第百二十六話 私たち、縦ロールになります
巨大ロボットコンテスト。
それは、工学系の学生たちが日の目を浴びる数少ない機会だ。
学生たちが作り上げた巨大人型ロボットを戦わせて競い合う大会。見た目の派手さもあって興行的にも人気であり、学生限定の大会だというのに毎年国営のテレビ番組で全国放送もされる一大イベントだ。
カスミ達五人は、その決勝戦まで勝ち進んでいた。
カスミ達のチームはもとは地方の公立学校の同好会だった。予算も技術も人材も乏しい、本当に趣味レベルの同好会。それがカスミの強い希望と執念で突き進み、巨大ロボットを作成し、大会に参加できた。
一年目は惨敗だった。二年目は地区大会で惜しいところまで行った。今回は、とうとう全国に残って決勝トーナメントまで上り詰めた。並み居る私立国立名門の強豪校たち。それらをことごとく打ち破ってきたのだ。
優勝できる。そこまで来ていた。カスミ達は今年で高校三年生。もう後がない。
相手は全国常連の高校だ。ロボの技術は学生集団とは思えないクオリティで、エースパイロットは歴代の中でも普通に強いと評判のニナファンという少女だ。普通普通と言われて本人は気に病んでいるらしいが、弱点らしい弱点が一切ないのは恐るべき脅威である。
それでも自分たちなら勝てると戦術ミーティングを開こうとしたところで、チームメイトが一人遁走していた。
「エイスはどこ行ったぁ!?」
出場選手の一人が本番前に逃走という事態に、チームのリーダであるカスミは怒り心頭だった。テレビ受けするほど凛々しい顔に般若の面を装備させて荒れ狂っている。
「いい加減にしなさいよあの小動物! こんな時に逃げればなんとかなるっていうクソみたいな思考を発生させてぇ……! いい加減、コックピットに拘束具付けてやろうかしら!?」
がちギレで怒り狂うメンテナンス担当のリーダーに、テレビクルーは及び腰だ。これは放送できないとひそひそ裏で打ち合わせしている。
「やべーよ。リーダーがここまでキレてるとか、エイスのやつ後で殺されるんじゃ……」
「仕方ないんじゃないかな。さすがに最終試合を前に逃走は、僕でもちょっとないと思うよ」
「あのおっぱい鳥類……今度こそもいでやる……」
一人だけ見当違いな恨みを抱えながら、荒れ狂うカスミの怒りに押されて会場を駆け巡ってエイスを探す。
エイスは敵前逃亡常連の小心者だが、小心者だからこそ完全に試合を放り投げるような場所には逃げ出さない。絶対に会場内か、付近のどこかにいると探し回る。まさか夢をかけた決勝戦を不戦敗になんかさせないと這いずり回ってしらみつぶしにする。
人気のない屋上に、エイスはいた。
「いた!」
ようやく発見した獲物に、カスミは肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべた。ぎりぎり試合開始に間に合う。
エイスは、空を見上げていた。
「あんた今度の今度こそ許さないわよ! 決勝に出た後は覚悟して――」
「ね、カスミ」
すぐさま首根っこ引っ掴んで銃殺刑にしてやると言わんばかりの形相で迫るカスミに対し、エイスはなぜかとても嬉しそうに笑った。
「えへへ。わたしが、一番乗りだね」
エイスは、昼間の空を指さす。
そこには、光があった。
カスミも、ウテナも、テグレとチッカも、その輝きに目を奪われた。
昼間の太陽にも劣らぬような輝く光。渦巻く黄金の輝きを示して、エイスははっきりと宣言する。
「今度こそ、わたし、逃げないよ」
***
「さて……腹、くくっるすかね」
紅いカラーリングの巨大ロボットに乗ったヒィーコは、徐々に落下してくる月を見て覚悟を決めた。
