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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
七章

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第百二十七話 世界に輝くリルドール


 コロとヒィーコ、セレナやカスミ達だけではない。

 化け猫の腹の世界にとらわれたすべての人が見た。夢の中にあって夢幻を突き抜け次元を突破した縦ロールの輝きに目を奪われ、世界に輝く縦ロールを目にして、その輝きに手を伸ばした。

 手を伸ばしたすべての人々を、リルの縦ロールは残らず巻き込んだ。



***




 宇宙樹の枝に寝そべっていた化け猫は、唐突に吐き気に襲われた。


「おが……!」


 不意の吐き気に、えずいてしまう。吐き気は収まらずに増大していく。なんだ、何が起こったと混乱し、気がつく。

 夢幻と無限の概念を内包するはずの化け猫の腹の内。そこで、果てしなく膨張する者がある。とっさにこらえようとする。逃がしてはならぬ、閉じ込めておかねばと口を閉じるが、膨張は止まらない。

 やがて、耐え難いラインが訪れた。


「あ、ご、ごごおおおぇえええええええええ」


 とうとう耐えらなくなった化け猫は、毛玉を吐き出す猫のように金色の繭を吐き出した。

 吐き出した瞬間は丸い毛糸のようだったそれは、無限宇宙に排出されると同時に五本にほどかれ広がった。

 宇宙樹に咲く花のように、可憐に現れたのはひとりの少女だった。


「ごきげんよう、化け猫。お加減はいかがですの」


 無限の概念を突き抜けた五本の縦ロールを揺らして優雅に挨拶をする。

 化け猫の体内に飲み込まれていた人々の想いを巻き取ったリルの縦ロールは、それこそ化け猫に匹敵するほど巨大に膨れ上がっている。その縦ロールに声を乗せて振動させ、リルは巨大な化け猫と対話する。

 己の腹の内から飛び出てきたリルに、化け猫は愕然とする。


「貴様、なぜ……目を覚ました」


 真っ先に口から出たのは、疑問だった。自らの腹の内から吐き出された相手に対し、敵意よりも驚愕が優った。


「なぜ、ですって?」

「そうだ。貴様は……貴様たちは、安寧の夢を見ていたはずだ。目を覚ましたくないほどに不足のない世界でまどろんでいたはずだ」


 化け猫の問いに、リルは沈黙する。

 彼の言葉は確かに事実だったからだ。リルが一人だったのならば、決して目を覚まさなかっただろう世界があそこにはあった。目を覚ましたくなくなるほどに、都合の良い夢があった。


「幸福を望まないのか? お前たちの夢がそこにはあっただろう。お前たちが願った社会があっただろう。切望して求めた家族がそこにいたはずだ。お前が願った人生を歩んでいただろう? 幸福な自分たちがいたはずだ! 得難い友が、離れがたい家族が、そこにしかいない知識や栄誉があっただろう! なのに、なぜ……それらを捨てて、そこまでして、貴様らは闘争に明け暮れたいのか!? なにが……一体なにが不満だというのだ! 貴様らは、一体なにを求めているというのだ!? なんのために戦っているのだ!!」

「……そうですわね。あなたの内の世界は、確かに幸福でしたわ」


 己の救済を否定し抜け出したリルに対する詰問。一気呵成に吠える化け猫の問いに、リルは静かに瞳を閉じて幸福だった世界を反芻する。

 尊敬できるほどに得難い友人もいた。分かり合えないと思っていたライバルと、仲良く軽口をたたき合う平和な世界だった。自分を中心とした世界に目立った争いごとはなく、緩やかに続く日常はまどろみのように幸福であった。

