第十九話
「お嬢様、朝ですよ」
夢にまどろむリルに朝を知らせたのは、長年部屋付きだったメイドの声だ。
「朝です。いい朝です。今日はよく晴れた、お嬢様の性根とは裏腹な素敵な一日になりそうですよ」
不愉快な決まり文句。聞きなれた声に揺り起こされて、リルは目を覚ます。
「……アリシア?」
目を開けたリルは、自分を起こした相手の名前をつぶやく。
前髪をまっすぐに切り払った、二十代半ばのメイド。それは間違いなく、実家を追い出されたリルにつけられたメイドだった。
半ば寝ぼけたリルは困惑する。
アリシアは置手紙を残して出て行ったはずだ。なのになぜここに?
もしかして、この三日間は夢だったのだろうか。そんな寝ぼけ眼のリルは、そんなことまで思う。
「おはようございます。ところでお嬢様」
記憶と食い違う光景に、夢と現実の境界があいまいになって混乱するリルをよそに、アリシアが上体を起こしたリルの背後を指差す。
「そこのお嬢様の髪に絡まって寝ているという驚異の寝方をしている、図太い神経をしてる女の子は誰ですか?」
「は?」
指摘されて振り返ると、リルの縦ロールに包まれるようにして丸まって寝ているコロがそこにいた。
意味が分からなかった。
コロがいるということはこの三日が夢ではなかったという証明に他ならないが、それよりもなんでコロが自分の髪の毛に絡まって寝ているのかが不明すぎた。
自分でそうした自覚のないリルには、コロが奇行に走ったようにしか見えない。リルの髪の毛に包まるという謎の行動だ。何がしたいのかまるでわからない。
「コロ、コロ。起きなさい。あなた何をやってますの」
その謎を追求するべく、コロの体を揺さぶる。
「ううん……あ、リル様。おはようございます」
眠たそうに上体を起こしたコロは、まず最初ににっこり笑って挨拶をする。
そうして寝起きの一言。
「リル様の髪って、とっても柔らかくて寝心地がいいですね!」
「え、そうですの……?」
これには根が単純のリルでも喜ぶべきかどうか戸惑う。髪の寝心地など、普通の人間の評価項目には存在しないのだ。
そんなリルをおいてけぼりに、コロはそばに立つアリシアを目にとめて元気いっぱいに挨拶をする。
「あ、はじめてまして! コロネルです。リル様には、いっぱいいっぱいよくしてもらってます!」
「初めまして、コロネル様。アリシアと申します」
メイドはメイドでまるで動じない。わがまま放題でわがまま砲台なリルの世話を長年続けていることもあって、図太い性格をしているメイドなのだ。
「そしてぶしつけながら興味本意で聞かせてください。お嬢様から、一体いくらもらってお泊まりなどという仲良しな友達ようなイベントこなし――」
「お黙りなさいアリシア!!」
「――失礼しました」
余計なことを口走るメイドの口に、リルは全身の毛を逆立てて一喝する。
そっと振り返って「いくら……? リル様からいっぱいいろんなものをもらいましたけど……?」と首をひねっているコロの様子を確認したリルはほっと一息。
実際、学園にいた頃は、取り巻きに金銭渡して催しやるということをやっていたのだ。そんなことは、コロにだけは知られたくない。
このメイドの口を黙らせるべく、リルは目を厳しく尖らせる。
「アリシア。そもそもあなた、なぜここにいますの?」
「なぜも何も、仕事ですから」
「仕事? ……わたくし、あの置き手紙を読みましたわよ」
「はい。置手紙に書いたように、問題を解決させるめどを立てるため、しばらく留守にしておりました」
リルの疑問にメイドのアリシアは淀みなく答える。
あれが退職願いというのはリルの早とちりだったようで、本当に留守にしていただけらしい。自分の勘違いに気が付いたリルは、ちょっと顔を紅潮させた。
「で、ではなんのために三日も留守にしていましたの?」
「無論、早急に私の給金を支払っていただくようお嬢様のお実家と掛け合いに――」
「あなた本当に何をやってますの!?」
リルは叫ぶが、お金の大切さを知っているメイドはしれっとした顔で続ける。
「そのおかげで、私の給金は無事支給されました。それと今後の私の金ヅルもといお嬢様の生活費の元となるアパートの管理業務が滞ると困りますので、代行の業者を紹介していただきました。多少高くつきましたが、致し方ありません」
「あなたいまとんでもないこと口走りませんでした?」
「確かに代行業者の料金が高くついてしまったのは申し訳ありません。しかし信用の置けるところを選べた分、必要経費と割り切っていただくしかないかと」
「そこじゃありませんわよ……!」
唸りあげるリルの威嚇はメイドの胸に響かない。気にすらされずスルーされた。
「なんにせよ、しばらくアパートの管理は業者に丸投げでも大丈夫でしょう。それでもお嬢様が無知なままで詐欺かなにかで騙されて一文なしになっても困りますので、不動産管理に関する家庭教師の手配もお願いしてあります」
リルが生きるために必要なものをこの三日で用意したメイドは、まっすぐに問いかける。
「冒険者など、痛い目を見たでしょう? もう、あとは大人しくここで慎ましく暮らしていきましょう」