ことの発端は、突如現れた巨大な人型ロボットが都市部に現れたことだった。それは並行世界のAIの暴走によって送り込まれた兵器だったのだ。自分たちの世界よりはるかに優れた超技術による兵器に抵抗のしようもなく蹂躙されるかと思われた寸前のことだった。暴走したAIを保持する異界人は責任を感じ、どうにか現地人と接触を持とうとした。唯一、異界を通してのテレパシーに適合したヒィーコにコンタクトを取り、ヒィーコに適応した巨大ロボを提供してサポートしてくれた。
そうしてここ数か月、異界人のサポートを受けつつ暴走したAIによって送り込まれた兵器を潰しまわっていたのだが、今回の敵は撃退しただけでは終わらなかった。はた迷惑なことに月の一部を砕いて地上に落とすという荒業に出たのだ。
その結果、月の一部が地表に落下しようとしていた。
『ヒィーコさん。本当に、申し訳ありません。あなたたちの世界に多大な損害を出してしまったばかりか、こんなことをやらせてしまって……』
「いいっすよ。実はこういうシチュエーション、憧れてたことがあるんすよ」
友好的な異界人であるセレナが、沈痛な口調で謝罪をしてくる。
顔は見たことがないが、真面目で責任感の強い女性だ。彼女の言葉に、ヒィーコは苦笑した。
彼女にはたくさん助けられた。音声通信だけの付き合いだったが、紛れもない仲間だった。
「だからセレナさんが、そんな気にしないでくださいっすよ」
月の欠片を砕くには、この巨大ロボを動かしている炉心をオーバーロードさせるしか手段はない。
簡単に言えば、ヒィーコがロボットに乗ったまま突っ込んで自爆すれば解決する話だ。
まるで映画のヒーローみたいな最後は上々じゃないかとポジティブに考え、ヒィーコは覚悟を決めて飛び上がった。
成層圏を抜けて宇宙に飛び出し、真っ直ぐに月のカケラへと飛翔する。
「あとちょい――でぇ!?」
もうすぐに射程距離に入るという時に、夜空を裂くようにして一筋の縦ロールが流れていた。
流星のように流れた縦ロールが、あっさりと月の欠片を打ち砕いた。
「は?」
『え?』
通信先のセレナともども意味不明な事態にぽかんと呆けてしまう。
だが、しばらくして笑いが込み上げてきた。そう。縦ロールなのだ。こんなことするのは、できるのは、無限の宇宙にだって一人しかいない。
「……あ、くっ、ふふっ。あっははははは!」
『……まったく、すごい人ですね』
通話越しのセレナも気が付いたようだった。
「ほーんと、リル姉はむちゃくちゃっすよ」
ヒィーコはコックピットを解放して立ち上げる。外は宇宙空間だが、気にしない。どうせここは夢の世界なのだ。
「――変・身」
己の魔法を発動させて魔力装甲を見にまとい、コックピットから膝を曲げて、力を溜める。
「んじゃ、行くとするっすか」
『私も、すぐに続きます』
ヒィーコは縦ロールに向かって、大きく飛び上がった。
***
コロは砂漠を歩いていた。
コロがいるのは、ヴァルハラと呼ばれる世界だ。コロが父と母から聞いた話では、なんでもここにはあまたの英雄が集うような世界なのだという。
なんでそんなすごい世界に自分なんかが生まれたかはわからないが、そんな世界でも父と母はどちらも屈指の英傑だ。特に父親は強くて、きっと自分の父はこの世界でも最強に違いないとコロネルは信じて疑っていなかった。
コロネルがいまいる砂漠地帯は暑過ぎるため住むには向いておらず人気がない。コロネルが狩りの帰りに通りがかっただけなのだが、不意に砂漠の地面が盛り上がった。
「憎たらしい小娘よっ。よくおめおめと我の領域に顔を出せたなぁ! いざ尋常に、勝負――」
「うわぁ!? サソリエルですか?」
「――む?」
砂漠の砂をひっくり返して現れた巨大なサソリは、びっくり仰天で驚くコロの顔をしげしげと眺め、ハサミを下した。
「……ふむ、間違えた」
「はい? 間違いですか?」
砂塵をまき散らしたサソリのつぶやき。それにぷんすかとコロネルは頬を膨らます。
「いきなり出てくるからびっくりしましたよう。それで間違えたって、わたしとお姉ちゃんをですか?」
