連続スタイリスト魔3
まずはパーティーの切り込み隊長、コロが突っ込んだ。
リルとヒィーコは静観の姿勢だ。変態も冒険者として鍛えているとはいえ、中級ならばレベル五十以下。はっきり言って相手にならないだろうとの判断だ。
レベルによらない実力差もあからさますぎたため、コロはさほどの警戒もなく適度な力で制圧しようと縦ロールからジェット噴射で接敵する。
ジェット機動のコロと戦うなど、同レベル帯の冒険者でも困難だ。これで勝負は決まっただろうとリルとヒィーコは思ったが、相手の変態は余裕の笑みをうかべていた。
「ふっ。この俺に対して髪を武器するなど、愚かな」
「へ?」
余裕綽々の変質者が取り出したのは、髪を梳く用の櫛だ。
もはや武器でもなんでもない。警戒しろという方が無理な装備だが、それでも一応コロは相手の動きに注意して接近する。
だが、その警戒も無意味だった。変質者がそれを一振りした次の瞬間、コロの巻き髪が突如として解かれた。
「う、わぁ!?」
コロの縦ロールがまっすぐのポニーテールになったことで、縦ロールの噴射も不可能になる。当たり前だ。コロの魔法は縦ロールから炎を生み出し噴出するものだ。縦ロールでなくなれば、魔法は発動できない。
「っとお!」
意に添わぬ魔法の解除がされ、コロが動きのバランスを崩す。結構な勢いで転びかけるものの、そこはコロである。なんとか手をついて、くるんと一回転。態勢を整える。魔法を矯正解除されたコロは、その勢いのまま一気に間合いを開ける。
「コロっち!?」
「この変態っ! 奇妙な技を!」
コロの初撃の失敗を見て、リルが自分のことを棚に上げた発言を叫びながら縦ロールを伸ばした。
コロの魔法が触れもせず解除されるなんて初めてのことだ。ここは相手の能力を探るためにも中距離でとリルが縦ロールで変態を制圧しようとする。
だが変態は余裕の笑みを崩さなかった。コロの時と同じように、さっと櫛を一振り。
「ふっ。また無駄なことを」
変態を拘束しようと動かすが、五十階層主を打倒し『栄光の道』のリルの縦ロールまでもが途中で解けてしまう。
リルの魔法はあくまで『縦ロール』を操る魔法だ。ストレートになった髪の毛を操作することはできない。ただの髪として力なく風に揺れる様を見て、リルたちは愕然と目を見開く。
「リル様の縦ロールまで……!?」
「な、なんですの、これは!?」
「まさか、相手の魔法を強制解除する魔法!?」
冒険者の最大の武器であり、人の想いの発露である魔法を問答無用で封じることができるのなら、対人戦で恐ろしい猛威を振るいかねない。
戦慄するヒィーコに、変態スタイリストは怒声を叩きつける。
「馬鹿なことを言うな! この俺の魔法がそんなくだらないもののはずがなかろう!」
「じゃ、じゃあいったい!?」
「俺は、骨の髄までスタイリストっ。ならばこそ。俺の魔法は――すべての髪を整え、世話をする魔法だ!」
「は?」
ぽかんとするリルたちに、男は呵々大笑。
「髪を整えるには、まず丁寧に髪を解いてブラッシングする! 常識だ!」
変質者の魔法は攻撃でないからこそ、リルとコロですら防げなかったのだ。
なるほどコロとリルの魔法の天敵で、特にリルにとっては恐るべき魔法である。お前それでどうやって魔物と戦ってるんだという疑問もあるが、まあ、中級程度までなら魔法がなくともどうにかなるのは事実だ。
「勝負あったな。貴様らの武器が髪である以上、俺には勝てないぞ。全ての女性の髪は俺の意のままになる。第一、髪を武器とするなど、そもそもがおかしいのだ。もっと髪をいたわれ!」
リルは縦ロールがなければいまだ普通に弱い。変質者は勝ち誇って歯噛みするリルに迫るが、リルのパーティーは全員が全員縦ロールを使って戦っているわけではない。
「――変・身」
閃光が輝いた。
「髪の毛に干渉する魔法……じゃ、あたしには関係ないっすね」
魔法に髪が由来しないヒィーコが、魔力装甲によって強化された槍を構える。
