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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
三章

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第四十四話

 まだまだ陽の高い王都の通りに、とぼとぼと歩く人影があった。

 赤い縦ロールをしょんぼりたらしながら一人歩いているのはコロだ。

 今のコロにはお金もある。この辺りの地理も知っている。なんなら道端で野宿をしてもいい。別にリルの部屋から追い出されたって、生きるのに困る要素はなかった。

 でも、心がぽっかりとしていた。

 こんな気持ちは初めてだった。一人には慣れているはずなのに、どうしてこんなに寂しくなってしまうんだろうか。山で暮らしていた時も、村の端っこにいた時も、一人旅をしていた時も、こんな寂しさを感じたことはなかった。

 わからなかった。

 ちょっとだけ、クルクルおじさんが山を下りた時の気持ちに似ていて、でもその時よりもっと悲しかった。

 だからコロは、あてもなくしょんぼりと歩く。

 人通りの多い大通りで、見るからに傷心の少女が一人で歩いている。変な髪形こそしているものの、コロは紛れもなく美少女だ。リルと一緒に住むようになってから身なりもそれなりに整えるようになった。傷心につけ込もうと話しかける男もいたが、コロはすべて無視。しつこくからんでくる相手に対しては、容赦なく拳を振るって意識を落としていった。やたらと暴力的なのには、もちろんリルに怒られたところからくる気落ちが大きい。


「よお、どうしたんだ」


 もう何度目になるか。声をかけてきた相手に、面倒になったコロが反射的に拳を振るう。

 それが受け止められた。


「なんだコロ坊。物騒だな」

「……ぁ」


 こともなくコロの攻撃を受け流したのは、コロのよく知っていう人だ。あごに生やした無精髭に、蓬髪をいくつもよりあわせたような変な髪型をした四十近くのおっさん。

 クルクルだった。

 彼を確認したコロの瞳に、じわり涙がたまる。


「あ、ぅう……クルクルおじさぁん!」

「うお!?」


 一言叫んで、頭突きをするようにクルクルの胸に飛び込んだ。


「今度はタックルかよ。さっきから危ねえなぁ、いきなり――」


 裏拳の次は体当たりをかまされたクルクルは文句を上げるが、途中で声を途切れた。

 飛びついたコロが、ボロボロと涙をこぼしていた。


「ぅう……っひぃっく……」


 こらえられなくなった涙腺が決壊して、しゃくりあげる。

 思った以上に悲しみがたまっていた。それが知り合いの顔を見て決壊した。


「うぇええええええええええん!」

「おいおい……参ったな、こりゃ」


 幼子そのままに大声で泣き叫ぶコロを抱えてクルクルは苦笑した。








「ミルク……」


 クルクルは、わんわんと泣くコロを引っ張って、酒場に連れてきていた。

 自分は当然のように度の高い酒をビンで頼み、コロの前には蜂蜜を垂らしたホットミルクを差し出す。


「ん? 蜂蜜、好きだっただろ?」

「……はい」


 山にいた頃の貴重な甘味だった。見つけ次第、蜂蜜の巣を壊して良く食べていた。


「怒った蜂と戦うのは大変でした」

「お前、ほんっとバカだよなぁ」


 けらけらと笑うクルクルにむっとしながらも、コロはミルクの入ったコップを受け取る。

 思えば、あの山は実りが豊かだった。その分、野生の獣も大型で強いのが多かったが、それはそれ。あの山の生態系で頂点に立っていたのは幼い頃のコロだった。

 もっとも、目の前の彼に勝てたことは一度もないが。

 温かく甘いミルクを一口。それだけで、ほっと一心地つくのだから不思議だ。


「で、何があったんだ?」

「えっと、実は……」


 クルクルに促され、コロはぽつぽつと事情を説明していく。

 四十九階層でカニエルと遭遇したこと、それから逃げたこと、そこでリルとヒィーコを無理やり抱えだしたこと、そのことでリルに叱責され家から追い出されたこと。それらを全部、つたないながらも隠さずすべて伝えた。

 酒瓶を片手にそれを聞き終えたクルクルはあっさりと一言。


「ああ、そりゃリルドールの嬢ちゃんが悪いな」

「え」


 クルクルがあっさりと下したリルへの評価に戸惑う。

 カニエルから逃げる時こそ彼女の制止を振り切ったが、コロはリルに対しては絶大な信頼を置いているのだ。それが間違っていると言われれば困惑する。

 それを見てとってか、酒瓶を片手にクルクルは付け足す。


「ああ、勘違いするなよ、コロ坊。悪いっていうのは、リルドールの嬢ちゃんがコロ坊を追い出した理由のことじゃねえぞ? カニ野郎から逃げたのはお前が悪いぞ。コロ坊の悪いくせだよ。強いやつを見るとすぐ逃げようとするのは」

「……それはおじさんのせいです」


 クルクルの指摘にコロはぷっくりと頬を膨らます。

 クルクルとの初対面の時、肉目当てで出てきたコロはあっさり制圧された。絶対に敵わない相手がいるんだと思い知らされた。それ以来コロは自分と相手の力量差を計るのに敏感になったのだ。


