第百十七話 リルとお父様
最終章、開始になります。
せっかくなので、タイトルを変更しました。
完結までせっせと毎日更新していきます。
ところで今期のアニメ、シンフォギア四期とグレンラガンの再放送ってなんのご褒美なのでしょうか。
シンフォギア見たことがない人にシンフォギアを見ろなんてひどいことは口が裂けても言えませんが、この小説をここまで読んでおきながらグレンラガンを見たことがない人には是非ともグレンラガンを見てほしいなと思う今日この頃です。
リルは地上で関係者や知人のもとへ挨拶周りをしていた。
もともとリルは、前回最下層に到着した時点でレベルは九十半ばを超えていた。修行といっても、リルの戦闘方法はリル独自のものだ。レイピアの特訓を除けば、誰かに教えを乞うこともない。
だからこそ、レベルを上げるよりも心残りをなくしておきたかった。
化け猫との闘いは、おそらくこの世界で最後の戦いになる。残しておくものがないように整理し、少なくともケジメだけでもつけておきたかった。
なんだかんだ、リルの交流関係は広い。
だからこそ、リルは思いつく限りの交流先に挨拶をしに行った。
自分のクランのメンバーはもちろん、セレナをはじめとした『雷討』や『栄光の道』。冒険者ギルドの職員や、リルが管理人をして多少の交流があった住人たち。また、オーズの母親などの冒険に直接関係なくとも出会った人。冒険者となってから知り合った人々だけではなく、かつて在籍していた学園を訪れ、教師や級友たちの元にも挨拶に回った。
昔に自分を見放したと思っていた人たちは、久しぶりに会えば意外にも普通に接してくれた。
愚かしい頃の自分の思い出話を笑い話にし、あるいはまぶしそうに見つめられ、彼女達は普通にリルに接してくれた。もちろんリルが英雄と呼ばれるようになるほどの実績を重ねたからというのも理由のひとつだろう。でもそれ以上に、人は人のことを許せるのだと、許してもらえるほどに成長できたのだと胸を張れる気持ちになった。
もろもろの思いつく限りの挨拶回りをし、そうしてあえて最後に実家へと顔を出した。
「最後の、ご挨拶に」
「そうか」
通された書斎で対面した父親は、必要以上のことを語ろうとはしなかった。
どこかでリルの動向の情報を得ていたいのかもしれない。別れを惜しむというわけでもなければ引き留めもしない。少し寂しく思うが、それも仕方ないのだろう。
自分は、育てられた恩も返さないうちに世界の外に出ようなどとほざく親不孝な娘だ。
それでも、こうやって親に恥じることなく気負うことなく向き合えるようになったのは誇らしい。嘘を吐く必要も、見栄も張る必要もないのだ。
それのなんと心安らぐことだろうか。
「そういえば、お父様」
「なんだ」
「どうしてわたくしに『ドール』の三文字をくださったのですか?」
必要な報告を終えた後の雑談。少し前までのリルならば怖くてとても聞けなかった疑問で、ある意味では自分の根源である名前について質問した。
自分の名前の由来を尋ねたリルに、父親はむっつりと口をひん曲げた。
「あれが、子に名を与えるときは長所を端的に表すものがよいといってな」
「お母様が?」
成人の名付けの時は長所を表すように、というのは納得できる名付けだ。だがそうすると、コロの名付けの時の自分はあまりにも考えなしだったなと猛省する。
返すがえす、あの頃の自分は、考えなしの愚か者だった。
そこまで考えて、あれ、と浮かんだ疑問に小首を傾けた。
「つまり、長所といいますと……どういうことですの?」
「そのままだ。お前の容姿を端的に褒めるために『ドール』の三文字を付けた」
なるほど、と納得したリルには以前まで感じていた劣等感はない。確かにあの頃の自分の長所はと問われたら、リル自身でもせいぜい見目が良かったくらいしか思い浮かばない。
なによりいまのリルには父に対する気後れが払しょくされていた。
人形のようにあれと願われたわけではなく、人形のように美しいと名づけてもらったのならば、思っていたよりも悪いと意味ではないなと考えていたリルに、予想外の言葉を続けた。
「お前は、私の娘はこの世界にあるどんな精緻美麗な人形よりも美しい。芸術を極めるべくして創作された世のすべての人形の上に、お前の名前はある」
顔が、耳まで赤くなった。
とっさにうつむき、椅子に座った身体が傾いた。危うく手に持っていたグラスの中身をこぼしそうなほど狼狽してしまったが、それは何とかこらえる。
「お父さまは……」
「なんだ」
「……いえ」
うつむいてた顔を、なんとかもとに戻す。
父は、自分はおかしなことなど言っていないと表情をまったく揺るがせていなかった。
「なぜお父様がお母様と結婚されたのか、初めて納得できました」
「ふんっ」
夢見がちなロマンチスト。そんな少女的なところがある母と、なるほど厳格なだけだと思ってばかりいてこんな言葉をさらりと言える父とは、子供の立場ではわからなかったがお似合いなのだ。
「実は言うと、ずっと『ドール』の三文字が嫌いでした」
「そうか」
「でも、いまは、嫌いじゃありません。世界で一番、わたくしの名前だと思っていますわ」
「当然だろう」
「はい。それと、お父様に伝えたいことがありますわ」
グラスに入ったワインを揺らして目を細める。
厳格で、能力のない者は切り捨てて期待などしない父だと思っていた。でも、必ずしもそうではないのだ。血も涙もある人間で、貴族という立場にあっても家族の情を捨てられない。少なくとも家族に対して、厳しいばかりの父親ではなかった。
身内に対して不器用なのだ。
考えてみれば、当然だ。
自分の父親なのだから、器用な人のわけがなかった。
「お父様はご存知でしたか? わたしがこの髪形にした理由を」
「言ってみろ」
簡潔な促しにリルは微笑む。
「お父様が、初めて褒めてくれたからですわ。以来、ずっとこの髪形にとどめていますの」
「……そうだったか?」
「ええ。そうでしたわ」
なんだかんだ、自分たちは親子なんだなと気が付いた。
心のどこかで、呪縛のように思っていた血のつながり。だが確かに父親の娘なのだと実感したいま、そのわだかまりが解けるのを感じる。
最後に気が付けて、良かったなと思った。
「飲むか、リルドール」
「はい、お父様」
たぶん、もう会うことはない。
互いにそれがわかっていて、それをことさら強調するわけでもなくしめやかに、父娘は別れを惜しんで飲み明かした。




