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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
六章

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ピーちゃん飼育日記3


 一緒にあーそーぼ!

 友達に、そうやって声をかけられる人間がいる。気軽に遊びに誘ってみんなを率いるリーダーがおり。何の気兼ねもなく、そうやって手を引いてくれる人がいた。

 わたしはそれができなかった。

 気が弱いというわけではなかった。他人の事情を考え過ぎてしまうというわけでもない。どちらかと言うとわたしは自分が自己中心的な性格をしていることを自覚している。

 ただ、一人が好きだと思っていた。他人と遊ぶのはつまんないと思い込んでいた。自分一人の時間が自由気ままで囚われない、最高の時間だと思っていた。

 彼女が、あの時をわたしの手を引いてくれるまでは。

 だからあの一言は、わたしにとって特別だった。



***



 真っ先に飛びかかってきたのは、ニナファンだった。


「ウテナさん、目を覚まして!」

 

 必死に訴えてくる言葉を、ふっと鼻で笑う。

 目を覚ませなど笑止千万。わたしは飼育愛に目覚めたのだ。ピーちゃんを飼育する。そのために労を惜しむつもりはない。腕を掴みにきたニナファンをヒラリとかわす。


「うわぁああ、本格的にまずいことになってる。たまに会話が噛み合わないなぁとは思ってたんだけど、ここまでとは……!」


 ニナファンは自分の主武器であるスティレットを引き抜きはしなかった。刺突武器は加減が難しい。制圧には向いていないのだ。

 甘い。素手で勝てると思われているなら心外だ。

 再度素手のままで取り押さえに来たニナファンに、指弾で礫を放つ。


「いだぁっ!?」


 指先だけで放てる礫の指弾。ほぼノーモーションの攻撃は、威力は低いが挙動の隠密性が高い。これで相手を落とすのは相当レベル差がある相手でないと不可能だが、ひるませるくらいは可能だ。

 痛みに悲鳴をあげた一瞬で、コインを取り出す。合計三枚右手の指の間にセットしたわたしの動きに、ニナファンの注意が集中したが、残念。そっちはオトリだ。

 右手に挟んだコインを投擲するフリをして、左腕の袖口から鎖を投げてニナファンの足に絡ませる。


「うぇ――づッ」


 そして今度こそ腕をしならせ、指に挟んだコインを投擲。ニナファンのこめかみぶつけて意識を刈り取る。

 まずは一人。

 意識を失ったニナファンから目を外し、コロネルとリルドールさん達へと視線を叩きつける。

 わたしは暗器使いだ。ニナファンとわたしの実力はほぼ五分五分だが、だからこそ環境によってたやすく勝率は一方に傾く。室内での戦闘ならばわたしに軍配が上がるのだ。

 ニナファンを気絶させたことで、わたしの本気を悟ったのだろう。コロネルが本格的に戦闘態勢に入る。


「ウテナさん……よくわかんないですけど、本気なんですね!」

「当然……ピーちゃんのためだから……!」

「エイスだから! わたしの名前、エイスだから! いい加減にしてよ!」


 ピーちゃんのためだ。どんな相手だってわたしはひるまない。

 リルドールさんは、いざという時のためにピーちゃんを守っているようだ。あるいは、コロネル一人で十分だと信頼しているのか、積極的に動く様子はない。実質コロネルと一対一の状況だが、戦力差は絶望的と言ってもよかった。

 一対一の接近戦でコロネルとやり合うなんて、悪夢という他ない。救いは、相手が背中に携えるミスリル合金製の大剣を使えないことと、さらにはコロネルの最大の長所である機動性が大幅にそがれていることだ。ここは迷宮ではない。地上にあるリルドールさんの住まいだ。コロネルが本気で動けば、あっという間に崩壊する。

 ここをコロネルが壊すようなことをするとも思えない。もし壊そうものなら、この間救出したメイドの人に超怒られることだろう。

 対して、わたしは別段戦闘力がそがれる要素はない。鎖に礫にコイン。どれもほぼ上体だけで自在に操れる。むしろわたしの攻撃は狭いところの方が避けにくい。室内はわたし向きの場なのだ。

