第三十三話
迷宮の四十四階層。
二十階層と構造を同じくするそこには一本の木が生えている。
そこまで巨大な木というわけではない。幹は太いものの、高さは近くによって見上げられる程度だ。一枚の葉っぱもついてないそれは、今にも朽ち果てそうな物悲しい枯れ木にしか見えないだろう。
その幹の真ん中には大きな目玉が一つついていなければ。
樹木型のローパー。
四十四階層、慈悲の間。五十階層が開かずの間と化しているため、実質この迷宮で最も強い魔物とされている四十四階層の階層主の姿はそれだった。
見た目と裏腹に頑健な幹と枝。幹の真ん中にはめ込まれた目玉で敵対者を捉え、無数に生える枝を自在に動かして相手をはじき貫く。あまりにも多いその触手は厄介の一言に尽きる。手数の多さとその身の頑健さで多くの冒険者を阻んできた強敵だ。
そのローパーに挑戦する三つの人影があった。
ローパーの武器である無数にある木の枝の触手。それがいま、四十四階層に来た冒険者に振るわれる。
枯れ木のような見た目と裏腹に、よくしなる触手は素早く、その可動域は広い。それをさばき防ぎきるのは並大抵の能力では足りない。
その触手を打ち落としているものがあった。
ローパーの触手に負けず劣らずよくしなり、弾力を持ち、強固な金色の物体が五本。金色に輝くそれが高速で舞うようにしてローパーと真正面から打ち合っている。
もしやこれは新手のローパーと四十四階層主のローパーの打ち合いで、新旧のローパー対決なのかと思ってしまうこと間違いなしの光景だったが、金色の触手を伸ばしているのは紛れもなく人間だった。
「ふふんっ。大したことはありませんわね」
彼女の名前はリルドール。
触手ではなく縦ロールを振るっているリルの顔は真剣だ。口ぶりこそ余裕ぶっているものの、決して余裕があるわけではない。
ローパーの攻撃は豊富な触手による打撃だ。それをすべて縦ロールでさばききっている彼女は、壁役としてたった一人で戦場を維持していた。
一つ間違えれば縦ロールをかいくぐってローパーの触手が体に当たりかねないほどの連撃に次ぐ連撃。ジリジリと精神を削るかのような打ち合い。そんな状況でもリルは強がることをやめはしない。
そして打ち合う一人と一匹の周りを飛び交う、二つの人影があった。
「ていやぁッ!」
「はァっ!」
リルが弾いた触手を次々と切り落としていっているのは、コロとヒィーコだった。
迷宮において植物型の魔物は異様なまでに硬い。それが階層主ともなればなおさらだ。細い枝に見えて、柔軟さと高い硬度を持つその触手はコロとヒィーコの二人がかりでもなかなか削りきれない。
「めんどくさいっす」
「ねー。硬いです」
リルとは違い、こちらは本当に余裕のある態度で次々と切り落としていく。リルが一手に触手の攻撃を受け持っているので、二人は攻撃に集中できるのだ。
ローパーの強みである手数を減らし本体の幹へとたどり着くために削っているのだが、この触手は再生する。
すぐさま生えてくるわけではないが、枝を切り落としたくらいでは大したダメージにはならない。それでもコロとヒィーコが切り落としていく速度のほうが早いため、徐々にローパーの手数が減っていく。
「そろそろっすね」
「はい。まずはヒィーちゃんにお任せです」
そうして競り合ってだいぶ数も減ってきたタイミング。
事前に打ち合わせていた通り、ヒィーコが攻勢に出た。
「変形・撃槍」
身を守る鎧をすべてパージさせ、己の持つ槍に注ぐ。
そうして生まれる、巨大な槍。攻撃にポテンシャルを注いだヒィーコが残りの枝を一気に切り払おうと、巨大な槍を振り上げる。
その威力に危機感を覚えたのか。ローパーがリルへの攻撃の手を止める。
壁役をこなしきったリルが巻き込まれないようにとその場を下がると同時に、ローパーが残った枝のすべてを一つに絡ませまとめ上げた。
幾多もの触手を練り合わせた太さは、本体の幹に匹敵するほどだ。
槍から膨大な出力をほとばさせるヒィーコを脅威と判断して、手数より威力を重視した一撃で押しつぶさんと巨大な枝を振り上げる。
「こんなもんっ」
ローパーが束ねた枝の触手。
もはや幹ほどの太さになったそれが迫ってきても、ヒィーコは退かない。
「リル姉の縦ロールに比べれば、屁でもないっすよ!」
「なぜローパーの触手とわたくしの縦ロールと比べますの?」
魔物の一部と比べられたリルが後ろで不可解そうな声を上げるが致し方ない。運用方法が似てるのだ。
比較対象がおかしいようでおかしくない叫び声をあげたヒィーコが、一閃。まとまった枝を切り払った。
触手を切り裂かれたローパーが、幹をのけぞらせて目を閉じる。
痛みにこらえて目を閉じているように見えるが違う。そもそも植物型であるこのローパーに痛みを感じる機能はなく、それゆえ怯むことがないという厄介な性質を持つ。
一時的に枝をすべて落とされたローパー。それは致命傷ではないが、戦力的に見れば痛手だ。自分の振るう枝を再生させる前の時間を稼ぐべく、あるいはその一撃で敵対する冒険者をなぎ払うべく、ある攻撃を放とうとしているのだ。
迷宮の天井から降り注ぐ光。それを体に溜めたローパーが、ある器官に集中させている。
