第三十二話
「コロネルさーん」
冒険者ギルド内にある訓練室が並ぶ廊下。
受付を離れたセレナは、そこをコロの名前を呼びながら歩いていた。先ほどやっとのことでコロネルが完成させた書類。それの不備を指摘するためにコロを探しているのだ。
「コロネルさーん。さっき提出した書類の件ですけど……あれ?」
なんとか書類を書ききったコロは逃げるようにしてリルたちのいる訓練室に駆け込んだはずだった。
だからリルたちのいる訓練室へとやってきたのだが、その手前で気配を殺しているをコロを発見してセレナは小首をかしげた。
「どうしたんですか?」
「……あっ。えと、その、なんといいますか」
後ろから声をかけると、リルとヒィーコがいる訓練室をそーっと覗いていたコロがわたわたとあわてる。
どうやら中にいるリルたちに気がつかれたくないようだと察して、セレナも声のトーンを落とす。
「リルドールさんたちと一緒に訓練をしないんですか?」
「えへへ。今はちょっと、入れないかなって」
「どういうことです?」
「やっぱり、リル様はわたしの光で憧れで、わたしの大好きなリル様だなって再確認してたんです」
「はい?」
何を言ってるか。ご機嫌なコロの視線を追ってみれば、訓練室で一心にレイピアを振るリルの姿があった。その愚直さは、もう先に進むことを諦めたはずのセレナの心をくすぐった。
なんとなく事情を察する。
縦ロールという強力無比な力があるのに、必死になってレイピアを振るうその姿。それを見つめるコロの目には、穏やかな憧憬の光が宿っていた。
その気持ちはセレナにも理解できる。前に歩く人の背中は、とても大きく見えるのだ。
まあしかし、それはそれだ。
「コロネルさん、先ほど提出された書類にあった多数の計算ミスと誤字――」
「び!?」
「――は、まあ、こっちで修正しておきましたので、確認お願いします」
コロが怯えた悲鳴を上げるのは織り込み済みだったため、訂正を入れた書類をコロに渡す。
「は、はい。これでいいですです!」
「もっとちゃんと見てほしいのですけど……」
受け取ってろくろく確認せず返却してきたコロにため息を吐く。
セレナを信用しているというのもあるだろうが、それ以上にもう計算したくないとコロの顔にありありと書いてある。
ただこれ以上やらせるのもかわいそうだ。今回はいいかと諦める。
「それで、どうします? 訓練室に入らないんですか。もう、使用料は前払いでもらってますけど」
「ええっと、ちょっと別の部屋がいいかなーって」
「そうですか」
何を見聞きしていたのかは知らないがこっそり気配を消して中をうかがっていたくらいだ。決まりが悪いのだろう。
照れ笑いをするコロにセレナはひとつ提案する。
「なら今日は私が相手になりましょうか?」
「いいんですかっ?」
コロがぱっと顔を輝かす。
コロとセレナではまだまだかなりのレベル差、力量差がある。格上と戦うのはコロにとっていい刺激になるだろうと思っての申し出だった。
「はい。私も久しぶりに体を動かそうかと」
どうせコロの相手以外仕事もないのだ。自主的に退勤しようと勝手に決めたのには、やっぱり訓練室で見たレイピアを振るうリルに知らず知らず影響されたものだった。
「やった! セレナさん、わたしの知ってる中で二番目に強い人なので、嬉しいです!」
「そうですか。ちゃんと体を動かすところまで行ければいいんですけど……二番目?」
セレナはうぬぼれでなく自分の力に自信がある。
なにせかつては迷宮の底、九十九層に至り百層の扉を開けたパーティーの一人だ。この国の最大クラン『雷討』の元ナンバースリー。世界的に見て自分と同等の力量持つ両手の指の数にも足らないと自負している。
その自分を差し置いて、コロの中で一番とされている人物。この国でセレナ以上の力を持つ人間となると、今はもう一人しか思い当たらなかった。
「コロネルさんはライラさんと会ったことがあるんですか?」
「らいら? 誰ですか?」
そういえばライラもコロのことを知っていたなと思って名前を出したのだが、コロはきょとんと目を瞬かせる。
「黒髪黒目の小柄な女性です。リルドールさんと同年代で、私の知っている限りいまこの国で一番強い人です」
「へー。そんな人いるんですね。知らない人です」
特徴を聞いてもコロは首を横に振る。そうでなくてもライラは冒険者として有名なのだが、やはりコロはそういった話も興味がないようだ。