 だが、その条件を加味したところで、わたしがコロネルに勝てる確率は極小だ。


「……いきます」

「ちっ……」


 素手の構えをとったコロネルのプレッシャーに舌打ちする。やはり格上。だが勝てる見込みはゼロではない。

 ぬるりと滑るような動き出し。動きの入りと抜きを悟らせない足さばきは、あのおっさんを思い出させる。挙動の読みずらい動き出しにとっさの反応が遅れるが、構わない。それは想定内だ。

 コロネルが掴みかかってきたところで、わたしは『フォグラン』を発動。手先から体が雲となる。

 コロネルは構わず押し倒しにきた。わたしの魔法の発動は、全身が雲になるまでわずかにラグがある。全身雲になる前に制圧しようというのだろうが、甘い。

 雲になったわたしの右手が、黒雲になってることに、気がつかなかった?

 わたしは雲となった右腕から、雷を放った。


「うわぶっ!?」


 接触状態からの雷撃。恐ろしいことに、コロネルは見切った。わたしが雷を放つ寸前、飛びのいて距離を取り、びっくり顔をしている。

 天井を焦がしたわたしの一撃に、リルドールさんは目を瞬いた。


「……雷? なぜウテナが?」

「ウテナ、最近、雲化した体で雷を形成できるようになってて……」


 ピーちゃんがネタばらしをしてくる。ひどい。

 わたしの魔法はここ数日で急速に進化している。部分的な『雲化』だけではなく、そこから小規模な天候現象を引き起こせるようになっていた。


「びっくりしました。なんか隠してるなーとは思ってたんですけど、予想外です」


 コロネルは相手の動きを予測するのではなく、相手の意識を読むことで相手の動きを先読みしているようだ。すごいな。さすがにコロネルは強い。とっておきの技だったのだが、不意打ちももう無理だろう。真っ向からではかなわない。

 わたしは『フォグラン』の範囲を広げ、体全体を雲と化す。

 もしこれが本気の戦いなら、わたしは次の瞬間負けていただろう。なにせコロネルはわたしの天敵ともいうべき火を操れる。このまま焼き払われたら、わたしが大ダメージを受けることは間違いない。

 だが、コロネルはそれができない。

 わたしに対しての加減が不明なのだ。火でごっそりと体積を削られた場合、わたしは下手したら死ぬ。そしてコロネルは、わたしが重体になるかもしれないという攻撃をすることができない。

 相手の情につけ込んだ卑怯な戦法だ。だが、そんな情けない戦い方を使ってでも、わたしはピーちゃんを取り戻すのだ。


「わ、すごいです」


 雲となって薄く自分を拡散させたわたしに、コロネルが称賛の声を上げる。

 初見の人間はまず勘違いするが、わたしの魔法は敵の攻撃をすり抜けて無効化するためのものではない。

 この魔法の本領は、隠密性にこそある。


「ふむ……コロ。ウテナがどこにいるかわかりますの?」

「ええっと、ごめんなさいリル様。わかんないです。逃げては、ないと思うんですけど……」


 雲となって拡散したわたしの気配を悟るのは困難だ。雲になっているのだから当然だ。そもそも、気配などない。意識の集合部分とも言えるべき部分はあるが、それを知覚するのは不可能に近い。どういうわけか唯一あのおっさんには難なく見破られたが、あれは間違いなく例外。気配に敏感なコロネルだけは少し不安だったが、大丈夫なようだ。雲と化したわたしの場所を掴めていない、

 勝ったな。確信する。この隠密性を十全に発揮すれば、わたしとリルドールさんの相性はわたしに傾く。リルドールさんの本体は、はっきり言ってしまえば弱い。気がつかれないうちに縦ロールをかいくぐって懐に入れば一撃で倒せる。

