第二十二話
「受けてみなさいっ、階層主!」
宣言と同時に、リルは縦ロールを解き放つ。
巻き上げられた縦ロールはリルの想いに応えて膨れ上がり、伸び縮み、すさまじい勢いでミノタウルスに殺到する。
「……すごい」
ぽつり、と少女の口から称賛が零れ落ちる。
傷ついた仲間を抱えて安全圏に避難した少女の視線の先で、リルの縦ロールが舞うようにしてミノタウルスと戦闘を繰り広げていた。
黄金の縦ロールが鞭のようにしなり、うなりをあげてミノタウルスの猛攻を弾く。
一本でミノタウルスの振るう斧を弾き、二本で足を狙い翻弄。背中から伸びる三本の縦ロールでミノタウルスと互角以上に渡り合う。
その光景に、少女は思わず言葉を漏らす。
「すごい、けどッ。まるで意味が分からない……!」
もっともな言葉だった。
片や縦ロールの中に炎を宿して魔物の群れを蹴散らし、片や五本もの縦ロールを動かし階層主と一人で戦っている。その光景は、少女の理解を超えていた。別にこの少女だけではなく、ほとんどすべての常識的な冒険者の理解も超えていた。
想いが形になるのが魔法だ。それは少女だって知っている。少女だって、自分の想いがもととなった魔法を有している。
「でも、なんで縦ロールが動くの……? どうして縦ロールの中で火が燃えるの? なにをどうしたらそんな魔法に至るわけ?」
想いが形となるのが魔法ならば、あの二人の想いは縦ロールなのか。なにがどうすれば縦ロールが想いになるか。しかも、なんで縦ロールから派生した魔法があんなにも強いのか。まるで意味が分からなかった。
だから、少女の口からは切実な疑問がいくつも飛び出てしまう。
「縦ロールの形をしている想いって何っ? なんなの!?」
「誇りですわ!」
混迷を極める少女の叫びに、リルは毅然と答える。
「わたくしの魔法は縦ロールっ。わたくしの誇りと信念を形にしたこの縦ロールを武器にし、わたくしはどこまで成り上がっていきますのよ!」
「ねえっ、お願いだから人間にもわかる言葉をしゃべってよ……! 意味が全く分からなくて泣きそうなんだけど!?」
「くだらない常識にとらわれ、了見の狭いあなたなどに合わせる道理はありませんのよ!」
理不尽も度を越せば人の心を蹂躙する。受け入れがたい超常現象を目にして泣き出しそうになっている少女の要求を無視し、リルは己の魔法を振り回す。
後ろに垂らしている三本の縦ロールを使ってのミノタウルスとの殴り合い。だがその三本ですらもブラフの一つでしかない。五本あるうち背中から伸びた三本は敵の態勢を崩すためのもの。本命は肩口から前に垂らしてある二本。ミノタウルスと戦いながら、前の二本をバネのように圧縮させ、力をためる。
そうしてとうとう、リルの縦ロールの一本がミノタウルスの足をよろめかした。
「隙ありですわ!」
ぎりり、と音がなるほど引き絞って圧縮していた二本の縦ロールを解放。力を溜めて圧縮された縦ロールはすさまじい勢いでミノタウルスの胴体に突き刺さる。
だが、その一撃すらも致命にならない。
「……さすがにタフですわね」
よろめいて後退したものの、そこは中級者殺しのミノタウルス。体を貫くには至らない。
それでもノーダメージとはいかない。たまらず膝を震わせたミノタウルスに追撃の縦ロールを加えようとしたところで、ミノタウルスが手に持っていた斧を投げる。
むろん、そんな雑な攻撃がリルに通じるはずもない。苦し紛れの投擲を、リルは縦ロールで弾き飛ばした。
これで武器までなくしたミノタウルスは、さらなる苦境に立たされるか。
しかしミノタウルスも考えなく斧を投げてリルの注意をそらしたわけではなかった。
