第十八話
強くなるって何だろう。
日の出とともに目を覚ましたコロは、ベッドの中でまだ薄暗い外を眺めながらそんなことを考えていた。
コロは習慣としていつも日が昇ると同時に目が覚める。物心ついた時から山の中にある粗末な小屋で育ったコロにとって当たり前の習慣だ。朝早くに目を覚まし、近くの川で水浴びをして、狩りで獲物を得る。一人きりで山に住んでいた時は、ずっとそういう生活をしていた。
ここ最近はその習慣を曲げ、リルに合わせるべく二度寝を敢行していたため目覚めが悪くなっていたのだ。
寝起きでも澄み切った頭で、コロは考える。
強くなることは、生きることだと教わった。
生きるためには、強くならなければいけないと教わった。
それはコロが初めて出会った人間であり、コロに戦い方を教えて剣をくれた狩人さんから教授された世界のあり方だ。
『戦って勝って、戦って打ち倒して、戦って殺して死体を塵にして積み上げた分だけ強くなれる、クソみたいなシステムがこの世界にはあるんだよ』
あるいは、コロが勝手に狩人だと思っていたその人は、狩人ではなかったのかもしれない。コロより狩りがうまくて、コロより身軽で、コロよりずっと強かったその人は、いま思えば冒険者だったのだろう。
『だからお前は強くなれ。くだらねえシステムに囚われるなよ。上がっていくレベルなんてクソだ。見える数字なんてカスみたいなもんだ。お前自身が強くなって、はじめて強くなれるんだ』
幼少の獣に近かったコロをあしらって手懐け、少しだけ人間に戻してくれた、四十すぎのおじさん。
彼の言葉の半分は何を言っているかさっぱりだったが、その教えが間違っているとは思わない。一人で生きていくためには、確かに強くならなければいけなかった。周りの獣を狩って生きてきたコロにはしっくりと馴染む教えだった。
けれども、他人から必要されるのに、強いだけではだめだった。
気まぐれにコロに人間らしさの欠片を取り戻させたおじさんが、やっぱり気まぐれにいなくなって、寂しさを覚えたコロは山をおりた。
人里に下りて初めてコロは自分に人間らしさが足らないと気がついた。誰かと剣を交えて戦うことが生きることじゃないんだという人間社会を知った。人の世の中は誰も彼もが見えない何かと戦っていて、剣をふるって解決することなんて些細なことばかりだった。
でも、だからってコロにどうすればいいか教えてくれる人なんていなかった。
コロには、戦うことしかできなかった。曲がりなりにも、それだけで生きていけるというのがなおさら悪かった。だからコロはわからないまま、それでも流れつくようにして王都にたどり着いた。
そこで出会ったのがリルだった。
戦えないはずなのに、それでもコロの前を歩くその背中。戦う以外の人間らしさをすべて身につけているのに、無理をしてでも戦おうとするその姿。
戦うことしかしてこなかった自分とは、できることしかしようとしなかった自分なんかとは、まったく違う輝きがそこにあった。
それが、コロにとってはまぶしかった。
「きれいだったな」
少しずつ明るくなっていく太陽の光よりもずっと優しく輝かしい光を思い出して、目を細める。
たぶん、コロはリルのことを戦闘面ではあてにしていなかった。
出会ったその時からわかっていた。リルは闘いという面では強くないと見抜いていたからだ。コロにとっては、それでも戦おうとするリルの強がりすら好ましかった。とても人間らしいこの人を守ってみせようと思っていた。戦える自分は、戦うことでこそ必要とされているのだと思った。
でも、何様のつもりだったのだろう。
コロは負けて、リルは勝った。
リルは強かった。コロに求めるものはなく、それでもコロにたくさんのものを見せてくれた。
魔法は、想いの強さが源だという。
ならばきっと、リルの想いはコロより強かった。戦いの強さではなく、想いの強さで強くなった。
狩人さんが言った強さは、きっとそういう強さだったのだ。
「……」
コロはそっと隣で寝ているリルを見る。
この二日間、リルはうなされていた。
何かに追い詰められるように、苦しそうな顔で寝ていた。起きているときはそんなそぶりは見せないで堂々としていたけれども、リルは常に何かに苦しんでいた。
コロが頭を撫でると少しだけ緩和したから、二日続けてリルの頭を抱くように眠っていた。
けれども、今夜は。
「……ふふっ。どうですの。わたくしだって……やれますのよ……」
誇らしげな寝顔と共につぶやかれた寝言に、コロの頬がほころぶ。
「はい。リル様は、すごいです」
心の底から、リルの強さをたたえる。
弱くても強いこの人のことを、もっと知りたい。そうして、自分も強くなりたい。そんな欲求が沸いてきた。
だから、もうちょっと寝よう。そしてほっぺたをつねられないようにちゃんと起きよう。
そう決めてコロは布団の中に改めてもぐりこむ。
今日はあやす必要もない。そう思って目を閉じ
「ふふふ……」
「あ、あれ……?」
もしかしたら、寝言に返事したのが悪かったのか。リルの髪が、なぜか眠ろうとしたコロの体に巻き付いて縦ロールの形をとる。
山育ちのコロは知っている。蛇の捕食の光景を、大樹を絞め殺すツタのあり方を。
「り、リル様……?」
「とくと味わいなさい、これが私の縦ロールですわ……」
「あー、はい。わかりました。リル様の縦ロールですもんねっ」
このまま締め付けられたりしないよなー、と冷や汗を流したが、これはリルの縦ロールなのだ。
無意識に警戒してこわばっていた力をふっと抜く。
締め付けるわけではなく、柔らかく包むような縦ロールのゆりかごは、コロがはじめて体験する暖かさがあった。縦ロールのゆりかご自体体験する人間は世界初だろうが、それはそれ。コロに絡みつくリルの縦ロールは、優しかった。
「わたくしは、世界に輝くリルドールに……」
「リル様ならなれます、絶対に」
つぶやくリルを全肯定。
リルに全幅の信頼を寄せたコロは、やさしい縦ロールに包まれて、ゆっくりとまどろんでいった。




