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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
六章

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街で流行りの縦ロール2


 とてもよく似合っていたのだが、ヒィーコは縦ロールを維持するつもりはないという。


「どうしてですか。御三方そろって並べば、とても華やかで素敵だと思いますよ」

「いや、本当に気の迷いってやつで……」

「そんな気の迷いでなんて、もったいないことを言わないでください。縦ロールの三人娘としてやっていきましょうよ」

「ほんと勘弁してください……」


 そう言い繕うヒィーコはもう敗北宣言をしているも同じだ。両手で真っ赤な顔を覆って机に突っ伏している。


「違うんすよ……お洒落したいとかリル姉の真似をしたいとかじゃなくて、縦ロールにすればパワーアップできるんじゃないかなって……ほんとそれだけなんすよ。だからリル姉には言わないでくださいお願いするっす……!」


 縦ロールにすればパワーアップなど言い訳にしてもひどいものだが、リルを知っているとうっかり納得しそうになってしまいそうで怖い。

 セレナはわずかに口元を緩めて微笑ましいヒィーコに、このくらいにしておこうと思う。ヒィーコがいくら歴戦の戦士であると言ったって、彼女とて年頃の乙女なのだ。おめかしをからかうのは程々にしておかないといけない。


「それはさておき……クルック・ルーパーとの戦いは激戦だったらしいですね

「ああ……そうっすね」


 注文した飲み物がテーブルに届いたのを機に話を変える。

 セレナとヒィーコは理髪店からバーへと場所を移していた。いつだか、あのクルック・ルーパーと席を隣にした場所だ。

 死闘に次ぐ死闘。この世の英雄候補達を殺し続けたクルック・ルーパーの行動原理。その真実をセレナは聞いていた。

 かつて没した親友のため、彼は殺し続けた。

 相棒とも呼べる人間の死を目の当たりにして、クルック・ルーパーは狂気に沈んだ。

 その生き方は歪なのにわかりやすい。セレナにも感じ入るものがあった。


「ヒィーコさん。わたしは、薄情な人間なのでしょうか」

「なんすか、いきなり」


 いきなり、というわけではない。

 セレナは注文していた大して度も強くない、甘い口当たりの良いお酒を一口。


「わたしは……いま、笑えるんです」


 三百年生きて、あの男はそれでもなお親友のことを忘れなかった。親友が殺されたその時の怒りを保ち続けたのだ。

 それはきっと、クルック・ルーパーの誘いを受けたライラも一緒なのだろう。

 セレナは、クルック・ルーパーとの一戦の時のことを思い出す。

 おそるべき技体を誇り、なによりそれを支える心が誰よりも強かった。間違いなくあの男は狂っていたが、それでもどこまでも揺るがぬ芯があった。

 それに比べて自分はどうだろうか。

 尊敬するクランマスター、トーハ。師匠であり祖父であった人。

 百層で失った人達の片方は、自分の祖父だった。一子相伝の武術をセレナに叩き込み、しかしなぜだか人は殺すなと教えた。厳しく偏屈な人だったが、セレナの唯一の肉親だ。

 もう片方のトーハは、友達だった。ライラとトーハ。その二人は、奇妙な来歴を持つセレナに手を伸ばしてくれた初めての友達だった。

 大切な人達だった。セレナの人生で三指に入る出会いの人だといまなお断言できる。その二人を同時に失ったというのに、自分は狂うこともなかった。

 セレナの自嘲の答えは 、あの時のライラの表情とその後の行動で回答されていた。


「たぶん、彼の言う通りだったんです」


 新しい出会いは楽しく、忘却は心地良かった。怒りを保ち続けるのはあまりにも疲れる。痛みを抱き続けるのはどこまでも不毛に感じる。

 セレナは、そういう人間だった。


「それが普通なんすよ」


 こともなく、ヒィーコは返した。

 慰めるわけでもなく、あんまりに当たり前のことを当たり前に告げる口調び、むしろセレナがキョトンとしてしまった。


「あいつは凄かったっす。超絶強かったっすし、何よりその信念の硬さを砕くことは結局できなかったっす。でも、見習っちゃダメなやつですよ」


 そう語るヒィーコもまた、平凡な育ちとは程遠い人生を歩んでいる。かつて故郷を失うような災禍に襲われた。そこからの放浪生活のつらさも、ヒィーコの心身に刻まれている。親しい人をいくら失くしただろうか。つらい目にどれほどあっただろうか。

 強くなりたいという純粋な思いが、魔法に至るほどまで鋭く、硬く研ぎ澄まされたのだ。二十年にも及ばないヒィーコの人生だが、それでも彼女の胸には一晩ではとても語り尽くせない物語が眠っているはずだ。