「はっはっは! 若者が昔のことを根に持つなよ。そもそもよぉ、コロ坊。なんでリルドールの嬢ちゃんが怒っているかわかってるのか?」

「それは……わたしが言うことを聞かなかったから――」

「そこが違うからかみ合わねえんだよ」


 にたにたと笑うクルクルがコロの勘違いをさえぎる。


「リルドールの嬢ちゃんには誇りがある。お前はそれを踏みにじったんだよ。だからリルドールの嬢ちゃんは激怒したんだ」

「誇り……」

「ああ。冒険者には、特に魔法なんてもんに目覚めた冒険者にはな、勝てなくても引けない時が絶対にある。自分の想いを通さなきゃなんねえ時が絶対にある。もし勝てなくてただ引くようになれば、そいつはもう冒険者じゃねえ。ただ生活のために狩りをしてるだけの狩人さんだよ」

「……」


 コロにも一度だけあった。

 勝てないと知っても、引かずに立ち向かったことが。魔法を目覚めさせたギガンとヒィーコとの闘い。おそらく負けるとわかっていても、コロはリルを守るために戦った。

 コロはリルを守るためなら、どんな無茶だってできるのだ。


「じゃあ、リルドール様の何が悪いんですか」

「簡単だ。弱いのが悪いんだよ」


 ゆっくりと酒を飲んでいたクルクルが、にたりと笑う。


「弱いのが、悪い……」

「ああ。忘れたのか? 強くなれって言ったはずだろ。弱いのは悪いんだよ。そういう意味じゃ、コロ坊。お前もまだまだだ」

「む。わたしだって、前よりずっと強くなりました」

「おいおい、大切なことを忘れるなよ。レベルじゃねえさ。あんなクソみたいなもん、誰が上げろって言ったよ」

「クソみたいって……」


 汚い言葉にぶすりと唇を尖らす。

 リルやヒィーコを相手にするのとはまた違う態度。仲間内での会話とは打って変わって反抗的なコロだが、それだけクルクルに親しみを覚えているということでもある。コロにとって、クルクルは父親のような存在なのだ。

 そんなコロの幼稚な強がりを、クルクルは笑い飛ばす。


「なあコロ坊よ。『お前』は強くなったのか?」

「クルクルおじさんの言ってる事、よくわかんないです」

「そうかそうか。でっかくなったのは胸と身長だけで、変わったのはその髪形ぐらいなのかねぇ」

「むう」


 セクハラ交じりにゲラゲラと笑うおっさんに、コロはぷんすか。それを気にした様子もなくクルクルは度の高い酒をぐびりと飲み下す。


「想いと意思と意地が誇りになって人間を強くするんだ。傍目から見たらくだらねえと鼻で笑われるようなものを抱えて人生を貫くんだ。リルドールの嬢ちゃんは誇りを矛にして貫き通すだけの力がなかった。槍がご立派でも、それを扱う技と体が未熟だった。だからお前に邪魔されちまったんだよ」

「わたしがしたことは、リル様にとって邪魔だったんですか……?」

「当然だろ? だめだなコロ坊。お前、まだまだ人間ってもんを理解できていねえよ」

「なんですか、人間を理解できてないって。わたしだって人間です」

「ああ、そうだな。まったくもってその通りだ。お前は人間さ、コロ坊」


 笑い飛ばしたクルクルが、内緒話でもするかのように身を乗り出す。


「いいこと教えてやるよ。カニ野郎だがな、あいつは五十階層に逃げ込んだ。それをいぶりだすために討伐隊が組まれることになった。いま、ギルドで人員を募っているはずだ」

「そうなんですか」


 気のない返事になったのは、特に関係のない話だと思えたからだ。カニエルの討伐はもうコロ達の手を離れた。あれだけの怪物だ。カニエルに確実に勝てるだけのレベルを持った冒険者に割り振られる仕事になるはずである。

 カニエルの討伐は、おそらくはレベル七十以上の冒険者で討伐隊が組まれることだろう。相対して感じたカニエルの実力を鑑みて、そう考える。

 だがその予想は、次の言葉で覆された。


「条件は『レベル五十未満』で『五人以下』が定員だ」

「なっ!?」

「当然だな。五十階層にはその条件じゃないと入れねえ。賭けてもいいぜ。リルドールの嬢ちゃんは立候補するだろうなぁ!」

「ッ!」


 焦燥に駆られたコロは、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。

 その条件だと、クルクルの言う通り間違いなくリルが立候補する。リルが負けっぱなしをよしとするはずがないと、その程度のことはコロだって確信している。

 それは止めなくてはならない。

 嫌われてもいい。自分がどう思われようともいい。ただリルに死んでほしくなんてない。リルを失うなんて、コロには耐え難い。だからリルがその討伐隊に参加しないように――


「くだらねえこと考えてんじゃねえぞ」

「――え」


 恐ろしく平坦な声が聞こえると同時に、こめかみに衝撃が走った。

 立ち上がったコロの視界がぐらりと揺れる。膝が折れて、抵抗もできずに崩れ落ちる。

 テーブルをひっくり返して倒れたコロに視線が集まる。どうしたのかといぶかしむ視線。体調でも崩したのかと心配する視線。酒場にいる誰もクルクルの挙動をとらえていなかった。正面から殴られたコロでさえも、クルクルの動きをまるで見切れなかった。倒れてから初めてクルクルにこめかみを痛打されたのだと思い至る始末だ。


