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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
六章

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第百十三話 喧嘩

 そもそもが気に食わなかったのだ。

 ようやく自分を見たライラの瞳に映る自分を見ながら、リルは思い出していた。

 目の前の女のことは、一目見た時から気に食わなかった。初対面で嫌な女だなと思った。なにが嫌だったって、向こうが自分のことを嫌いだと雄弁に物語っている目が気に食わなかった。そうして嫌悪感を隠せていないのに当たり障りなく受け流そうとする態度がどうしようもなく苛立たしかったのだ。

 見くだしてくる目が気に入らないから嫌がらせをして、それでも眼中にないといわんばかりの態度がむかついて嫌がらせはエスカレートしていった。

 どっちが悪いのかと追われれば、まあ自分が悪いのだと認めるにやぶさかではない。手を出したのも口を出したのも間接的に嫌がらせをしたのも全部自分からだったし、ライラからリルに殴りかかってきたことはついぞなかった。

 だから、悪いのは昔のリルなのだろう。その事実に揺るぎはない。

 でも、いまのライラはだいぶダメダメだからお相子だろうとリルは思うのだ。


「コロ。これを預けますわ」

「はい?」


 リルは胸から冒険者カードを取り出してコロに向かって放り投げる。コロは問題なくキャッチした。

 一対一の決闘だ。冒険者カードの治癒機能など無粋だと、身一つの縦ロール五本で挑んでこそ意味があるのだと態度で表す。


「……セレナ。これ預かっておいて」

「え? あ、はい」


 むっ、と顔をしかめて対抗心を丸出しにしたライラが、セレナに自分の冒険者カードを預ける。迷宮では命綱とも言われる冒険者カードを預けられた二人はどうしようかと思いつつも、素直に二人の決闘を見守ることにする。ヒィーコなど、リルがライラに手袋を叩きつけたその時から観客気分だ。

 リルとライラが距離をとって向き合う。

 いつだかの日の焼き直しのような立ち位置。苦難を糧に成長し、立ち止まらずに折れて砕けなかった二人。それでも二人して挫折を知っていた。どうしようもない試練を前に迷走した。

 リルは光を見つけた。

 ライラはまだ闇の中でさまよっている。

 どこかよく似た二人の少女の立場は大きく変わっていて、それでも二人の関係は変わっていなかった。

 そうだよ、とリルは思う。

 自分が見栄を張り続けると決めたのは、コロが原点だ。コロが叫んでくれて、信じてくれた自分になるんだと願って魔法を得ることができた。

 でも、自分が冒険者になろうと思ったきっかけは、自分が張り合うんだと吠えた最初の相手は、こいつなんだ。

 自分がどんな冒険者になりたかったかなんて、最初から変わっていない。

 リルは、ライラに負けないような冒険者になりたかったのだ。

 それなのに、肝心のお前がそのざまはなんだよとちょっとばかりふてくされた気分になるのは致し方ないだろう。お前がもっとすごい奴じゃないと、それに張り合おうとしていた自分がバカみたいじゃないかと、あのクルック・ルーパーほどだなんて贅沢は言わないけど、カニエルや、せめてギガンくらい実直な心意気がないのかよと不満の一つもこぼしたくなる。

 でも、許してやろう。

 情けないライラの姿を知って、それでもリルが溜飲を下げた理由は簡単だ。

 嫌いな奴が情けない奴なのは、ちょっとばかり優越感に浸れる。だからこそリルは、ふふんと笑って胸を張る。


「わたくしを、誰と心得ていますの?」


 地下迷宮の終着地点、迷宮の百層、王冠ケテルの間。そこで威勢のいい掛け声が響いた。


「わたくしは、リルドール・アーカイブ・ノーリミットグロウ。世界に輝くリルドールですのよ!」


 決闘の前口上。胸に手を当て、コロの信じてくれる自分を名乗る。どうだとリルが睨み付けてみれば、ライラがあっかべーとばかりに舌を出してきて、その態度にイラッとした。


「私は、ライラ・トーハ」


 リルを小馬鹿にした舌をひっこめたライラが、静かに名乗りを上げる。


「ただのライラが、好きだったトーハの名前を継いだ、ライラ・トーハよ」


 それ以上に己の名前に意味なんてないと言外に断じたライラは、まっすぐにリルを見つめ、行儀悪く親指で床を示す。


「私が勝ったら、とりあえずここで土下座して昔のこと謝ってもらうから。今でも腹立ってるのよね、靴を池に投げ込まれたり教科書破かれたりこそこそ聞こえるように悪口言われたり、その他たくさん」