「……あら」
リルがほんの一拍遅れたその隙に、武器を手放したミノタウルスは四足の構えをとっていた。手足という使い分けを捨てた、四足。斧という武器を捨て四つん這いになった姿勢にみじめさはなく、原初の野生を想起させる凶暴性に満ちている。
まさしく猛獣にふさわしい獰猛な姿で、ミノタウルスは頭のてっぺんをリルに向ける。
ミノタウルスの頭頂に二本生える角は、その魔物が持つ部位で最も硬く、鋭い武器だ。
「あれは……避けて!」
「……避ける?」
巨体の重量を牛角の一点に乗せた、一撃必殺の構え。そこから放たれるミノタウルスの吶喊。その威力を知る少女は、ツッコミはいったん放棄して警告する。
彼女のパーティーは、あの一撃で粉砕されたのだ。前衛の二人はあれを受けきれず吹き飛ばされ、そこからパーティーは瓦解した。リーダーの少女は懸命に戦ったが、奮戦むなしく敗北寸前まで追い込まれたのだ。
だがリルは、何をバカなことと鼻を鳴らして却下する。
「そこの小娘。わたくしの縦ロールとミノタウルスの牛角。どちらが固く、鋭いと思っていますの?」
「ミノタウルスの角にきまってるでしょ!?」
この世の中に、魔物の角より硬い髪の毛があってたまるものか。目をむいてそう叫ぶ少女の常識を縦ロールは吹き飛ばす。
「なに言ってるんですっ。リル様の縦ロールが最強です!」
「その通りですわ、コロ!」
少女の常識をさえぎって、周りの魔物を掃討しているコロの声が大きく響く。底なしに明るく嬉しそうな声に応えて、リルも大きく頷き胸を張る。
「艶めく髪は女の命、ドリルロールは美の結晶。女の誇りが詰まったこの髪に、貫けないものなどありはしないのですわ!」
縦ロールの二人に少女の常識がことごとく圧殺されていく。
少女にもはや言葉もなく、口をぱくぱくと開いて閉じてするしかなった。
あまりにも意味不明な口上に、少女は絶句。髪云々は同性だし何を言っているかわからないでもないが、やはり理性と常識がなに言ってんだこいつと囁く。
「知っていますっ。リル様に巻き込めないものなんてありません!」
コロは嬉しそうにロールジェットの勢いを上げるだけで全肯定。リルも自分の言葉を撤回する素振りはない。
信じているのだ。コロはリルを。リルはリル自身を。疑う余地なく信じて突き進んでいる。
ミノタウルスごときに、この身一つで不足なことなどありえない。己を飾る縦ロールに、砕いて巻き込めない物などない。いや、あってはならない。リルは己の心をそう定めている。
そして何より、もう一つ。リルには受け止めなければならない理由があった。
「それに、魂を込めた相手の一撃を、どうして避けなければいけませんの」
相手は魔物だが、己の命を賭した一撃をまっすぐにぶつけようとしている。あの魔物は、懸命にリルに立ち向かっている。リルを打ち倒そうと、諦める様子もなく戦意を向けている。
ならば自分だって、真正面から真っ向勝負で打ち破って見せる。それが正道を征く者の心構えだ。
「で、でもやっぱり、危ないわよ。わたしが、あいつの注意をそらすから、その隙に――」
「控えなさいっ」
リルは、中途半端に加勢をしようとした少女に下がっていろと伝える。
先ほど、言葉にして伝えたのだ。自分一人で倒してみせる、と。
「わたくしを、誰と心得ていますの。わたくしは、リルドール。世界に輝くリルドールですのよ!」
己の言葉を嘘にしないため、リルは声高らかに名乗りをあげる。
リルの口上に向き合うのは後ろ足に力をためるミノタウルス。一人と一匹は、誇りを矛に己の命を懸けて対峙する。