「しかり。致し方あるまい。貴様らは魂の色が似ているから紛らわしいのだ」
「魂の色っていうのはよくわからないですけど、お姉ちゃんとは双子ですもん」
「そうだな。貴様らの魂の型は同一である。それでも違う。それが面白いな」
双子なんだから似ているのは当然なのに、サソリエルは妙な表現をする。
「でもどうします? 戦いますか?」
この世界は、戦うことが生きることといっても過言ではない。誰しもが戦うことを宿命づけられている世界だ。弱い生き物などいない。しいて言うのならば、コロネルが弱いだろう。少なくとも、母父姉の四人家族の中では自分が一番弱い。
それでも戦うならやるぞと腰の剣に手をかけたコロに、サソリエルはハサミを振った。
「いや、貴様に用はない。さっさと帰るがよかろう。帰り道はわかるのか? まさか迷子ではあるまいな。道に迷っているというのならば、どこか見覚えのあるところまで送ってやろう。……む。なんだその顔は。か、勘違いするなよッ。貴様のためなどではない! 我はただ――」
「こらぁああああ!」
「――うごう!?」
ずどん、と地面が揺れた。
どこからどうやって来たのか。空から降ってきたコロネルの姉、コロナが炎を纏った拳でサソリエルを殴りつけた音だった。
「わたしの妹になにしてるんですかっ、ナンパサソリ! 軽薄! 軽薄です!! そんな軽いサソリだとは思っていませんでしたよっ、サソリエル!」
「き、貴様いきなり何をするか! しかも人聞きが悪いことこの上ないぞ!」
「なにをするかはこっちのセリフです!」
サソリエルの言葉を一切聞かず、びしぃっと指差しをして一喝。
「わたしのかわいいコロネルに勝手に話しかけた時点で有罪判決、ギルティです! よって鉄拳制裁をくだします!」
「過保護にもほどがあるわっ、このモンスターシスターめが!」
シスコン発言を怒鳴りつけつつも、サソリエルは態勢を立て直し毒針と尻尾を構える。
仲良くケンカの姿勢に入った姉とサソリエルの姿に、コロネルはちょっぴりすねた気分になる。親愛なる姉ではあるのだが、ちょっぴり過保護な彼女のおかげでコロは身内の特訓以外では全然戦いの経験を詰めていないのだ。
「まあいい! 貴様が来たというのならば好都合よ! あの時の決戦の屈辱、今こそ塗り替えて――」
「妾の愛娘たちに何をしておるのか?」
「――おぶう!?」
今度は、サソリエルの巨体が宙を舞った。
腕の一振りでそれを成したのはあでやかな女性だった。
肉感的な豊満な肢体に、麗人然とした大人の魅力溢れる美貌。魅惑的な蛇の尻尾はちろりと小刻みに舌の出し入れを繰り返し、背中から生えたコウモリの羽はつややかで美しい。
「あ、お母さん」
「うむ、母じゃぞ、コロネル、コロナ」
コロネルとコロナの母親である。娘であるコロネルの目から見ても美しい女性である母は二人に満面の笑みを向けてから、吹き飛ばされてひっくり返ったサソリエルを冷たく見下ろす。
「それで? 妾の愛しき二人の娘にそのハサミを向けるなどなにを考えておるのじゃ、サソリエル。ん?」
「じゃ、邪魔をするな、魔王よ! これは個人的な決闘だぞ!」
「今の妾を魔王と呼ぶでないわ! いまの妾は……お、お嫁さんなのじゃ!」
「キモイぞ魔王」
次の瞬間、もう一回サソリエルは宙を舞った。翼もないのによく飛ぶサソリである。
手刀であっさりとサソリエルを吹っ飛ばした母は、ふんっと鼻を鳴らす。
「ふん。まあよい。コロナ、コロネル。あの陰気なサソリは置いて帰――」
「このモンペが……! 三百年間飽きもせずあの男とイチャイチャしおってうっとうしいにもほどがあると思えば今度は幼子をとらえて家族ごっこか。己が年を考えよ、この若作りが!」
「黙れぶっ殺すぞ節足動物風情がぁあああああああ!」
