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第四十二話

 逃がしてしまった。

 迷宮の奥に姿をくらませたカニエルの赤い残像を見送ったセレナは、己の失態に舌打ちする。

 まさか魔法を使うとは思わなかったが、それが言い訳になるような事態ではない。むしろ相手が魔法に目覚めしまった分、敵の力が増してしまったのだ。


「せめて、リルドールさん達が無事だったのが救いですね」


 先ほどのすれ違い、逃がすことができたリルたちを思い出す。彼女たちの姿、特に縦ロールが断たれたリルの姿には激しい戦闘を感じさせたが、それでも大きな傷を負っていなかったのは幸運だ。

 カニエルを追うかどうか。見えなくなった相手の対処にセレナは逡巡する。

 普通に考えればこの場を離れるわけにもいかなかった。この場の防衛にあてられたのはセレナ一人。そして四十五階層は迷路の構造をしている。もしどこかに隠れているカニエルとすれ違えば、あの魔物はここのテレポートスポットを使って地上にでてしまう。そうでなくとも、四十階層半ば以上の魔物が外にはい出るような事態になったらパニックは必至だ。それを許すわけにはいかない。

 しかし、ここで五十階層主を逃がすのは惜しい。惜しいというよりは、痛恨の失態と言ってもよかった。

 セレナとの一方的な戦いを経て、相手も相応の警戒をするだろう。普通の魔物と違って五十階層主には人並み以上の知性がある。最悪のケースを想定すると、セレナでは……いいや。五十階層主を確実に討伐できるレベルの持ち主では入り込めないところに逃げられる可能性が高かった。

 そうすれば事態の収拾は困難を極める。多少の犠牲を覚悟のうえで、今すぐカニエルを追撃するべきではと迷うセレナの背後でテレポートスポットが光った。

 地上からの増員、援軍だ。要請していた『雷討』の助けか。それがかつての仲間、ライラだったのならば百人力だ。振り返ったセレナは顔を明るくさせ、しかし現れた人物を見ていつもの無表情に戻す。


「やあ、セレナ君」

「……クグツさん」


 テレポートスポットから現れたのは、ライラ率いる『雷討』ではなかった。

 屈強な冒険者が多い中で、線が細く見える優男が一人。男にしては長く伸ばした、肩口でまっすぐに切り落としてある髪を揺らして歩いてくる。

 この王都で『雷討』に次いで規模が大きく、そして若いクランである『雷討』と違い歴史が古く格式高いクラン『栄光の道(グローリア・ロード)』のクランマスター。冒険者一の伊達男としても有名である人物、クグツ・ホーネットだ。


「君と会うのは久しぶりだね」

「はい。ご無沙汰です」


 元は貴族の出だけあって気品のある身のこなし。三十過ぎても若々しい彼は、大陸で百人もいないだろう上級上位に位置している実力者。この王都でも屈指の実力を持つ冒険者だ。セレナも顔見知り程度ではあるが親交がある。

 五十階層の試練こそ経験していないが、彼は七十七階層を超えた数少ない猛者だ。助けとしては彼一人でも充分以上である。また一軍のみの戦力ではなくクラン全体の総合力で見れば『雷討』よりも『栄光の道(グローリア・ロード)』のほうが軍配が上がる。助けとしてはこれ以上ない援軍だ。

 それでもセレナは問いかける。


「ライラさん……いえ、『雷討』は?」

「彼女たちは、残念ながら深層に潜っているようでね。ライラ君を始めとした主力とは連絡が取れない状態なんだ。代わりにというわけではないが、僕たちのクランが軍と協力して対処に当たらせてもらっているよ」

「ああ、『雷討』に関してはタイミングが悪かったぜ」


 続いてテレポートスポットから現れたのは、蓬髪をいくつもより合わせた四十過ぎの不審者にしか見えないおっさん、クルクルだった。


「あなたは……なぜここに?」

「よお、受付のおっかない嬢ちゃん。俺はこの間、そこのクグツと意気投合してな。こちらさんに厄介になってるんだよ」

「ということは、あなたも『栄光の道(グローリア・ロード)』に入ったんですか?」

「まさか。『栄光の道(グローリア・ロード)』は由緒あるクランだぜ? 俺みたいな流れ者を正式に所属させてくれるほど安くはねえさ」

「おや、そんなことはないよ? 君が入りたいといえば、大歓迎さ」

「っはっはっは! 太っ腹だな、おい」


 クルクルは大仰に肩をすくめ、クグツに目配せする。


「彼は実力者だからね。客分としてもてなしているのさ。もちろん、それなりの対価はいただいているが、それだけのことさ」

「つまり搾り取られたらそれでポイってわけだ。俺も気をつけなくちゃいけねえな」

「人聞きが悪いね。『栄光の道(グローリア・ロード)』はそんな非人道的なことはしないさ」


 世間話をしながらも、向かってくる魔物ことごとくが潰されていく。五十階層までの魔物など問題としないような実力者が揃っているのだ。

 旧交を温めるかのような会話が続くが、消費されていく時間にセレナは焦っていた。無表情ながらも焦れるセレナに気がついてか、クグツが尋ねる。


「どうしたんだい、セレナ君。君らしくもなく何か焦っているようだけど、君を焦らすような危険がこの階層にあったかな」

「先ほど、五十階層主を逃してしまいました」

「へえ?」


 隠し立てなしで失態を告げるセレナの言葉に、目を丸くしたのはクルクルだ。


「あんたほどの実力者から逃げるとは……はっはあ! あのカニ、なかなかできるやつだな!」

「確かにセレナ君から逃げ出すとは、侮れないね。そうか。なら、ここは僕たちに任せてくれたまえ」


 クグツがうっすらと笑うと同時に、周囲の魔物が停止する。

 不自然な姿勢で止まっている魔物達。中には宙空で停止している者もいる。よく見れば完全に動きが止まっているわけではなく、もがいて抵抗しているのが分かるだろう。その魔物の動きを抑えつけているのはクグツだ。

