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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
三章

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第四十話 逆走

 迷宮零層、王国(マルクト)の間。

 そこを利用する人々のほとんどがそんな正式名称など気にせず、冒険者ギルドとして利用する場所だ。

 多くの冒険者を受付するカウンターがあるそこで、最初に起こった異変は一匹の最弱の魔物の出現だった。

 石突ウサギ。

 ただ頭が固く、頭突きだけが取り柄の魔物。迷宮に入ったことのある人間ならば誰もが目にしたことのある魔物。だからそれがひょこりと顔を出した時、誰も危機感を覚えなかった。

 当然だ。石突ウサギは迷宮最弱の魔物だ。誰しもが倒したことのある魔物だ。そんなものが出たからといって、恐怖にかられるような人間はいない。

 しかし自分がいる場所を思い出して戸惑いが生まれる。

 ここは迷宮の零層。魔物がいないはずの場所だ。

 それなのに一匹の魔物が顔を出した意味。続いてひょこりひょこりと顔を出す石突ウサギの数が増えるにつれ、少しずつ広がる動揺。同心円状に広がっていくざわめき。

 魔物の暴走。

 いま起こっている現象が何を意味するか理解した瞬間、動揺が弾けてパニックが起きかけた。

 だが、それを押しつぶすような轟音が響いた。


「――静粛に」


 巨大な掌を地面にたたきつけたような音。体を震わせる、いいや。実際に地面を揺らすほどの衝撃を伴った爆音。

 遠く離れたそこからどうやったのか。石突ウサギを残らず叩き潰したセレナは、出口から出てくる魔物も端から残らず一瞬で塵に帰す。

 とんとん、と指でカウンターを叩きながら、セレナの淡々と冷たく良く通る声が響く。


「ここに魔物が顔を出したということは魔物の暴走が起きている可能性があります。パニックを起こさないでください。落ち着いて行動してください。必要以上に騒がれた場合、私が制圧します」


 有無を言わせぬ口調に、誰かがごくりと唾をのむ。

 知らないもののほうが少ない功績。かつて五十階層を正規の手段で乗り越えた絶対的強者の威圧。魔物の逆走より一層濃い恐怖、そこからくる逆説的な安心感が場を支配する。

 ああ、彼女がいれば、魔物の暴走など大したものではない、という思い。


「こちらでも事態の把握を進めています。どうぞ、ご指示に従ってください」


 しん、と静まったギルド。それを確認したセレナは、報告を受けて慌てて上の階から降りてきたギルド長に目配せをする。


「所長。ご指示を」

「わかった」


 この場において、自分はギルドに所属していると見せつけるように周りへとわざと聞かせるためのやり取り。その短い流れで所長の権威を高める。

 六十過ぎの所長は、突発的なこの事態にもさすがに落ち着いていた。彼直々に冒険者に対応を依頼する。階層ごとに戦力を割り振って防衛ラインを構築する狙い。魔物の暴走は、すべての階層の魔物が一斉に逆流を始める。ならば階層ごとの階段前で防衛ラインを築き、魔物の戦力が渾然一体とする前に殲滅しようという狙いだ。

 その依頼を受ける者もいれば、冗談じゃないと逃げ出す者ももちろんいる。冒険者は個人事業に近い。彼らに強制的に従わせる法はない。

 それでも報償金目当てに、あるいは義勇心によって依頼を受諾した冒険者を戦力ごとに分けてまとめ、テレポートスポットを使って階層ごとに冒険者を送り出して防衛体制を整えていく。

 その作業の途中、セレナは所長に話しかける。


「四十五階層は私単独で任せてください」

「なに? しかし……」


 セレナの申し出に所長は逡巡する。

 セレナがいればここの守りは鉄壁だ。万が一防衛を突破された時に備えて残ってほしいというのが正直なところ。いくら防衛ラインを築いているとはいえしょせんは急場のしのぎでしかないのだ。

 だがセレナは無表情に言い募る。


「各テレポートスポットの地点を防衛地点として適切な戦力を置けばそうそう抜かれる心配はありません。フィールドボスが徘徊するフロアが激戦区となりますので、それだけ気を配っていただければ大丈夫かと。その間に王国軍と『雷討』の応援を要請してください」

