エイス飼育日記1
六章開始です。
六章は全体的に番外編っぽく、リル以外の視点を多めにしようかなと思っております。
まずはカスミパーティーのウテナから。……サブタイトル? いやだって、リクエスト募集したら書けっていうから、つい嬉々として……あ、ちなみにこのサブタイトルは全三話になると思います。無駄に長い。
・一日目
エイスを飼育することになった。
これはエイスに対する罰だ。リルドールさん達に迫った危機に対しての無意識レベルでの逃走。今回の件にカスミは怒り心頭だった。実際、怒られて仕方のないレベルのことをエイスはしでかした。その結果が、鳥かご手錠首輪の三点セットだ。
脅しでもなんでもなく、エイスはしばらくこのままだ。これにはわたしたちにも責任があるということで、鎖を持つ役目を立候補した。
……嫌だなぁ。絶対、周りから変な目で見られるでしょ。いや、やるけどさぁ……。
それでも飼育というのはさすがに冗談だ。なんだかんだ言って、エイスは幼馴染で友達だ。人権を侵害するつもりはない。
とはいえカスミとの話合いの結果、エイスの逃げ癖はこうでもしなきゃどうにもならないという結論に至っている。多少厳しく監視していこう。
そして一日目から、鎖を掴んで歩き回ることになった。
あのおっさん、クルクルがリルドールさんのところの使用人をさらったらしい。その救出に向かうことになった。『栄光の道』と合同で迷宮に挑むことになった。
目標は七十七階層。正直、わたしたちのパーティーでは厳しい。まだ七十階層にすらたどり着けていないのだ。
それでも行かなくてはならない。行けるところまで、徹底的にリルドールさん達をサポートして、彼女達を万全な状態で七十七階層に送りこむのだ。
迷宮入りに際して、エイスは解放を訴えた。ただでさえ危険な迷宮探索。自由に動けるようにしてと一見尤もな意見を具申してきたが、そんなことしたらこの鳥類は絶対に逃げるのでカスミとわたしの意見で却下した。どうせ鎖につながれていようがこの子は死なない。その確信は揺らがないから、ちょっとくらい怖い目にあえ。
そうして意見を交わしている間、テグレとチッカは目をそらしていた。
そういうわけでリルドールさん達をサポートしてエイスを先導させていたのだが、これがまた役に立つ。
背中を蹴っ飛ばして魔物の前に追い立てているのだが、やはり当たらないのだ。ぎりぎり当たると思った魔物の攻撃が、なぜかスレスレでかすりもしない。エイスはひたすら攻撃をぎりぎりで交わしているだけなのだが、それだけでも相手の足止めは達成される。テグレとチッカに負けず劣らず魔物の足止めをしていた。すげえな、とフクランさんが感心していたほどだ。
そして、エイスにつないでいる鎖がこれまた動く動く。最初はうっとうしくて仕方なかったけど、逆転の発想でそれを使って魔物の動きを阻害してみたら、かなり使えた。
……意外にいいな、これ。
自分勝手に動くエイスの動きに合わせて鎖を動かす。エイスは避けるのと逃げるのだけはうまい。自然と、後に残る鎖がうまい具合に魔物の攻撃に引っかかる。それを絡めてやればカウンター気味になるのだ。あんまりにも上手い具合なので、カスミと相談して、鎖の長さを調整したりした。
いままで投石とコインで戦ってきたけど、そろそろ武器を増やしてもいいかもしれない。鎖はなかなかよさそうだ。しばらく、首輪付きエイスでの戦い方を模索しよう。
その結果、驚くべきことにわたしとエイスは七十七階層直前まで到達してしまった。ここまで来れたのはリルドールさん達は当然として、あとは『栄光の道』でも七十七階層まで到達したことのある数人だけだ。強行軍だったのでテグレとチッカ、それとカスミは途中でドロップアウトしてしまった。
そうしてリルドールさん達を万全の状態で七十七階層に送りこみ、わたし達も地上に戻った。冒険者カードに映った最後の勝利の映像には、わたしでも感動した。
うちのクランマスターは、あのクルック・ルーパーにも勝ったんだ!
