第百三十五話
本日、書籍発売です!
web版とはだいぶ違う内容になっておりますので、そちらもお楽しみいただけたらなと。
アステリオス戦とか、作者は書いてて超楽しかったです!(ネタバレ)
無限に広がる宇宙がある。
ぐるりと世界の囲いながら己の身を食らい、永遠の命題を体現している蛇がいる。世界のすべてをのせて泳ぎ続ける箱舟がある。巨大な世界を背に乗せ歩き続ける象がいる。数多の世界を宝物がごとく蒐集しては秘蔵する邪竜がいる。
無限の宇宙には、多様な強者がひしめき合っては生存を競い、無限であるからこそ永遠に争いの決着がつくことがない。
そんな超越者たちがひしめき食らい合う無限宇宙に、ひときわ美しい髪がたなびいていた。
その髪には、いくたもの世界が巻き取られていた。長く長く伸びて渦巻く縦ロールは、世界の放つ輝きを照り返して、黄金色に輝いている。
リルドール・アーカイブ・ノーリミットグロウ。
無限宇宙に生まれた新参の超越者の一人である。
世界を乗せた縦ロールが、ゆっくりと回転している。縦ロールに乗って世界は回っているのだ。長くたなびく縦ロールに乗っている世界の数は、一つや二つではない。この無限宇宙で、よすがを失って零れ落ちそうになっていた数々の世界。あるいは世界を背負っていた巨人が瀕死に陥った時、あるいは混沌の渦に無垢な世界が吸い込まれそうになった時、リルは眼に映る限りそのことごとくを救っていった。
リルの縦ロールに乗る数々の世界は彼女が無限宇宙でなしてきた功績の証であり、何よりも美しく尊い髪飾りだ。
三千世界を纏って輝く縦ロールがたなびく無限宇宙の一画。空間を侵すような遠吠えが響いた。
その吠え声を聞いて、リルは顔をゆがめた。
「しつこい犬コロですわね」
いまの遠吠えの主がここしばらくつきまとわれている相手であると確信したのだ。
果たして、姿を現したのはリルの予想通りの相手だった。
天狼。
空間の概念すらあいまいな無限宇宙の中で、辺り一帯を震わせるような咆哮をあげたのは一匹の白い毛並みの狼だ。
有象無象に回遊する世界魚などとは一線を画する存在感。大顎を開けばリルの縦ロールに食いつき、並み居る世界ならば彼の爪先に乗ってしまうほどに巨大な一匹の天狼だ。
その超越者が今回飲み込むと獲物に定めたのが、あまたの世界を巻き込む縦ロールだった。
姿を現した天狼の凶眼が、小さなリルの本体を正確に見据える。
いくつもの世界を巻き込むリルの縦ロールはよほどいい餌場だとでも思われたのだろう。猟犬さながらに付かず離れず間断的に襲ってくるのだ。
「どうにも狼にはあまりにいい思い出がありませんけれども……よろしいですわ。いい加減、ケリをつけて差し上げますわよ!」
無限宇宙の戦いにルールなどない。弱ければ朽ち、強くともいつかは無限のかなたに屈して墜ちる。そんな無限の壁すら突破してくれると操るリルの縦ロールが、天狼に直撃した。
リルの縦ロールは五本。無限宇宙でしのぎを削っているうちに、一本一本が最初の頃とは比べものにならないほどに巨大になった。そのうち一本は、数多の世界を巻き上げ支えるために使っている。戦闘に使える縦ロールは実質四本だ。その四つを差し向けて、天狼の体を貫かんとする。
螺旋に渦巻く縦ロールが狙い通り天狼に直撃して貫通した、と思った瞬間だった。
天狼が、ばらけた。
文字通り、体が崩れて無数の小さな狼の群れへと変貌したのだ。
一匹狼から群狼への変化。元の巨躯とは比べるまでもないほどに小さくなったが、それでも一体一体が世界を丸かじりできる大きさだ。
遠吠えを上げた狼の群れが、明らかな統率力でもって襲い掛かってくる。
孤高にして軍勢にもなるのが天狼だ。
彼はその特性と実力をもってして多くの世界をむさぼり食らい、無限宇宙で悠久に生きる超越者であった。
「くっ……!」
無数にばらけた彼に対して、縦ロールの対応は遅れた。巨大な縦ロールの髪の毛が、無数の狼に対抗しようといくつもの螺旋の渦に分かれて迎撃に回るが間に合わない。何より群体として動きがあまりにも巧みだった。
無秩序のようでいて、はっきりと統制が取れている。何より目標が明確だ。散開して縦ロールを潜り抜け、四方から八方からリルの本体を狙い撃ちにしようとする。ここ数回の会敵でリルの弱点を見抜き、ここまで隠し通していた己の特性をぶつけてきた。
こうなるとリルは守勢に回らざるを得ない。雪崩をうって迫ってくる狼の群れに翻弄されながらも、相手を駆逐するためにリルは縦ロールを動かした。
そこで隙が生まれた。
