第百二十九話 わたくしを、誰と心得ていますの!
世界が再編されていく。
リルに巻き上げ巻き込まれ、リルの縦ロールと一緒になっていた世界が元の形に編み上げられる。巻き込んだ全ての魂と共に、元の小さくとも儚くとも強く生きる人々の住まう球状の世界の形を取り戻す。
リルの縦ロールに髪飾りのようにして付いた世界は、ほぼ元の形に再編し終え織り込まれたリルの想いでほんの少しだけ違う理を得た。
己が生まれ、育った世界の再編成。世界の守護者として最初の仕事を終えて、落とさぬようにと世界を縦ロールでしっかりと支えたリルは自分の横に立つ二人に声をかけた。
「コロ、ヒィーコ。あなたはあの世界にお戻りなさい」
化け猫との死闘を制したリルが最も親愛なる仲間である二人に告げたのは、喜びを分かちあう言葉ではなく離別の宣告だった。
化け猫が言った通り、この無限宇宙は空恐ろしいほどの超越者であふれている。そこで世界を抱えて漂うことになるリルに、足でまといを引き連れる余裕などない。
二人の頭に反論の言葉が浮かんだが、ぐっとこらえる。
コロも、ヒィーコもわかっているのだ。
補給もままならない無限宇宙に出るには、最低でも冒険者カードを――宇宙樹の葉を砕いてその力を身に宿し一つの生物として完結しなければ話にもならない。宇宙樹の葉を砕くこともできていないコロとヒィーコでは、まだ無限宇宙を漂う資格などないのだ。
「……そうっすね」
口惜しいながらも自分の力足らずを認めたのは、ヒィーコだった。
「確かによわっちいままでここにでて、リル姉の足を引っ張っちまうようなことがあったら死んでも死にきれないっす」
化け猫との闘いの時のように、ずっとリルに巻き込まれたままでは、無限宇宙に出る意味などない。それこそ小さな世界の中にいたほうが幸せだ。
「だから、あたしはまた強くなるっすよ」
一番最初の敵だった少女が、他の誰よりもリルの強さを認めて微笑む。
「リル姉みたいに強くなって、絶対にリル姉に追いつくっすから」
「そうですわね。あなたならできますわよ、ヒィーコ」
「ふふんっ。とーぜんじゃないっすか。……じゃ、あたしは先に戻ってるっすよ」
先に、ヒィーコがリルの縦ロールを伝って世界へと戻っていく。
残されたのは、コロとリルだけだった。
「リル様」
「なんですの、コロ」
「立ち止まらないでください。リル様はわたしのことなんて、待たなくてもいいです。振り返らないで全力全開で進んでいってください」
まっすぐリルの目を見つめ、迷いなくコロは自分の想いを告げる。
初めてあった時より、ずっとずっとコロも強くなっている。冒険者ギルドの入り口に入るのすらためらって二の足を踏んでいたコロはもういない。強くなって成長し、誰に寄り掛かることもなく自分は自分だと、己の名前を言い切れる。
リルと同じように、コロも成長したのだ。
世界を抱え無限宇宙を漂い進むことになるリルに、弛むことなど許されない。だからこそリルが間違ってもためらうことがないように、コロは自分がなすべきことをリルに伝える。
「リル様がどんなに遠くへ行っても、わたしはまたいつかリル様の前に立ってみせます」
ついていくだけではない。コロはリルに追いつき並ぶどころか、きっと追い抜いてやると強気に宣言し、最高の笑顔を輝かせる。
「だってわたしは、リル様の前に立って輝く光ですから!」
「……ええ、その通りですわね」
きっといつか達成されるに間違いないセリフに、リルはやさしく目を細めてコロの頭を撫でる。
「世界の光よりも早く明るくおいでなさい、コロ」
「……はい!」
コロとヒィーコ。二人して別れの挨拶はせず、再会の約束だけして世界に戻っていった。
二人の言葉に、一人残されたリルは苦笑する。
「まったく、わたくしは本当にいい妹分たちに恵まれましたわね」
世界を抱えるリルは、ゆっくりと宇宙樹から離れていった。空間がどういう概念をしているのか、まるで別物だ。空中を浮いているようで、水中を漂っているようで、地面を歩いているようでもある。不可思議な感触の中手探りでリルは進んでいく。世界を落とさぬよう、慣れぬ空間でも慎重に先へと進行する。
宇宙樹が見えなくなりリルが一人を待っていたかのように、無限宇宙を回遊する巨大な海獣が現れた。寸胴の膨れ上がった胴体に、犬の頭を持つ異形の姿。犬の頭部には魚の目がはめ込まれ、感情を感じさせない無機質な瞳がリルの抱える世界を獲物と見定める。
