第二十六話 変形:撃槍
武器を失おうがやる気がなくなろうが、敵対する人間の事情を魔物である大鎧イノシシがくみ取ってくれるはずがない。
なにせ相手は出会い頭に牙を折ったにっくき敵である。牙を折られて怒り狂う大鎧イノシシがまず標的にしたのは、しょんぼり肩を落としているコロだった。
「コロっち!」
まだ遠い目で「お説教……いや、勉強時間の追加……?」などとぶつぶつつぶやいているコロへ、ヒィーコの警告が飛ぶ。
なにせあの巨体である。ぶちかましを受ければ、リルのようなよっぽどの防御手段を持っていなければ重傷を負ってしまう。
だが同時に、コロならばたやすく避けられる程度の攻撃だろうという信頼感もこもっていた。
機動性という点では、コロはぴか一だ。その一点だけとれば、もしかしたら上級のレベルに片足を突っ込んでいるかもしれないと思わせるほどである。
だがヒィーコの警告を受け我に返っても、コロは動かなかった。
「……む。お肉がこっちに来ようとしてますね」
「いやだから肉は――へ? こ、コロっち? なにやってるんすか?」
「リル様は言ってました」
素朴な疑問を上げるヒィーコに、折れた武器は投げ捨てたコロは失ったやる気は再度みなぎらせて縦ロールに火をともす。
そうして燃える瞳で、まっすぐに大鎧イノシシを見据える。
「魂の込もった一撃は、受け止めるものだと!」
「いやそれは時と場合によると思うっすけど!?」
ヒィーコが叫ぶがコロは動かない。大きく両手を広げて魔物の吶喊を迎え撃つ構えをみせる。
リルにとってコロの言葉が重いのと同じように、コロにとってもリルの言葉は常に重大で絶大だ。
待ち構えるコロに向かって、後ろ足を蹴り上げた大鎧イノシシが突撃を開始する。
大鎧イノシシの攻撃は非常にわかりやすい。一撃の威力は高いものの、その挙動には大げさなモーションがある。突進の場合は溜めも大きく、追突までの間も広い。コロでなくても避けるだけなら簡単な攻撃だ。この魔物は攻撃力と防御力が並外れているため狩り難いだけであり、逃げるだけならそう難しくない相手なのだ。
でもコロは、真正面から大鎧イノシシの巨体を受け止めた。
「ぅっ!」
その身を襲う衝撃にコロの顔がゆがむ。
普通ならば跳ね飛ばされるしかない体重差。それを抑え込み力のぶつかり合いの土俵まで持ち込んだのは、コロの縦ロールから噴き出すジェットだ。ロールジェットの力で体積の差を埋めて、衝突の衝撃は体で受け流して二本の足から地面に逃がす。
そうして実現した、人と魔物のぶつかり合い。
ちっぽけな二本足の人間と、巨大な四本足の生物の取っ組み合い。
「ぐぅうぅっ」
だがそこがちっぽけな人間の限界なのか。赤い縦ロールから炎を噴射させるコロですら大鎧イノシシは止められない。
ぶつかり合いにおいて、重量が多いほうが絶大なアドバンテージを得る。踏ん張るコロの努力もむなしく、大鎧イノシシは勢いのまま突き進んで自分と張り合おうと不遜な行動を起こしたちっぽけな人間を壁際まで押し込む。
このまま、壁にぶつけて押しつぶす。
本能的に考えただろう大鎧イノシシの動き。このままだとコロが押しつぶされ、壁のシミになってしまう。危機感に煽られたヒィーコが横やりを入れようと槍を強く握り駆け出そうとする。
だが、コロがこのまま終わるはずがなかった。
「ぅうううううりぃっ、やぁ!」
壁にぶつかる間際。カッと目を見開いたコロが、今までの最大噴射を縦ロールから放つ。
それは瞬間的ではあるものの大鎧イノシシの総重量を超えたパワーの放出だ。瞬間的に己以上のエネルギーを正面からぶつけられた大鎧イノシシは、ガクンと急制動をかけられる。
頭を抑え込まれた大鎧イノシシの後ろ足が反動で持ち上がり、その巨体が浮かび上がる。
突進を止められ体を浮かせた大鎧イノシシに、すかさずコロの追い打ち。再度の縦ロールからの最大噴射で自分のパワーを増幅させたコロが、信じられないことに大鎧イノシシの体を持ち上げ、そして