『栄光の道』でも盛大に祝勝会が行われた後のその夜。
「迷宮の中じゃないんだから、ご飯が食べたい」
つまるところ、鳥かごから出してということなのだろう。鳥かごは隙間が狭く作ってあるので、差し入れもできない。なので、『雲化』で食べ物ごと鳥かごの中に放り込んでおいた。
「うぅううううう……」
エイスがほろほろ涙をこぼしつつも、ご飯を完食した。
まだ一日とはいえ、よくあんな環境に耐えられるよね、エイスは。わたしだったら絶対耐えられないけど。
そう思いながら、わたしはエイスと一緒に食事をとった。
・二日目
ヒィーコやコロネル、あとリルドールさんの様子が少しおかしい。
特にコロネルとリルドールさん。リルドールさんならもっと調子に乗ると思ったんだけど、そうでもない。コロネルは……ぐっと大人びた感じがする。
不思議だ。私たちが見たのは、クルック・ルーパーにとどめを刺した瞬間のリルドールさんたちだけだ。もしかしたら、その前のやりとりでなにかあったのだろうか。
まあ、リルドールさん達はリルドールさん達。わたし達はわたし達だ。
今日は休養日。
昨日で大規模な探索を行なったので、不規則ながらも一日中休みということになった。
「休養日なら出して! 自由にさせてよぉ!」
エイスには鳥かごの中で休んでもらおう。さすがに休みの日までエイスの鎖を掴んで人目を集めるのは嫌だ。
冒険のない日の私は結構暇人だ。特に趣味と言えるようなものもないので、カスミがよくわからないものの設計図を引いているのをぼうっと眺めるくらいしかやることがない。
そうしてカスミ部屋にお邪魔していたのだが、当のカスミがリルドールさん達に呼び出された。
本格的に暇だ。
仕方がないので『栄光の道』の知り合いと雑談に興じる。彼女は昔に犬を飼っていたらしく、わたしも最近ペットを飼い始めたというと興味を示した。
「へえー。犬? それとも猫? 名前はなに?」
とりあえず当たり障りなく鳥類だと答えておいたが、名前は返答できなかった。
さすがにここでエイスを飼ってますと答えるほどわたしは羞恥心と常識を投げ捨てていない。まだ名前は付けてないんだと無難に答えておいた。
しかし名前か……。
大声でエイスを飼ってますと話すのも聞こえが悪い。符号がわりに名称をつけるかと思いながら部屋に戻ると、鳥かごの中でエイスがうずくまってぷるぷる震えていた。
「う、ウテナぁ……」
どうしたのか。体調でも悪いのかと慌てるわたしに、エイスは涙目で上目遣い。
「トイレ……!」
……。
ごめん、すっかりわすれてた。
・三日目
エイスの新しい名前が決まった。
ピーちゃんだ。
よし、エイス……じゃなかった。お前は今日からぴーちゃんで。
「えぇ! わたし、名前まで取り上げられるの!?」
エイスは反応がいい。
エイスはからかいがあるから、つい構いたくなるのだ。エイスを鳥かごから出して、鎖でズルズル引きずっていく。
今日は探索だ。
わたしとエイスは勢いで七十七階層まで進んでいったが、わたし達のパーティーとしては七十階層前後が妥当な探索地点だ。慎重に、それでもしっかりと前に進んでいく。
しかし鎖付きエイスは役に立つ。慣れると本当に使いがってがいい。
エイスの背中をげしげし蹴り飛ばして追い立てていると、カスミじぃっとこっちの様子を見ていた。
どうしたのだろうか。
「ううん、なんでもない」
カスミは明らかに何か隠し事をしていた。
「いや、リーダーじゃなくてもいまのウテナとエイスは普通に気になるから」
「いまの自分とエイスの状態を冷静になって見つめてみろって」
やかましい。
男二人の額にコインをぶつけて黙らせた。
・四日目
今日は休養日だ。
カスミの部屋にお邪魔をと思ったのだが、カスミは一人で何かを考えたいらしい。どうせまた何か新作の構想でも練るんだろうと解釈したはいいものの、やっぱり暇になる。
「ねえ、ウテナ……今日も解放してくれないの?」
エイスがうるうると目を潤ませているが、わたし相手に泣き落としが効くと思ったら大間違いである。正直、エイスの泣き顔は見慣れてる。こいつ泣きのプロだし。
とりあえず前回の反省で、トイレに問題はないかだけ確認して、またペットの話をすることにした。
ペットの飼い方を聞いてみると、失敗したら叱って、成功した時には大げさなくらい褒めるといいらしい。なるほどなるほど。
「あ、ウテナ。やっと戻ってきた」
今日は特に何の問題もなくエイスは待機できたようなのでよしよしと褒めてやる。
「……なにこれ?」
ちゃんと褒めたのになぜか釈然としないという反応をされた。
・五日目
今日、探索帰りにギルドでショックな報告を耳にした。
わたしに二つ名がついたらしい。その名も『鎖雲』。どう考えてもエイスを引きずり回した結果にできた名だ。
わたしの名誉に著しい瑕疵がついた。