 それが理想で幸福であるというのは、まさしくその通りだろう。


「それでも、あなたの夢の中でわたくしの夢がかない、幸福になったからといって、それがなんだというのです」

「なにぃ?」

「わたくしたちは、いつだって前に進んでいますわ。いまの夢がかなったら、それでおしまいではありませんのよ。いまより先に進めば、さらに視野は広がりますわ」


 目を鋭くする化け猫に、リルは静かに言葉を続ける。


「高みに登れば、違う世界の光景が見えますわ。見えなかった地点を目にして、そこからさらに遠くを目指すのですわ」


 高みに登らなければ見えない理想がある。

 山のふもとからでは、決して見えぬ景色がある。自分がいまどんな場所にいるか、足元をいくら眺めたところで目に映るのはちっぽけな範囲だけだ。

 自分の居場所を確かめるには、自分がいまいる場所を見つめるには、そこを離れて進まなければならない。だから人は歩くのだ。涙が出るほど素晴らしい光景があるかもしれないと追い求める。山頂に上り詰めて、雲を突き抜けてもまだ上があると、登って眺める景色のすばらしさを知るために、胸を震わす感動を求めてさらにその先に飛び出そうと思えるのだ。

 今いる場所では、決して見えぬ景色を求めて。


「その理念こそが、無限に広がる灯。巻いて巻いて巻き込んで、巻かれて巻いて巻き込まれ、巻いてもらったこの縦ロール。わたくしは、昔のわたくしが思いもしなかったほどに大きく成長しましたわ。だからこそ、言い切れますの」


 この世は、確かにつらいことばかりだ。

 でも、たった一瞬でも、確かにあるのだ。

 苦労が報われる楽しい瞬間が。涙が出るほどうれしい出来事が。人生の苦痛を許せる幸せな出会いが。自分はこのために生まれてきたんだと感じられる、尊い光が。

 そんな光があるんだと、下を向いているすべての人々に知らしめるために、リルは世界に輝くのだ。


「一人きりの世界で完結した世界にはそれ以上が――わたくしたちが求める『夢のその先』がありませんのよ!」


 化け猫の腹の内が無限概念を有していようと、人の想いに果てなどない。幸福という檻に閉じ込めて、人の想いを飼い殺しにしておけるはずがないと目にもの見せてやれたのだ。


「戯言を抜かすな……」


 だが化け猫はリルの言葉を否定する。


「なぜ先が必要だ。完結して閉ざされた世界に不足はないとなぜわからぬ。幸福が循環するのならば、それが最大公数の幸せを実現するとなぜ理解しない。人が夢見る世界の何が悪いっ。貴様は、貴様一人が高みに登ればそれでいいと抜かすか! そのために幾千万人を足蹴にして踏み台すると理解しようとしないのか!?」

「わたくし一人ではありませんわよッ。わたくしの進んだ足跡を道しるべとして、前に進もうと決意できる人が増えるのですわ。わたくしが先に進んで闇を切り開く輝きとなれば、それをしるべと後に続く人々は迷わずに済むのです!」


 かつて初めて会った時に、前に進んだリルの後をコロが追いかけたように、前に立ってくれたコロの輝く光を見てリルが目指すものを決めたように、先導する者の輝きは後から続く人々の光となる。

 リルは縦ロールをかき上げる。その縦ロールには、リルの輝きを見て賛同してくれたすべての人の魂が巻き込まれて膨れ上がり、リルに力を貸してくれている。


「それがわたくしの縦ロール。わたくしは、わたくしたちは、いまのわたくしたちの理想よりなお先に行くために、他の人々も巻き込んでいきますのよ! それこそが力を持つに至ったものの役目。抱え込んだだけの停滞に先がないと、どうしてわかりませんの!?」

「吾輩の所業の是非を問うだと!? 死の苦痛も知らぬ小娘の分際が、なにを知った口を利くのだ!! 貴様が何を知る!? 有限の世界で希望ばかり胸にして、無限の世界を知らぬ貴様のような小娘になにがわかるのだ!」