「あなたの角と、わたくしの縦ロール。どちらも誇りの象徴。そのどちらが強いか、力比べといきますわよ!」
不敵に微笑むリルが、二本の腕を前に差し出し指を絡めて一つの拳とする。
今から放つのは、リルの縦ロールをすべて攻撃に注いだ技だ。組んだ腕を突き出したリルは、カッと目を見開き高らかに叫ぶ。
「必・殺」
五本の縦ロールが解け、前に向けて組んだリルの両腕を軸に収束し、一本の巨大な縦ロールへと変貌する。
大きく一つにまとまった黄金色の縦ロールが、回る。すべてを巻き込むかのように、決して止まらぬリルの信念を映すかのように回り続ける。
回りはじめた脅威を前に、ミノタウルスが飛び出した。
三メートルを超す巨漢が飛び出すのは、それだけで壮絶なほどのプレッシャーを与える。加えて、咆哮。それだけで臓腑を揺らすような雄たけびを発し、ただ打ち倒すべき冒険者のみに向けて吶喊する。
それを真っ向から見つめるリルに、恐れの色はない。
必殺、と言い切った己の技への絶大な自負のみがある。自信を漲らすリルの開いた口から紡がれるのは、この必殺技の技名だ。
「メテオぉ」
その名のとおり、流星のようにきらめき、
「ロォールゥうッ」
己の縦ロールのように美しく、
「スゥトリィイイぃいいムゥうううううう!」
そして、嵐のような激しさで前へ前へと流れて殺到する。
全身全霊全力で恥ずかしげもなく叫ぶ願いが込められたリルの必殺技。想いを込め、魂を巻き込み、命を織り込んだ一撃必殺の縦ロール。一つにまとまり巨大に膨れ上がり猛烈に回転して黄金の輝きを放つリルの信念そのもの。
それはミノタウルスの吶喊と真っ向からぶつかり合い、止めた。
三メートル近い巨体の重量。四足で力をため、その全重量を生かした全力の突進を止めた。勢いを殺した。命を懸けた階層主の一撃に、真正面から打ち勝った。
ならばあとは貫くだけである。
「こっちは終わりました、リル様ぁ!」
終始圧倒し、周りの魔物を掃討しきったコロの報告を受けて、リルの想いが燃え上がる。
己の仲間に、妹分に、ほかならぬコロに、カッコ悪いところなど見せられないのだ。
「こっちも終わらせますわ、コロぉ!」
縦ロールがさらに膨らみ、どこまでも勢いを増す。まわりまわって巻き込み砕く回転数が天井知らずに高まりうなって加熱する。
その勢い、ミノタウルスごときに止められるものではない。
避ける間もなく、抵抗も許さず、もっとも硬い部位である牛角をも打ち砕き、ミノタウルスを木っ端みじんに破砕する。
砕かれ巻き込まれたミノタウルスは、生命活動の停止と共に塵となって消滅した。
「ふっ」
元に戻った縦ロールには、もちろん塵の一滴もついていない。輝きをくすませる無粋さなど受け付けず、リルは誇らしげに美しい縦ロールを見せびらかしてかきあげる。
完全勝利。
強敵を相手取って終始圧倒し、最強の技すら真っ向から打ち破る。たった一人で階層主を打ち倒して見せた少女は、堂々と胸を張って勝どきを上げた。
「ご覧あそばせ、静聴なさいっ。記憶に胸に刻み付けて心得なさい! わたくしは、世界に輝くリルドールですのよ!」
己の誇りを見せびらかし、最強無敵に目指す少女は天を指差しそう吠えた。
「さすがリル様です!」
「当然ですわ、わたくしですもの!」
レベル二十程度で、階層主を単独撃破する。英雄の誕生を思わせる信じがたい光景を見て、命を救われた少女は、愕然と目を見開いてポツリと一言。
「技名、だっさ……」
「助けられた分際がなにか言いまして!?」
心外な評価に噛みつく素の姿は英雄というにはどうにも締まらない、ただの見栄っ張りな少女そのままだった。




