第二十四話
迷宮の二十一階層。
ミノタウルスを下し中級に上がった冒険者がまず足を踏み入れるそこは、十九階層までとは大きく異なる。
フロア一面を覆い尽くす森林が生い茂る階層。それが二十一階層だ。
その広大な森林の一画に奇妙な一行がいた。
一人は五本金髪縦ロールのリル。一人は一本の赤毛縦ロールのコロ。そうして最後の一人が、普通のセミロングの銀髪である褐色少女、ヒィーコだ。
女三人なのはともかく、普通の髪形をしているヒィーコが逆に浮いているという謎のパーティーである。
リルとコロのバディに加わった新メンバー。槍を携え変身の魔法を持つヒィーコは、まだぐずっていた。
「兄貴ぃ……どうして行っちゃったんですかぁ……」
「あなたいつまで嘆いてますの?」
昨日、リル達はギガンの引退を祝って見送った。そうして今日、初めて三人で組んで二十一層に降りたのである。
ジト目のリルの視線を受けて、ヒィーコはふんと鼻を鳴らして開きなおる。
「ふんっ。フラれて置いていかれた人間の気持ちなんて、あんたには理解できっこないっす」
「……」
ヒィーコの八つ当たりに、リルはむっつりと口をつぐんだ。実のところリルは、学園を退学になったあたりで婚約者に見捨てられた経験がある。家同士で決まった婚約で恋愛感情があったわけではないが、それでもショックな出来事だった。
いつもは簡単に挑発に乗ってくるリルの反応に気が付いたヒィーコが、これはやり込めるとぱっと顔を明るくする。
「お? お? あるんすか? あんたもしかして、振られたことがあるんすね! ねえ、ちょっと話してみてくださいっすよ!」
「この駄犬は本当に調教が足りませんわね……!」
「ああん? 人を犬扱いするあんたは何様なんすかぇ」
「ヒィーちゃん、リル様! この階層は楽ちんでいいですねっ」
常にケンカ腰な二人のやり取りとは関わらず、陽気なコロは楽しげに二人の少し前を歩いていた。明るいコロの声に二人はケンカを一時中断し、表情を緩める。
「そうですわね、コロ。あなたはいつでも元気ですわね」
「そうですか?」
「そうっすよ。コロっちは癒しっす」
「そうですか!」
不承ながらもパーティーを組んだリルとヒィーコだが、二人の間には溝がある。そもそも出会いが悪いし、生い立ちから来る差別意識もある。いがみ合う二人の間に、コロがいなければとっくの昔にケンカ別れをしていただろう。
「でもこの階層はいいですね。この森は山に似てて懐かしいです!」
半分くらい自然に還ったコロは嬉しそうな歓声を上げる。
迷宮は、階層によって構造が異なる。
十九階層まで比較的単純な構造をした迷路。二十階層ではただっぴろいだけの開けた空間。そして二十一層以降は、またがらりと環境が変化する。
二十一層は、十九階層までとは異なり、たった一つの広大なフロアになっている。冒険者を阻むのは、生い茂る樹木の群れだ。
「……この森、本当にうっとうしいですわね」
「罠とかもあるっすからね、気を付けないと」
「わっ。見てください、リル様! あそこにあるのトラばさみです。懐かしい!」
「あんなものまであるんですわね……」
目敏くトラップを発見したコロに、リルは暗澹とした表情を漂わせる。
リルは戦闘能力は改善されているもののサバイバル能力はまだまだ底辺に近い。ものすごく楽し気に鼻歌交じりで森を歩いているコロとは違い、非常に歩きにくい森林地帯を進むリルの顔は不機嫌そのものだった。
実際問題、足場としては整備されているに等しかった十九階層までとは異なり、二十一階層は非常に歩きにく。見通しも悪く、魔物から不意打ちも受けやすくなる。
土がない分まだましだが、そもそも土がないのになぜ木が生えているのか。