この国ではっきりと自分以上の力を持っているのはもう彼女だけのはずなのだが、と困惑する。
「一番目に強い人っていうのは、もしかしてリルドールさんのことですか?」
「違いますよ? リル様の強さって、戦うのとは全然違うところにあるので」
リルびいきのコロならばと思ったのだが、そこはちゃんと分けているらしい。相手の戦闘力を見抜くコロの目は鋭い。興味が湧いたセレナは別の空いている訓練室に向かいながら探りを入れる。
「率直に聞きますが、その一番強い人というのは誰ですか? 少し、興味があります」
「狩人さんです」
「狩人さん?」
「はい。ちっちゃい頃のわたしに、焼いたお肉をくれたいい人です」
さっぱり意味が分からなかった。
「コロさんの小さい頃の話にもちょっと興味はありますが……その狩人さんは強かったんですか。私よりも?」
「はい。とっても強い人ですよ。たぶんですけど、セレナさんでも勝てないと思います」
その強さによほどの確信があるのか、コロはきっぱりと言い切る。
「いまのわたしじゃ、もちろん絶対に勝てないです。かすり傷も無理だと思います。あの人は本当に、ほんとーに強い人です」
「コロネルさんがそこまで言うのならそうなんでしょうけど……」
今のコロでも勝てない、そしてセレナと同等以上と言い切るとしたら、それは間違いなく上級上位以上の冒険者だ。そうなると、かなり数が限られてくる。
ふむ、とセレナは考え込む。
そもそも五十層以降が解放されている迷宮は世界にたった六つしかない。
世界に千以上点在する中での、たったの六つだ。五十層以降を開放するために倒さなければならない五十階層主のユニークモンスター。一度倒せば二度とリホップしないその魔物を倒すのは、あまりにも条件が厳しすぎた。
五十階層、峻厳の間。
そこに入る条件は『一度に五人以下』であり『レベル五十未満の人間』に限られている。
それでいて、五十階層主の推定戦力は五人パーティーならば各々がレベル六十半ばは超えないと太刀打ちできないとなっている。正面から攻略するには、奇跡にでも頼らないといけない難易度だ。
五十層以降が解放された六つのうち四つにして、魔物の暴走をうまく抑え込んで迷宮の崩壊を防いだものだ。魔物の暴走が起きると五十階層主が逆走を開始するため自然と五十階層が解放されるのだが、迷宮が崩落してしまう。
魔物の暴走を必死に抑え込み、他の場所から上級以上の冒険者の助けを求めて峻厳の間からでた五十階層主をしとめる。そうして運よく迷宮が残り五十層以降も探索できるようになったのだ。本当の意味で五十階層を攻略したとはいえない。
正規の手段で五十層を超えたのは、人類の歴史でたったの二組だけ。
三百年前に人類史上初めて五十層を突破し、百層の底に消えた大英雄イアソン。そして三年前に生まれた最新の英雄にして、百層で非業の死を遂げたトーハ。その二人が率いたパーティーしかない。
「その人の名前って、わかりますか」
それゆえに、レベル五十を超える高レベルの冒険者は少ない。セレナと同格の上級上位となればなおさらだ。そうそう他国に流れることはないし、その名前をほとんど知れ渡っている
「名前はクルクルおじさんです。四十歳くらいだったと思いますけど、とっても狩りが上手で、いろいろ教えてくれました。わたしに剣をくれたのもクルクルおじさんです」
「ほんとに誰ですか、それ……」
「クルクルおじさんはクルクルおじさんです!」
結局、謎は謎のまま。あるいはコロが幼い頃に見たせいで過大評価をしているのかもしれない。
コロが朗らかに言った明らかに偽名なその名前に、セレナは無表情のまま肩を落とした。
クルクル。
セレナがそのふざけた偽名の意味の大きさに気が付くのは、もっとずっと後のことだった。
二章がこれで終わりです。
リルとコロは割と好き放題やってるんですが、ヒィーコはまだまだおとなしい感じです。
ヒィーコにマフラー付けたくなって仕方がなくなってきたり、敵を爆発四散させたくて自爆特性持つ雑魚敵をいっぱい出そうかとか考え始めています。この気持ちをわかってくれる方がどれだけいるのでしょうか。
とりあえず今後もリルたちの冒険にお付き合いいただければ幸いです。
追記:書籍版1巻は大体ここまでの分量となっております。世界観を思いっきり強化した他、ミノタウルス戦にプラスしての書きおろしもありますので、ぜひよろしくお願いいたします! 下のリンクからヒーロー文庫HPに飛べます。




