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第十七話

 セレナはギルドで受付の業務をしている受付嬢だ。

 同時にギルドに雇われている用心棒でもある。

 どっちが本業といえば、用心棒だ。セレナが表に立ってそこにいるというだけで、ギルドの中でもめ事を起こそうと思う人間は激減する。一時の感情に駆られたり、セレナのことをよく知らずに騒ぎを起こす人間もいるが、それはほんの一瞬で制圧される。


「わ、わるかった……知らなかったんだ。あんたみたいな人間がいるなんてっ。本当に反省してる……!」


 換金金額に納得がいかないと騒ぎを起こした冒険者が、五体投地をして謝罪を口にしていた。

 処刑台を前にした罪人のような顔だ。顔面の血の気を引かせて青ざめ、ぶるぶると震えている。

 セレナは冷ややかな顔で相手を見おろしつつも、内心で『いや別に殺さないし、これ以上なにかしないけど』と思うが言葉にはしない。用心棒として恐怖と威厳はあったほうが都合がいいからだ。

 謝罪して、命からがらといったていで逃げていく冒険者を見送ったセレナは振り返る。


「終わりました。大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございます」

「いえ、別に」


 からまれていた受付の人間がセレナに礼を言う。

 それを素っ気なく受け取って、セレナは自分の受付カウンターに戻る。当然のように、セレナの席に並ぶ人間はいない。こんなことをしているから、同僚からも怖がられているんだと、セレナは無表情のままちょっと気落ちする。

 実のところ、ギルド最大戦力であるセレナは一般事務員からは憧れ半分で遠巻きにされているのだが、微妙に世間ずれしているセレナは気がつけなかった。

 特にセレナの予想を覆されることのない日常。冒険者をやっていた頃では考えられないほど穏やかな時間。

 やはり今日も平和だ。そう思っていたセレナの受付の前に縦ロールが現れた。


「戻ってまいりましたわよ」

「……」


 言葉通り戻ってきたリルとコロを見て、セレナはわずかに瞠目する。

 二人ともズタボロだ。

 冒険者カードで傷は治っても、衣服は直らない。実は治せる機能もあるのだが、それはレベルがさらに上がらないと解放されない機能だ。

 セレナは、二人が戻ってくるときはもっと心が折れているだろうと考えていた。

 でも、リルとコロの顔は誇らしげだった。

 それは冒険を乗り越えた冒険者の顔だった。

 勝ったのだと、見てわかった。セレナが客観的に見て諦めた試練を、彼女達は乗り越えたのだ。

 それは、間違いなく輝かしい功績だった。


「いらっしゃいませ、リルドール様、コロネル様」


 見くびっていた。コロはともかく、リルは冒険者になれないだろうと断じていた。

 それは、あまりに驕りに満ちた判断だったようだ。

 その謝意をこめて、セレナはいつもより深い角度で頭を下げる。ただの遊び半分のお客様への応対から、冒険者の命を預かることもある冒険者ギルドの受付嬢として、セレナは歓迎の言葉を口にする。


「冒険者ギルドに、ようこそ」

 