足に絡みついてくるようにして歩行の邪魔をしてくる草木に対しリルが苛立たし気に根元に目をやると、迷宮の床から直接木が生えていた。
「……なんですのこれは。わたくしの知っている草木とは違いますわね」
「迷宮特産っすよ。しかも異様に丈夫っすからね。ここら辺に生えてるのは、全部オブジェクト扱いっすよ」
「へえー」
ヒィーコの説明に、コロが関心したように頷く。
迷宮のオブジェクト。床や壁ほどでなくても、異様なほどの強度を誇る障害物の総称だ。二十階層にあった扉などと同じで、壊せないことはないが苦労と見合うことはない。
試しにコロが、せいやっと剣を振るう。
「おお、スパってできないです」
「いや、剣で伐採しようっていう発想がそもそもおかしいんすけどね?」
いま斬りつけられた木はコロの斬撃を受けても、うっすらと傷がついただけだ。コロが本気を出せば壊せないことはないが、逆に言えばコロでも本気を出さないと壊れないということだ。
「しっかし」
トラップを避け、飛び出てくる魔物を狩る。そうして進んでいる最中で足を止めたヒィーコが、ちらりリルを振り返った。
コロは言うに及ばず、ヒィーコもこの環境に適応している。それに比べ、リルの足の進みは遅れて疲労の色も濃い。
その様子をヒィーコは嘲る。
「お貴族様の足は遅いっすねぇ。他人にやらせてばっかりで自分じゃ動かないからそうなるんすよ。迷宮探索に足手まといはいらないんすけど?」
「リル様はちょっと慣れてないだけです。あっという間に馴染んじゃいますよっ。だってリル様ですもん!」
「いやいや。コロっち。このお貴族様は置いて先に行かないっすか? あたしたち二人だけの方が方がずっと早く先に進めるっすよ」
「……わかりましたわ」
健脚のコロとヒィーコに比べ、環境の変化に完全に不慣れなリルは確かに遅れていた。そもそも、成長と進化の要素を縦ロールに殆ど注いでいるのがリルである。レベルの割に彼女の身体能力自体は低かった。
それでも気に食わない相手に欠点を指摘されて面白いはずもない。むっとした様子を隠そうともしないリルが立ち止まる。
「いい機会ですわ。少し前から考えていた移動方法を披露する時が来ましたのね」
「へー? なんすかぁ、それ、は……」
どうせいつもの強がりだろうと煽っていたヒィーコは、途中で言葉をすぼめた。
にゅる、っとリルの縦ロールが伸びたのだ。
そこまでは、まあいい。ヒィーコもリルの魔法を知っている。もともとボリュームがあるリルの縦ロールがさらに膨れて伸びあがろうが、今更といえば今更である。
問題は、五本のそれが接地しリルの体を持ち上げたことだ。
「うえ?」
「おお!」
びくっとヒィーコが身を引き、コロは逆に目を輝かせて身を乗り出す。
リルの体を持ち上げた縦ロールは、そのまま五本でわしわしと歩き始める。硬軟自在、伸縮可能、バネにもゴムにも頑健な棒にもなるリルの縦ロールは、器用にわしゃわしゃ動いて移動する。縦ロールは地面だけではなく、樹木に巻き付き掴んで三次元的な挙動すらも可能にしていた。
どうしてこうなったとかは言ってはならない。リルが自分なりの移動方法を考えた結果、こうなったのだ。
「まあ、こんなものですわね」
その場をぐるりと回り、何度か飛び跳ね、しばらく動きの確認をしていたリルだったが、やがて馴染んだのだろう。目の前の非現実的な光景がまるで馴染まないヒィーコを置いて、号令をかける。
「さあ、行きますわよ! ここから一気に駆け抜けますわ!」
「はいっ、リル様!」
「ちょ、えちょ!?」
リルが縦ロールをわしゃわしゃ駆動させ、遠慮する必要がなくなったコロが縦ロールからジェットを吹き出し滑空する。
ヒィーコがはっと我に返った頃には、もう二人の姿はない。
出遅れたヒィーコは慌てて駆け出した。