 もしリルドールさんを倒せば、その事実が周囲に与える衝撃は甚大だ。絶対的リーダーの敗北に動揺している隙にピーちゃんを取り戻せばいい。そう考え、わたしはそろりとリルドールさんの懐に――あ、無理だこれ縦ロールがこっち向いた。



・十七日目


 とりあえず、あの場は逃げることにした。

 さすがはクランマスター。当代の英雄にして、あのクルック・ルーパーを倒した英傑。

 あの場での勝算はゼロだ。ただでさえ人数で劣り実力で劣っているのに、隠密性が敗れたのならば打つ手がない。

 あの縦ロール、どうなっているんだろう。前々からおかしいおかしいとは思っていたが、わたしの気配までとらえ切れるほどに優秀というか異常というか、いっそ異次元な感知センサーを積んでいるとは思わなかった。

 しかもあの後、逃走したわたしに向けてリルドールさん達は追っ手を放ってきた。

 いまは先日知り合った飼育道の同胞、ユーリー伯爵のところに厄介になっているが、ここも長くは……と思っていると、伯爵本人が顔を出してきた。


「悪いね、ウテナ。リルドール嬢の探索の手が、ここまで及んできたよ。わたしがかくまえるのもここまでのようだ」

「そっか……迷惑をかけた」

「いやいや。こんな面白いことならいつでも歓迎だよ」


 なぜだかにこやかな彼女には礼を言って、わたしは裏口から屋敷を逃げ出す。

 リルドールさんも本気のようだ。わたしの知り合いから居場所を潰してきている。街中にまで探索の人出がいる。どうやら『栄光の道(グローリア・ロード)』だけではなく『雷討』にすら協力を募っているようだ。

 王都で最大人員を誇る二大クランによる人海戦術により、じりじりと包囲網は狭まっていっている。

 しかしチャンスはいくらでもある。いくらなんでもリルドールさんが四六時中べったりとピーちゃんの護衛をするわけではないだろう。

 わたしの魔法は、ほんの少しの隙間さえあればどこにでも忍び込める。相手が油断すれば、その隙にピーちゃんを取り戻してやる。

 そう決意を固めていると、道の先から『雷討』とおぼしきパーティーが現れた。とっさに『雲化フォグラン』を発動させる。中級ぐらいだろう青年達は、わたしの気配に気がつくことなく通り過ぎていく。