 それを抱えて、それでもヒィーコは語る。


「確かに痛みも怒りも、あたし達は思い出に変えちまったかもしれないっす。でも、忘れたわけじゃないんすよ」


 クルック・ルーパーは吠えた。なに笑ってんだよと怒り狂った。頭おかしいんじゃねえのかと怒鳴り散らした。

 ただ、それでも今を生きる人は、笑わなければいけないのだ。

 それも人の強さだと、ヒィーコは話す。


「死んだ人は死んだ人で、生きているあたしたちは生きているあたしたちっす。それ以上がない関係になっちまったからには、胸に空いた穴を抱えて、あたし達はそれでも前に進んで行くしかないんすよ」


 聞く人によっては冷たくも聞こえるざっくばらんな主張。

 だがそうなのだ。ヒィーコの言っていることは確かに事実でしかない。友達が死んだことがある。親兄弟をなくしたことがある。親しい人が死んだときに知る奈落のような虚無感と心の欠落を知って、それでも人は生きていくのだ。

 人は、知人が死んだ翌日に笑って暮らせる。

 だって、それは当たり前のことだから。

 他人が死ぬのは当然。自分が死ぬのも自然。ただ当たり前すぎてなにより恐ろしいそれがこの世界にはありふれている。


「そうですね」


 弱ければ弱いほど、人は笑っていないと生きていけない。

 どんなにつらくても、どんなに悲しくても、どんなに虚しくても、笑わなければいけない。誤魔化すために、乗り越えるために、忘れるために。

 だから人は人が死んだ翌日には笑う。仕事先で愛想笑いを浮かべ、友人の冗談を受け取って笑う。つらくても笑う。無理にでも笑う。

 クルック・ルーパーが罪と断じたそれは、決して悪いことではない。むしろ必要なことだ。生きるために動く人間は、止まり続けることは許されない。現実は、人一人の死で揺らぐほどちっぽけではない。人が一人死んだくらいで、世界は悼まない。社会は小揺るぎもしない。家の一軒ですら、倒れることはない。

 それを許せなかった狂人は、弱いのが悪いと言い切れるあの男は、あまりにも強すぎたのだ。


「その通りです」


 セレナは、自分の弱さを受け入れる。

 自分はその程度で、しかし、それが悪いということではないのだ。

 忘れたわけではないのだ。胸に空いた穴が確かにある。記憶の片隅にかもしれないが、それでも朽ちぬ思い出として確かに残る。死んだ人が確かにあったんだと言い切れる。

 だから会いに行こう。立ち止まっていた自分だが、いまさらかもしれないほど遅い歩みの再開だけれども、歩いて会いに行こう。


「今度の探索、わたしも合流していいですか?」

「リル姉に聞いてくださいっすよ」


 確かにその通りだ。パーティーリーダーであるリルをすっ飛ばすなんて失礼にもほどがあった。


「ま、リル姉は即答で受け入れると思うっすけどね」

「そうだと嬉しいです。……あ。私も縦ロールにした方がいいですか?」

「勘弁してくださいっすよぉ……」


 軽口に苦笑し合って、かつての昔に大切なものを失ったもの同士、かちんと音を鳴らしてグラスを響かせる。

 堂々と胸を張って行くのだ。百層に引きこもってしまった友人に、今度こそ自分の手を伸ばして、手をつなごう。

 きれいな手じゃなくて、土にまみれて血がこびりつい付いている汚い拳なのかもしれない。でも、今度こそ迷わない。


「ありがとうございます、ヒィーコさん」

「当たり前のことしか言ってないっすよ、あたしは」


 そう言って、二人一緒にグラスの中身を飲み干す。

 クルック・ルーパーが好んで飲んでいた度の強い酒とは裏腹な、女子供が好むと評判のカクテル。

 事実女子供のセレナとヒィーコはそれに舌鼓を打って、人を酔わせるのは何も苦いものではなかったなと微笑んだ。

リクエスト内容が

・街で縦ロールが流行

・セレナの掘り下げ

・ヒィーコが縦ロールにして、すぐ元に戻す

だったので、ヒィーコは元の髪型に戻ります。残念。

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【書籍情報ページ】

シリーズ刊行中!

――作者の他作品――
全肯定奴隷少女:1回10分1000リン
全肯定奴隷少女によるお悩み相談所ストーリー

――完結作品――
ヒロインな妹、悪役令嬢な私
シスコン姉妹のご令嬢+婚約者のホームコメディ、時々シリアス【書籍化】
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