その一匹がリルの縦ロールの一本ほどの大きさを持っている海獣、ケートス。それが数匹現れ、リルの守る世界にかじりつこうと迫ってくる。
彼らは、無限宇宙でも最も弱い部類の超越者だ。ただ同時に数が多い種族でもある。守るべき世界も持たずただ他の世界を餌としむさぼる魔物なのだ。
無限宇宙に出て真っ先に訪れる洗礼。超越者といえどもなり立て程度では九割九部がここで抱えた世界ごとむさぼられて脱落するような試練。
そんな海獣の群れに直面して、しかしリルは不敵に笑った。
「控えなさいッ」
縦ロールが、リルの言葉を受け取って振動し大きく増幅して響かせる。
相手に知性は感じられない。言葉は通じないだろう。ただ強大なだけの知恵なき相手だ。こうして名乗るなど、なんの意味もないのだろう。
それでもリルは、己の誇りにかけて名乗りをあげるのだ。
リルは昔と比べて大きく変わった。変化することこそが成長で、変わっていく日々の重なりは正しいことだと断言できる。
同時にリルは変わらない。変わらないものがあるからこそ前へ先へとどこまでも進める。その背中にたなびく縦ロールで己が守るべき世界を支えている限り、敗北などはありえない。
己の嘘を真実に、世界を支えて世界で輝くようになり、かつての自分では考えられないほど大きくなった。
だかららこそ、そびやかした胸に手を当て、始まりの自分の時のようにあえて傲岸不遜に言い放つ。
「わたくしを、誰と心得ていますの!」
この無限の宇宙の隅から隅まで、己の名をとどろかせるために。
一人の冒険者であるリルの挑戦は、果てなく続いて終わらない。
リル達の戦いはこれからだ! 完!!
というわけで、これで完結になります。
約一年間の投稿、完結までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございます。ご評価、ご感想、ありがとうございました。途中から時間的余暇の消失により感想の返信をしなくなりましたが、それでも何度も読み返して励みにしておりました。
皆様のご声援もあって、リルは縦ロールを武器に、見事世界を(物理的に)支えるほど成長を遂げました。最初から決まりきっていた最後のとどめの一撃を書きたい一心でモチベーション保っていましたが、皆様もわかりきっていただろう最後の一撃は、ご期待にそえたテンションだったでしょうか。
リルのお話はこれでおしまいと言いたいところですが、朗報が。主に作者的に朗報が。
書籍化します。
今月末にヒーロー文庫様から書籍版が発売します。
一巻は二十階層までで一冊となっております。
出版に当たり、原稿は大幅に書き直して書き下ろしてあります。
分量にして一巻の三分の一以上は書き下ろしです。あやふやだった世界観の補強や設定の変更、特にキャラビジュアルはリル以外がらっと変えてあるので、最初のうちはweb版をご存知の皆様には違和感があるかもしれません。
ですが、改良したと断言できます。
いま書いている二巻原稿に至っては、ほぼ全編書き下ろし。書籍版ではweb版を超えてパワーアップしたリルたちをお届けできればなと考えております。
特に書籍一巻のラスボス戦は、ここまで読んでくださった皆さまご納得な強敵と、リルらしいリルとの激闘に仕上げられたと自負しておりますので、お楽しみいただけたらなと。ええ、ギガン戦より熱いバトルを書き下ろせたと自負しております。
詳しい情報は、末尾に張ったリンクをクリックしていただくか、活動報告をご覧ください。
下のリンクはヒーロー文庫様のHPに飛びます。確か、書籍の帯裏でもメテオロールストリームの絵が見れますので、無料にしか興味がない方も気が向いたらお手に取ってごらんになってください。
これまでご評価やご感想、レビュー等々ありがとうございました。
読み続けてご評価、ご声援をくださった皆様のおかげでweb版の完結までもっていくことができ、さらには書籍へと続くことができました。最後まで読んでくださった皆様には感謝しても感謝しきれません。
あとがきを長々と、失礼いたしました。
本編は完結しましたが、もう少しだけ更新を続けます。
リルがいなくなった世界に残された、それぞれのキャラクターの後日譚。発売日までちまちま更新していきます。




