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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
六章

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第百十六話

 リル達が地上に戻った瞬間、真っ先に集まった視線は好奇心の類だ。

 リルたちが百層を目指しているのはもはや冒険者ならば知らぬ人はいない。もはやリルたちの冒険は世界の注目の的だ。その動向には常に誰かに見られていると言ってもいい。

 百層の攻略が成功したのか失敗したのか。もし成功したというのならば、それは百層に至って帰って来たということだ。誰一人欠けることなく帰ってきたということは、そこの攻略も成功したのか。否が応でも集まる期待と関心の視線に、しかしリルたちは取り合っていられなかった。

 地上に送還されて、真っ先に動いたのはセレナだった。


「なんで……なんで!」


 言葉にもならない激情に震えながらも、行動は迅速で的確だ。ライラの手によって零層の王国マルクトの間にまで戻されたことを悟ると、すぐさま冒険者カードを取り出し、テレポートの機能を発動させる。

 続けてリルが我に返る。


「あのカッコつけたがり……!」


 リルにしては珍しいことに、周囲の視線も気にせず抑えきれない感情を吐き捨てる。

 自分たちは、逃がされた。

 あの規格外の化け猫から逃がされたのだ。ライラにリルたちが加わろうがあの場では絶対に勝てなかった。だから、自分が止めるからお前たちだけでも逃げろと、ライラの行動はそういうことだ。

 だが、助けてくれなど頼んでいない。

 だからこそ、感謝などしてやるかと怒りが湧く。すぐに戻って勝手なことをしたあの横っ面をひっぱたいてやると息巻く。

 コロとヒィーコも顔を合わせていたのは一瞬だけ。きりりと表情を引き締める。


「ほんっと、いろんな意味でリル姉と同レベルな人っすね」

「はい! でも、だから助けなきゃです!」


 この二人をして見栄っ張りの権化のようなリルと比べられるのだから、大したものである。

 誰一人、うなだれることも諦めることもしない。まだ間に合う。助けるんだと決意する。

 テレポートスポットは百層には存在しなかったため、最も近い階層である九十九階層に出る。

 だが、ここから百層までの道のりは長い。九十九階層は適切なペース配分などしていたら、一階層を踏破するのに一週間以上はかかってしまうような最難関の階層だ。


「みなさん、つかまってください」


 その時間を極限まで削り取ろうと、コロはよっこいせとリルを背負い、リルが縦ロールを二本使ってヒィーコとセレナをくるんでつかむ。

 この四人の中で、速力という点で最も優れているのは、縦ロールを加速装置として使うことができるコロだ。


「飛ばします!」


 三人抱えたコロが、ジェット噴射で駆け抜けた。







 九十九階層の果てまで、たったの一日で到達した。

 一度踏破した道とはいえ深層域の捜索難易度は尋常ではない。それでもコロを使い潰すような勢いで来たのだ。ここまで最速でくることだけ考えて走り続けたコロは、もう立つことすらできずに全身汗だくになって崩れ落ちている。


「コロ。あなたはここで待っていなさい。ヒィーコはコロの護衛を」

「あたしたちが抜けちまっていいんすか?」

「大丈夫です。ライラさんを連れて、逃げ出すだけです。それだけならば、わたしとリルドールさんの二人で何とかなります」


 相手の強大さを考えればヒィーコが欠けるのは痛恨ともいえるが、限界を超えて駆け抜けたコロを放置するわけにもいかない。ここは迷宮の深層域。魔物はいくらでも湧いてくる。

 リルたちはコロとヒィーコを置いて九十九階層の扉の前に立つ。コロがあそこまで頑張ってくれたのだ。間に合ってくれよと祈るような気持ちで扉が開くのを待つ。

 しかし、その扉は開くことがなかった。

 無限に続く百層、王冠ケテルの間。そこへ至る扉が、閉じていた。


「どうしてですの……! 開きなさいっ」


 一度は間違いなく開いたはずの扉。それがどうして閉じているのか。焦燥にかられたリルが一喝するが、扉が動く様子はない。


「邪魔を――するなぁ!!」


 セレナが吠えた。

 普段の冷静さをかなぐり捨てて、開かないと見るや迷いなく扉をぶち壊そうと拳をたたきつけた。

 だが、揺るがない。

 一回で足りないならば、二回三回と。拳を叩きつけるたびにとてつもない轟音が響くが、それだけだ。それがこの世の摂理であると象徴するかのように、セフィロトの文様が刻まれた扉はヒビの一つも入らない。それでもまだとセレナが拳を振り上げ、リルも縦ロールを動かそうとした時だった。

