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第百十八話 コロとヒィーコ


 リルが地上で挨拶まわりをしている時、コロは迷宮の七十七階層にいた。

 クルック・ルーパーと死合った忘れえぬ場所。レベルを同等にし、数で勝り、相手は傷ついていて、それでもなお敗北した記憶の地。ここでコロは癒えることのない傷を刻まれた。

 床に刺さっている不朽の双刀。クルック・ルーパーが朽ち果てた場所だが、別にお墓参りというわけではない。彼の記憶はコロの心に刻まれて 色あせずに存在する。

 それにどうせ彼のことなんだから、こんな場所にとどまっているわけがない。

 深層一歩手前のここが、ほとんど冒険者が訪れることのなく訓練に適していたというだけだ。

 目を閉じて、呼吸は薄く一定に保つ。ただ静かに、しかし脳内ではめぐるましく戦いを繰り広げていた。

 イメージトレーニングの相手はいつだってクルクルで、いまだに一対一では勝利の道筋が見えなかった。レベルでの身体能力がよほど離れていなければ勝てる気がしない。

 天覧兜割。

 万斛籠薙。

 絶招鎧貫。

 一刀胴断。

 どう挑もうとも、どれか四つの技で必ずコロは切断された。

 四つが四つとも、戦いの中で決めの一手としてそれ以外にあり得ないという最良の一閃。最後の一つだけはアリシアから聞いただけの業だが、そのイメージはできている。

 そもそもが、奥義ではあるこの四つの技は単体では単純だ。

 面・胴・小手、突き。

 不意を突くのではなく、真正面から挑んだ戦いの中でその四つの部位に対し最良のタイミングで最高の形で放つ。どのような軌道の斬撃かは決められていない。自身の見いだした最高の一閃こそが奥義だと見せびらかした技だ。

 脳内でイメージトレーニングをするのは、十戦と決めていた。

 十戦十敗。


「むう」


 唇を尖らせる。

 やはり勝ち筋が見えない。コロの今のレベルは九十六。くしくも、クルクルと一緒だ。身体機能で同一、しかし技能はいまだに及んでいない。

 だが負けるイメージができるというのは、悪いことばかりではない。頭の中でいまの自分よりも強い相手の動きがはっきりと再現できるのだ。

 静かに背中の大剣を引く。ミスリルの大剣の元の持ち主、イアソンはクルック・ルーパーに一敗すらしなかったという。彼はどれだけ強かったのだろうか。どんな剣技でもってクルック・ルーパーに勝利したのだろうか。

 一度でいいから見てみたかった。

 おもむろに立ち上がったコロは、理想の剣線をイメージした。

 コロにとっての理想の剣線は、クルクルの動きに他ならない。それに沿う力の流動。体の駆動。握った柄から自分の体の一部とした切っ先まで神経を張り巡らせて、振り抜いた。

 七十七階層の大樹が、斜めに切断された。


「よし!」


 斜めに切り落とされた樹は、またすぐに戻っていく。それでもこの樹に傷一つ付けられなかった頃よりずっとずっと前へ進んでいる感触はあった。

 まだまだ理想には遠い。

 あの人の領域はまだまだだ。その理想にすら勝つ人間がいるのだから、手の届かぬ領域が広がっている。いまだ自分が至れない領域があるということは、まだまだ自分が伸びるという証左に他ならない。


「調子いいみたいっすね、コロっち」

「あ、ヒィーちゃん」


 七十七階層で修業をする声をかけてきたのは、七十七階層の下から上がってきたヒィーコだ。

 槍を携えた彼女は、得意満面で冒険者カードを差し出す。


「とうとうレベルは九十八まで上がったっすよ!」

「おおー!」


 示されたレベルを見てコロは歓声を上げる。ヒィーコは、ずっと深層に潜っている。レベル九十六に留めて七十七階層で鍛錬を積むコロとは対照的に、延々と魔物と戦うことで己の身を鍛えていた。


「ま、レベル上げただけで強くなれれば世話ないんすけどね」

「そうですねー。クルクルおじさんもそういってましたし、難しいですよね」


 実際に、そういうものだ。そもそもレベルは九十九が上限。あの化け猫は、間違いなくレベルの概念を超えた強さを得ている。

 それをどう超えるべきか。

 イアソンも、クルック・ルーパーも、ライラとトーハも勝てなかった相手。純粋に、力の総量が桁違いだった。一瞥しただけで、今までと比べ物にならないほどの力を有している相手だというのがわかってしまった。

 コロもヒィーコも、自分が十人集まって束になってかかっても勝てないと思ってしまうほどの怪物。あの化け猫は、そんな存在だった。

 でもリルとならば、不思議となんとかなる気がするのだ。


「そういえば、ヒィーちゃんはリル様みたいに知り合いの人たちに挨拶とかしなんですか」

「いや、リル姉みたいに挨拶回りをするのって、なんか縁起が悪い気がするんすよね」

「あー、ちょっとわかります。なんか、寂しい感じもしますよね、ああいうのって」

「そうっすよね。コロっちはどうなんすか?」

「わたしは、あんまり知り合いがいないんです。クランのみんなには、もう事情は話してありますし、アリシアさんはアリシアさんですし」

「後者がどういうことかよくわかんないんすけど……まあ、そうっすよね。リル姉みたく、ちゃんとした生まれっていうわけでもないっすし」


 雑談をしながら各々の得物を構えた二人は、緊張を高めて向き合った。コロとヒィーコ。両者の力は拮抗しており、勝率は五分五分だ。

 お互いの修行の相手として、これ以上の相手はいない。


「それじゃあ、今日は負けないっすよ」

「わたしだって、負けられません。今日も、勝ちます」


 短く宣言し二人はぶつかり合った。

 一日、一戦限りの手合わせ。魔法は使わずに、技を競う。

 鍛え、高め合うために。最後の戦いで敗北しないよう、悔いなく戦える力を得るために――自分たちのリーダーであるリルの足を引っ張ることなど決してないように、彼女の助けになるように。

 世界に輝くリルの妹分として恥じることのないように、できる限りのことはしたかった。

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【書籍情報ページ】

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