水着が備品で置いてあった理由
書籍二巻にちょっと絡んだ話です。
水着回発生のつじつま合わせともいう……いやぁ、霜月先生のイラストは素晴らしかったですね!
王都には、東西南北に四つの迷宮があり、それに対応した冒険者ギルドがそれぞれある。
そこの南の迷宮で五十階層主の正規討伐という歴史的快挙が起こったのは最近のことだ。
南の迷宮の五十階層「峻厳の間」にいた魔物、ザリエルを倒したのは五人のパーティー。その面々が少し前に、『雷討』というクランを創設した。
そのため、ここ最近の王都はかつてないほどの盛り上がりを見せている。五十階層以降の迷宮の解放というのは、それだけで一つの産業が生まれるような大事でもあるのだ。
そんな中、ギルドの一室で、ひそひそと怪しい会話が交わす影があった。
「では、そういうことでよろしいですじゃな」
「あいわかった、ご老公」
一人は、老人。背筋のまがった、小さな老人だ。しわくちゃなほど小さくなっているというのに、眼光だけはまるで衰えていない。
そしてもう一人は、着流しを着た男だった。
二人きりの密室で、怪しげな笑みと共にいかにも後ろ暗そうな雰囲気を出して会話を交わす。
「しかしこのような取引に手を出すとは。へっへっへぇ……おぬしも悪よのう、『雷討』の」
「なになに。ギルド長ほどではござら――」
「そこまでです」
瞬間、がらりと扉を開いた。
密談をしていた二人は、弾かれたようにそちらを向く。
「な、なんじゃおぬしら!」
「なんだではありません」
扉を開き部屋に入ってきたのは、このギルドの職員たち。特に受付業務についているような女性が多い。
そのうちの一人が前に出て、二人に厳しい視線を叩きつける。
「いくらギルド長とはいえ、ギルドの受付嬢の制服を一時的に水着にしようだなんてたくらみは横暴ですっ。ここまでにしてもらいますよ!」
「な、なんじゃと!?」
闖入者に、中にいる二人の内の老人――ギルド長は動揺を隠せない。部下たちの反旗を目にして、てきめんにうろたえた。
「わ、わしはただ、この暑さで働くおぬしたちのためを思って今回のキャンペーンを企画したのじゃ。それで、冒険者の男どもが釣れれば一石二鳥。いまの王都の盛り上がりに、一つ華を添えてやろうという親心がなぜわからんのじゃ!」
「大きなお世話なんですよ!! 本当に実行したら、ギルド史に残る恥です!!」
受付嬢の代表に真っ向から怒鳴り返されて、巷で妖怪じじいと名高いギルド長はしゅんとする。
だが、着流しの男は違った。
余裕に満ちた表情で立ち上がり、セクハラへの抗議に来た受付嬢たちに視線を向ける。
「ふっ、受付のお嬢様方よ。拙者を誰と心得る。極東島国より武者修行に来た、将軍家次男。なにより、つい最近、五十階層正規討伐の偉業を達した『雷討』が一員――」
「カネサダ……まずは、あんたね。ちょっと、死んでもらうわよ」
「――さらば!」
名乗りの口上途中。職員たちのさらなる後ろから現れた人物を目にして、着流しの男はくるりと踵を返して一目散に逃げだした。
現れたのは、黒髪黒目の少女だった。片手に紫電を纏うハリセンを持ち、壮絶な笑みを浮かべている。
その迫力たるや、鬼だった。
一目見るなり抵抗など考えずに逃げ出した男、カネサダが目指すは窓だ。そこから飛び降りれば外に出られる。ここは五階だが、羅刹から逃げる着流しの男の動きに迷いはなかった。
神速の歩法にて駆け抜け、あと一歩というところまで迫る。
そこで、ばちり、と紫電が弾けた。
「逃がすか身内の恥がぁぁあああああ!」
音よりも早く響いたハリセンの一閃は、狙いたがわず命中。
ぎゃー、という悲鳴が遠く響いた。
ことの発端は、クランの資金会計が合わないということだった。
トーハをクランマスターに、ライラが副マスターとなって作ったクラン『雷討』。最初は少人数だったが、あれよあれよと人は増え、今や王都でも最大規模となってしまった。
そしてついこの間、五十階層正規討伐の褒章をつぎ込んで買ったばかりの待望の本拠地。そのロビーで、ライラとセレナは帳簿を置いて顔を突き合わせていた。
「確かに合わないわね……」
「はい」
悄然と肩を落としているのは、今月の会計計算を任されたセレナだった。