エイスやリルドールさんならともかくわたしまでそんな名がつくとは……だいたいエイスが悪い。
「わたしのせいにしないでよ! こんな状態、わたしのほうが普通に嫌だからね!?」
やかましい。わたしのほうが嫌だよ。
・六日目
嫌だと言っても、飼い主としての義務というものがある。一度飼い始めてしまったら、そう簡単にほいほい捨てていいものではなのだ。飼育道というのはそう甘いものではない。
ということで、エイスの解放はしばらく後回しだ。なかなか逃げ癖が治らない。いまでも隙を見て逃げ出そうとしているのだから、鎖が手放せないのだ。ていうか、普通にエイス付きの鎖が有用すぎて手放しがたい……。
今日は他のクランとの交渉があるということで、探索は休みになった。
交渉相手は『雷討』だ。
国内でも最大規模のクランだが、なにせクランマスターであったライラ・トーハが世界を裏切ったのだ。その余波を受けて、内情は荒れに荒れている。
そのまま内部崩壊してもおかしくなかったのだが、どうやらセレナさんがクランに戻るらしい。その挨拶に、ということでわたしたち『無限の灯』の幹部メンバーが向かうことになった。まあ、幹部も何も十人もいないクランだけど。
それで、リルドールさんとコロネル、ヒィーコ、カスミ……までは分かるんだけど、なぜかわたしも同行を求められた。さすがにエイスは鳥かごに入れておいて、わたしも挨拶に行く。ほぼやることはなく、隣で話を聞くだけだ。
どうやら『雷討』はクランマスターは空席のままにするらしい。古巣に戻ったセレナさんは、リルドールさんと話し合いがひと段落ついた後にふと呟いた。
「最初から、こうしておけば何か違ったのかもしれません」
そう寂し気につぶやいた真意はわからない。
話し合いの末、『無限の灯』と『雷討』は対等な条件で連盟の契りを交わすことになった。いまの『雷討』だったらいくらでもつけ込めるとは思うんだけど、交渉相手がセレナさんだ。
内容自体は、リルドールさんも不服はないらしい。
わたしも意見を挟むようなことはせず、話し合いが終わった後は部屋に戻った。ただいま、ピーちゃん。
「エイスだよ!」
エイスはツッコミのキレがいいから、思わずボケたくなる。
・七日目
今日は休養日。
だがカスミに大事な話があると言われた。何だろうと招かれてみれば、真剣な顔で待ち構えていたカスミにこう切り出された。
「私、後方に下がろうと思うの」
後方に? つまり、それは後衛になるということだろうか。
カスミは高火力の後衛にもなりえる。その相談かと考えたが、もっと本質的なことだった。
「違うのよ。……迷宮に潜るのを辞めようかなって、そう思うの」
衝撃的な話に、わたしは何も言えずに押し黙った。
「少し前にリルドールさんに提案されたの。事務方に移行するのはどうかって。ここ数日考えてみたんだけど、悪くないかなって思うのよ」
嫌だ。悪いに決まっている。
その言葉がのどから出かかった。
わたしは、カスミが誘ってくれたから冒険者になったのだ。そのカスミが裏方に回るなんて、それは嫌だ。
「正直、冒険者としての私の実力は頭打ちになってるって自覚もあるのよ。私は結局……七十七階層には、付いて行けなかった」
それは……。
エイスとわたしが行けてしまって、カスミは辿りつけなかった。
違うと言いたかった。でも言えなかった。わたしの心のどこかが、冷静で感情を排した判断力と呼ばれる冷酷さがこう言っている。
「時間をかければ、わたしも七十七階層には行けると思う。でもきっと、わたしはそこ止まりだわ」
カスミの自己評価は、正しいと。
ぐっと下唇を噛みしめる。わたしは、こういうわたしが嫌いだ。
カスミが裏方に回るというなら、今度も誘ってほしかった。もしカスミが後方に下がるというのなら、一緒に私も誘ってほしかった。
けれども、カスミの口からは期待とは違うものが出てくる。
「わたしが引退した後は、次のパーティーリーダーはウテナにお願いしたいわ」
……そんな言葉、ほしくなかった。
その夜、ペットのエイスに餌をあげながら今日のことを愚痴った。カスミ引退するって言うの。どうしよっか、ピーちゃん。
「いや、相談するのはいいんだけど……割と真剣な話だし、普通に名前で呼んでよ」
鳥はしゃべらない。これは相談じゃなくて、ただの愚痴だ。なので、鳥の鳴き声に取り合うつもりはなかった。
「……ね、ウテナ」
なに。
鳥かごに背を預けて膝を抱えるわたしに、エイスの優しげな声が降ってくる。
「泣くなら慰めてあげようか?」
……うっさい。こっち見んな。黙って鳥かご入ってろ。
「ひどいなぁ、もう」
エイスは苦笑して肩をすくめた。鳥かごの隙間から手を伸ばして、生意気にもぽんぽんとわたしの頭を撫でてくる。
「泣いたら、気分がすっきりするよ?」
」
……さすが泣き叫ぶプロは一味違う。
その夜、わたしは久しぶりに、ちょっと泣いた。




