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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
六章

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第百十二話 人


 泣いたら意外と気分がすっきりした。

 涙をぬぐってひっこめたライラが感じたのはそんな感覚で、そういう自分が彼女自身嫌いだった。

 心は単純なもので、体の欲求に素直になってみれば意外と気分がすっきりする。悪いものは外聞を気にせずはきちらしてしまうに限る。それでも心は晴れ晴れとはいかず、戦闘では相変わらずじり貧だ。雷霆を振るってもかすりもしなくなってきた。雷を放ってもあっさり防がれるようになり、高速移動も軌跡を読まれるようになってきた。

 それでもまだ負けていないのは、相手がわずかに戸惑いためらっているからだ。

 戦っていると相手の気持ちが伝わってくる。大抵の場合はお互いに真剣勝負をしているのだが、時々戦力が片方に傾いていると、なんとも気まずい雰囲気になることがある。いまの相手の状況はまさしくそれで、ケンカをし始めたのはいいものの、一方的に相手を泣かせてしまって、あれ、これこのまま叩き伏せたらまずいのではと良心がうずいた時の子供の反応にそっくりだ。

 なんだか気まずそうにこちらをうかがう瞳がとてもうっとうしく、同情すんなよくそうと悔しく思う。

 ちくしょうといういらだちが大きくなる。

 一度泣けば心が楽になってしまう自分がやはり嫌で、だからこそここ数年一度も泣かずに心を溜めておいたのに、それも吐き出してしまった。

 誇りなんてものは吹けば飛ぶようなものだとライラは知っている。だからこそ見逃さないように手放さないように必死に必死に手の中に納めているが、一度放してしまえばその軽さは驚くほどだ。

 自分は何かつなぎとめておくことができない。

 仲間もばらばらになって、自分の記憶すらも置いていってしまった。そうして身軽になったというにどうしてか、まるで体は軽くならない。どんどん視野が狭くなって心はがんじがらめになって体は固まっていく。そのふがいなさは、自分で自分のことが大嫌いになってしまうほどだ。

 何もかもが上手くいかなかった。

 せっかくすべてを捨てて百層の管理者なんていうものに収まったのに、それでも何もうまくいかない。邪魔をされるから、周りがいるからなんて理由ではないほど

 いつからか。

 知っている。

 トーハが死んでからだ。

 トーハが死んでから何もかもがダメになった。


「音より速く鳴り響け」


 ライラは詠唱を紡ぐ。

 なぜ、理解しようとしないのだろうか。

 自分も含めて、人間なんてバカばっかりだ。

 どいつもこいつも華々しい功績に浮かれて騒いで忘れるばかりだ。


「天地の狭間を駆け抜けろ」


 雷霆を想像できる限りに創造し、周囲に展開する。

 もっと現実見ろよと思う。

 もっと冷静になれよといいたくなる。


「人の心を撃ち抜き吠えろ」


 自分の振り絞れる最大の熱量を前にして、セレナたちが身構える。そんな彼女たちに問いかけるように雷霆を叩きつける。

 お前らが信仰するように持ち上げている英雄とやらは、そんなに大層な人物なのか?


霹靂神はたたがみ


 防いだ。

 百層のフロア全域を濃密に満たした雷の暴風。三人の持つミスリルの輝きで減衰され、セレナの無色の手で一瞬だけ押しとどめ、すぐさま縦ロールが遮るように割って入る。そうして雷撃が薄れるよりも早く、大剣と槍がライラに襲いかかってくる。

 もうどうしようもないなと手詰まりになる。

 そもそもライラは別に戦闘が得意というわけではないのだ。

 もともとパーティーでは、役割分担がはっきりしていた。

 戦闘という分野で最も万能だったのはセレナだ。ライラの役割はとどめが基本で、目立つ役割ではあったけれども戦闘すべて支配するようなことはできない。駆け引きと技量が重要な対人戦では特にそれが浮き彫りになってしまう。

