第十五話 メテオ・ロール・ストリーム
かつての自分の吐いた嘘を、すべて真実にしてみせる。
そのための誓い、そのための想い、そのための魔法、そのための自分。そのすべてをまとめて巻いて巻き込んで、束ねて巻いた縦ロール。それを武器に己の道を貫いて見せる。
その想いを表明し、いつか至ってみせると決めて天に突きつけていた指を、そのまま目の前の男に向ける。
「それで、あなたは誰ですの」
「俺はギガンだ。ただの、ギガン。それだけだ」
短く名乗ったギガンの目に侮りはもうない。戦意を宿し、敵を見据える。対等な敵を見る目だ。
振り上げたこぶしが、大きく膨れ上がる。
ギガンの魔法。部分的な巨大化と、それに伴う強化。単純であるからゆえに、その防御を撃ち抜けるほどの出力がなければ絶対に突破できない。その手の届く限り、仲間を守り抜き敵を打ち倒すためにある拳が、強く握られる。
「依頼だからな。その信念、試させてもらうぜ、リルドール」
「わたくしこそ、試させてもらいますわ。自分のこの想いを」
強く握られた相手の拳に対し、リルは両手を組んで前に突き出す。
長々と戦闘を続けるつもりはなかった。
魔法が信念というなら、必ず使える技があるはずだと確信をもって、ギガンをにらみつける。
「打ち倒す前に聞かせてもらいますわよ、ギガン。あなたの信念を、聞いていませんでしたわね」
「はっ。簡単なこった」
毅然としたリルの問いかけに、ギガンはふてぶてしく笑う。
「ヒィーコやさっきの嬢ちゃんとは違って、俺は凡人だからな。手の届かねえ高みを知っている。俺のちいせえ手から零れ落ちたものもある。俺はちっぽけな人間で、守りたいものも守れなかったクソ弱い男だった。――だから俺はっ、この手をデカくした!」
己の器を知る男が吠える、バカでもわかる単純な理想。
自分の手の届く範囲のすべてを守るため、自分の手を大きくする。届かない場所があるなら、自分が大きくなればいい。大きくなれば、守れる範囲が広がる。こぼれて掬えなかったものも、拳で包んで救えるようになる。
かつて敵わなかった現実と戦うための武器。目指した理想に対して単純明快な答えを持った彼の拳は、通路をふさぐほどに大きく膨れ上がる。
そうして握りしめる拳の強さは本物だ。
「俺は、俺の手が届く範囲で味方を守り抜いて、敵をぶっ倒してみせる! この拳は、魔法はッ、そのためにあるんだよ!!」
巨大化したギガンの右手。硬く握られた拳が、真っ直線に振りぬかれる。
「手加減はしねえぞ。これを食らって立ってられるかぁあああああ!」
向かってくるギガンの信念。その魔法を得るまでに至った彼の事情を、リルは知らない。それでも分かる。その思いの大きさは、強さは、巨大で力強く固められた拳そのままだ。
対して、リルは目を閉じる。
諦めたわけではない。諦めるなど、これからのリルにありえない。絶対の確信を思い出すために、あえて視界を閉ざしたのだ。
かつて、コロに語った強がり。ヒィーコに失笑された虚勢。ギガンに砕かれた欺瞞。
しかしそれこそが自分の必殺技になるはずだと信じて疑わなかった。愚かな自分を自分自身が信じられなくて諦めても、コロはそんなリルを信じてあらがった。
あの底抜けに明るい笑顔を思い出し、両目を強く見開く。コロから受け取った燃え盛る憧憬を原動力に、己の縦ロールを一つにする。五本ある縦ロールを、幾千万本ある己の髪の毛を、前に突き出した腕を軸に、集めて束ねて巻いて回して武器にする。
そうして放つ技の名前は、もう決まっていた。
「必・殺」
これは、一撃必殺の技。
「メテオ――」
収束した黄金色の髪のきらめきは、まるで流星のようで。
「ロぉールぅっ――」
空気を過熱させる勢いで回転するリルの髪は、ここが戦いの場とは思えないほど美しく。
「スぅトリィイイイイイぃムぅううううウぅああああああああ!」
一本の縦ロールになったリルの髪が、荒れ狂う嵐のように激しく一直線に空間を流れていく。
のどを枯らさんばかりに叫ぶリルの想いに応え、縦ロールが鳴動する。注ぎ込まれた想いを原動力にして、前に進むために伸び上がって回転する。空気を焦がし火花を散らすほどの勢いでギガンの拳に殺到する。その縦ロールはコロの燃やした憧憬に劣らぬほどの激しさでもって膨れ上がり、乱舞し、敵を迎撃するために流れて向かっていく。