 彼の魔法。それが周囲に張り巡らされている。


「こりゃ糸か? この細さでこの強度とは、大したもんだな」

「なに、こんなものは児戯さ」


 クグツの魔法は、操糸。糸を生み出し操る魔法だ。

 クルクルは一目見てからくりを看破し、クグツもその程度は事もなさげに認める。


「さあ、ここは心配いらないだろう? 五十階層主を追ってくれ。王都の平和のためだ」

「……いいんですか?」


 五十階層主討伐は他にはない栄誉だ。また五十階層主しか落とさない特別なドロップアイテムもある。それを得る機会は、二度と訪れることはないだろう。

 それを譲るのかとたずねたセレナにクグツはほほ笑む。


「もちろんだとも。我ら『栄光の道(グローリア・ロード)』は王国最古から続くクランだ。王都を守れたという結果こそが、僕たちにとって最高の報酬だよ」

「感謝します、クグツさん」


 二人の実力ならばこの場を任せて問題ない。そう判断したセレナはクグツに頭を下げ、カニエルを追うために駆け出した。

 その姿が見えなくなった後、クグツは隣の男に話しかける。


「本当に君の言う通り、魔物の暴走が起こったね。おかげでうちのクランが他に先んじてスムーズに行動ができたよ」

「はっはっは! そうだろうそうだろう? これでちっとは俺のことを信用してくれたか?」

「まだまだ鵜呑みにはできないよ。君の言うことはあんまりにも突拍子がないし、何より君の言うあの女――ライラ・トーハをも超える逸材というのを目にしてない。君の話に乗るかどうかは、それからさ」

「疑い深いねぇ。いいことだぜ」


 襲いかかってくる魔物以外の聞くもののない会話を交わす。魔物はなぜかクグツのみを狙い、クルクルを襲うことはなかった。

 そんな中で、魔物に襲われないと分かりきっているかのような態度でクルクルはクグツに背中を向ける。


「どうしたんだい?」

「あ? 帰るに決まってんだろ? 五十階層主が生きてるって聞けたらもう用事はねえよ。なんで好き好んでこんなクソみたいなとこにいなきゃなんねえんだ?」

「……ちょっとは世話になっているクランのリーダーの手助けをしようとは思わないのかい?」

「残念ながら、ちっとも思わねぇな」

「……そうかい」


 呆れるクグツに、クルクルはゲラゲラ笑ってテレポートスポットを使って地上に帰っていった。








 五十階層へ向かうための階段。

 カニエルを追ってここまで来てしまったセレナは、無言で一段一段そこを降りていく。途中、四十九階層のセーフティースポットにあった凄惨な戦闘痕。せめて識別タグだけは帰りに持って帰ろうと誓い、セレナは五十階層へと下りていく。

 普段ならば人が三人程度並べる程度の広さの階段は、カニエルが通ったせいか異様なまでに幅が広くなっている。

 途中を折り返し、五十階層への明かりが差し込む。いまセレナがいる場所からは、五十階層が見える。

 こちらをじっと見据えるカニエルの姿までもがだ。

 カニエルの視線を真っ向から見返し、セレナは階段を下りる。

 カニエルの本拠地『峻厳(ケブラー)の間』に入るまで、後五段。四、三、二、一。そこで、セレナの足が止まる。

 カニエルは動かない。じっと、何かを確かめるように静止するセレナを見据える。セレナでは最後の一段がどうしても降りられないという事実を確認するかのように、じっとセレナの様子を見る。

 事実、セレナでは『峻厳の間』に踏み入ることができなかった。透明な壁が階段と五十階層を仕切るかのようにして、セレナの進行を遮断していた。

 資格がないのだ。

 五十階層に入る資格『レベル五十未満』。

 そのシステムが、セレナの侵入を阻んでいる。

 唐突に、セレナの中でぶちんと何かが切れた。


「ぁああああああああああ!」


 全身全霊。

 いつもの無表情が嘘であるかのように、怒りに顔を歪めて咆哮。握りしめた拳を見えない壁にたたきつける。

 轟音。

 レベル九十近い人間が振るう拳。空気が死滅するかのような衝撃があたり一面を圧倒する。

 だが、揺るがない。

 目に見えぬセフィロトシステムには、ひびの一つも入らない。

 カニエルは、じっとセレナを見つめる。己の敵がどれほどか、確認するかのようににらみ続ける。そうして見極めようとしているのはセレナの力かそれともセフィロトシステムの大きさか。


「……くそっ」


 拳を下げたセレナは激情を短く吐き捨てる。

 胸から取り出したのは、傷一つない冒険者カード。全力で握りしめてもまるで揺るがぬ宇宙樹(ユグドラシル)の一葉。

 自分の無力さに、セレナはただ打ち震えることしかできなかった。

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【書籍情報ページ】

シリーズ刊行中!

――作者の他作品――
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――完結作品――
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シスコン姉妹のご令嬢+婚約者のホームコメディ、時々シリアス【書籍化】
― 新着の感想 ―
[一言] なろういちダサい蟹
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