 たとえ伝わらなくとも、これはセレナなりの誠意だった。

 そして残念なことに、他人の機微に疎いリルはセレナの微妙な態度の変化に特に気がつかなかった。


「まあ、別にいいですわよ。とりあえず今日の分の換金を……あら?」

「……!」


 リルが胸ポケットから出した冒険者カード。それを見て、セレナは息を飲む。

 セレナの驚愕に気がついた様子もなく、コロはリルの冒険者カードを覗き込む。


「あれ? リル様の、ヒビが入ってますね」

「そうですわね」


 コロと一緒に自分の冒険者カードの状態を確認したリルは、ギガンとのぶつかり合いでした音はこれだったらしいと得心する。

 カードのヒビを見ていたコロが、セレナに顔を向ける。


「こういうのってよくあることなんですか?」

「……はい。冒険者カードは、持ち主の冒険者が死ぬと崩れます」

「え゛」


 努めて冷静さを装ったセレナの物騒な説明に、リルの顔が引きつる。


「わ、わたくし生きてますわよ!?」

「そうですね。冒険者カードが破損するのはめったにないことですが、他に例を知らないわけではありません。あまりお気になさらず」

「そ、そうですの」


 セレナの言葉に、ほっと息をつく。


「しかし傷物というのも、わたくしにふさわしくありませんわね。再発行はできますの?」

「原則として、紛失時を除いての再発行はできません」

「……お金ならありますのよ? 紛失時に可能ならば、破損したときにも再発行ぐらいしてもよろしいのではありませんこと?」

「規則ですので」


 リルの要望をしれっとかわしたセレナは、二人の冒険者カードを受け取って換金作業に入る。

 多少ヒビが入っても、業務には支障はない。


「本日はお二人合わせて千ユグになります」

「うぇ?」

「あら、そういえば今日はほとんど魔物を狩ってませんでしわね」


 三日のうちで最も少ない金額を告げられ、コロが情けない顔をさらした。

 リルとコロはギガンとの戦闘で全精力を使い果たしていた。道中で多少魔物を狩っただけのため、収入と呼べるほどの収入にはならなかったのだ。


「コロ。そんなに情けない顔をするんじゃありませんわ。どうせわたくしの家に泊まるんですから、一日ぐらいこんな収入でもどうにでもなりますわ」

「そ、そうですよね。ありがとうございます!」


 どうやら今日もコロはリルの家に泊まるようだ。あるいは、これからもずっとそうなるのだろう。彼女達は、息のあったバディに見える。

 そんな二人を見送ったセレナは、ぽつりとつぶやく。


「久しぶりに見ましたね」


 冒険者カードに入った傷。

 かつて、彼女も在籍していたクラン。そのリーダーだった人が持っていた冒険者カードを思い出す。

 いまでこそ最強の冒険者と名高いライラの前代クランマスター。この国で最大規模まで膨れ上がったクラン『雷討』の創設者、トーハ。

 ライラが爵位を受ける際、己の苗字にすることで世界の歴史に刻み込もうとしている名前。かつてはライラとトーハと揃って謳われ、並び立つ両翼として迷宮探索を引っ張っていった若き英傑。セレナの知る限り、最も強かった人。

 いまは亡き彼が持っていた冒険者カードもまた、生前は大きくひび割れていた。


「……ライラさん。あなたは、なぜだかコロネルさんの才能をご存知のようでしたけど、どうでしょうね」


 セレナはぼそっとつぶやく。

 リルとコロの冒険を受け付けていた彼女は、コロの輝かしいまでの才能には気がついていた。

 それこそ、稀に見るレベルの大器だ。彼女ならば、順調にいけばすぐに中級に駆け上がり上級への壁を突破するだろう。

 だが、多くの冒険者を見てきた彼女は知っている。

 迷宮を進むのに必要なのは、戦いの才能だけではない。

 なにせレベルなど、上がっていくものなのだ。迷宮に挑めば嫌でも上がっていくものでしかなく、ただ身体機能を上げる要因でしかない。

 迷宮には要所で高い高い壁がある。

 その先に進むために必要なものは、想いの強さ。限界を超える意思。ひるまず足を止めない信念こそが、迷宮の踏破に最も必要とされている。

 だから人は、魔法を振るえるようになったのだ。


「冒険者カードの破損は、迷宮のセフィロトシステムへの反逆の証」


 宇宙樹の葉から作成される冒険者カード。それは迷宮を支配するセフィロトシステムの影響を持ち主に反映させるものだ。

 特級の位を得てなおライラが必死になって抵抗しようとしているシステム。

 そうして前クランマスター、トーハが抗いそれゆえに殺されたシステム。

 セレナは、そっと胸から自分の冒険者カードを取り出しそこに書かれている情報を目で読み取る。

 レベル八十九・セレナ。

 王国マルクトの零層から下り、基礎イエソドの二十層を打ち破り、慈悲ケセドたる四十四層を突破して、峻厳ケブラーの五十層を超え、深淵アビスたる七十七層で知識ダアトを得て、九十九層にある王冠ケテルの扉まで至る道を踏破してなお傷一つついていないセレナの冒険者カード。宇宙樹ユグドラシルの恩恵を得た、あまりに忌々しいセフィロトシステムの一端。

 たやすく鋼鉄を握りつぶせるセレナが全力で握りしめても、揺るぎもしない宇宙樹(ユグドラシル)のひとかけら。

 その冒険者カードに、リルはヒビを入れた。


「もしかしたら、あの人に追いつけるのは、コロネルさんではなく――」


 つぶやいていた独り言は、最後まで言葉にはしないでおいた。

 まだわからない。

 あれはまだただの可能性なのだから、言葉にするには早すぎる。

 ただ、暇潰しだった受付の仕事が楽しくなりそうだな、と思う。

 王国の最大クラン『雷討』の元ナンバースリー、セレナ。かつて迷宮の底である百層に至り、この世の真理を知ったパーティーの一員だった彼女は、静かに湧き上がる期待に口端を持ち上げた。

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【書籍情報ページ】

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