「うぉおおおおおおおおおお!」
「あぁああああああああああ!」
一本にまとめ上げられて膨らんだ縦ロールと、信念を拳に握った大きな手がぶつかり合う。
こんな上層ではありえないほど強力な魔法と魔法のぶつかり合い。想いと想いのぶつかり合いの衝動が吹き荒れる。
「う、ぐ」
互角のぶつかり合い。その衝撃に、リルの顔が苦悶にゆがんだ。
いくら魔法で縦ロールが強力な力を得ようとリル自身はその恩恵にあずかっていない。リルの想いはすべて縦ロールに注いだのだ。必然、強化されるのは縦ロールのみである。
リル自身の体は、弱いまま。このぶつかり合いを支えるような力はない。
少し気を抜けば、吹き飛ばされそうだった。それでも心は強くあろうと決意した。懸命になると誓った。だから体が引きちぎれそうになる衝撃にも構わず、リルは前に出る。
「わた、くしは!」
「ぐっ」
一歩前に出ると、ぱきんと音がした。何かにヒビが入る音。リルの体のどこかが砕けようとしているのかもしれない。それほどに、リルは己の分を超えている自覚があった。
でも、止まらない。
絶対に、かなえると心に刻んだのだ。
この髪の美しさを、世界に示すと誓ったのだ。
そのために、輝く自分になると決意を吠えたのだ。
「あの子が憧れたこの縦ロールをっ」
だから、絶対にできる。絶対にできると吠え続けてみせる。周りが理解してくれなくとも、親族の邪魔が入ろうと、自分で自分を諦めようと、ただ一人リルを信じてくれた人がいるのだ。
凡愚な自分が砕けるから、なんだ。
そんなものは、微塵に砕いて巻き上げて、新たな自分を編み上げろ。
「あの子が信じても恥になることのない自分になるためにっ」
コロが憧れてると言って、笑われることのない自分になるために。諦めないで懸命に叫ぶリルの縦ロールの回転数が、さらに跳ね上がる。
ぶつかり抑えても決して止まらない縦ロールに、ギガンの顔が苦痛にゆがむ。
「まだ強くなる、だとぉ……!」
「だから、もう二度と、誰にだって――」
美しいと言われた通り、光だと言われた通りの縦ロールになって見せる。だから、絶対に損なわせない。誰にだって汚させない。この縦ロールを、馬鹿になんてさせない。
それは目の前の強敵である男にだって。
ここにはいない、黒髪黒目の世界最強の冒険者相手にだって同じこと。
「――わたくしの縦ロールをっ、このわたくしを! 絶対に『バカみたい』などと、言わせませんわぁあああああ!」
縦ロールが、吹き荒れる。嵐のように激しく、流星のようにきらめく縦ロールが、ギガンの右手を、とうとうはじいた。
「……はっ」
一瞬だけ呆けたギガンが、笑う。
「なんだよ、やればできるじゃねえか」
呟いたギガンの巨大な手をはじかれ、元の大きさになる。
まだだ。
リルは、もう一撃を放とうと構える。
一撃を弾いただけだ。ギガンの体に直接届いたわけではない。まだ終わっていない。まだ勝利をつかんでいない。
ふらり、と体がよろめいた。
限界を超えた魔法の行使による、体力と気力の限界。だが、そんなものは何だと唇を嚙みしめる。
コロは、立ってみせた。
ボロボロになろうが、限界を超えて炎を宿して抗った。
ならば、自分だって限界を超える。超えてみせる。超えられないはずがない。限界があっていいはずがない。
「まだ、まだ……!」
ふらつきながらも縦ロールを構えようとするリルに、ギガンは苦笑して右手を挙げた。
「やめだ、やめ。降参だ」
「……どういうことですの?」
降参と言葉で白旗を上げたギガンに対し、リルは構えを解かない。
相手はまだ右手をはじかれ傷つけられただけだ。到底、諦めるような傷は追っていない。
だから縦ロールをざわめかせたままリルは問いかける。
「俺は、遊び半分のお貴族様が迷宮に入るのを止めるように依頼されたんだ。そうだろ?」
「え、ええ、そうでしたわね」
縦ロールに貫かれ、はじかれて血だらけの右手。それを挙げて降参の意を示したギガンは、肩をすくめた。
「なら、その依頼は取り消しだ。あんたは、正真正銘の、冒険に命を懸けた冒険者だよ」
「――ぁ」
「あんたの一撃、強かったぜ」
呆然とするリルをよそに、ギガンは倒れたヒィーコを肩に担ぐ。
「じゃあな。ここはまだ迷宮だから、気をつけろよ」
それだけ言い残したギガンは、気絶したヒィーコを肩に担いで立ち去って行った。