 扉の向こうから、乱暴なノックの音に答える声があった。


「にゃはは」


 それは、まだ二人の耳に新しい笑い声。万物一切を嘲弄するような化け猫のものだ。

 ライラの返答は、ない。


「奴なら死んだぞ」


 リルたちの問いを先読みしたかのように、化け猫が残酷に告げる。


「吾輩の足止めをするなどとほざいたが、まったくもって笑止千万。毛虱の分際が大言壮語をするから丸のみにしてやろうと口を開いてみれば、あっけなくも最初の一口めで平らげることができたのである」


 隠そうともしない嘲りに、セレナが拳を握る。


「逃げるというなら別に吾輩は追わぬというのに、奴は貴様らをかばうとほざいて死に果てたのである。まったくもって無為に、なにも成し遂げられずに無意味に、どこに至ることもなく愚かしく死んだ。有言を実行できず、不言の心得を残すこともできず、奴の肉体と魂は吾輩の腹におさまり糧となった。奴の生の意味を見いだすのならば、吾輩の空腹をわずかながらでも満たしたことこそが有意義であっただろうよ」


 親友の死を知らされ、それを嘲る声に対して、セレナは強く強く己の拳が自壊しかねないほどの力で握りしめる。

 それを扉越しで見透かしでもするかのように、化け猫は言葉を続ける。


「ふむ。怒りが感じられる。怨嗟の声が聞こえるのである。友を殺されたと憎む気持ちが、ここまで伝播しておるぞ。よい。それで、よい。そうである限り、貴様らは百層に至ることなどない。復讐者にそこは開けられん。だからそこ、それでよかろうよ」


 かつてクルック・ルーパーも言っていた通りだ。

 復讐と殺意では、無限を目指す百層には挑む資格足り得ない。それを目的としては、百層に続く扉は絶対に開かない。なぜならば、それは百層にいる化け猫の殺害が目的であって、そこから先に進む意思足り得ないからだ。

 それを抱えてしまったリルたちは、閉ざされた百層へと続く門の前で立ち尽くすほかなかった。


「なあ、少女たちよ」


 ライラを殺したと告げたその口で紡がれるやさしげな声は、まさしく猫撫で声だった。


「吾輩は嬉しい。百層に至れぬということは、それはまさに貴様らが人の身であるということだ。この世界から超越しようなどという分際をわきまえぬ意思よりも大きな気持ちがこの世界にあるからだ。それは他者を思う心である。それを大事に抱え世界の滅びまで立ち尽くすがよかろう。吾輩がこの世界を救う。その救済に身を任せよ。貴様らが塵芥より抜け出したこと、心より祝福するぞ」

「化け猫」


 さかし気に語る化け猫に小さく呼びかけたのは、セレナだった。


「なんであるか、少女よ。人の身たる貴様となら、吾輩も語り合うことをよしとしよう。吾輩、これでも情に厚い猫なのでな」

「私はもう、二度とここには来ません」

「……ほう?」


 セレナの言葉は化け猫の意表をついたようで、一拍返答が遅れた。次いで、声に喜色がにじみ出る。


「それは良い心がけである。諦めと安寧は表裏一体であるものだ。それを理解しえたというなら僥倖、僥倖」

「いいえ。諦めたわけではありません。私には、任されたものがあるのです」


 化け猫との問答。親友を殺した怨敵を前にしてセレナはきっぱりと答える。


「ライラさんが本当に死んでしまったのなら……私はクランのみんなを、守らなければいけません」


 それは逃亡の時に、ライラが最後に託したものだった。


「あのクランを創設した初期メンバーで、唯一残った私は、そうしたい。死を覚悟したライラさんに任された役目を完遂したい。仲間であるみんなを見捨てたくない。それだけのことです。ライラさんをもう助けられないというのなら、私がここに来る意義はありません」

「素晴らしい心意気である。守るべきものを守る。滅びゆくとしても見捨てることなく見守る。それこそが人間である。たとえ滅びる世界だとしても、最後までそうするがよかろう」

「いいえ、滅びません。あなたの救済も、私は施されません」


 親友が、仲間が失われても、それでも彼女は囚われなかった。

 かつてのクルック・ルーパーのように、いつかのライラ・トーハのように。大切なものを奪われ損なわれてもセレナが恨みと憎しみに執着しないのには明確な理由がある。


「この人たちが――リルドールさんたちが、きっとあなたを倒します」


 そうしてセレナが示したのは、リルだった。

 リルは一言も話さず、しかしうなだれることもなく前を向いて扉を見据えている。

 リルならば恨みに囚われず、失意に沈まず、怒りを理由にせず、ただ前に進めるはずだと、そうして化け猫を倒し世界も救えるはずだと、セレナは断言する。


「……にゃはは」


 怨念が、這い寄った。

 温厚で篤実さすら感じられた雰囲気が失せ、どろりとした粘着質な感情が空気を満たしていく。それは化け猫の本質だ。絶対的に絶大で膨大な怨念。この猫は、常人であろうと見ればわかるほどに業の深い怨嗟が集まり猫の形をとっている。