ヒィーコの深紅の鎧姿に、変態スタイリストはてきめんにうろたえた。
「き、貴様! 卑怯だぞ! そこの女性の仲間のくせに髪が戦闘に一切関係ないだと! 仲間外れかっ!」
「うるっせぇ、変態」
実はほんのちょっぴりだけ気にしていることを言われて、ヒィーコは獰猛な視線を叩きつける。
髪の毛が戦闘に関係しないなど至極まっとうなのだが、リルとコロがどちらも縦ロール由来である。ヒィーコもまったく気にしていないというわけではないのだ。
ヒィーコと変態スタイリストが普通に戦えば、当然ながら変態が普通に負ける。それを承知している変質者は即座に踵を返した。
「くっ。ここは撤退を――」
「通しませんよ?」
こちらも普通に剣を構えたコロが立ちふさがる。
縦ロールなしでは戦えないリルと違って、コロは魔法なしでも冒険者業界では指折りの実力者だ。そうでなくとも、魔法を勝手に解除されたことでコロのポニーテイルが炎龍へ変わって怒り狂い、変態スタイリストを睨み付けている。
追い詰められている現状を悟った変態スタイリストはうろたえる。
「くっ。なぜだ! なぜ俺がこんな……! 俺は間違ったことなどしていない!! なのに、どうして犯罪者のような扱いをされなければならないのだ!」
「え? この人、犯罪者なんですよね?」
「そっすよ、コロっち。もう根本的にいろいろと間違ってる変質者っす」
「黙れっ。小娘ども!」
コロとヒィーコがこの世の道理を再確認するも、変質者はなぜか自分が正しいと信じて疑わずに己の理を説く。
「俺は間違ってなどいないっ。女性を美しくしたいという俺の信念が間違っているのか? そんなことはないだろうっ。お前らだって、美しくありたいという欲望はあるはずだ! 俺はそれをかなえてやっているのだぞ!?」
「えっと、そんなにきれーになりたいとかは思ったことないですけど――」
「その怠慢こそが俺は許せんのだ!」
自分の素直な意見を述べたコロに対し、変質者は顔を真っ赤にする。結局どっちにしても言うだけ無駄と、最初から変態と意見を交わす気など一切ないヒィーコは肩をすくめた。
「人は誰しも磨けば輝く原石だっ。ならばこそ、路傍の石ころに甘んじることなく精進しなくてはならないっ。その術を持っている俺は、もっと求められるべきだ! 全ての女性は、俺のようなスタイリストの手によってもっと美しくなるべきなのだっ。だからこそ、俺は無償で道行く人間にスタイリングを施してきた。それなのにっ、なぜ!!」
「なぜも何もありませんわ」
さっぱりわからんという顔をしているコロとヒィーコとは違い、美を探求する心のあるリルは相手の訴えがまるで理がないものだとは思わなかった。
だからこそ、彼の間違いをリルこそが見通すことができる。
「己の美の探求。世の女性が躍起になるのは自然のことである、その助けになりたいという心は王佐の座にあるような崇高な理念ですわ」
「ならば!」
「ですけれどもね、辻スタイリスト。やはりあなたは間違っていますわ」
リルは相手の心を認めて、しかし凛々しく否を突きつける。
「誰にだって、自分好みがあるのですわ。相手の価値観を推し量ることなく、自分が優れているからと己の美意識を道行く人に押し付けるのど、迷惑以外のなにものでもありませんわ! なぜそこがわかりませんの?」
「そ、そんなことはない! この世には共通意識というものがある。美意識というものは、多くの人の賛同を得る形がある。常識というものがあるのだ! 俺はそれらを捉え、昇華しているっ。なんの知識もない小娘どもの好みなど……! 知識もなくただ流行に流されるばかりの好みなど、たいした価値もない! それは美ではないのだ!!」
「驕りましたわね、スタイリスト」
客商売にあるまじき顧客蔑視の発言芸術家気取りの変質者の心を暴き出し、リルは冷たい視線を送る。
「世の中を自分本位に捉え、周囲とのコミュニケーションを絶った。そこがあなたの限界だとも知らずに自分の殻に閉じこもったことこそがあなたの間違いですわ!」