もともと戦闘一辺倒の生活をしていた彼女だが、最近はライラに仕込まれて他の物事も教えられている。物覚えのいいセレナは教えられることすべてを吸収して、いまやライラに次ぐ事務処理能力を得ていた。戦闘、事務方ともに高レベルなセレナは、アホの集まりと言っても過言ではない『雷討』の中では貴重で欠かせない人員だ。
そんなセレナが今月の会計の計算をしていたのだが、その額が著しく合わない。
相談を受けて計算合わせをしたライラも首をひねっている。
「確かに五十階層突破してから作ったクランの人数がアホほど増えたから管理は大変になってたけど、これは……」
もともと『雷討』の資金管理は厳格にはほど遠い。特にリーダーの用途不明金がアホなほど多い。大体、仲間を連れての親睦会と称した飲み会だなんやらだ。
ライラがたびたび折檻するも、治る気配が一向にないのであきらめ気味で別口でそれ用の資金を用意している。
「おかしいわね……。トーハのやつ、またなんかやらかして、それで迷惑料払ったとか? 起訴はされてないはずよね、あの迷惑バカの常習犯」
「いえ、そういう話は聞いてませんけど」
「そうよねぇ」
『雷討』のリーダーであるトーハは、元がただの悪ガキだっただけあって度々くだらない問題を起こしてはいるが、ここ最近はおとなしかったはずだ。
トーハが原因でないとなると、とライラは隣で瞑想をしている老人に話を振る。
「ねえ、じじい」
「……ちっ。なんだ小娘」
「お金の計算が合わないんだけど知らないかしら」
ライラが話を振ったのは、岩のような老人だ。
決して巨躯ではない。だが、長年波に打たれて無駄をそぎ落としたかのような厳粛さが彼の肉体には宿っていた。
あっけらかんとしたライラの問いに、彼は迷惑げにぎろりとにらむ。
ウドウ。
セレナの祖父であり、師匠でもある。『雷討』の創設時初期のパーティーでもあり、最もレベルが高いのも彼だ。
「なぜ儂に聞く、小娘」
「いや、あんたセレナの装備品だって言って勝手にパーティー資産使い込んだことあるじゃない。前科があるのよ」
「必要経費だ」
ライラの指摘に対しても、まったく自分の非を省みる様子はない。
ウドウは巖のような表情で、厳かに断言する。
「危機感なくひたすら前に出る阿呆と防御を知らず相手を斬るしか能がない阿呆と高威力の魔法を放つ以外にとりえのない阿呆の補佐をし、前衛で最も活躍しているのは、わしの孫娘だ。苦労の分、金をかけて何が悪い?」
「そこに、魔物に対しても一対一にこだわる阿呆頑固爺を加えてくれればなにも文句はないし、確かにうちのセレナはパーティーで一番頑張っている上に癒しにもなる完璧な美少女だけど、自分の資産じゃ足りないからって無断でパーティーの資産を使うのはやめなさいよ。せめて事前に断ってくれないかしら。あんたが使い込んだ分の費用の、あとでセレナが払ってくれてたわよ」
「なっ――!」
思わぬ事実に愕然とするが、一番慌てたのはセレナだ。
「ら、ライラさん! その件は、おじいさまには内緒にと……!」
「いいえ、セレナ。そこの自分が正しいと信じて疑わない頑固爺には現実見せつけてやらないといけないわ。ただでさえうちのクランは、お金の使い方をしらないメンバーにあふれてるんだから」
セレナの意見にきっぱりと首を振ったライラは、ひるむことなくウドウを見据える。
「この際だからいうけどね、クソじじい! あんたの身勝手さが、孫に気を遣わせてるのよ!? 情けないと思わないの!?」
「ぐ、ぬう……!」
自分の孫と同じような歳の小娘の指摘に、ぎりぎりと歯がみをする。
「どっちにしろ、金など知らん……!」
「あっそ。ならいいわ」
ウドウは頑固ではあるが、同時に虚偽を嫌う。
となると犯人は別である。
ギルド資金は、『雷討』のリーダーであるトーハか副リーダーのライラどちらかの許可がなければ触れないようになっている。
「まあ、トーハが金を使い込んだ犯人だとして、問題は何に使ったかよね……」
「あ、あの、ライラさん。まだトーハさんが首謀者ときまったわけではないと思います。一応、強盗とかそういう線も――」
「ないわね。私の警戒を抜いて資金を引き出せるのなんて、せいぜいそのクソ爺くらいだもの」
