連続スタイリスト魔2
「ほっとけばいいんじゃないっすかね」
迷宮の四十階層。噂の変質者を現行犯でとっちめてやろうと、リルとコロはヒィーコと一緒に迷宮に来ていた。
最近、連続スタイリスト魔が徘徊していると噂の階層を探索すると言い始めたリルにめんどくさそうな顔を返したのは、ヒィーコだった。
「そんなよくわかんない変態、絶対にそのうち捕まるっすよ。わざわざあたしたちが四十階層まで上がってこなくてもいいじゃないっすか」
ヒィーコはアリシアと顔見知りという程度の関係だ。しかも髪をスタイリングされたという、いまいちよくわからない被害である。それで義憤にかられろというのも無理がある。
そんなに実害がないのだから首を突っ込むことはないというのがヒィーコの意見だったが、アリシアが被害にあったとなれば絶対に放っておけないと主張するのがリルだ。
「いいえ、絶対に放っておけませんわ。女性の髪を勝手にいじくるなど、決して許してはいけない蛮行ですのよ!」
「はい! 絶対にせーばいしてやります!」
「くっ。この三人だと、多数決じゃ絶対勝てないのが恨めしいっすね……!」
意見がぶつかれば、多数決が強いのは世の常だ。しかし三人パーティーであるリル達である。コロがほぼ絶対にリルに追従するので、パーティーで一番の常識人であるヒィーコの意向が通らないという悲しい事態が起こってしまうのだ。
「ないものねだりなのは承知っすけど、あと一人、リル姉に文句言える奴がいればよかったんす」
「あら、仮にメンバーが増えても変わりませんわよ」
だが、ヒィーコの呟きを聞いたリルは自信満々に胸に手を置く。
「どうせわたくしの信望者が増えるだけですもの」
「リル姉はもっと自分のことを省みるべきだと思うっすよ」
ヒィーコは冷たい視線を向けるが、リルたちが『栄光の道』を打ち破って有名人になりつつある現状、あながち自信過剰とも言い切れないのだ。
「しっかし、なんでその変態は髪を狙って整えるんすかねえ。まったく意味がわかんないっすけど」
「わたしもわかんないです」
「変態の気持ちなど考えなくてよろしいですわよ」
「わかったらそれはそれで問題っすしね」
変な人と変態の間には深い溝がある。リルもコロも一般の感性からはちょっとズレた変な子ではあるが、変態の気持ちはさっぱりわからないのだ。
そうして迷宮の中を歩いている三人の耳に、絹を裂くような悲鳴が届いた。
「まさか」
悲鳴のもとに駆け寄ってみれば、そこには自分の顔を手で覆っている少女がいた。
リルたち同じ年頃の少女だろうか。二本の大物のナイフを鞘に納めて携えた、いかにも冒険者といったスタイル。見ない顔だが、うなじを隠す程度まで伸ばしたショートカットで、前髪をさっぱり切り取られおとなしそうな、それでいて大人びた顔立ちがあらわになってる。
「ま、前髪が……切られて……うぅ」
「ははは! 礼はいいぞ! あんな前も見えないほど前髪を伸ばすなど、まったくもって野暮だ!」
「そ、そんな……こんなの、恥ずかしい……!」
小さなぼそぼそ声で恥ずかしそうに顔を真っ赤にして震える女の子を見下ろしてなぜか誇らしげに笑っているのは、白いマントに仮面をかぶった男だった。
「あ、あれは……まごうことなき変態っす!」
「見ればわかりますわ! そこの変態っ、止まりなさい!」
待てと言われて止まるバカがいるものか。
しかして、いた。
リルに誰何された変質者は、リルの顔を――正確にいえば、立派に生えた五本の縦ロールを見て足を止めた。
「き、貴様はっ!」
スタイリングを終えた少女を置いて颯爽と立ち去ろうとした変態はリルの縦ロールを見て刮目し、不気味な笑い声をあげる。
「ふ、ふふふ! まさか、こんなところで因縁の髪の毛と相まみえようとはな! ここで会ったが百年目! あの時の屈辱を晴らさせてもらうぞ!」
立ち去ろうとした変質者は、ばさぁっとマントを翻し、仮面をとって顔を晒した。
