街で流行りの縦ロール
のちに『鳥かご騒動』と呼ばれる王都をちょこっと騒がせた事件は無事に解決した。
被害者は約二名。気絶させられ軽傷を負った少女と、外傷は皆無だが精神的苦痛を負ったと主張する割には、ピーピーとよく鳴いて元気な少女だけだ。王都の三大クランが総出で人手を動員したにしては、ささやかな被害だった。
被害者のうち約一名が「わたし、まだ怒ってるからね!」とぷんすかして言い放っていたが、それでもパーティーを脱退しようとしなかったのだから、信頼関係というのがうかがい知れるというものだ。
とはいっても、結構な規模の騒動となった。さすがに犯人になんのペナルティもなしというわけにはいかない。たっぷりとお説教をした上で、三か月間の減棒と行動の監視が付くことになった。
ちなみに沙汰を下された犯人は表面上は粛々と、内心では嬉々として監視員であるカスミの家に越していたという。
「まあ、収まるべきところに収まった、という感じですね」
今回の騒動の報告を書類で改めて確認したセレナは一人そう呟いた。
いま彼女がいるのは『雷討』の本部だ。ライラが抜けて以降マスター不在となっているが、実質セレナが今のクランマスターのようなものである。
今回のことの顛末が記された書類をセレナは処理済みの場所に移す。『無限の灯』から正式な要請で『雷討』の人員を動員したので、正式な書類が必要となったのだ。
セレナとしては、あの騒動自体は悪くない効果があったと思っている。原因こそただの笑い話だが、それに伴う対処行動で実りのある結果があった。
特にクラン同士の協調行動ができたのが大きい。リル達とだけではない。『栄光の道』のメンバーとも少しは距離が縮められただろう。最大手の二つのクランが曲がりなりにも協力して行動できたのは、間に『無限の灯』がいたからだ。
リル達という存在のおかげで、少しずつクランという大きな枠組みにある関係も変化していっている。
それとずいぶんと内部のメンバーが緩んでいたので、クランの引き締めもできた。気の緩んでいたとおぼしき団員は残らず地獄の訓練メニューを言い渡してある。いいことづくめだとセレナは事態の決着に概ね満足していた。
事務処理を終えたセレナは、クランのメンバーに挨拶を告げ、訓練中のメンバーにさらなる追加メニューを積み上げておいてから帰宅する。その帰り道、ふと自分の髪が思った以上に伸びてきたことに気がついた。
帰宅がてら髪を切ろうと理髪店に寄って行くことを決定したセレナは、そこで街を行き交う人の違和感に気が付いた。
男性はいつも通りだ。特に不自然なこともない。だが女性の髪型が少し前とは様相を異なるものとしていた。
髪を巻いている女性が、とても多いのだ。
巻き方は人それぞれだが、特に髪の長い女性はほとんどが髪を巻いていた。風景は変わっていないのに、通りの光景がそれだけで少し華やいだ雰囲気になっている。
セレナは理由をなんとなく察しつつも、理髪店に入る。馴染みの店でいつも通りにと注文を入れて店員と雑談していると、自然と縦ロールの話になった。
「さっき気がついたんですが、随分と髪を巻いている方が増えていますね」
「ああ、わかりますか? 最近はやっているんですよ」
「縦ロールがですか?」
「縦ロールがです。いまも、あちらで髪を巻いている方がいますよ」
店員は大まじめに頷いて隣を指し示す。ここの理髪店は各々をカーテンで区切っているので様子は見えないが、店員が嘘を吐く必要もないので、事実隣のお客さんは髪を巻いているのだろう。
縦ロールの流行。普通ならば一笑に付すような話だが、リルの大活躍が世界的に放送された後である。あの特徴的な髪型に憧れるような人も増えるのだろう。
「どうします? お客さんもちょっと気分を変えて縦ロールにしますか?」
「いえ、それはちょっと……」
リルやコロの縦ロールはきれいだしかわいいと思う。
だが正直、自分がするのはどうかなと思うし、第一セレナでは髪の量が足りない。
「ウィッグやかつらをつける人もいますよ。購入されます?」
なるほど商売熱心なことだと苦笑い。セレナは手を振って、遠慮する意思を表す。
「そうですかー、残念です」
引き際の見極めがいいのか、店員もそれ以上勧めることもなくセレナの散髪を進めていく。
その最中、セレナが店の隅にふと目を移すと、奇妙なものが見えた。
そこで、手の空いている従業員がカツラを茹でていた。
なにやら黒魔術めいた風景に見える。
「あれは、なにをしているんですか……?」
「ああ、クセを付けて固めるためにああやってるんですよ」
そんな方法もあるのか。
なかなか奥が深いとそのあたりを注視してみれば、平べったいトングのようなものを熱しているところもあった。
「……あれは?」
「あれも、髪を巻くためのものですね。ええ、癖をつけるためには熱を入れないといけないので……あ、コテもありますよ?」
そう言って店員が取り出したのは鉄の棒だ。これを熱して髪を巻くというのだが、それがただのヤキゴテにしか見えなかったのはセレナの目がおかしいからだろうか。
いま目に入ったものは全体的にどこからどう見ても拷問の準備にしか見えなかったが、決してそういうわけではないのだろう。
「なるほど。縦ロールというのは、生半可な覚悟で挑んではいけない髪形だったのですね」
「あはは、大げさですねお客さん」
もちろんセレナは本気で言っている。あれに耐えるような努力をしているからこその、リルとコロの力だったのだろう。
頓珍漢な納得をしているうちに、セレナの散髪が終了する。礼を言って料金を支払っていると、ちょうどお隣も終了したらしく、カーテンが開いた。
「あ」
「え?」
そこから出てきたのは、ヒィーコだった。
いつもは無造作にしている銀髪を、ひとつに巻いて肩口から前に垂らしている。いつもとはまた違う雰囲気だが、とてもよく似合っていた。
ヒィーコがセレナの顔を見て、驚愕に表情を凍らせていたのもつかの間のこと。
「……ぁぅ」
小さな呻き声を漏らしたヒィーコが、褐色の肌を真っ赤にして顔を茹でらせる。
「こここここ、これは、違くて!」
「はい、わかってますよ、ヒィーコさん」
両手を突き出して必死に何かを否定しようとしているヒィーコの肩にそっと手を置く。
そうして優しく微笑み、心の底から賛美を贈る。
「よく、お似合いですよ」
「だから違うんすよぉ!」
涙目でそうやって叫ぶ仕草も含め、縦ロールにしたヒィーコは大変かわいらしかった。




