連続スタイリスト魔1
12月28日に2巻が発売されることになりました!
ネットショップ、書店では予約を開始しているかと思います。
それに伴いまして、一旦完結を解除してちょこちょこと宣伝更新をしていこうと思います。
書けなかったキャラごとのこぼれ話とか、あとは見るからにあほらしい外伝とかを。
ということで、我欲丸出しの宣伝を2つほど。
①書籍2巻は全編ほぼ書き下ろし。
書籍版はweb版よりパワーアップして厚みを持たせていますので、是非ともよろしくお願いします。
②ゼロホルダーも書き直して再連載していますので、そちらもよろしければ目次下のURLからどうぞ。
では、おまけの更新をどうぞお楽しみください。
「ボス!」
アリシアが部屋でくつろいでいると、どこか気の抜けた、しかし非常に明るい声が響いた。
本を読んでいたアリシアが億劫に顔を上げると、そこにいたのは十代半ばのメイド服姿の少女だった。
「……なんですか、フロウ。いい加減はボスはやめなさいと言ってるでしょう」
「いや、ボスはボスって感じなので。そんなことよりボス!!」
フロウ・ローグ。
王都の雑踏で知り合っただけだったのだが、あまりにもアホそうなのでつい心配になってメイドとして雇った少女である。軽い言動とは裏腹に、意外と覚えは早いし仕事は的確だった。裁縫スキルを上げた彼女はおしゃれと称してメイド服をかわいらしく改造している。
自分だったら絶対にしなかったなぁ、という思いはおくびに出さず胸の内で収めておく。
「聞きましたよ! ここ、リルドール・アーカイブ・ノーリミットグロウが冒険者として活動している時に住んでいた場所なんだって!」
そして彼女は、前アパートの管理人であるリルドール・A・ノーリミットグロウの大ファンだった。
むしろ今まで知らなかったのかと、アリシアはため息を吐いた。
それから慎ましやかさや控えめさがまったくないやかましい使用人に注意事項を教える。
「フロウ。私には嫌いな人種が三種類います」
「はい? なんですか、ボス?」
「いくらでも出すからここを売れとしつこい不動産屋。いくらでも出すからここの部屋を借りさせろとうるさい入居希望者。そしてリルのことをことさら祀り上げるあなたみたいなうるさい人です」
「『リル』! すごいですねっ。本当に知り合いだったんですね、ボス!」
アリシアの言葉を聞いて、目を輝かせる。
相手をまったく省みないこの性格はある種得難いものだろう。人によってはただ不愉快なだけだが、押しの強さは一つの美徳だ。
自分の興味があるところ、あるいは自分の欲しいものにガンガンとぶつかっていく姿勢はかつての自分にはなかったもので、それがほんの少しだけうらやましいと感じてしまったアリシアは押し負ける。
「リルの話、ですか。でもあなた、概要は知っているでしょう?」
「そりゃ、ファンなので」
「ならいいじゃないですか」
「ファンだから、いろいろとこぼれ話を聞きたいんです!」
やはり引かない。
大体においてポジティブで運が良い少女に、アリシアはしぶしぶ昔話をすることにした。
「そうですね。ちょうどよく貴女の幻想を崩すのに、いい感じに馬鹿らしい話がありました」
そういって、ゆっくりと語りはじめた。
***
それは、リルたちがクグツ達『栄光の道』に勝利した頃の話である。
「連続スタイリスト魔?」
アリシアがその話を聞いたのは、迷宮探索帰りのリルからだった。
『無限の灯』の設立と『栄光の道』との連盟体制も落ち着いた頃合い。受勲の前に七十七階層を目指したリルたちが本日の冒険から帰って夕食を終え、今の空気がひと段落ついた時間。
食後の紅茶をアリシアが用意し、リルとコロの二人に差し出した時にそんな話題が出てきたのだ。
「ええ。なんでも冒険者の、特に女性の間でそんな話が広まってますの」
「連続……スタイリスト、と言いますと、つまりどういうことですか?」
話のタネにしてもおかしな単語だ。
何を言ってるんだろう、うちのお嬢様はという顔をするアリシアの淹れた紅茶をリルは上品に一口。お子様舌のコロはとぽとぽと砂糖を入れてかき混ぜている。