リルの本体を狙っている、と見せかけた群狼の狙いは、リルが抱える世界だった。
「しまっ――」
リルが気がついた時にはもう遅い。リルの本体を目指していると見せかけた本隊から離れた、少数の群れが背後に回って一つの世界をかすめ取ろうと口を開ける。
リルが青ざめる。
その世界は、いつかやってくる仲間が残った世界だ。
やめろと叫ぼうとした。そこを失ってしまったら、リルの心が折れる。この無限の宇宙で、終わりも始まりもなく永遠に戦い続けるための、一番最初の核が失われてしまう。
いまはたった一人であれ、リルは一人では戦い続けることなどできやしないのだ。
もちろん捕食者である天狼は止まらない。一匹が、青く小さな世界を口にくわえようとした瞬間だった。
「変形・豪腕」
その世界から飛び出した巨大な腕が、天狼を殴り飛ばした。
「え?」
突如として現れたのは、巨大な天狼を殴り飛ばせるほどの出力を持った魔力装甲の腕だ。
見覚えのある、しかし記憶よりもずっとずっと大きく力強くなっているそれに、ぽかんと口を開けてしまうがリルの驚きはそれだけにとどまらない。
「姉魂焔剣」
リルが唖然とする。
畳みかけるように巨大な、それこそ世界の一つを両断できてしまいそうなほどの熱量の炎の剣が出現した。
その魂の輝きを、リルが見間違えようはずがなかった。
「天覧――兜割!」
縦一文字振り下ろされた炎剣に、いままさに世界に食いつこうとしていた一匹の狼が殺される。
元が巨躯の天狼からすれば、バラけた一匹が殺されようとかすり傷だ。つま先を斬り飛ばされた程度のものである。
だが敵が増えたのを感じた天狼は、捕食行動を止めて新たな敵対者に向けてうなりを上げる。
無数に広がる超越者の敵意を受けて、しかし新たにこの無限宇宙に現れた二人はひるまない。
「うわぁ、なんかいっぱいいます」
「来てそうそう、なんかすごいのと鉢合わせちまったっすね」
コロとヒィーコ。
新たな百層の難関を乗り越えた二人は、臆することなくリルの両脇を固めた。
「あなたたち……」
「えへへ。頑張ってきましたよ、リル様!」
誇らしげに胸を張るコロに対して、ヒィーコは頼もしくも不敵に笑う。
「どーしたんすか、リル姉。狼相手に苦戦だなんて、そういえば最初の頃を思い出すっすね。ちょーっと危ないとこだったんじゃないんすか?」
挑発的なヒィーコに、リルはふん、と鼻を鳴らす。
「馬鹿も休み休みおっしゃいなさい。いまから本気を出すところでしたのよ」
もちろんそれは強がりだが、きっと本当になるに違いない言葉だ。
それはコロとヒィーコの二人ともが知っている。いまは見栄でも、いつかはそれを輝く真実にするのがリルだと、しっかりと思い知っている。
そんな妹分二人を前に、リルは胸をそびやかして腕を組む。
相手は強敵だ。いまの相手も、これからの相手も、そしていつかは挑んで貫くことになるこの無限宇宙自体も、果てなど見えぬほどに障害は積み重なっている。
だがしかし、自分の左右には現れた新たな超越者は、この無限の宇宙のどこを見渡したってこれ以上に頼もしいものなどいない心強い最高の仲間だ。
ならば、いったい何を恐れることがあるのか。
「わたくしを、誰と心得ていますの?」
そんな姉分に対して、二人が答える言葉も決まっている。
リルの輝きを追いかけてここまでやってきたコロとヒィーコは、迷うことなく声をそろえる。
「リル姉は――」
「――世界で輝く、リル様です!」
二人の妹分をお供に付けて、見得を切って見栄を張る無限の冒険が始まった。
・ヒィーコ
弱かった過去から、強くなりたいと願った少女。
かつては漠然とした願いだった強さは、より明確な目標が組み合わさったことにそり大きく広がり展開された。
巨腕と撃槍を駆使し、無限をたなびく縦ロールの矛となる。
・コロネル・コロナ
英雄になるべしと生まれた少女は、しかし自分よりも尊く輝く光に惹かれた少女になった。
それは少女にとって小さくまとまることを良しとせず、運命などを置いてけぼりにするほどに大きく飛び上がる原動力となった。
姉の炎を手に振るい、無限にたなびく縦ロールの剣となる。
・リルドール・アーカイブ・ノーリミットグロウ
三千世界を髪に乗せ、無限宇宙を貫く少女。
ただの小娘だった少女は、歩んだ道の果てに計り知れないほどの大きな髪を巻き上げた。
神が如き存在になったという人も多いが、彼女は決してそんな大層なものではない。両隣には仲間の少女が、そしてその腰にはいつしか、かつての約束が果たされたしるしに、すべてを貫くレイピアが装備されるようになった。




