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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
二章

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第二十八話

 リルたちが二十一階層に潜って早五日。

 迷宮零層にあるギルドは警戒態勢に入っていた。

 その発端は階層を無視して出現するユニークモンスターがいるという目撃情報がよせられたからだ。

 階層をまたがる魔物の出現。それは迷宮の魔物の全体が暴走する兆候である。

 現在確認されている限り、迷宮の階層を跨げる魔物はそれぞれの迷宮にたった一種類しか存在しない。迷宮の中でも最も難関とすらいわれる五十階層。そこを支配する五十階層主だけが階層を自由に行き来できるといわれている。

 本来ならば階層主として五十階層を縄張りにして出てこないのだが、ごく稀に閉ざされているセフィロトの扉を自ら開き、魔物を率いて五十階層主が地上へと逆送することがある。それが迷宮の魔物の暴走現象である。

 対処を誤ればその上に立つ町は、まず間違いなく滅ぶ。一階層から五十階層までの魔物がすべて地上へと逆走するのだ。それをとどめるのは困難で、暴走現象を抑え込んだ例のほうが少ないほどである。

 迷宮から出た魔物は、数日しか生命が持たないため直接的な被害が広がることはないが、ここは王都だ。そこで大幅な被害を出せば、波及する影響は計り知れない。

 そのためギルドでは緊急の態勢をとっていた。

 まずはその魔物の情報収集。そして五十階層の扉の開閉の有無。暴走現象の際に現れるとまことしやかに囁かれる伝説の悪党にして怪人、クルック・ルーパーの目撃情報がないかどうかなどという都市伝説じみた細かい話までかき集めていた。

 そして、ここ数日ぴりぴりしているセレナも同じだった。

 雇われでありギルド最高戦力であるセレナを下手に刺激するわけにもいかず、他のギルドの職員もどうすればいいか扱いかねていた。

 もし階層をまたぐユニークモンスターの情報が確かだった場合、セレナが討伐に駆り出される可能性は高い。それでなくても防衛任務が課せられるのは間違いない。気持ちがとがっているのはそのためだとギルド職員の面々は考えていた。

 実際ここ三日ほどセレナは気持ちが落ち着かなかったが、それはユニークモンスターの情報によるものだけではなかった。


 リル達が迷宮に潜ってから、もう五日。


 事前に記帳した予定では、二十一階層を半日探索するだけのはずが、五日過ぎても帰ってこない。

 一日過ぎた時は、まあ誤差だろうと思った。二日目にも帰ってきてないことに気がつき、遅いなと気持ちが陰った。三日目に帰っていないことを確認したときは、少し胸がざわめいた。

 そうして今日でもう五日。

 セレナの経験則からすれば、ここまで予定を超過していたら死んでいてもおかしくはない。

 セレナは三人のことを心配していたのだ。

 リルとコロとヒィーコ。三人の実力ならば、個々でも二十一階層の魔物に後れを取るようなことはない。それがたとえフィールドボスであっても打倒か、少なくとも逃げ切ることはできるはずだった。

 だが迷宮に絶対はない。

 特にパーティーを組んだばかりそれぞれがかみ合っていない状態だ。危険度はさらに跳ね上がる。だからこそ様子見で短い探索だったのだが、その帰還が遅れている。

 誰かに救出を頼むか、いっそ自分が。いやしかし。胸をぐるぐると回る葛藤は日増しに膨れていく。そこにユニークモンスターの目撃情報である。しかも、目撃されている情報位置が二十五階層から二十一階層までと、リルたちが探索していた階層と被る。

 まさかリルたちはそれにやられてしまったのではとセレナは不安に駆られていた。なにせユニークモンスターである五十階層主は恐ろしく強大で知恵が回る。いまのリル達では三人揃っても絶対に敵わない相手だ。

 不安要素が揃って気もそぞろ、胸がそわそわと落ち着かない気持ちでいた時だった。


「いやー、びっくりするぐらいの快進撃っすね!」

「わたし、レベル三十を超えました!」

「ふふん。わたくしなど、三十五ですのよ」

「フィールドボス狩りをした甲斐があるっすね。少数で倒せれば、あれほど経験値的においしい相手もいないっすよ!」


 がやがやと姦しく、三人が帰ってきた。

 三人の姿を見て、セレナはほっと息をつく。そこまで日が空いていたわけでもないのに、懐かしいとすら感じてしまった。

 安堵に胸をなでおろすセレナの心中を知るはずもなく、三人はセレナの座る受付に近づいてくる。


「換金をお願いしますわ。今日はなかなか大漁ですのよ」

「はい。かしこまりました」


 そういって冒険者カードを出すリルの顔はどこか誇らしげだ。

 おそらくは、と冒険者カードの解析業務をしながらセレナは考える・

 リルたちは何かしら避けられない事情があって日が延びたのだろう。迷宮を探索していれば突発的な事態に襲われて予定が変わることはどうしたってあることだ。心配はさせられたが、三人そろっての無事の帰還。責める気はわかなかった。

 話は後で聞こう。

 肩の荷が下りた気分で業務を進めていたセレナだったが、三人の冒険者カードを解析していくうちにその顔がどんどん険しくなっていた。


「……これは」


 ドロップ情報と獲得経験値の量がおかしい。各々のレベルが十近くまで跳ね上がっている上に、ドロップ品もやたらと希少性が高いものが多い。というか、二十一階層だけでは絶対に手に入らないようなものが大半を占めていた。