あのバカは、なにに使いやがったとライラが目を凶悪にしていると、客の来訪が知らされた。
タイミングが悪い、と思いつつも、訪れたのはギルドの職員だった。
冒険者の集まりでは追い返しづらい相手である。
何をしに来たのか、部屋に通して話を聞くと予想外の単語が飛び出してきた。
「水着キャンペーン?」
ギルドの受付嬢を代表して訪問したという女性の話を聞いて、セレナとライラはまた顔を見合わせた。
純粋に意味が分からなすぎて困惑するセレナと、とうとうあそこのギルド長も頭が狂ったかとでかでかと顔に書いたライラ。
心底興味がなさそうにしているウドウに、ライラは話を向ける。
「ねえ、ウドウ爺。あんたの茶飲み友達の爺の頭がおかしくなったらしいわよ」
「痴呆だろう。奴も年だ。稀代の謀略家であった男であろうとも、頭が衰えるのも致し方なかろう。笑ってやれ」
ウドウも往年の友であるギルド長をかばうようなことはせず、あっさり認める。
セレナはギルド長と祖父の年齢が同い年であることを指摘するか否か悩んで、やはり何も言わないでおいた。
「で、ギルド長が意味の分からないキャンペーンしようとしているのはわかったけど、なんでうちに来たの?」
「それで、そのキャンペーンのスポンサーが、正規五十階層主討伐という偉業を成した『雷討』の皆さんであるということで、ギルドの面々としては反対しづらくて……」
「わかったわ。そんなクソみたいなキャンペーンに金を出した犯人はつるし上げておくので、みなさんは何の気兼ねもなくギルド長を罷免しておいて」
「助かります」
ギルド資産使い見込みの用途が、あっさりと判明した。
というわけで、ひと悶着の末にギルド長とくだらない取引をしていた和服の変態が一人、クラン本部ロビーの天井に吊るされることになった。
「これはなんの修行でござろうか……」
「たぶん、拷問の一種かと」
「はっはっは! で、ござろうなぁ。ライラ殿も手ぬるいものよ」
「もっときついのをお好みかしら?」
とっつかまって荒縄で縛られて吊るされているのだ、セレナの答えに呵々と笑っているあたり、割と平気そうだ。
やはりレベル五十越えの冒険者である。もっときつめにしてよかったかと片手にバチバチと雷撃を発生させながらも、ライラは冷たい瞳でカネサダをにらむ。
「で、トーハはどこにいったの? どうせあいつでしょ、あんたに金を渡したのは」
「拙者、仲間を売るようなことはしないでござる」
こんな状況にあってもカネサダは平気な面をしている。
「水着キャンペーンなんてアホなことを……。しかも、備品扱いで本当に水着を購入するところまでこぎつけるとか特大なアホなことを……! 国に送り返してやろうかしら、この変態」
「はっはっは! 拙者など、国に戻っても兄上から『いらん』と言われてこちらに返品されるでござるよ」
「この放蕩侍……!」
自虐を通り越した開きなおりに、ライラはこめかみを引きつらせる。
罪を問われている身にあって、カネサダはけろっとした顔である。
「そもそも、でござる。拙者らのパーティーに色気がなさすぎるのでござるよ。せめて受付に華を求めてなにが悪いのでござるか?」
「小娘。儂にやらせろ」
「ちょ!?」
「あら、どうしたのよ突然」
いままでライラとカネサダのやり取りに関心なさそうにしていたウドウが出てくる。
『雷討』で一番冗談が通じない人間の登場である。鼻を鳴らして立ち上がったウドウが、鋭い眼力で一気に青ざめたカネサダを見る。
「せ、拙者、何かウドウ老の勘気に触れるようなことを口走ったでござるか……?」
「ああ。ギルドの女子供が晒しものになろうと、そして小娘がどうバカにされようとも心底どうでもいいが……儂の育てた孫娘への侮辱は許さん。覚悟せよ、カネサダ」
「お、おじい様……えっと、ありがとうございます?」
「ウドウ老の折檻は勘弁でござる! セレナ嬢もなにお礼を言っているのでござるか!?」
『雷討』で随一の常識人であるセレナが祖父の言動に照れているので、止めてくれることはなさそうだとカネサダはあっさりリーダーの居場所を吐いた。
薄暗い場所に、英雄はいた。
「俺はよぉ、トーハ。お前が本当にただの悪ガキだった頃からの付き合いだからよ、お前がすげえ奴になったって聞いて、信じられない反面、それ以上に嬉しかったんだよ」
