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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
六章

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第百九話

 どおん、という爆発音が響いた。

 それは町はずれにある、大きな庭付きの家から響いた音だ。一軒一軒の距離が離れている閑静な場所で、多少の爆発音が響いたところで迷惑だと騒がれるような場所でもないが、それにしても大きな音だった。

 その家の持ち主である少女は、実験結果爆散を見てかわいらしく小首を傾げた。


「おかしいわね」

「おかしいのは、カスミの頭だからね……?」


 あっさりとパーティーメンバーを売り払ったこともある頭のおかしい子筆頭の二人が何かを言っているが、それはそれ。己の欲求のためには仲間の犠牲も厭わない性質のある二人の眼前には、ちょっとしたクレーターができていた。

 カスミの家の庭にできた爆心地。そこを囲む壁は、度重なる実験で崩れ、果てには補強の問題でカスミの錬金性の鉄板で囲われるようになっていた。

 そこで自作のタイマーで爆発するまでの時間を計っていたカスミは唇を尖らせる。


「そういう問題じゃないのよね。なんで爆発したのかしら」


 どうやら全然かわいくない実験結果に不服なようで、不満そうに目を細めている。


「なにやりたいかはよくわからないけど、可燃性のガスを詰め込んだ鉄の筒に火をつけたからじゃないの……?」

「いや、試算だったら、もうちょっと大丈夫だったはずなのよね。こんな短時間で爆発するはずなかったんだけど」

「結局爆発するんだ……」

「そりゃそうよ。強度の実験だもの」


 強度の実験だから当然だとばかりに頷くが、そういう方面に疎いウテナでは何がやりたいかよくわからない。

 カスミの本職はもちろんクラン『無限の灯ノー・リミット・グロウ』の後方事務員だ。もとは上級中位まで上り詰めたカスミが後方に転属したのは半年ほど前のこと。最初は慣れない事務仕事に忙殺されていたが、今では生来の呑み込みの良さと持ち前のリーダーシップも合わさって、後方人員のとりまとめ役になりつつある。特にもともと冒険者として活躍していたという面は他の事務員にはない強みで、その実績をもって迷宮に挑む冒険者と、迷宮に深く潜ることがない後方との認識の齟齬を埋めている。迷宮前線のメンバーの危険と後方の人員の労苦をどちらもわかるカスミの人望は高く、その能力も相まってクラン内での人望はリルに次いでいるほどだ。

 そんなカスミではあるが、休日は趣味に全力を注いでいる。

 カスミの趣味。それはロマンを追い求め、失敗を恐れずに己の錬金術で試作することである。そしてそのロマンのためには、カスミはどんな犠牲でも厭わない精神を発揮する。


「んー……誰か計算をミスったのか、それとも鉄鋼じゃこんなものなのか、爆発力が予想以上だったのか、私の錬金ミスとは思いたくないけど……次からは私の試作品にもチェック入れてもらうようにしないといけないわね」


 ぶつぶつとつぶやいて失敗原因の可能性を列挙する。

 ここ最近、カスミの実験は個人の域を超えつつある。同じ趣味の研究者が自然と集まり、各々が私財を投じて己の研究を始めている。カスミの錬金の魔法は実験をするのに恐ろしく有用だ。ローコストで実験が可能という噂が噂を呼び、己の研究成果を試したいマッドな連中が集まりカスミの自宅は半分研究室のようになっている。