「……本日は、七十二万ユグになります」

「おお!」

「すごっ!?」

「あら。まあまあですわね」


 換金金額を告げ、三人の歓声を聞くセレナの表情は、いつものポーカーフェイスというよりは仏頂面に近かった。


「それよりもお三方、予定探索区域は二十一階層だったはずでは?」

「いや実は今回、自主的に急遽予定を変更して二十五階層まで一気突っ走ったんすよ!」

「……二十五階層まで? 急遽? 自主的に?」


 セレナの声にじとりと不穏な調子が混ざるが、テンションの高い三人は気がつかない。


「ええ。まあ、わたくしですから多少突発的な強行軍も難なく突破できましたのよ」

「色んな地形が体験できて楽かったです!」

「……そうですか。そうですか。つまり、自ら予定を繰り上げるような強行軍に出向いたと?」

「ええ! そうして積み上げたのが、今回の成果ですわ」

「いやいや。多少の無茶もやってみるもんすね! 一回でこんなに稼げたのは初っすよ」

「今度、武器をまた仕入れてからやってみたいです!」

「…………なるほど」


 姦しく騒ぎ始めた三人に、息を吐いたセレナが手をゆっくりと持ち上げる。

 なんだ、と三人娘の視線が集まったのに合わせ、その手を勢いよく振り下ろした。


「っ!?」

「ぶっ」

「おぐっ」


 直前で飛びのいたコロ以外の二人がべしゃりと押しつぶされる。

 コロだけは素晴らしい危機察知能力と瞬発力を発揮して難を逃れていたものの、冷や汗を隠せない。


「び、びっくりしました。なんですか今の?」

「……」


 本当に本能だけでかわしたようで、どこから攻撃がきたのかときょろきょろと周囲を見ている。

 セレナは自分の攻撃をかわされたことに少しだけ不満に思うも、さすがに追撃はしないでおいた。


「な、なんですの今のは……」

「い、いまのが有名な『空手』っすか……」


 八つ当たりが混ざっているとはいえ、怪我も負わせる気のない軽い攻撃だ。リルとヒィーコも立ち上がる。

 セレナの過去を知っているか知っていないか、その違いで出た感想の差。それを聞き流し、セレナは内心では感情任せでちょっとやり過ぎたなーという後悔していることなどおくびにも出さずに淡々と忠告する。


「今のでこれに懲りたら、予定はできるだけ正確に守ってください。業務に支障が出ます。外部からの事情でしたら致し方ありませんが、ご自分から予定を崩されるようなことはしないでください」

「……まあ、確かに多少予定はズレましたわね」

「多少?」


 じとりと睨んでとがめれば、さすがのリルも口をつぐんだ。

 半日が五日に、二十一階層の様子見が二十五階層までの踏破に変わったのが多少というのならば、記帳の意味などない。


「それと緊急の連絡があります。階層をまたぐユニークモンスターの情報が入りました」


 気まずそうな顔をしている三人に、セレナはギルドの情報を通達する。

 ユニークモンスターの出現情報はリルたちに限らず、すべての冒険者への連絡事項だった。


「これは五十階層主の逆流……つまり魔物の暴走の恐れもあります。今後迷宮への出入りが制限されることも考えられますのでご留意ください」

「五十階層主の出現、ですの?」

「ええ」


 リルの問いかけを肯定したセレナに、ヒィーコの顔がこわばる。無理もないだろう。彼女の故郷は、十年ほど前に南方の国で起こった魔物の暴走で滅んでいるのだ。


「その魔物の特徴は、全身が金色で太い四本脚。本体と思しき部分は丸い繭のようなもので包まれているとのことです。恐ろしく凶暴性が高いようで、魔物同士での抗争が見られています。攻撃手段はその足で踏みつけたり、火を噴いたり、巨大な爪を出し入れしたりと多様です。またどうやってかは判明していませんが、湖面地帯である二十二階層ではアメンボのように水面を滑り、足場が悪い二十四階層の山岳地帯でも難なく活動しているところから、環境への適応性も高いとみられています。五十階層の扉が開いたという報告はないので、何かイレギュラーかもしれませんが――どうしました?」


 なぜか説明の途中から、三人がそろってセレナから目を反らしていた。

 

「いや、その。もう一回、その新種の魔物の特徴を教えてくださいますの?」


 命にかかわる重大な説明なのに、何を。そう思っていると三人を代表して、ひきつった顔のリルがセレナに説明をねだってくる。

 なんなのだろうか。不可解に思ったが、要求されたように、もう一度ギルドで収集した目撃情報を伝える。


「まず、体色は金色で四本脚。本体は繭に包まれているかのような球体です」


 最初のそれで、リルが目を泳がせる。


「しかも時折、閃光のような直線的な炎を放出して」


 次に、ここでコロが顔をあさっての方向へ逃す。


「何やら、鋭く巨大な爪の出し入れをするなどの攻撃手段も――」


 最後にヒィーコが天を仰いだ段になって、セレナも察した。

 リル、コロ、ヒィーコ。その三人の魔法を組み合わせたらどうなるか、想像してみた。


「……お三方。事情の聴取にご協力いただけますね?」

「……はい」


 大事に膨れ上がった事態を察してか、セレナの要求は殊勝な態度で受け入れられた。

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【書籍情報ページ】

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