ローパーにある唯一生物らしい器官、眼球。
閉じられた瞼から、ローパーがその身にためた光が零れ落ちていた。
「くるっすよ!」
「任せてください!」
これもまた事前の打ち合わせ通り。
ローパーの攻撃手段は、事前にセレナから聞いて対応策を打ち合わせてある。その奥の手である攻撃手段もだ。
リルたちはそのすべての長所を正面から打ち破るべく作戦たてた。
まずはリルを壁役にして手数を減らし、次いでヒィーコが一気に切り払う。そうして次に放たれるだろうローパーの大技に対抗するのは、コロの役目だ。
「行きますっ」
らんっと目を開いたコロが縦ロールに煌々と炎を宿す。
ローパーが眼球に溜めた光よりもなお明るく、コロの縦ロールが燃え盛る。
かつてのように、龍が顕現することはない。それでも、その熱量は膨大だ。膨れる炎を限界の限界まで溜め込んでいく。
いつもは後ろに流している赤毛の縦ロールを肩口から前に向けたコロが猛る。
その肩に、そっと添えられるものがあった。
見ずともコロにはそれが何なのかわかった。
「コロ。あなたの背中は、わたくしが支えますわ。だから、思い切り限界をこえなさい」
「……はいっ!」
リルの縦ロールだ。
リルの縦ロールの前二本が伸びて、コロの肩を支えるように置かれていた。
その光景を見たヒィーコがぽつりと漏らす。
「いやリル姉。普通に手を添えたほうがいいんじゃ――」
「さあ、やっておしまいなさい、コロ!」
「はいっ。リル様が支えてくれるんです。負けるわけがありませんよぉおおお!」
ヒィーコのツッコミはかき消す大音声で、憧憬を燃えあげたコロは叫ぶ。
それにこたえるかのようなタイミング。ローパーが、かっと見開いた。
見開かれた眼球は、もはや光球と化している。それほどまでに溜め込まれた光はエネルギーとなり熱となり直線上のすべてを滅さんと放たれた。
コロの縦ロール放たれた炎と、ローパーの眼球から放出された極太のレーザービーム。
炎と光がぶつかり合う。
「うっッ!」
それはやはり四十四階層主の切り札にして大技。コロの最大出力にも互角のぶつかり合いを演じる。
コロの足腰でも耐え切れないほどの炎の爆発。反動で後ろに吹き飛んでしまいそうになるコロを、リルが縦ロールで支える。
もしもコロがうち負ければ巻き込まれる立ち位置。後ろにリルがいる。自分の背中を憧れの光が支えてくれている。
ならばこそ、コロは絶対に負けられない。
「う、ちぬけええええええええ!」
吠えると同時に、コロが限界を超える。炎の出力が跳ね上がる。燃え上がるコロの想いが放出された光を撃ち抜いて、ローパーの目を焼いた。
「やりました!」
「後でたっぷり褒めてあげますわ、コロ!」
競り合いに勝ったコロの頭にぽんと縦ロールを置いたリルが、一歩前に出る。
「やっちまってください、リル姉!」
「当然。このわたくしを、誰と心得ていますの!」
「世界に輝く――」
「――リル様です!」
言葉をつなげた二人の妹分に、リルは口端を持ち上げる。
四十四階層主のローパーは触手をすべてを失い、最大の切り札である眼球も焼き払われた。残るはただ頑健な幹だけだ。
とどめはもちろん、あの技だ。
「必・殺」
一撃必殺の宣言と同時に、両手を前に組む。
「メテオォ」
唱える技名、込める想い。注がれる魂に呼応してリルの髪が膨れ上がって持ち上がり、前に組んだ腕を軸に一本になる。
「ロールッ」
リル最大の持ち技。コロに語って聞かせた強がりを真実に変えるための必殺技。それを実現するべく、ぎゅるりと縦ロールが回転を始める。
「スゥトリぃいいィム!」
巨大なロールが流星のように激しく流れて四十四階層主のローパーに殺到する。
枝も目もなくなったローパーに、対抗する手立てはない。ただ頑丈なだけの幹ではリルの縦ロールに耐えきれるはずもない。
必殺の一撃は、四十四階層主を粉みじんに巻き込んだ。
「ふっ」
元に戻った縦ロールには、もちろん塵の一滴もついていない。輝きをくすませる無粋さなど受け付けず、リルは誇らしげに美しい縦ロールを見せびらかしてかきあげる。
完全勝利。
三人揃って強敵を相手取って終始圧倒し、最強の技すら真っ向から打ち破る。その勝利を祝うべく、リルは堂々と胸を張って勝どきを上げた。
「天に轟き地に響き、世界の記録に名を残す! わたくしは、世界に輝くリルドールですのよ!」
己の誇りを見せびらかし、着実に最強無敵に近く少女は天を指差しそう吠えた。
「リル様、最高にカッコいいです!」
「ひゃっほう! 相変わらずセンスのない技名以外はカッコいいっすよ、リル姉!」
「ヒィーコ!? あなたはわたくしのセンスに文句でもありますの!?」
そうして仲間の心外な評価に噛み付くあたり、やっぱりリルはリルのままだった。
追記:書籍版2巻は、ここぐらいまでの分量です。
一話前に一巻分そこまでっていたのに、なに言ってんだオメーと思われそうですが、webでは一話分のところを思いっきり書き足してイベントで盛り上げまくったらそうなりました。
ほぼ書きおろしみたいになったので、よろしければweb版とは違う書籍版も、下のリンクからぜひともー!