とつとつと語っているのは、この王都で看守を仕事としている男だ。
この仕事三十年の男は、牢の鉄柵の向こうにいる馴染みの人物になんかもうこいつどうすればいいのかなぁみたいな視線を向けていた。
「なのにお前ってやつは……ここに来るの、何回目だよ。いい加減にしろってーの。世間じゃ英雄様だろ、お前?」
「はっはっは! おやっさん! 英雄だからなんだってんだよ。俺を誰だと思っていやがるぅ!」
ここは、王都の留置場。なんかやらかしたバカを一時的に勾留しておく場所だった。
そしてその牢屋の一つにぶち込まれている十五、六の少年は、馴染みの看守の説教に対してなぜか余裕しゃくしゃくな顔をしていた。
「ガキの頃から悪行三昧! おやっさんには名前と顔を覚えられ、王都に悪名響くようになった『牢王』とはぁ、俺のことよぉ! もうここは俺の家みたいなもんだろ?」
欠片も反省してなさそうだった。
「お前、ほんとバカだよなぁ……。お前の人生って迷宮にいるか、この留置場にいるかだろ? ある意味すげえよ、ほんと」
「はっはっは! あんまり褒めんなって」
豪快に笑ったアホが、そこでこそりと声を潜める。
「いやぁ、実は言うとなおやっさん。いま外に出たら、ちょっとまずいんだよなぁ。たぶん、羅刹がごとく髪の毛逆立てている鬼が俺を狙ってるんだ」
要するに、トーハはライラから逃げるためだけになじみの留置場にぶち込まれたのである。
本当にバカなことしてるなぁとため息を吐いた看守は、一言。
「そうかそうか。ならトーハ。喜べ。釈放だ」
「え」
なじみの男の後ろには、ライラがいた。
「馬鹿な!? なんで見つかった!?」
「もはや理由を語るのも馬鹿らしいけど――カネサダが吐いたわよ」
栄光あるクランのリーダーがいるとも思えない場所にて、無事発見。もはやライラの殺意はマックスだ。
暴発寸前の雷光が彼女の全身からバリバリと凶悪な音を立てている。
「あんた、しばらく休みなんてあると思わないことね。クソみたいなくだらないことでクランの資金使い込んで……迷宮の最前線で今回の補てん分を支払ってもらうわよ……!」
電撃の影響で髪の毛が逆立っているいまのライラの容姿は、控えめに言ってただの鬼だった。
「ダイジョウブよ、トーハ。今度は逃げないように、付きっ切りで冒険に付き合ってあげるから……! 厳しい探索になりそうだし、久しぶりに二人きりで行きましょうかぁ……!」
「ま、待て! そもそも水着キャンペーンに出資ってのは俺一人の考えじゃない! クランの総意なんだっ! この間の飲み会で、受付嬢が水着だったらやる気出るよなぁって話になってだな――」
「お酒飲むなとは言わないけど、酒の席の発案を実行するようなバカはしないでくれると嬉しいわ」
「ぐうッ」
口喧嘩では分が悪いと、トーハは馴染みの看守へと視線を向けた。
「お。おい、おやっさん! いま暴行の現行犯が――」
「いや、夫婦喧嘩は管轄外だから。勝手にやってろ」
「――仕事しろごらぁ!」
そんなことは言っても、身元引請人が来れば引き渡すのが彼の仕事だ。ライラも、ここで本気で魔法を使って暴れるほど暴力的ではない。周りに被害を出さずに速やかにトーハを痛めつけてくれるだろう。
もうそろそろ退勤の時間だし、一杯ひっかけて帰るかと看守はその場を後にした。
残されたのは、ライラとトーハの二人きりだ。
「さ、トーハ」
ライラは笑顔で手を差し出す。
その右手には、ばちばちと音を鳴らす電流が目視できた。
「せっかくだし、手をつないで帰りましょう?」
ぎゃーという悲鳴が、遠く響いた。
『雷討』の昔話でした。
せっかくなのでまったく出番なかった奴らを、ちょっとだけ。
セレナの年齢が書籍版とweb版で違うから、ちょっと戸惑いますね。書籍のセレナは名実ともにロリなので……。あと、世界観の差がだいぶあるのもまた書きずらい要因です。
そして極東島国出身さんは書籍版に出せる機会があったら女の子に変えるな、たぶん……。
次の短編はセレナにしようか、それともイアソンの話を書こうかどうか、リルが行っちゃった後のコロとヒィーコにしようか迷い中……。リルたちの話書くとなると、新キャラ勢のムドラとかフレーズを出せないのが、地味につらい……!