第二十七話
二十一階層に、塵が降る。
二つに切り裂かれた大鎧イノシシがその生命を停止し、体を塵と変えて二十一階層に細かく降り注ぐ。まるで黒い雪のような幻想的にも見えるその光景。迷宮の床に落ちた塵はしばらくそのままだが、そのうちに迷宮に吸収されるようにして吸い込まれていくため、蓄積することはない。
降り注ぐ塵を振り払い、ヒィーコは変身を通常モードの鎧に戻した。
「ふっ、こんなもんっすよ」
「すごいヒィーちゃん! リル様の次の次の次くらいに!」
「コロっち。それは褒めてくれてるんすか……?」
ドヤ顔のヒィーコにコロが満面の笑みで微妙な評価を与える。リルをてっぺんとするコロとしては素直に最上級の褒め言葉であるのだが、余人にはいまいち理解しずらい。
友達からの何とも喜べない褒め言葉に首をひねるヒィーコにリルも声をかける。
「まあ、なかなかでしたわ。思ったよりもやりますのね」
「……どうもっす」
リルのどこかよそよそしさのある褒め言葉を、ヒィーコはぎこちなさが残る仕草で受け取る。
まだ二人の間が円滑になったとは言い切れない。ほんの少し前まではいがみ合う仲だったのだ。互いの実力を認めたからといって、すぐに手をつないで仲良しこよしといくほど人間の心は素直にできていない。
それでも間違いなく距離は縮まっていた。
「なんにしても今日の成果はこれくらいでいいですわね。また入り口に折り返して、テレポートスポットから帰りましょうか」
「そうですね。ごはんのお肉が待ってます」
「いや、ちょっと待つっすよ」
今回は新規加入のヒィーコがいたため、ただの慣らしの予定だった。それが二十一階層の踏破、さらにはフィールドボスの討伐と予定以上の成果を上げた。勢い任せの探索だったとはいえ、予定以上の成果をあげたのだ。
これならば帰ってもいいだろうと、二十二階層へ続く階段を背にしようとしたリル達をヒィーコが呼び止める。
「ここは二十一階層で、戻った場合はそこの入り口に零層までのテレポートスポットがあるっすけど、降りた場合の次のテレポートスポットは二十五階層。そうっすね」
「そうですわね」
今更なことを聞いてきたヒィーコの言葉にリルがうなづく。
階層を飛び越えて零層の冒険者ギルドから一気に転移ができるテレポートスポット。非常に便利な機能だが、転移が可能なテレポートスポットはどこにでもあるわけではない。一番最初にあるのが二十一階層の入り口であり、四十階層までは五層刻みに存在している。それぞれのテレポートスポットに辿りついて初めて、そこへ転移が可能になるのだ。
「なら今回は二十五階層まで一気に下って、途中のフィールドボス狩りと行こうじゃないっすか! ここで帰るなんて、なんていうかその……もったいないっす!」
その提案はヒィーコのパッションが燃え上がってテンションが天井知らずに燃え上がっているのが原因だった。いつもの彼女だったら、絶対にこんな無茶は提案しなかったはずだ。ヒィーコはギガンと一緒に迷宮に潜り、慎重な探索を繰り返して力を上げている。だから無理はしないという鉄則をやぶったことはなかった。
ただ、今回の探索ではかつてないほど心が燃え上がって踊っている。
ハイテンションのヒィーコに、いくぶんか落ち着いているコロが手を挙げて意見を出す。
「ヒィーちゃん。わたし、武器が壊れちゃってますよ?」
「コロっち、素手でも十分戦えるじゃないっすか」
「む。いや、まあ戦えますけど……」
なにせ素手で大鎧イノシシをぶん投げて見せたコロである。ヒィーコの言葉を否定もできず、あいまいにうなづく。
正直コロの場合、ただ相手を屠るだけならば素手と縦ロールだけでも十分なのだ。コロが安物であっても剣を使っている理由は、それが初めて他人から与えられたものだからというのが大きい。
武器を使うという人間らしさ。
コロが剣を握っているのはそれが最大の理由だ。
「うーん……リル様はどう思いますか?」
「そうですわね……」
剣がなければどうしようもないというわけでもない。戦うだけなら素手でも十分なのだ。そのため、コロは判断信頼するリルに丸投げする。
強気なヒィーコの提案に、リルもまた渋面を作っていた。
「日を跨ぐような探索は、セレナに提出した予定と大幅にズレますわ。第一、どれくらい時間がかかるかもわからない強行軍に思いつきで挑もうなど、少々無謀過ぎませんこと? いくら冒険者カードの機能もあるとはいえ、どうかと思いますわ」
「いやいや、そんな弱気なこと言うんじゃないっすよ」
こればっかりはリルが正論なのだが、久方ぶりに冒険心が刺激され解放したヒィーコも引かない。
「安全を盾にして逃げるんすか。『それが試練苦難であるなら、引けない』。あんたが言った言葉っすよ?」
「……なんですって?」
自分の言葉を引き合いに出されて、コロを前にしたリルが引けるはずもない。
リルは単純なのだ。理屈より感情を優先する。感情より誇りを優先する。そしてリルの誇りとは、コロの燃える憧憬だ。
ならばこそ、自分の言った言葉を嘘にはできない。
「このわたくしが臆するはずがありませんわっ。いいですわよ。二十五階層までのフィールドモンスターを、わたくし達で狩りつくしてやろうじゃありませんの!」
「リル様、焼き肉はどうなるんですか?」
「全部終わったら思う存分食べますわよ!」
再度挙手をしたコロの意見を一蹴。戻ったら焼き肉とは言ったが、今日に戻ると明言したわけではないから嘘にはならない。
「……でも、コロは武器がなくても本当平気ですの? もし無理をするようなことになるなら、事前にいいなさい」
「むむむ……お肉おあずけはちょっと残念ですけど、リル様が言うなら、やってみせます! 戦うだけなら素手でも楽勝です! 今なら縦ロールもありますし、たぶん問題ないです!」
「よっし。さすがコロっちっす!」
勢い任せながら、意見はまとまり士気も高まる。前に進む三人は、意気揚々と二十二階層に下って行った。