「世間知らずの小娘だからなんですのっ。わたくしが年端もいかない小娘だとして、それは夢を吠えていけない理由にはなりませんのよ!!」


 怨念の塊にして絶望の象徴。尽きぬ怨嗟を抱える化け猫の恨み言に負けじとリルは声を張り上げる。


「あなたは己の限界を抱えて、腹のうちにいる人々にもそれを押し付けていますのよッ。あの世界には幸福はあっても停滞でしかなく、成長の余地がありませんでしたわっ。それは、夢幻を打ち破られることを恐れたあなたの身勝手ではありませんこと!?」

「かしましいぞっ、小娘が! 幸福を循環させるには、閉じた円環が必要なのだっ。なしてもいない理想を、行ってもいない救済を吠えるなどおこがましいにもほどがある! 世界を救ったこともない貴様が、吾輩の救済に口を挟むな! すっこんでいろ、小娘!」

「ならばいますぐにでもわたくしの夢を、光を実現させてみますわっ。世界を支えて見せますわよっ。あなたこそ控えなさいっ、化け猫! わたくしをッ、誰と心得ていますの!」


 リルは弱い人間だった。

 常勝不敗に程遠い。何度も負けて何度もくじけて、折れて曲がって迷って泣いて、それでもここまでやって来た。

 コロが、ヒィーコが、カスミが、エイスが、ウテナが、セレナが、ライラが想いを伝えてくれた。

 天才だと言われるような才能を持つ人々の誰もが認めるまぎれもない英雄だと、そういってくれたのだ。

 ならばこそ、リルは自分が何者なのか、恥じることなく言い放てる。


「わたくしは、リルドール・アーカイブ・ノーリミットグロウ!」


 腕を組んで胸を張り、後ろに三本前に二本、豪奢に巻いた縦ロールを揺らして堂々名乗りをあげる。


「艶めく髪は女の命、ドリルロールは美の結晶。漢の魂巻き込んで、女の誇りが詰まったこの髪は、世界の希望をまとめて支えて無限の宇宙を貫き通す!」


 口上と共に、揺らめいたリルの五本の縦ロールが人の五体であるとばかり膨れ上がる。巨大な化け猫に匹敵しかねないほどに大きな巨人の手足と頭。巻きあがって形をつくる

 五体となった縦ロールが、鎧をまとう。リルの縦ロールに巻き込んだヒィーコの想い。巨人となった縦ロールを包むように魔力装甲が展開される。空洞だった中央部分の胴体内部には、火が燃える。縦ロールの空洞を埋めるかのように、真っ赤な豪火が燃えたぎる。リルも猛火に包まれるが、不思議と熱さは感じない。燃える炎はリルを優しく包んで燃え上がり、内部で力となって駆け巡る。

 コロとヒィーコ。二人の妹分の魔法おもいを巻き込んで、リルの縦ロールが鎧兜を纏った巨人の形を成す。


「巣立つ世界を巻き込んでっ、波打つ世界の想いを重ねて巻いて巻き込んで! 天を貫き次元を超えてっ! 世界を支えて無限に伸びる! その目を開いて照覧なさいっ。その耳を広げて傾聴なさい!」



 そうして巨人は腕を組んで仁王立ち。この名乗りよ、無限の宇宙の果てまで届けと三千世界にとどろかす。


「わたくしこそがっ、世界に輝くリルドールですのよ!!」


 世界数多の人々に認められた自分であるために。

 リルの縦ロールが巨人となって輝き、前進した。

ロボロール:外殻・ヒィーコの魔力装甲。中身・リルの縦ロール。内部エネルギー・コロの炎。

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【書籍情報ページ】

シリーズ刊行中!

――作者の他作品――
全肯定奴隷少女:1回10分1000リン
全肯定奴隷少女によるお悩み相談所ストーリー

――完結作品――
ヒロインな妹、悪役令嬢な私
シスコン姉妹のご令嬢+婚約者のホームコメディ、時々シリアス【書籍化】
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