「飛んでけお肉ぅうううううううううう!」
ぶん投げた。
大鎧イノシシの体が持ち上がった一瞬を見逃さず、流れるような挙動でエビぞりになり、勢いを殺さず空高く投げ飛ばした。単純な腕力ではない。縦ロールジェットの助力を得たからでもない。本能的に力の流れを読み、つかんで引き寄せるコロの戦闘センスがあるからこそなせた離れ業。
「うっそぉ……」
平均的な家屋一軒分はある巨体の魔物が空中に投げ出されるという光景を見たヒィーコが思わずつぶやいてしまったほど、型破りで豪快な投げ技だ。
いくら巨体とはいえ、しょせんは空も飛べないイノシシ型の魔物だ。こうされてしまえば、どうしようもない。
宙に投げ出され身をよじって暴れる大鎧イノシシに狙いを定める人物がいた。
「よくやりましたわ、コロ」
金に輝く五本の縦ロールを揺らめかす少女、リル。
先ほどの衝突で壁際まで弾き飛ばされていたリルがそこにいたのは偶然ではない。吹き飛ばされた先で待っていると信じて疑っていなかったコロが、狙って投げ飛ばしのだ。
妹分が身を張って作ったチャンス。それを逃さないためにも、空中に投げ飛ばされ足をばたつかせながらも身動きが取れなくなった大鎧イノシシを見据え、リルは五本の縦ロールを構える。
「帰ったら、ごはんは焼き肉にしますわよ」
「やった! リル様大好きです!」
コロの声援を受けたリルが縦ロールを展開。
まずは肩口から前に垂れている左右二本の縦ロール。それを大きく膨らませ、凝縮。鉄よりも固く、槍のように鋭く尖らせる。そして次に後ろに流れる三本のうち、左右の二本を弾力性を可能なまでに引き上げ、圧縮。ぎりぎりまで縮めこんだバネとする。
そうして用意した二種類の性質を持った縦ロール。硬く鋭く研ぎ澄ました縦ロールを前に出し、その底面に限界まで弾力性を増させたバネの縦ロールを接着。前後で異なる二つの縦ロールを縦に連結した。
「縦ロールによる駆動に続き、わたくしの新技を披露する時が来ましたわね!」
ミノタウルス戦の時から、リルは己の火力不足を感じていたのだ。
ミノタウルス戦でぶつけた時の縦ロール。前の二本をバネにし縮めてぶつけた時は、相手を貫くほどの威力は出なかった。よろめかして隙は作れたものの、それだけに終わってしまった。
縦ロールをバネのように縮め、その反動でぶつけるだけでは相手を貫く鋭さと硬さに欠ける。貫くには回転させるのが一番なのだが、縦ロールを回転させるのは非常に体力を消耗させるため気安く使えない。必殺技は、あくまでも必殺技なのだ。
だからこそ求めたのは、必殺技以外に連発できるような高威力の技の開発。そうして生み出されたのが、縦ロールの縦連結だ。
「いきますわよ」
性質を変えた前後ろにある左右の縦ロールを縦に連結させたリルは、残った後ろの一本を地面に接着させて衝撃に備える。
そして、叫ぶ。
「ロール・スプリング!」
リルが技名を叫ぶと同時に、バネロールが弾ける。縮めに縮め、ぎりぎりまで押さえつけられた力の解放を受けて、槍にと固められた縦ロールが射出される。
撃ちだしの速度は一瞬、そしてその威力は膨大だ。
バネの性質と槍の性質に特化させたそれぞれの縦ロール。その射出による反動は、後ろで接地している縦ロールで受け止める。組み合わさった二種類の縦ロールが、フィールドボスの中でも特に頑健だと評判高い大鎧イノシシの鎧を打ち砕いた。
「ははっ」
その光景を見ていたヒィーコの口から笑い声が出てきた。
リルとコロの戦い方は、むちゃくちゃだ。ただ勢い任せなだけで堅実さというものがまるでない。命を懸けているとは思えないほど慎重さが見受けられない。どこまで力任せで恐れ知らずに挑んで戦っている。