 妹分の前でかつての自分の罪状をちょこっと開陳されて、リルの口元がちょっと引きつった。


「ふ、ふんっ。なら、わたくしが勝利した暁にはあなたには地上に戻って謝罪ツアーを開催いたしなさい。最新にして最高の英雄と名高いわたくしが後ろでついて、あなたの謝罪風景を見守ってあげますから安心してよろしいですわよ」

「へぇえええ、地上じゃそんなことになってるんだ。英雄の価値も地に落ちたバーゲンセールよね。……あ、そうだ、リル―ドールさん。私ね、あんたのその髪型のことだけは、今でもバカみたいだと思ってるから」

「お黙りなさい。髪は女の命、この縦ロールはわたくしの誇りですのよ。第一あなた、めんどくさいだの機能的だのという理由で女の象徴を切り捨てるなど、もてない女で生涯独身まっしぐらという自覚はありますの?」

「捨ててないし。別に髪短いからって女を捨ててないし! 髪なんだからまた生えてくるし! 今度は伸ばしておしゃれしようかなって思ってるし!!」


 バカみたいな口喧嘩を前哨戦。あまりのくだらなさにセレナとコロは目を白黒させて、ヒィーコはあくびをかみ殺していた。

 まだ決闘が始まっていないのに、その手前から二人の戦意がばちりばちりとぶつかる。いまにも二人のぶつかり合いが始まりそうな雰囲気だったが、そういえば開始の合図をする人間がいないとライラとリルが気が付いた。段取りが悪いが、いまからヒィーコに頼むかとリルがちらりと視線を向けると、ヒィーコは座り込んで自分の槍の手入れを始めていた。

 ええい、なんだその興味のなさはと思いつつも、リルは勢いのままレイピアを引き抜く。


「受けてみなさい、わたくしの渾身の一突きを!」


 開始の合図代わりの口上。抜き身の白刃に、ライラはわずかに警戒して目を細める。


「必殺、エストック・ぶれひびぃ!?」


 紫電一閃。

 リルがレイピアを振り上げた瞬間、ライラが雷速で吶喊した。

 リルの、ようやく普通のレベルになったレイピアはしかしライラに通じるようなものではない。堂に入ってはいるものの素直すぎるリルの一突きをあっさりとすり抜け、懐に入り、今度は一切手加減せずにグーで殴りつける。

 リルはそれを縦ロールで防いだ。

 肩口から垂れた、前二本の縦ロールを盾にする。弾けた紫電の熱量に大きく吹き飛ばされて後退するものの、ほとんど無傷だ。

 改めて開いた距離で、リルとライラは視線をぶつけ合う。

 お互いが知っている。リルはライラのことが嫌いで、ライラもリルのことが嫌いだ。二人ともそれを隠そうともしていない。

 なら、話は簡単じゃないか。

 リルはここまで上り詰めてきた。あの時とは違う。あんまりに一方的すぎて、どうしようもなく不完全燃焼で終わったあの時とは違うのだ。

 やっと、同じ立場で殴り合えるようになった。それは、いまの一撃で証明された。

 リルは五本の縦ロールを構える。ライラは雷を鋼に変えて、ハリセンを生み出して手に握る。

 英雄として世界を救うためでも、百層の階層主として己の欲望を満たすためでもない。

 さあ。

 むかつく奴を殴るために、ケンカをしよう。

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【書籍情報ページ】

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――作者の他作品――
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