「さて、次はコロネルちゃんの魔法の再現の飛翔実験なんだけど……エイスは?」

「呼んだけど、逃げた……」

「ちっ」


 次の段階の実験に付き合わせようとしていた被験者筆頭は、休日にカスミの実験があると聞いて当然のように逃げていた。

 それにカスミは舌打ちしたが、まあいいかと思い直す。


「仕方ないわね。代わりは用意してあるわよね」

「もち……」

「さすがウテナ。持ってきて」

「ほいほい……」


 ウテナが台車に乗せて持ってきたのは、流星状のフォルムを持つ金属製の筒と、それにくくりつけられているひとりの青年だ。

 カスミがリーダーだった頃のパーティーの盾役の一人、体を硬くする魔法を使えるテグレが、実験品の搭乗席に詰めこまれて鎖で括りつけられていた。


「さ、コロネルちゃんの噴射飛翔を再現するための実験第一号を始めるわよ」

「それはいいけど、なんで俺はこんなことをされてるんだ!?」

「あんたが丈夫だから」


 どう転んでもロクなことにはならないとわかりきっている現状だ。ジタバタと暴れるテグレの疑問にさらりと答えるカスミは、倫理観のネジがどこかへ飛びつつある。

 あまりにもあまりに単純すぎる理屈にテグレは絶句する。確かに上級中位まで至り、体を硬化させる魔法をもつテグレの耐久力はかなりのものだ。なのだが、テグレは別にカスミの実験体になるために丈夫になった訳ではない。


「ふっざけんなよカスミ!? 頭大丈夫か!?」

「もちろん大丈夫よ。ああ、でも、そうね。さすがに街中でやっちゃまずいわよね。墜落した瞬間に錬金した金属は消すけど、テグレが落ちて被害がでるかもしれないし……町はずれの湖に行きましょう。そこなら落ちても平気よ」

「墜落!? もしかして空中で爆砕するのかこれ!?」

「そもそも飛ぶの、これ……? 筒によくわかんない板が付いてるようにしかみえないんだけど……?」

「飛ぶわよ。ちゃんと方向の微修正もできるし、速度の制御ができないのと着陸機能がないのと試算だと途中で爆発するだろうっていう予測がついてるだけで、大した問題はないわ」

「へー、そうなんだ……ならいいや……」

「なに言ってんの!? 人を乗せる上で何一つ安全面でクリアしている要素がないぞ! ウテナもいまの説明でなにを納得した!?」


 エイスが逃げ出すわけだと、この実験のあり得ない状態に絶叫する。

 ちなみにエイスはいま、何食わぬ顔でリルの部屋に逃げこんでお茶をしている最中である。


「そもそもなんで失敗するっていう実験をするんだよ!」

「バカね。本当に失敗するかどうかの実験結果が欲しいのよ。そしてどういう風に失敗するかのデータが欲しいのよ。手動式で方向だけは微修正できるから、これ終わったら改善点報告してよ? 私の錬金が続く限り、何度でもトライ&エラーをし続けるわ。データは命より重いの。そのデータを私の錬金の魔法はローコストで量産できるのよ。実験の意義が分かった? わかったならおとなしくなさい」

「意義はともかくコンセプトがアウトだ!」

「うっさいわよ。記念すべき世界初の有人飛行のチャンスをくれてやろうというありがたい心意気がわからないのかしら」

「ありがた迷惑だよこのマッドサイエンティスト!」


 渾身の叫びだったが、二人の少女の心には響かない。ちゃんとテグレの耐久力を計算したうえで、単純に怖いだけで大したケガすらしないだろうとわかったうえでの実験なのだ。


「カスミ……もうめんどくさいから、やっちゃお」

「ウテナ! お前代わってくれよ! お前の『雲化』ならいつだって逃げれるだろ!?」

「嫌だよ……爆発って、火だよ? 体が削れちゃう……」

「お前じゃなくてもこんな実験に付き合わされたら体削れちゃうわ!」

「大丈夫よ」


 諦め悪く抵抗するテグレに、にこりと笑って保証する。

 繰り替えすが、試算の結果、テグレなら大したケガはしないだろうという結論には至っている。上級中位まで至り、防御に秀でた魔法を得るほどに進化した人間というのはそれだけ強固なのだ。単身で命綱もなく空高く打ち上げられて落下するというのが超怖いだけであり、肉体的には問題がない。

 それに、カスミが今日を実験の日に選んだのには、確たる理由があった。


「今日はリルドールさんたちが百層に行く日よ。何もかも、上手くいくに決まってるわ!」

「さっき失敗しただろうがぁあああああああああ!」


 基本的に崩壊するカスミの実験を前に、一人の男が絶叫を上げ、打ち上げられた。



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【書籍情報ページ】

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――作者の他作品――
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全肯定奴隷少女によるお悩み相談所ストーリー

――完結作品――
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シスコン姉妹のご令嬢+婚約者のホームコメディ、時々シリアス【書籍化】
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