと一緒にされるのは心外だとリルは憤然とする。

 その苛立たしさのままカニエルの上でリルは言わねばならぬ見栄を張って見得を切る。


「さて、カニエル。戦いの前に一つあなたに申しつけなければなりませんのよ」

「なに?」

「あなた、わたくしを誰と心得ていますの?」


 初手を取り、頭上という絶好の位置を得た好機。リルはあえてそれを問答に使う。残る二人、コロとヒィーコもそれを不服に思う様子もなく見守って動かない。

 チャンスを不意にするあまりに無駄に見える行為。なぜそんなことを、と思いつつもカニエルとて問われれば答えるのを良しとする紳士なカニだ。


「貴様はセフィロトシステムに反逆し、宇宙樹(ユグドラシル)の一葉に傷を入れてみせた勇者であり、英雄の種をひきつれた俺の試練である!」

「種だの傷だのわけのわからない称号はいりませんわ」


 リルの知らないこの世の仕組み。そんなものは巻き込む価値もないと切って捨てる。


「わたくしを知らぬというなら覚えなさい。あなたのくだらない前知識など捨て、いまから聞かされる事実へと塗り替えなさい。わたくしという存在を、チリとなって消えるその体と心に刻みなさい」


 カニエルの甲羅の上に踵を踏み鳴らして叩きつけ、傲然とあごを引く。


「わたくしはリルドール。世界に輝くリルドールですわ!」


 自分がここにいるその理由。復讐のために戦うのではない。負けた悔しさを理由にするのではない。それらは確かに理由の一つ。それでもたった一つの気持ちでリルはここに立っているわけではない。

 胸にある想いの一本一本を隠さず晒してたなびかせ、まとめて束ねて先へと進む意思とするのだ。

 ただ、この世界に輝くために。


「リルドール、か」

「ええ、そうですわ」


 己の名と意思を受け取ったカニエルへ、リルは口の端を吊り上げる。

 笑顔。それはこの世でも最も柔らかく人を強くする武器なのだとリルは知った。あまりに強い普通の人の強さを見たからこそ、リルは艶やかにとびきりの笑顔を送る。


「いきますわよ、カニエル。天空を座す太陽より眩しく輝くこのわたくしが、あなたを見くだしてあげますわ」


 五十階層主討伐。

 傲岸不遜なリルの宣言と同時に、人間と怪獣の死闘が始まった。

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【書籍情報ページ】

シリーズ刊行中!

――作者の他作品――
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