躊躇なくコロ達の母親の逆鱗に突っ込んだものの、どう考えても蛮勇であった。コウモリの羽で飛ぶルシファリリスがサソリエルの尻尾を掴んでジャイアントスイング。そのまま思いっきり地面にたたきつけていた。
いつも通りと言えばいつも通りな光景なので、コロ達も特に慌てない。
「わたしも、お母さんみたいに羽を生やせるようになりたいです!」
「わたしは羽は生やせるよ?」
せめて空中機動ができるようになればもうちょっと強くなれるのにと思ったコロネルに、ほら、と言ってコロナは炎の羽を燃やす。
「へへーん。どう、コロネル」
「わー! うらやましい! カッコイイです、コロナお姉ちゃん!」
「わたしの妹がかわいい!」
喝采に感極まったコロナがコロネルに抱き着く。姉に抱きつかれながら、コロネルは自分の不甲斐なさにちょっぴり落ち込んでいた。
母のルシファリリスは第三形態までの三段階変形機能を持っているという。それは淑女のたしなみだというのだ。
だというのに、コロネルは三段階どころか二段階目の変形もできないのだ。
朝晩の稽古で父に剣技を教わっているが、大剣を振るう父との技術格差など語るまでもない。
そうこうしているうちに決着がついたようだ。もちろん、コロ達の母の圧勝で、どうやら尻尾の蛇から毒でも流し込まれたらしく、サソリエルはひっくり返ってぴくぴく足を痙攣させていた。
「あ、あれ、死んじゃわないですよね……?」
「お前が気に掛けることはないよ。あの巨体だ。しばらくすれば勝手に毒も抜けようよ」
先ほどまで仁王もかくやと暴れていた姿はどこへやら、母がやさしくコロネルの頭をなでる。
やさしい手つきに、コロネルは心地よく目を細める。
母も、父も、姉も、自分にとてもやさしい。
「ごめんね、コロネル」
頭を抱き抱え続けている姉が、唐突に謝罪を口にした。
コロネルは、姉が何を謝っているのかわからない。
「どうしたんですか、お姉ちゃん」
「うん。今が、幸せすぎて、それに甘えててでも、コロネルには物足りないよね」
「そ、そんなことないです!」
姉がいて、母がいて、父がいて、他にも少し人がいて、そのほかにもいっぱい個性的な生き物がいる。
「わかってる。わかってるんだ。もうちょっとだけだから……」
何を言っているのだろうか。
姉の声と、母の目が悲しみを帯びていた。
母がいて、父がいて、姉がいて、それで不足を覚えるなんて、ないはずなのに。
「……最初からわかっていたことじゃろうに。さ、帰ろうか、コロナ、コロネル」
――何かが、どこかが欠けていた。
コロ達が暮らしているのは、豊かな山の中にある山小屋だ。
「お帰り、コロネル、コロナ」
穏やかに微笑んでコロ達を迎えたのは、壮年の男性だった。体格に恵まれているわけではないが、体は極限まで鍛え抜かれている。本来ならばピークを過ぎて徐々に下り坂になるだろう肉体を、その器の限界まで十全としているような鍛え方だ。毎日稽古をつけてもらっているコロが一番よくわかっているが、その強さも半端ではない。
そんな父に真っ先に駆け寄ったのは母だった。
「帰ったぞ、お前様」
「お帰り」
「お父さんとお母さん、仲いいよねー」
「ですね」
仲睦まじく抱擁を交わす両親に、姉と顔を合わせて笑い合う。
やっぱり気のせいだったのだ。
帰る途中に感じた、足りない何か。そんなものがあるわけがない。きれいな母がいて、強くて優しい父がいて、大好きな姉がいて、そんな世界で不足なんて感じるわけが――
「――ぁ」
空から、黄金の渦が舞い降りてきた。
太陽よりも明るくて、月よりもやさしいその光を、コロが見逃すはずがなかった。何よりも尊いそれを見て、すべてを思い出した。
コロに家族なんているわけがない。宇宙樹から生まれたのが彼女なのだ。天涯孤独の英雄の種であり、両親も姉妹もいるわけがなかった。
他のみんなも、空にある光に気が付いた。
「リルさんが、迎えに来ちゃったね」