ギガンと迷宮に潜っているときは、もっともっと慎重に進んでいた。先を知っている年長者の先導に従って、ヒィーコは着実にレベルを上げて力をつけてきた。それが冒険者というものなんだろうとヒィーコもなんとなく納得していた。
でも、なぜだろうか。
二人の戦いを見て、胸が熱くなる。脈打つ血がざわめきたぎる。コロとリルの縦ロールの輝きと威力。それを見せられて、自分も負けられないと心が燃える。
大鎧イノシシの鎧を打ち砕いたリルがちらりと視線を流してくる。
とどめはお前がやれと、見せ場はくれてやるとあの目は言っている。ただし無様はさらすな、自分たちに劣らないくらいに派手にやれと要求している。そのくらいできなくては、一緒にパーティーを組んでる意味などないと試すかのように挑発してくる。
ならば受けて立とうではないか。
「――変・身」
負けられるものか、引いてたまるか、臆してたまるかとヒィーコの負けん気が声高に訴える。
ああ、そうかとヒィーコは思い出す。
変身時の閃光に包まれ、魔力装甲を身にまとう。この鎧が、この槍が何のために発現させた魔法なのか。
力が欲しかった。変わりたかった。物心ついた頃に故郷が滅んで、難民としてこの国に流れ着いた哀れな子供ではない。施しを受けなければ生きられないような弱い難民ではない。物珍しさを価値に、好色な貴族から狙われるような異人としてでもない。
ただ一人の人間として、ヒィーコという名前を貫いて生き抜き認められる力が欲しかった。
自分の力を世界に示すための槍と鎧。それを身にまとったヒィーコは、自分の想いの名前を思い出す。
挑戦。
この世界に挑むために。まだ力を持たなかった頃の自分から、強く強く変身するためのキーワード。それを唱えてこの世界に挑むために、ヒィーコは迷宮に潜った。身分も、人種も、一切の垣根なく自分というものを貫くためにヒィーコは冒険者になった。
己を力を示すのが挑戦だ。そのための冒険だ。久しく忘れていた衝動に身を任せ、ヒィーコは己の想いを開放する。
「変形・撃槍」
装甲がパージし、ヒィーコの持つ槍へと集中する。
ギガンがなぜリルたちのパーティーに自分を放り込んだか、納得できた。
挑め。
そういうギガンの声が聞こえてくるようだった。彼自身では決して教えられなかったこと。限界に挑めと、己の保身を考えずに前に進んでいくあり方を見て学んで自分の想いを思い出せと、きっとそういうことなのだ。
「兄貴。勝手に置いていかれたのはまだ怒ってるっすけど……ちょっとだけ、感謝っす」
熱く脈打つヒィーコの想いを受けて膨らんだ魔力装甲。そうして出来上がったのは、ヒィーコが創り出した今までで一番大きな槍だった。
巨大な、それこそ鎧をはがれた大鎧イノシシと変わらないほどの大きさの槍。リルとコロが思わず目を見張るほどの出力をまき散らして存在を主張する槍が現出する。
ヒィーコはそれを握りしめる。重さなど、ない。これはヒィーコ自身の思いのたけだ。ヒィーコ自身が握りしめて振るうための魔法だ。それが重荷になるはずがない。
「ヒィーちゃん、やっちゃってください!」
「……やり損ねるんじゃないですわよ、狂犬」
「は!」
一人の声援と一人の挑発を、ヒィーコは笑って受け入れる。
大鎧イノシシは、まだ宙に投げ出されたままだ。あんな動けない相手に攻撃を当てるなど当然。ならば一撃必殺、ど派手に決めてみせてやる。
たとえ鎧をはがれても、大鎧イノシシの毛皮と肉体はそれだけで高い防御力を誇る。その肉を断つのは、二十階層主であるミノタウルスの肉を断つのと大差ない。
だが、そんなものは知ったことではない。
コロはあの巨体を素手で投げ飛ばした。リルは最も硬い鎧を一撃で粉砕した。
ならば自分は、あの巨体を一撃で真っ二つにしてやるのだ。
「当然、やってやるっすよぉおおおおお!」
膨れた熱意、目覚めた感情、解き放たれたヒィーコの想い。それらすべて注ぎ込んだ振るった巨大な槍は、見事に大鎧イノシシを一撃で真っ二つにした。