あらわになったのは二十代半ばの、意外と顔立ちが整った男性だ。
男のセリフにヒィーコは驚愕に目を見開く。
「え? リル姉、変態と知り合いなんすか?」
「馬鹿なことをおっしゃい。わたくしの知り合いに変態はいませんわ」
きっぱりとリルは言い切る。
いろいろ問題と抜けは多いものの、リルは淑女である。知り合いに変態はいない。断じていない。変な人物はちらほらいるが、変態はいない。
だが、リルに知らない人扱いされた変態は顔を真っ赤にして激高した。
「貴様ぁ! 俺の顔を忘れたのか!! 俺にあれだけ屈辱を与えておいて!?」
「……やっぱり、知り合いみたいですよ?」
「……ちょっとお待ちなさい」
コロに言われたので、リルもまじめに記憶を掘り返す。
言われてみればどこかで覚えがあるような気がしたのだ。
「学園……いえ、違いますわね。もうちょっと最近ですわ。冒険者関係……でもなく、そう、あれはたしか……あなた、もしや美容室の……?」
「ようやく思い出したか!」
「あれ? やっぱり知ってる人なんですか?」
「知り合いというか、ただの客引きですわね。わたくしの縦ロールに見惚れたという、見る目だけはある人物でしたわ」
「客引き? 縦ロールに見惚れた? リル姉の?」
「ああ、そうだ」
どういうことだといぶかし気な顔をするヒィーコに、頷いた変態が語りはじめた。
「俺は、町で流行りの美容室を経営するスタイリストだった。女性をスタイリングすることに生涯を捧げることを誓ったその道のプロだ」
「はあ。それがどうして変態に転落したんすか?」
「あれは三カ月ほど前のことだ。俺は道端でそこの女性を見かけた」
連続スタイリストがその道のプロだということはヒィーコたちも薄々気がついていた。話を聞いている限り、奇行ではあるものの腕だけは確かだったからだ。
一応動機だけは聞いてやろうという姿勢のリルたちに、変態は情感たっぷりに話す。
「素晴らしい髪だった。長さ、細さ、艶やかさ、色、光沢、質感。おそらくは、俺が見た中で最高品質の髪だった!」
「ふふん。当然ですわよ。わたくしを誰と心得ていますの?」
「だが髪型が変だった」
「ちょ」
「まあ、リル姉っすからね」
「え? リル様の髪型、世界一ですよ?」
残念ながら、これだけは変態の意見が正しかった。
「俺はその道のプロとして、世界最高峰の髪が変な髪型に巻かれている現状をとても見過ごせなかった。だからこそ俺はその女性に頼んだ。『どうかあなたの素晴らしい髪をスタイリングさせてください!』と土下座してな!」
「うわぁ。昔から変態だったんっすね」
「そしてそこの女性はあっさりと承諾してくれた」
「リル姉、なんで許可しちゃったんすか……」
「別にいいじゃないですの。気まぐれですわ……」
いいわけがましい口調のリルはそっと目をそらす。リルはちょっと誉められれば調子に乗るので、あっさり快諾してしまったのだ。
「なんにしても許可を得た俺は、その女性を店に案内して髪に櫛を通した。俺の技術の粋を尽くすときだと意気込んで! だが!! なにをどうやってもっ縦ロールが解けずまっすぐにならなかったんだ!!」
「リル姉?」
「わたくしの縦ロールは、見ず知らずの人間の言いなりになったりは致しませんわ」
わけのわからないプライドを掲げるリルだった。
美容室に入ったんならおとなしくしろよと思うヒィーコではあったが、確かに反発するのがリルらしい。そもそも無理やり声をかけたほうにも非があるだろうと、ヒィーコは無理やり納得する。
「それでも俺はめげることなく、ハサミを入れようとした。どういう仕組みでまっすぐにできないか知らんが、それでもできることはあると信じて! だが!!」
言う前に、すでに落ちが読めていた。
「切れなかった、切れなかったんだよぉ!」
そりゃそうだと一同が思った。