「なあコロ坊。お前、俺の話を聞いてたのかよ。あの嬢ちゃんを止めようだなんてふざけんなよ? そんなことしようもんなら、次はあのご立派な縦ロールで殴り飛ばされるぞ? だからお前には人間が理解できてないって言ってんだよ」


 あっさりとコロを沈めたクルクルは、それを誇るでもなし。倒れたコロの襟首を乱雑に持ち上げる。


「お前はいまとんでもない勘違いをしてるぜ。リルドールの嬢ちゃんのことだけじゃねえ。自分の想いを手前勝手な欲望で曇らせてやがる。リルドールの嬢ちゃんが大切なのはわかる。お前のよくわかんねえ髪型を見れば一目瞭然だぜ。だがな、だからこそ自分の想いを見誤るなよ?」

「ぁ……?」

「お前はリルドールの嬢ちゃんがただ生きてれば満足なのか? 違うだろう。お前が、そのままでもいつかは英雄になるはずだったお前が、だ。この世界で一番の才能を与えられたお前が影響を受けるほどの何かを、リルドールの嬢ちゃんに見たはずだ」


 揺れる意識でそれを聞き、思い出す。

 リルとコロの初対面。あの時に見た縦ロール。自分の前を歩くリルにこそ光を見出し憧れた。


「その思い出を汚すな。その想いを曇らすな。お前の魔法の根源を違えるなよ。想いにもならない欲求でそれを堕とすことは許されねえ」


 朦朧とする意識でかすんだ視界の中、凶暴に笑うクルクルの声には怒りがあった。


「実は言うとな、ここだけの話、俺はお前に――お前たちに期待しているんだぜ? あのカニはできるカニだったみたいだが、それでも五十階層主に負けたまんま程度じゃ困るんだよ。お前さんが失わなきゃわかんねえ奴だなんて決まり事ぐらいひっくり返して証明してもらわなきゃなんねえんだよ」

「お、じさん?」

「その点、リルドールの嬢ちゃんは期待以上だが肝心のお前がこれじゃあ……いや、そうだな。お前を臆病にさせ過ぎたのは、俺の責任だよなぁ」

「……ええと?」

「ギルドの訓練室に行くぞ、コロ坊。久しぶりに闘い方を教えてやるよ」


 おそらくは話を聞けるぐらいの意識を保てるように手加減されていたのだろう。徐々に回復してきた意識でそれを聞いて理解し、コロの顔が青くなる。

 コロが知っているうちで、一番強い人。クルクルは見た目こそただの不審者なおっさんだが、彼の実力をコロはそれだけ思い知らされている。

 幼少の時代に叩き込まれた彼の訓練は、コロをして過酷でトラウマになるほどのものだった。


「やややややや、やだです!」

「っはっはっは! 遠慮すんな!」

「遠慮じゃなくて拒絶なんですっ。はっ、そうだ。おまわりさーん! 怪しい人が! ここに女の子に暴力を振るって拉致しようとする変な人が! 誰かこのおじさん捕まえてください!!」

「おいおい、俺が捕まるわけねえだろうが。どれくらい長い年月、逃げのびてると思ってんだよ。っはっはっはっは!」


 まるきり犯罪者そのもののセリフを吐き、ひょいとコロを肩に担ぐ。


「さあさあ、楽しい時間の始まりだぜ! 失うのが怖いって? なら強くなれよ。強さがわからねえっていうんなら、俺が強さの基礎を学ばせてやるっ。欲望、欲求、心の不純は叩いて出して、想いの純度を上げてやろう。喪失なんてありえねえ。諦めなんて選ばせねえ。悲しみなんてもんは、この俺が! 感じる間もなく叩き潰してやるぜっ、コロ坊!!」

「いーやーでーすぅー! うぇええええええん! セレナさん、ヒィーちゃん、リル様ぁ! 誰かぁ!」

「っはーっはっはっは!」


 ゲラゲラと高笑いするクルクルに捕まって、抵抗むなしくコロはずるずると引きずられていった。


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【書籍情報ページ】

シリーズ刊行中!

――作者の他作品――
全肯定奴隷少女:1回10分1000リン
全肯定奴隷少女によるお悩み相談所ストーリー

――完結作品――
ヒロインな妹、悪役令嬢な私
シスコン姉妹のご令嬢+婚約者のホームコメディ、時々シリアス【書籍化】
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