「う、うるさい! だって――おかしいんだよ! 最近の客の注文が変なんだよ!!」
とうとう責任転嫁を始めたかとリルは目をきつくするが、スタイリストの狂態は止まらない。
「なにが流行っているのか、店に来る客の注文が縦ロールにしてくれ巻き髪にしてくれ巻き髪のカツラをくれだ、おかしな注文ばかりっ。どう考えても変だろう!? 巻き髪が似合うような人は、結構限られてるんだよっ。俺にだって仕事に対してプライドがあるんだ! 俺にっ、もっとまともな髪型にさせろよ! 挙げ句の果ては、貴様だ!!」
ちなみに最近、街で縦ロールが流行りつつあるのはリルが活躍しているからである。ヒィーコが『元凶はリル姉か』と醒めた目でリルを見やるが、リルは黙殺した。
そんなやりとりには気がつかず、スタイリストは櫛をリルに向けて、魔法を発動。
「なんだその髪型!? 最高品質の髪がぐるぐるに巻かれてぶら下げられているのを、見てられないんだよ!! まずは解いて丁寧にブラッシングしてやるから、おとなしくしていろぉ!」
「だまらっしゃい!」
スタイリストの魔法は、しかし今度はリルに通じなかった。
リルは気合いで自分の縦ロールを保持したまま、相手を一喝して叱り飛ばす。
「お、俺の魔法が……!」
「承諾を得ない、一方的なスタイリング……あなたは他人を幸せにするためにスタイリングをしているのではありませんわ。ただ自分の美意識を実現させるために他人を付き合わせているのです。それこそが誤りなのですわよ!!」
「そ、そんな……」
自分の魔法が通じなかった。それはすなわち、自分の信念が敗北したのと同義だ。戦意を喪失した男は、がくりと膝を折った。
「そうか……俺は、あまりにも身勝手だったのか。自分の腕で客を喜ばせるのが最初の想いだったはずなのに、知らないうちに流行に反することこそが目的になっていたのかもしれないな」
いつの間にか錆びてしまっていた自分の想いを知って、ふっと力なくほほ笑む。
「俺の、負けだ……。目が覚めたよ。自首してくる」
そうして一部界隈を騒がせた辻スタイリストは、お縄となった。
***
「というわけですっ、アリシアさん!」
「そんな変な話を聞かされて、私にどうしろと……?」
変態スタイリストの顛末を聞かされたアリシアは、なんとも言えない微妙な顔をした。
一応自分も被害者の一人だったからと聞かされたのだが、アリシアにとって世界が違い過ぎる話だ。
「もうあの変質者はいないと安心して、あとは適当に笑い話として受け取っておけばいいですわよ」
「ですねー。もうアリシアさんに変なことをする人はいないです!」
「それは、まあ確かに安心と言えば安心ですけど」
コロとアリシアの二人がかりでリルの長い髪を解いて手入れをしている。お風呂上がりのリルの髪を乾かして櫛を通しているのだが、リルの髪はやたらと長く量が多いので手入れにも人一倍手間がかかるのだ。
二人のブラッシングに、リルの髪は特に抵抗することもなくされるがままだ。
「まあ、その変な人の主張はともかくとして、お嬢様も髪の手入れの専門を雇ってもよろしいのではありませんか?」
「嫌ですわよ。わたくしの縦ロールは、見ず知らずの人間の言いなりになったりはしませんわ」
よくわからないプライドを掲げるリルに呆れた視線を向けるアリシアだが、リルは「それに」と言葉を続ける。
「わたくしの髪を一番よく知って整えてくれる人は、昔からすぐ近くにいますもの」
思わぬ言葉に虚を突かれて一瞬だけ押し黙ったアリシアは、それでもすぐに心を立て直す。
素知らぬ顔をしてなんでもないかのように一言。
「相変わらずわがままですね、お嬢様は。私の手間は、まだまだ減りそうもありませんね」
「ふんっ。それがあなたの仕事でしょうに」
素直でない二人のやり取りを、ちょっとうらやましそうに、それ以上に微笑ましそうにコロが見守っていた。
次はクルクルおじさんがちょっとだけ登場する昔話か『雷討』の昔話になるか、どっちかです。