「なんかセレナさんから、女の子を探せって言われたんだけど、なんなだろうな、あれ」

「さあ? なんか家出だとか、精神的に不安定になってるから早く保護したいだとか言ってたらしいけど」

「特徴は、小柄で、胸の小さな女だって話だぞ」

「小柄で、貧乳……?」

「つまりセレナさんがセレナさんを探してるってことか? なんだその哲学」

「セレナさん、今頃自分探しの旅でもし始めてんのかな」

「もしかして俺ら、何かを試されてるんじゃ……」


 はばかることなく相談していたメンバーに、これは偶然近くを歩いていたのだろう。彼らの会話を聞きつけたらしいセレナさんが近づいていく。

 『雷討』のメンバーはそれに気が付いた様子もなく会話を続けていた。


「まあ、貧乳っていうんなら、とりあえずセレナさんを見かけたら『セレナさん! セレナさんを見つけました!』って申告しとけばいいんだな!」

「あははは! 違いねぇ……あ、セレナ、さん?」

「え゛?」


 ばったり対面したセレナさんの顔を見て、全員が青ざめる。


「こんにちは、親愛なるクランメンバーの同胞」


 そんな『雷討』のメンバーへ、セレナさんは静かに告げる。


「覚悟は、いいですか?」

「ち、違うんです! 最初にこいつぎゃああああああああああああ!?」

「僕は無関けぎゅあぁああああああああ!」

「助け、タスけうわぁあああっああああ!」


 セレナさんが『虐殺機関マーダーインク』の名に恥じない虐殺を執行していた。

 『雷討』は放っておいたら自滅しそうだったが、油断はできない。そろそろとその場から移動する。

 セレナさんをはじめとした『雷討』の上級上位のメンバーには警戒をするに越したことはない。近づかないのが無難だ。

 そのまま探索の人目を避けて移動続けていると、郊外に来てしまった。

 ゆっくり移動するだけなら『フォグラン』でも体が散ることはなくなってきた。ここ数日で随分と魔法を使いこなせるようになってきた気がする。

 ゆっくり移動し、今日の寝床をどうするか考えつつ、今後の計略を練る。

 これから長期戦になる。人目を忍んで生活しつつ、ピーちゃん奪取に励むのだ。そう考えるわたしの耳に、ある家から、けたたましい爆発音が響いた。

 なにか、懐かしい音だ。

 でも、何だったか。

 無性にその音が気になったわたしは雲となったまま、その家の庭に入り込む。

 するとそこには散乱する機械の部品と●●●がいた。


「あー……まー失敗かぁ。休暇中に仕上げたかったんだけど、無理かぁ」


 ●ス●が何かをぼやいている。

 ……? 頭が、いた、い?


「……ん?」


 ふと●スミが振り返る。

 彼女の顔を見るとやっぱり、頭が、痛くなって……。

 不審な頭痛に悩むわたしをよそに、彼女は意識が集まっている部分を矯めつ眇めつ、そうして確信したようにつぶやく。


「やっぱりウテナじゃない。なんで『雲化フォグラン』をしてるのよ」


 ……なんで。

 なんでわかった。

 なんで見つけられたの、カスミ。

 わたしは『雲化フォグラン』を解除する。


「やっぱりウテナから遊びに来てくれるのも珍しいわね。最近、調子はどう?」

「……最悪」


 俯いたまま正直に答える。

 カスミがいなくなってから、絶不調だ。


「ずっと、会いたかった……」

「あはは、大げさ……でもないかな。ウテナ、意外と寂しがり屋だものね」


 ポンポンと頭を撫でてくる。


「カスミはさ、なんで引退しちゃったの……?」

「そりゃ色々と理由はあるわよ? 能力的な限界もそうだし、探索より後方勤務のほうが安定してるし、時間も取れるし、怪我もしないし。私、もともと研究肌な人間だもの。でも一番は、ウテナがいたからね」


 カスミは笑顔で信頼を向けてくる。


「ウテナが残ってくれるなら、前を任せられる。ウテナが前にいるなら、私は後方勤務も頑張れる。そう思ったから、踏ん切りついたの」

「そっか……」

「そういうことよ」


 話を聞き終えて、わたしはうなだれた。

 弱くて情けないな、わたしは。

 大好きな友達の信頼を、裏切っちゃったんだ。


「そういえば昨日、リルドールさん達が家に来てウテナのこと探してたわよ。すごく心配してたみたいだけど、なんかあったの?」

「……ああ、うん」


 そっと目をそらす。

 正気になって冷静に思い返すと……わたし、なにやらかしてるんだろう。ひどいな、色々と。


「あー……そろそろお昼の時間か。ウテナ。一緒に食べよっか」


 自己嫌悪に陥っていると、カスミはいつも通りに誘ってきた。


「……うん」


 時間とともに流れていくわたし達だけど、変わらないものもある。今の一言にそれを感じたわたしも、何気なく言葉を返す。


「それじゃ、お昼買ってくる……ここで一緒に食べよう」

「おお! ありがと、ウテナ。大好き!」

「はいはい。行ってくるから、おこづかいちょーだい」

「はい」


 チャリンと渡されたおこずかいを手に、昼食を買いに出かける。そのお使いの最中にリルドールさん達に見つかったわたしは、特に抵抗することなく捕まった。

 リルドールさんやコロネル、ニナファンとエイスにひとしきり心配された後に、カスミの家にみんなで移動。

 買ってきたお昼を食べながら、それはもう盛大に、めちゃくちゃ怒られた。

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【書籍情報ページ】

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――作者の他作品――
全肯定奴隷少女:1回10分1000リン
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