 なまじ、傷つけられても致命傷にならない魔法を持っているから消耗戦に引きずり込めているだけで、冒険者カードにため込んだ経験値がなくなったらあっという間に負けてしまうだろう。

 それでも戦闘を続けてるのはやけっぱちな気がする。

 そんなに英雄になりたいのか。

 己を敗北を幻視してライラは自嘲する。

 こいつらは、そんなに自分を倒して英雄になりたいのか。こんな滅びてしまう世界で英雄になりたいのか。なってもあんまりいいことないぞと忠告してやろうかとよほど思う。

 物語世界に侵された人間は、どいつもこいつも英雄はみんな体が剣でできている美男美女で、性根が硝子のように澄んできらきらしているんだと思い込んでいる。

 英雄と呼ばれるくらいなんだから人助けが大好きで悪いことが心の底から許せなくて、手に入れたお金は全部人助けのために使い込んでいて私欲など薄汚いと断じなければならず、間違えることもなく騙されることもされてはいけず挙句の果てには不老不死で霞を食って生き雲に寝そべって寝る汚いことなんて一点もない、何かもはや人間じゃない超生命体だと褒めたたえてきて、せめてトイレくらいいかせろよバカ野郎と思う反面、美辞麗句を浴びせられてまんざらでもない自分がいるのだ。

 まあ、つまるところそんなもので、ライラは自分が大層な女だなんて思ったことはない。褒められればそりゃ嬉しいけれどもそれだけで、褒めたんだから助けてくれよと言外に求められればうっせえ自分で勝手に助かれ他人に頼るなせめて金よこせと内心で毒づきつつも助けてしまう程度の人間だ

 そんな自分だから、トーハを忘れてしまったのだろう。

 いま思えば、トーハだってそんなたいそうな人物ではなかったのだ。スケベだし、アホだし、頭悪いし、口ばっか威勢が良くて、行動だけは果敢で、頭の中は空っぽの典型的な阿呆だった。

 好きだった。

 そんな彼との思い出は大切な宝物で、大事にとっておいたはずのそれが徐々に美化されていって、それが喪失と同義だということにすら、しばらく気が付かなかった。


「勝負は見えましたわね」


 冒険者カードに貯めていた経験値が尽きた。相手もそれなりに消耗しているはずだが、見たところ危急の状態なのは一人もいない。

 確かに客観的に見てライラは追い詰められているが、偉そうな口調で言われて、かちんと頭にきた。


「だからなによ」


 攻撃の手を止めた相手をじろりとにらむ。まさかここで情けをかけてライラに勝ちを譲ってくれようというわけでもないあるまいに、この縦ロールの化身はいまさらなにを話そうというのか。

 そもそも気分が最低だった。百層に降りてきた人間がいるというだけで嫌なのに、そのうちの一人が仲間だったのだ。そんな状況で気分が良い人間がいたらそいつはサイコパスかなにかの頭がおかしい人だ。

 第一、だ。

 ライラは、この縦ロールをぶら下げた女のことは嫌いなのだ。

 そいつが手袋をとって叩きつけてきた。


「一対一での決闘を挑みますわ」

「……へえ」


 叩きつけられた手袋と言葉に眉を釣り上げる。

 ちょうど、自分がトーハのことを忘れてしまっていると気が付いた頃のことだったと思う。クランの人材発掘のために学園に入り込んで営業して、なんでこんなことしてるんだろうと思いつつ、それでも捨てきれなかった。

 そこで出会ったリルは正直、心底うっとうしかった。

 一応知ってはいたけれども出会いがしらから偉そうで、なんだこの女とむかついた。関わらないようにと気を付けていたのに向こうから突っかかってきて、耐え切れなくなってやり返しはしたが暴力でやり過ぎてはいけないという自制心はあったため仕返しは不完全燃焼で終わった。

 おかげでめんどくさいなというイライラが積み重なって、決闘の手袋を叩きつけてこられた時には、こんなバカが存在するんだと人の世の広さに驚きつつも、晴れ晴れした気分だった。