リルの縦ロールが市販のハサミで切れるわけがなかろうというのはもはや常識だ。五十階層主カニエルのハサミを壊した縦ロールである。市販だろうが特注だろうが、歯が立つわけがない。
唯一、魔を滅する輝きを持つミスリルを使ったハサミにならば目はあるが、そんなくだらないものがこの世にあるはずがない。もはやこの世にリルの縦ロールを切り裂けるハサミなど存在しないだろうということを知らないほうが悪い。
「俺のプライドは打ち砕かれたよ。あらゆる髪を思いのままにできるのが俺の誇りだったんだからな。だが、俺は諦めなかった」
「それで、辻スタイリングを始めましたの?」
「ああ、そうだ。安穏とした室内、望んで訪れる客でしかスタイリングをして来なかったなど、俺はあまりにも甘えていた。あらゆる髪を調髪できるようになるべく一から修行をしなおした。いままでとは全く違うアプローチが必要だと、かしこで道行く女性の髪を洗髪し、調髪し、スタイリングの腕を磨き続けた。どんな状況、どんな場所、どんな相手でも思いのままのスタイリングをできるように腕を極める武者修行を積んだのだ!」
「店でやれ」
ヒィーコが冷たい声でツッコミを入れるのだが、変態はしょせん変態である。常識的な言葉に聞く耳を持たなかった。
「そうしているうちに俺は気がついた。そもそもこの世には、女性だというのに自分の髪に頓着しない人間が多すぎるっ。特に冒険者だ! やつらは、自分の髪にまるで気を使っていない人間が多すぎる!! そのため俺は冒険者登録をし、迷宮に潜った!」
「冒険者への志望動機として、初めて聞く動機ですわね」
「そして迷宮の中でも辻スタイリングを続けているうちに俺の想いは昇華され、魔法に目覚め、半年余りで俺は中級中位まで駆け上った!」
「へー。すごいペースですね」
コロの感想はとても率直だった。半年で中級中位という探索進度はかなり速いペースだ。下手したら、カスミ達より速い。こつこつ稼いでいる世のまともな冒険者が聞いたらショックで引退する者が出てきてしまうかもしれないほどの速さだった。
それだけ、彼のスタイリングにかける想いが強かったのだろう。一流の人間というものは、まったく別のジャンルに挑んでも物覚えがよいのが常だ。
「別にあんたが冒険者をすること自体はどうでもいいっすけど、はた迷惑なことさえしなけりゃいいのに……」
「ふんっ。なんと謗られようと知ったことか! たとえ社会から爪弾きにされ孤独になろうとも、俺は求道の歩みを止めたりはしない!」
ヒィーコの言葉にも変態スタイリストは、堂々としたものだ。リルにプライドを粉みじんに砕かれたときに常識も打ち捨てたのだろう。
事実、被害届は出されていない。それどころ被害にあった女性の中には、信じられないほどの艶を取り戻した自分の髪に感動して、もう一度スタイリストに出会いたいと熱望している女性も多いほどだ。
「ええっと……」
迷ったように、コロが変態スタイリストを指さす。
「すごく変な方向で熱心なことはわかったんですけど、とりあえず、この人は捕まえたほうがいいんですか?」
「注意情報が回されるくらいっすし、たぶんなんかしらの罪には該当すると思うんで、とりあえず現行犯で捕まえて警邏にでも突き出すっすよ」
「そうですわね。とりあえず、婦女暴行の現行犯には該当すると思いますわ」
犯行動機が心底くだらなく、まともに相手にするのがめんどくさくなった。
なにせ相手は世間をにぎわす変態だ。会話をしてためになることなどなに一つとして存在しない。
相対する上級冒険者であるリルたちを前にしても、変態は不思議と落ち着いていた。
「来るか、少女たちよ……。貴様たちの活躍は知っている。だが、俺はスタイリストだ。髪の手入れがなっていない女性、明らかに似合ってない髪型をしている女性を前に逃げ出すことなどできはしない……! 全ての女性を輝かせる踏み台になってもらうぞ!」
変態が想いを吠えあげると同時に、戦いの火蓋が切られた。
テンション高いなぁ、この変態……