「いいえ。わたくしは、冒険者を続けますわ」
「そうでしょう、そうでしょう。ですから大人しく――いまなんとおっしゃいました?」
「冒険者を続けますわ。ここにいるコロと一緒に」
己の耳を疑ったメイドに、リルは毅然として胸を張る。
「わたくしは冒険者として成り上がり、世界に輝くリルドールになると誓いましたわ。だから、いまあなたが言ったものはすべて後まわ――」
そこまで言いかけ、リルは口をつぐんだ。
横で、きらきら瞳を輝かせているコロがいたからだ。
「よくわかりませんけど、管理がなんちゃらとか家庭教師がどうとか、リル様はなんかいろいろできるんですね! すごいです!」
「いまあなたが言ったもの、すべてこなしてみせますわ! どんと来なさい、アリシア!」
安請け合いの言葉にアリシアは、お、と意外に思う。
正直、リルが前向きに検討するとは思っていなかったのだ。
リルは勉強を好んでするタイプではない。困難を前にすれば逃げ出す。だから冒険者などとっくに挫折しているだろうと思ったし、その後に必要となる管理業務の習得のための勉強を受けさせるためにどう説得しようか頭を悩ませていた。
なのに冒険者を諦めずに続け、アパートの管理業務も積極的にこなそうと宣言した。
そんな言葉は、アリシアの知るリルドールからは出てこないはずだった。
「いいのですか?」
「当然ですわ。わたくしを、誰と心得ていますのっ?」
不思議に思うアリシアに対し、コロの視線を意識したリルは、胸に手を置き見得を切る。
アリシアにとって、リルはただのわがまま娘だ。
でもいまのリルにとって、自分はコロが憧れたリルだ。そしてコロが憧れた自分は、戦う自分だけではない。
ならば普段の日常でこそ、リルは胸を張る。
「世界に輝くリル様です!」
「そうですわ! ですから、コロ」
笑顔のリルが、自分を誰だか謳ってくれる己の相棒の肩に手を置く。
「あなたも少し、お勉強をしましょう」
「え」
多数の魔物を相手にしようと、ギガンやヒィーコを前にしようと恐ることにない勇気を持って果敢に立ち向かうコロの顔が、おびえて強張った。
「そ、それはその……わたしは別にいいんじゃないのかなー、なんてですね、思ったり……」
「いいわけありませんわ」
ずいっとリルが顔を近づけると、コロはさっと顔を逸らす。
「とりあえず、自分の名前くらいは書けるようになりますわよ」
「わ、わたしはバカだからいいです! お勉強はあれです! 頭が破裂しそうになる怖いものなんです!」
「だめですわ。わたくしの妹分が字も書けないなどあってはなりません。……それに」
悲痛なコロの訴えは無慈悲に却下。
なにせリルの中で引っかかっていた言葉があるのだ。コロが口癖のように自分を卑下しているのが、どうにも気になっていたのだ。
リルは、自分自身がバカみたいだなんて言われないようになると決意した。
なら、コロだってそうだ。
コロ自身に、自分のことを『バカなわたし』なんて言ってほしくない。リルは、コロの輝きに光を見たのだ。
「あなたは、戦うこと以外にもできるんだっていうことを、教えて差し上げます。大丈夫。あなたはやればできる子ですわ」
「うぎぐびぃ……」
優しく満面の笑みを浮かべたリルの提案を断れず、コロは訳のわからない呻き声を上げつつもうなづいた。
そのやりとりに、メイドのアリシアは小さく声を漏らす。
「本当に、仲がいいんですね……」
「なにか言いまして、アリシア。あ、余計な言葉でしたら黙っていなさい」
「……いえ」
余計なことを言うなと威嚇してくるリルの可愛らしさを感じつつ、アリシアは慎ましく提案する。
「コロネル様の授業は、僭越ながら私が受け持とうかなと」
「あら、いいですわね。手間も省けますわ」
「びぃ!?」
リルが頷き、コロが奇声を上げる。
それを聞き届けたアリシアは、コロに向けて一礼。
「それでよろしくお願いします、コロネル様」
「あ、あうあう……」
この子から、三日でなにかがあった聞き出そう。授業するという名目なら、いくらでも会話するチャンスはある。ついでに家庭教師代もせしめよう。
たった三日でお嬢様の成長も見逃したアリシアはそう思って、そっと微笑んだ。
一章がこれで終わりになりました。
タイトルから漂う一発ネタ臭を裏切って、二章三章と続けていくつもりです。
わかる人にはわかると思いますが、女の子に男の子の夢を詰め込む作業をしてるのが本作になります。
リルにはドリル、コロにはバーニア装備でロケット噴射にバズーカ、ヒィーコには変身と変形ギミック。シーンやシチュエーションも色々、その他もろもろ。そのうち三人で合体して巨大ロボになるかもしれません。
なぜ主人公を男にしなかったというツッコミ対しては「縦ロールだから」という隙のない言い訳が待っています。
自分で何を書いてるんだろうと我に返ることもあるのですが、ご感想、ご評価いただくたびに書いてもいいんだなと励みにさせていただいています。
ここまでのお付き合い、ありがとうございます。まだまだ続いていきます。




