第二十話
リアリストな主人公はカッコいい。
理不尽なまでに迫ってくる現実に対して、彼らは着実に対処していく。現実を現実として見つめ、自分の限界を推し量り、可能と不可能を分別し、困難を糧として成長して生きている。
ロマンチストの主人公は素晴らしい。
夢に向かうためならば、自分以上の難敵に立ち向かうことをいとわない。小難しい理屈ではなく、ただただ激しく気高い思いのたけを足場にして飛び上がり、困難をという険しい壁を乗り切っていく。
どちらの性質であれ、物語の主人公たりえる彼らは紛うことなく英雄だ。
そしてこの世界で、最も多くの英雄を生んだのは迷宮と呼ばれる不可思議な空間である。
地面の下から生えるように存在し、世界各地に入口がある不可思議な地下空間。無限とも思えるほどの資源資材を内包し、それに比例するかのように無尽蔵に魔物が生息する。
地位や名誉を得るために、巨万の富を築くために、技を研鑽しただひたすら強くなるために。リアリストもロマンチストも飲み込んで、あまたの英雄譚を作り上げたのが迷宮だ。
その、十九階層。
「さて、そこで問題ですわ、コロ」
「はいっ。なんですかリル様!」
そこで、なんだかリアリストでもロマンチストでもなさそうなアホっぽい二人の少女による会話が繰り広げられていた。
「リアリストとロマンチスト。いつか英雄になるわたくしは、どちらの要素を持っているか答えなさい」
「どっちもです!」
魔物が出現する迷宮にあって、明るくおしゃべりをしているのは金髪の少女と赤毛の少女の二人組だ。
少し年上に見える金髪少女のものすごく自意識過剰な問いかけを、相方である赤毛の少女は恐るべきことに全肯定で即答した。
「ロマンとリアルの要素を兼ね備えたリル様はすっごくカッコよくって素晴らしい人だということです! そんなの常識です!」
「その通りですわ、コロ!」
コロと呼ばれているのは、十五歳ほどの赤毛の少女だ。長くしなやかな髪を頭頂部分でくくっている、明るい笑顔と無邪気な素直さが魅力的な少女である。顔立ちもかわいらしく、明るい性格だと一目でわかる彼女は、普通にふるまっていればただの美少女して人気者になれるだろう。
だが、彼女には一つ見逃せない違和感が存在した。
頭頂部でくくって垂らしてある髪の毛。そのまま素直にまっすぐ馬のしっぽのようにぶら下げておけばかわいらしいですんだものを、何を考えたか知らないが、そのポニーテールの部分がくるくると巻いてロール状にしてあるのだ。
恐ろしく悪目立ちをしている髪形である。特徴的で個性的ではあるのだが、個性的で特徴的でしかないという突き抜けた髪形になっている。そのおかげで、少女特有の溌剌とした美少女という個性が消え失せて『なんか赤い縦ロールを垂らしてる変な子』という印象しか残らない。
そうして、もう一人。
「さすがコロは、わたくしを誰かきちんと心得ていますわね」
リルと様付けされ、自尊心たっぷりの自己評価を断じる金髪少女は、さらに突き抜けてすさまじい髪形をしていた。
「リアルとロマンの合わせ技こそがわたくし、世界に輝くリルドールですわ!」
「はいっ、リル様は世界に輝くリル様です!」
十代後半の、大人びた少女である。強気に吊り上がった瞳を持つ、派手な顔立ちの美人である。
それだけなら自意識過剰で目立つ容姿をした美人だという印象で済むが、顔立ち以上に豪奢なのがその髪形だった。
縦ロールである。
しかも、すぐそばにいるコロですらかすんでしまうほどの縦ロールである。
背中に三本、前に二本の合計五本の縦ロール。しかも一本一本がそれぞれ腰に届きそうな長さがある。一人の髪の毛でこんなボリュームのある縦ロールが五本も作れるなんて、それだけで悪い意味で神秘的ですらある。
第一印象が『縦ロール』で始まり、最後の記憶に残るのも『縦ロール』で終わるという脅威の髪形だ。
「わたくしはこの世界の主役ですのよ! そのわたくしが夢と現実を担う逸材であるだなんて、周知のことでしたわね!」
「そして私は、リル様のロマンとリアルを全力で助ける相棒です!」