 だが、まだ決壊しない。

 化け猫はまだ、猫をかぶり爪を引っ込めている。そうして猫なで声で問いかける。


「それはそれは……なあ、少女よ。どうなのだ。先ほどより押し黙っておるが、貴様はそこな少女の言う通り、扉の先を目指すというのか?」

「そうですわね……」


 リルはそっと目を閉じ、自分の心を確かめた。

 荒れ狂う心が、そこにはあった。

 得られたかもしれない友人を、一人損なわれた。むかつく奴だったけれども、負けたくない奴だったけれども、だからこそ、自分の力で勝利して、認めさせて、そうして同じ目線に立つはずだった。

 その機会は、永遠に失われた。

 怒りはある。恨みもある。化け猫を討伐してやりたいというこの感情を復讐心だというのならば、その通りなのだろう。

 この猫は、あのライラを真正面から初手で丸のみにしたという。不意打ちだとは言え、あのクルック・ルーパーに打ち勝ち続けたイアソンを殺して見せたのだという。


「当然、無限のさらなる未来を目指しますわ」


 この心では先に進めぬというのならば、乗り越えるのだ。

 この気持ちをも巻き込んで、自分は前に進むのだ。

 ライラは、言った。

 苦難を、試練を前にしてなお折れて砕けなかったものこそが、高みにあることが許されるのだと。

 ならばこそ、逝ってしまった友人に報いるために、リルは五本の縦ロールをしゃなりちと揺らし、傲岸不遜に言い放つ。


「問われるまでもありませんわね、化け猫。あなたごとき、わたくしの通過点にしてさしあげますわ。わたくしを、誰と心得ていますの?」

「そうか」


 怨念が、解き放たれた。

 それは万象を遮るセフィロトの扉すらも突き抜けるような視線。一千と二百億対の怨念を宿す瞳が、扉越しにリルたちを貫いた。


「来るならば来るがよいぞ、塵芥候補どもよ。まだ世界の滅びまでは時間がある。吾輩はそれまでここにとどまろう。準備を怠るな。知力と策謀の限りを尽くせ。全力を示し勇気を振り絞れ。万全で限界を超えて吾輩に立ち向かうがよい」


 それは断じて喝破ではない。敵の勇気を称えるものでもなければ、健闘を祈るものでもない。

 ただ、前に進むものに呪いあれと願う声。無限を目指そうとするものに天罰下す呪怨の具現が自分なのだという意思表示。


「それでもなお敵わぬと知らしめ、貴様の生が塵芥が如きと思い知らせてくれる」


 お前がどんなに力を尽くそうとも、己には絶対に及ばぬという怒り。未来を目指すリルの意思を決して容認しないという怨念だ。


「ええ。また訪れますわ、化け猫」


 そこにある強大な試練をしってなお、リルは毅然と答える。


「その時こそ、わたくしを誰なのか、その身と魂に刻み込んでくれますわ」


 手袋代わりに宣戦布告の言葉をたたきつけ、リルは踵を返して背を向けた。

 これにて六章が終了となります。

 今までとはだいぶ構成が違う六章となりました。

 リクエストを求めての短編形式。さらにリルの視点が非常に少なくなっています。視点が少ないというと四章もそうでしたが、六章に関してはリルの活躍自体が少なめとなっています。

 基本的な部分でリルが大人になって成熟しつつあるので、外部から見たリルや、あるいは単純にリルの周囲がどうなっているのかという日常の話が多くなりました。


・ライラ

 精神レベルリルと同レベルな女の子。

 『前作のヒロイン』で『悪墜ちヒロイン』。ようするにコロがいなくなった時のメンタルワカメなリル状態をずーっと続けていた子です。実はというと、ヒーロー的ロマンを詰め込んだ子ではなく、たやマさんやら初期SAKIMORIやらめんどくさい時期のデスキッスやらのヒロイン要素。めんどくさい女の子も良いものです。めんどくさいけど。

 落とす過程は容赦なくやれたのに、イマイチ持ち上げられなかったのが残念。こう、リルと同レベルだぜライラはというのを伝えられていればよいのですが。そしてセレナとのやり取りは、もうちょっと丁寧に書けたよなーと反省のしきりです。



・化け猫

 出落ちである。そしてラスボスである。



 次の七章で、予定通りに完結となります。

 七章は作者的には珍しいことに完結まで書き溜めてから一気に投下していきたいと思います。ちょっと六章がいろいろと反省の多い章になってしまったので、ラストバトルとなる七章は時間をかけられればなと。

 ちょうど作品開始から一周年になる八~九月から最終章を開始する予定となります。

 少しばかりお待たせすることになりますが、一章のリル覚醒を越えるようなリル覚醒を練り練りしておりますので、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。


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