「そのままですわ。連続して強引に髪のスタイリングされる被害女性が連発してますのよ。何やらものすごい手際で、風が吹くような速度で通り過ぎたと思ったら髪がスタイリングされていくらしいですわ」
「いや、だからどういうことですか?」
「なんか、通り様に女の人の髪を綺麗にしていく、よくわかんない人が出ているらしいんです。それで気をつけろーって、受付のセレナさんに言われたんです」
リルからコロへと説明が移って一気に簡易になったが、コロの言う通り本当によくわからない人だった。
リルとコロの説明を聞いても、アリシアは間の抜けた声しか出せない。
「はあ。……迷宮にですか?」
「ええ、迷宮にですわ」
「スタイリストが? 調髪の?」
「いろんな人がいますよね、迷宮って」
「そういう問題ですか?」
迷宮にいろんな人がいるなど、リルとコロを見れば一目瞭然だ。
しかし、迷宮で髪のスタイリング。しかも仲間内でやっているわけでも商売として興行しているわけでもなく承諾なしの強行である。冒険者界隈に詳しくないアリシアでも、それがおかしいということはわかる。
魔物蔓延る迷宮でなぜそんなことをしているのか。冒険者なんて普通の人間よりずっと強い人種に対して両者間の合意なしで、一方的なスタイリングである。いろんな意味でおそろしい変態だ。
「迷宮で冒険者同士の争いがあったり、治安機構の目が届かないからと誘拐などの犯罪に使われたりすることがあるというのは聞いたことがありますけど……」
「それと同種、とは言えませんわね」
なにせ髪を整えるのである。しかもセンスがいいとかで、一部では再び出会えないかと被害が集中する階層をうろついている女性冒険者もいるらしい。
この世の中は広いな、と思ったアリシアは、とあることを思い出した。
「そういえば、少し前に回覧板で同じような情報がありました。なんでも道行く女性の髪を、問答無用で整えていく変質者が出ている、と」
アリシアの情報に、リルとコロは顔を合わせる。
迷宮と地上では微妙に治安体制が異なるので情報が重なっていなかったようだが、どう考えても同一犯である。
そうなると、その連続スタイリスト魔なる変態は迷宮だけではなく街中にも出没しているらしい。
「どうも、あちこちで女性の髪を整えているみたいですわね」
「なんの意味があるんですか? 武者修行ですか?」
「調髪に武者修行などいらないと思いますが」
世界各地の街の人間を切り裂いていくクルック・ルーパーの亡霊、いわゆる『切り裂きルーパー』という都市伝説じみた話はあるが、髪を切っていく変態の心など誰も理解できなかった。
そんな変態の気持ちなど、アリシアにも理解できない。とりあえず、そういう事件が起きていると噂で聞いただけである。
どちらにしても犯人確保は冒険者の仕事ではない。実際、被害にあって現行犯確保するならともかくリルたちが直接被害にあってるわけではなかった。
「……あら」
そうして「世の中変態がいるんだなぁ」というだけで話が流れそうになった時に、ふと気が付いたという風に、リルがアリシアの髪に目を止めた。
「アリシア、あなた髪形変えましたの?」
「え? いえ――」
そんなことはしていない、と自分の髪に触って愕然とした。
アリシアは、いつも前髪を切りそろえ、横髪を軽く編んで後ろ髪と一緒に結い上げている。簡素でありつつも背一杯のおしゃれだが、それが昇華されていた。メイドとしてぎりぎりのラインで華やかになり、髪も艶を増している。
しかしアリシアに、髪をスタイリングされた自覚などなかった。
「ま、まさか……! 私が、気が付かないほどの速度と自然さで!?」
自分の髪に触れていつもとの違いに気が付いたアリシアは驚愕の表情で、うめく。
されている本人すら気がつかないようなスタイリング。いくらアリシアが一般人とはいえ、驚異的な所業だった。
「アリシアさんが、気が付かないうちに……!?」
「な、なんてことを……!」
連続スタイリスト魔は、明らかに迷宮で腕を上げていっていた。
そして身内の被害に、リルは厳しい顔で呟いた。
「連続スタイリスト――これは、放っておけませんわね!」