「その通りですわ! あなたはわたくしが最も信頼する仲間ですのよ、コロ」
「光栄です!」
リルの五本の縦ロールとコロの一本の縦ロール。合計六本の縦ロールを揺らすテンションの高い二人の少女は、姦しく迷宮を闊歩する。物音を気にした様子もなく、緊張感もなく、だというのに猛烈な速さで駆け抜ける。
「でも今は足がわりでもありますよ! リル様、酔ってませんか?」
「大丈夫ですわ。さすがはコロ。運ばれるわたくしもなかなか快適ですわ」
足代わりとコロが言った通り、金髪五本の縦ロールであるリルが、赤毛を一本の縦ロールにした少女のコロにお姫様抱っこされて運ばれている。リルをお姫様抱っこしたコロは、重さを感じた様子もなく猛烈なスピードで迷宮を駆け抜けていた。
シュールな光景である。迷宮の中で六本の縦ロールが疾走しているのだ。そこに常識は一つも見当たらない。冒険が広がり英雄を生むはずの迷宮で、どうしてこんな二人が常識を置き去りにして疾走しているのか、謎である。何も事情を知らない人間が見たら、新手の怪現象が起こったと冒険者ギルドに訴えることは確実の珍風景だ。
「快適なのはよろしいですけど……ところで、この体勢はどうにかなりませんの?」
迷宮の中にあって違和感しかなかった会話に、初めてちょっとだけ良識のある意見が金髪縦ロールのリルの口から出てくる。
ここは魔物が跋扈する迷宮なのだ。リルは体が身動きできなくてもたいていの事態に対処できるが、コロは剣をふるって戦う。そのコロの両手がふさがっているのはいただけない。
あと、他の冒険者と遭遇することもある迷宮でお姫様抱っこをされているのは普通に恥ずかしいという、リルの常識的な感性からくる羞恥心もあった。
わずかに頬をそめたリルの問いかけに対し、コロは満面の笑みを浮かべる。
「どうにもなりません!」
「そ、そうですの」
きっぱりと言い切られて、リルは押し黙る。いまのコロの笑顔には、高飛車で自意識過剰を地でいくリルをして反論を許さぬ迫力があった。それに冷静に考えた場合、両手を開けるためにおぶさるとか肩に担ぐなどをしたら、コロの魔法の性質上、リルに飛び火する可能性が高い。
「そんなことよりリル様。たぶん、もうそろそろ着きます」
「あら、さすがに早いですわね」
見るからに非常識な二人とはいえ、さすがに意味もなくお姫様抱っこで移動しているわけではなかった。
今回の迷宮探索は目的地が決まっており、そこまで急がなければならない事情があった。だが戦闘時の性質が砲台に近いリルの歩みは決して早くない。そのため機動性に優れるコロがリルを抱えて走るという結論に至ったのだ。
そのため今回に限っては遭遇する魔物にも、時折見える宝箱や資源の採取場所にも目をくれず一心に走る。リルという重荷を背負っている分、普段の移動よりよりつらいはずだが、コロの顔は普段の探索よりさらに生き生きとしていた。
やたらと幸せそうな相棒にリルは、はてなと首をかしげるが詮索はしなかった。そういうこともあるだろう、と特に深くは考えない。
「それにしても、あの受付嬢……。記念すべきわたくしたちの二十階層主の討伐に、くだらない依頼を押し付けてくれましたわね。力の足りないものが敗者となるのは当然のことと言いますのに『助けてあげてください』などと、戯言もいいところですわ」
「あはは。セレナさん、そういう人ですし。いい人ですよ。それに、リル様だって引き受けたじゃないですか」
「ふんっ。できるかできないかと煽られれば、できると答えるのは当然ですわ。わたくしたちでは簡単な依頼……いいえ。そもそもわたくしたちに不可能なんてありませんのよ!」
「はいっ!」
楽しそうに頭の悪い会話をしているうちに、二人は目的地まで到着する。
健脚に任せてコロが走りぬいて踏破した十九階層のさらに下、二十階層に至る道である。
一階層から十九階層までの通路の形態をした今までとは打って変わり、二十階層は一フロアが丸々闘技場のようになっている特殊な階層だ。
だが、そこへ続く階段の入り口が閉ざされていた。
十九階から二十階に続く階段を、一枚の扉が阻む。