「軍はともかく、『雷討』が必ず協力してくれる保証もないだろう?」

「あそこのリーダー、ライラ・トーハは爵位を持っています。ならば国の有事の協力要請は断れないはずです」


 セレナの言葉は元身内という贔屓目を抜いた意見だ。それでなくとも大規模のクランはギルドに協力的だ。所長もなるほどとうなづく。


「その間に、私は四十五階層で待機し、逆走を開始した魔物を殲滅。逆走してきた五十階層主をしとめます」

「四十九階層には王国軍の小隊が配置されていたはずだ。彼らはどうする」

「おそらくは全滅してます。あるいは伝令の数人が帰還するかもしれませんが、それだけです」


 五十階層主と戦ったことのあるセレナは冷たく断言する。

 所長はそれを事実として受け止め、ここにセレナを残した場合と行かせた場合の被害と鎮圧までの時間を考える。

 王都の冒険者の質は他の迷宮より一回りも二回りも上だ。なにせ同じ王都内に五十一階層以上が解放された迷宮がある。南の迷宮でレベルを上げた上級以上の冒険者が多く、なにより五十階層主を討伐した実績を持つ『雷討』がいる。

 最悪でも王都が灰燼に帰すようなことはありえない。五十階層主を倒せるだけの戦力はあるのだ。

 ならば目指すのは最小の被害と速やかな解決だ。階層主を倒せば魔物の暴走は止まる。そして、実力的にセレナは間違いなく単独で五十階層主を討てる。

 ふむ、と一考した所長は、素早く決断を下す。


「よし。行ってくれ」

「はい」


 所長の許可を受けて、セレナは四十五階層に赴く。その顔は、いつも通りの冷たく整った無表情。気負った様子などまるでない。けれども、意外に激情家の彼女の内心を所長は見抜いていなかった。

 ぎりり、とにじり締められた拳。

 四十九階層に向かうといったリルたちの安否を思い、セレナは固く拳を握りしめていた。








 四十九階層セーフティースポット。

 美しくあれと迷宮により造られたそこでは静寂が戻っていた。動くものは何もいない。ただ凄惨な戦闘があった証明のように、赤い染みが広がっている。

 そんな残酷さすら飲みこんでアクセントにしてしまう幻想さを持つ美しい湖。

 その湖面が不意に揺れる。

 外からではなく、その内部から。ゆらりと揺れた影が湖面を破り飛び出てくる。


「ううむ! 水浴びもなかなか良いものだっ。やはり俺はカニであるから、水とは相性がいいな!」


 陽気に湖から姿を現したにはカニエルである。

 ざばん、と一波起こしその巨体を湖に沈めていたカニエルが湖面からはい出る。湖面の波が収まるのを待ち、くるりとその場を一周。体を起こして湖面を鏡にする。


「ふむ、よし!」


 ぴかぴかになった己の赤銅の甲羅を湖面で確認し、満足げに声を上げる。

 カニエルは高潔なカニである。当然、清潔さも求めるカニでもある。身だしなみは紳士と騎士の必須科目。それが勇猛なる戦士の血肉であるとも、生まれ持った己の鎧と武器が汚れたままというのは彼の矜持が許さなかった。


「心躍る闘争であったぞ、戦士達よ」


 カニエルは、自分が残らず叩き潰した戦士たちの骸を一瞥。かちんと鋏を鳴らし、鎮魂と称賛の言葉をはなむけにする。


「さて、それでは逃走者を追うとするか」


 カニエルは地に伏せ身を低くした。

 カニは地面と平行の体勢で走るものである。横進みでこそ最大戦速を出せる生き物である。

 そうして、疾走。

 わしゃわしゃと動かす八本足の進行速度。巨体にふさわしい無尽蔵の体力。休まずに動き続ける要塞がごとき威容。

 その速度は、先に行ったコロとの距離を少しずつ詰める速さだった。

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【書籍情報ページ】

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