 公衆の面前で、自分が絶対に正しい立場で何の気兼ねもなく大嫌いな奴をぶん殴れるのだから断る理由もない。

 めんどくさいなぁ、うっとうしいなぁ、本当はやりたくないんだよ、こんな小物の相手をするなんて実に心外で時間の無駄だよとそれっぽい言い訳を素振りで振りまきながらも、内心はうきうきしてどんな恥をかかせてやろうかと思っていた。わかると思うけれども、自分に絶対的な正当性があって誰にも非難されない状態であからさまに常識知らずで恥知らずな相手に対して報復行為をすることは快感だ。

 そいつが、なんだかいつの間にかこんなとこに来ている。


「これで三回目ね」

「あら、てっきり忘れているものだとばかり思ってましたわ」


 くるくるの縦ロールをした女が自分は正しいことをしてますよ、みたいな顔をしてこっちを見ている。お前は間違っているんだぞと言いたげな瞳をこっちに向けてくる。

 なんだよ。

 二回目の時、忘れたフリをして意地悪したの、そんなに恨まれてるか。ちょっとやり返しただけじゃないと自己弁護混じりの苛立ちが湧く。

 お前さ、あんだけ人に嫌がらせしといて、自分がされるのは耐えられないとか、ずるいでしょと思う。なによりかつての自分みたいな目をした相手の態度がやたらと腹立たしい。

 お前なんて、あのゲームじゃちょこっと出てくるようなただの性格の悪い小娘のくせに。

 百層に来られたからなんだよ。たかだか百層に来られただけで世界を救えるような気になっている考えなしが、たまらなく頭にきた。


「そっちが有利なのに、一対一なんて申し込んでいいの?」

「これは、わたくしがつけなければいけないのですわ。コロにも、ヒィーコにも、セレナにも手出しはさせませんわよ」


 またまたご立派なことだけれども、そもそもライラに勝ってどうするつもりなんだこいつはと心中で吐き捨てる。

 百層に来れたぐらいで世界を救えるわけではない。すごいねと褒めてあげたら終わりのことを、ことさら大げさに騒ぎ立てて歴史的快挙だとお祭り騒ぎの種にする。それを楽しそうにしているなと持ち上げられた神輿の上で眺めるのだ。

 まあ、それが楽しいのは認めよう。

 でも、それがどうした。自分を倒したあとに奇跡的に化け猫も打倒したとして、その後はどうするつもりなんだ。なんにも考えずに世界がこのまま墜ちたら、お前は大罪を背負うことになるんだぞ。

 まあ、でも、いいや。

 そんな理論的なあーだーこーだではなくて、もっと単純なことなのだ。

 ライラは凶悪に瞳をぎらつかせながら、たたきつけられた手袋を拾い上げ、目の前の女、リルドール・アーカイブ・ノーリミットグロウに闘志をたたきつける。

 ライラは、リルが嫌いなのだ。

 会ってそうそう高圧的な態度をとって崩さなかった初対面の日から、こいつにだけは負けたくないし、こいつに負けるのだけはあり得ないと思っている。

 クグツと一緒だ。

 ライラは、高慢なナルシストが生理的に嫌いだと、だから意地の悪い態度をとっていたと、それだけのことなのだ。


「後悔すんなよ、リルドール」

「するわけありませんわ、ライラ・トーハ」


 そうかよ。

 雷を鋼に変えて手に握り、決意する。

 はっきり言うけど、こんな体たらくの自分だって、まだいつかのお前よりはましだよと思ってるんだ。

 仲間の前で、その見栄っ張りの毛皮、ひんむいてやる。

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【書籍情報ページ】

シリーズ刊行中!

――作者の他作品――
全肯定奴隷少女:1回10分1000リン
全肯定奴隷少女によるお悩み相談所ストーリー

――完結作品――
ヒロインな妹、悪役令嬢な私
シスコン姉妹のご令嬢+婚約者のホームコメディ、時々シリアス【書籍化】
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