表面にセフィロトの模様が描かれている木製に見える扉。それを前にして、リルはすっと目を細める。
普段は開かれているこの扉が閉じられているということは、誰かが二十階層で戦っているということだ。二十階層の階層主との戦闘に入ると、闘いが終わるまで逃がさないためにか、この扉は閉ざされる仕組みとなっている。
扉を模しているものの、鍵も取っ手もないこれは内からも外からも開くことなどできはしない。実質、侵入不可を知らせる扉だ。
「……ふんっ」
目の前の扉を見て、リルは不機嫌に鼻を鳴らす。
迷宮のオブジェクトである閉ざされた扉を壊すのは至難だ。少なくとも、レベル五十を超え上級に足を踏み入れていた冒険者が「あの扉を壊すくらいなら、その先にいる階層主を倒すほうがよっぽど楽」と言い切るくらいには頑丈である。
まだまだ中級冒険者。ようやくレベル二十を超えた二人には、迷宮の一部である扉を壊すなど至難の業だ。
「まったく邪魔くさいですわね。このわたくしを阻もうだなんて、身の程知らずにもほどがありますわ」
無機物相手に文句をつぶやいて、コロに抱えられていたリルはお姫様抱っこから降り、己の二本の足で立ち上がる。
目の前をふさぐ壁を前にした彼女の決断は単純明快なものだった。
胸を張って腕を組み、堂々と屹立したリルは宣言する。
「ぶち壊しますわよ、コロ! わたくしの相棒ですもの、もちろんできますわよね」
「――はいっ! リル様の相棒なんです。これくらい、楽勝ですっ!」
普通に考えれば破壊は困難。なれど無理を通して道を開こうという無茶で無謀な提案に、コロは嬉しそうに破顔する。
言うが早いか、コロは屈伸するようにぐっと身をかがめて跳ねるように飛び上がる。
魔物の徘徊する迷宮の通路は広い。階層ごとに構造の差はあるが、ここの高さ五メートルはあるだろうか。
その天井まで助走もつけずにひとっ飛びで至ったコロは、天地を逆さに着地する。一連の動きのキレは、レベルを上げて進化した冒険者といえども驚愕に値するものだった。
だがもちろん、そこで終わりはしない。むしろここからだ。
コロは飛び上がった勢いを殺さぬように、体を縮めてばねのように力をため、吠える。
「いっきますよぉおおおおおお!」
点火。
頭頂で結ばれ、一本のロール状になったコロの赤い髪の毛の中に熱い炎がともる。一本に結ばれた縦ロールの中で、燃え盛る炎となり猛って狂う。
魔法。
レベル上げによる身体能力の進化とは異なる、人類が手に入れた想いを力に変える力。人が進化し、英雄に至る過程で決して欠かせぬ要素となった力だ。
人によって千差万別の固有の能力を得ることできる中、コロが手に入れた魔法は単純明快だった。
想いの強さを炎に変え、一本に巻いた己の赤い縦ロールの中で燃やす。それだけの魔法だ。
だが、それゆえ強力。
筒状になった縦ロールの中で暴れまわる炎は、ただ一点だけ許された出口である毛先からゴウッと爆発するように噴出した。
「うっ、っッりぃやぁああああああああああ!」
全身をバネのようにしてため込んだ力を一気に開放して、縦ロールの毛先から爆発した推進力を加えて天井から一気に急降下。途中で体をくるんと一回転。右足をまっすぐ伸ばし、着地地点に向けて全てを粉砕する蹴りを放つ。
恐れ知らずに飛び込む力、縦ロールで猛る炎の推進力に重力をも味方につけた天井からの一撃。生まれた力のすべてをまとめ上げた瞬発的な破壊力がどれだけのものになるのか。コロに出せる可能な力を残らず込めた右足をまっすぐ伸ばし、扉にキックをぶちかます。
迷宮が、揺れた。
着弾と呼ぶにふさわしい勢いを持つコロの蹴りに、迷宮が鳴動する。
ただ一点突破のためだけに集中させたコロの一撃に耐え切れず、難攻不落のオブジェクトが爆発四散した。
そうして、着地地点にいるコロは誇らしげにブイサイン。
「どうです、リル様っ。褒めてください!」
「よくやりましたわ、コロ!」
開幕は上々にして、二人の意気は揚々。破壊困難と認識されるオブジェクトを難なく破壊したリルとコロは、強敵がいる部屋に迷わず踏み込んだ。