コロナが、言う。
父と母が、寂しげな顔で、それでも引き留めることなくコロネルを見ていた。
「お姉ちゃん……お父さん……お母さん……」
ここにいても、いいんじゃないかな。
一瞬であっても、そう思ってしまった。
だって、偽物だったけれども、誰がなんと言おうとこの世界にはコロの家族がいて、幸せだったのだ。
でもコロは行かなくてはいけないのだ。
他ならない、コロ自身がそうと決めた。
「コロネルは、行ってきます」
「……うむ。仕方なかろう」
わかっていたのだろう。
寂寥感のこもった母の言葉に泣きそうになって、でも、涙を出すのはこらえた。
その代わり、笑う。笑顔で別れようと決める。
やさしい両親二人の正体が分かったコロは、きょろりと辺りを確認する。
「えっと……この世界って、クルクルおじさん、どこかにいますよね」
「いるね。ただあいつは、照れ屋だから。結局、最後まで顔を出さなかったね」
「あやつは無礼なだけじゃぞ。妾は嫌いじゃ。顔を見せんでせいせいするわ」
「………あはは」
やっぱり、ひどい人だ。
苦笑いをするコロに、父が背中に担いだ大剣を渡す。
「行きなさい、コロネル」
「……はい!」
昔にクルクルから渡された大剣を、今度は本人から確かに受け継いだ。
「コロネル」
「コロナ、お姉ちゃん」
コロナは迷いなく、ぎゅうっと
「わたしは、一緒に行くからね」
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
コロナが炎と燃え上がり、コロネルの縦ロールとなる。
その中でコロの想いが燃え上がり、体を浮かす。
「いってきます、お父さん、お母さん。それと――クルクルおじさん!」
笑顔で手を振って、かりそめの家族と別れ告げた。
「よお、行っちまったのか、コロ坊は」
「うん。行ったよ」
コロが飛び上がっていったあと、薄情な亡霊はふらりと残された二人の前に顔を出した。
「なんで隠れていたのかな、ルクは」
「はっはっは! 俺が出る幕でもないと思っただけだよ」
「きまり悪いから隠れてただけだよね。昔からルクはそういうとこあったからね」
「殴るぞこら」
「やれるならやってみれば?」
ここは英雄の園。セフィロトシステムの中核で死んだ魂がたどり着く場所だ。自意識の強く、また迷宮で心身を鍛え上げて常人の域を脱した人間の魂は簡単には消えることができない。それ故に、魂が風化するまでの長い年月を過ごす場所が用意される。
五十階層主もしかり。彼らの鎮魂のために用意されたのがヴァルハラであり、化け猫に丸ごと飲まれた後もそのシステムは世界の一つとして機能した。
そしてこの場にいる三人は、あの世界で最も強くあった三人でもある。
「お前らは寂しかよ。二人のできた娘っ子がいっちまってよ」
「いいや。立派に成長してくれたってことだからね。誇らしいさ」
「妾は寂しいよ」
いじけた口調の女性が、夫の胸に甘えるようにもたれかかる。
「リルとやらは、コロナとコロネルを迎えるに足る器なのか? あの埒外の超越者である化け猫に挑む資格があるのか?」
「その前にお前は自分の年を考えろよ、ルシファリリス。お前、五十階層主の奴らと同い年だろ? かわい子ぶってんじゃねえよ気持ちわりぃ」
「ぶっ殺すぞ下郎めが。口の利き方には気を付けるんじゃな」
創世よりいた魔王。百層の女王、ルシファリリスは威嚇する。昔に一目ぼれをして、魂だけとなってなお結ばれることを望んだ大英雄は、妻の頭を優しくなでてなだめる。
「それで、実際にどうなんだい、ルク。コロは勝てるかな」
「負けねえさ。コロ坊だけじゃねえんだ」
稀代の悪党は己の親友の問いに対して、黄金に輝く縦ロールの残滓を見つめ、何の心配もいらないと断言する。
「強いぜ。あいつらが三人揃えば、俺たちよりも強くなれるだろうよ」




