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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
五章

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第百五話 コロネル



 初めて、人を殺した。

 怪人を自称した彼は、俺は人間じゃねえよと笑うだろう。事実、人をやめたクルック・ルーパーは遺骸すら残らず塵へと変わった。

 でも、彼は人だった。

 今まで魔物と戦ってきて、あるいは野生の獣をこの手でかけた。魔物の中には人並みの知性を持つ者もいた。

 それでも、人を殺したのは初めてだった。

 リルは手に残った感触に震えていた。ヒィーコは苦い顔をしていた。刃を握ることのなかったアリシアは、何も言えなかった。

 そして、彼を手にかけたもう一人。


「っぁあああああああああああああああ!」


 突如、絶叫が響いた。

 コロだ。殺した彼に最も親しかった彼女は、吠えた。胸にあるあらゆる想いを押しとどめられずに吐き出し響かせた。

 同時に縦ロールで炎が燃え上がる。コロの巻いた髪が、姉からもらった白い炎に変わる。質量をもった白炎。時に剣に時に龍にと変わる真っ白く輝く炎の中で、いつもと違う色の炎が点火した。

 いつもは、コロの髪の色と一緒のきれいな赤い炎。いままでは一点の濁りもなかったピュアレッドの炎の色調が濃く、暗くなる。

 リルの輝きを見た時の、純粋無垢な明るさではない。人を殺したのだ。そんなにキラキラした想いのままではいられなかった。汚泥のように黒く粘る感情が、コロの想いに交じる。純粋な憧憬に傷をつけられ、にじむよう黒い血が混ざった朱殷しゅあん色。コロの髪の中で、強く燃え上がる炎はそれでも光を放って輝く。

 コロは、人なのだ。誰かを憎まない心なんてない。自分勝手な行い振り回されて憤らないわけがない。人間は、いつまでもたった一つの純粋なままでなんていられない。ひどいことをされたら、怒る。


「おじさんのぉッ」


 怒りのままコロは叫び泣き、感情に呼応した炎が背中にある大剣に絡みつく。明るい白炎と暗い朱炎が右と左に分かれて、ミスリル合金の剣に注ぎ込まれる。

 魔を滅するはずのミスリルは、しかしコロの想いを拒否しない。銀の刀身にコロの二種の炎を受け入れる。

 己の炎を注ぎこんだ大剣を、コロは引き抜く。そして目に前にあった樹に向かって振り上げ、思いのたけをたたきつける。


「ばぁああえああああああああああか!」


 爆炎を散らした一撃は、しかし七十七階層の一部としてある大樹を傷つけることはできなかった。セフィロトシステムにより守られた樹。セフィロトシステムより生まれたコロはまだそれを超越していないという証明かのように、正史を実らせる樹は揺るがず、打ち砕くことはできない。

 コロは荒く息を吐いて、肩を上下させる。

 今の一撃には、意味はない。ただの八つ当たりだ。どうしよもなく、激情を抑えきれなかっただけだ。

 それでも自分の力不足の証明が、なおさら悔しかった。


「……コロ」

「リル様」


 そっと声をかけてきたリルに、コロは力強い声を返す。

 コロは泣いていた。クルック・ルーパーをその手にかけたコロは、荒れ狂う雑多な感情の嵐に嗚咽を堪えていた。感情のままに全力を振り下ろして、それでも収まりきらない思いがあった。

 親しい人だった。ひどい人だった。強い人だった。どこまでも自分勝手な人だった。死者のために他人を殺した所業は、決して許してはいけない行いだ。怪人となった彼は、どうしようもなく悪い人だった。

 それでもなお、尊敬できてしまう人だった。


「わたしは忘れません……」


 涙をぬぐわず隠さず流し続け、大剣を背中に戻したコロは一握の塵と共に唯一残った双刀を拾い上げる。

 それはクルック・ルーパーが振るった刃。彼の壮絶な生涯に寄り添った一対の刃だ。

 両手に彼の刃を握ったコロは不壊と名高い迷宮の床を、それがなんだと睨み付ける。コロの一撃では、セフィロトシステムに傷はつけられなかった。でもコロは知っている。この双刀に貫けないものなどない。誰よりもコロはそれを思い知っている。

 勢いよく迷宮の床へと突き落とす。

 双刀の二本は、迷宮の床を貫いた。


「わたしが、忘れません」


 双刀が突き刺さった床は、見る間に再生する。迷宮は意図なきセフィロトシステムに従い穿たれた傷を直してふさがる。再生する床と突き刺さった刃が同一化した。わずかな隙間もなく床と同化した刃を抜ける人物は、もういないだろう。

 残った塵すらいつか消えてなくなる迷宮で、決して朽ちぬミスリル合金は墓標だった。


「絶対に、絶対に忘れません」


 塵になった彼の墓標を立てたコロは、いままでの彼女とは違う強さを響かせる。純粋無垢で真っ直ぐだった少女の顔ではない。苦痛を、苦難を、苦慮を知り、この世のままならなさに傷をつけられた彼女は、リルに、ヒィーコに、アリシアに、逝ってしまったあの人に、思い知らせるために声を出す。


「この迷宮を踏破してみせます。それで、この世界の外に出てみせます」


 イアソンのためではない。彼が望んだその人のためではない。自分勝手に死んでしまった彼の意思を継ごうだなんてコロは思わない。だってコロは、結局イアソンのことを名前しか知らないのだ。その名前を忘れることはきっと一生できないが、イアソンの名前を忘れられない理由は、あまりにもすごかった彼が原因なのだ。

 だから、いいじゃないか。


「それで、もう一回、叫んでやります」


 クルック・ルーパーは自分勝手だった。自分勝手に生きて、自分勝手に死んでいった。人に自分の望みばっかり押し付けて、そのくせ自分のことなんてなにも考えていなかった。だからコロだって、彼の言うことなんて聞かないで、自分勝手に彼のことを想うのだ。

 リルへの憧憬のような、純粋無垢なきれいな想いではない。コロの胸に燃えた感情は意趣返しのような、少し遅めの反抗期のような黒い感情で、でも前に進む負けん気を生み出す力強い気持ちだった。

 赤黒い朱殷の炎。

 刻まれた傷口から流れる血を燃やすような、生涯消えぬ新たな想い。かつて死んだ親友の名を立てるために誓ったクルック・ルーパーのために、コロは毅然と前を向く。

 コロの決意。いつもリルのためにリルの横を選んで歩いていたコロが得た、リル以外の動機。それを燃やして、彼女は宣誓する。


「あの人がどんなにバカで、すごい人だったかッ。わたしの声で、世界の外まで鳴り響かせてやるんです……!」


 イアソンよりも何よりもクルック・ルーパーその人が、どんなにすごい人だったのか。

 バカ野郎と叫んで、世界を超えても消えないほどの伝説として残してみせるのだ。


「そんなわたしでいいですか、リル様」

「……ええ」


 リルの知らないコロだった。

 一つ大人になったコロを、リルは眩しく目を細めて受け入れる。


「もちろんですわ、コロ」



 ***



 地上に戻ったリルたちは盛大な歓声でもって迎えられた。

 クルック・ルーパーにトドメを刺した映像は世界に流れたのだ。その前後を知らない世界は、リル達こそ新たな英雄だと熱狂している。

 クルック・ルーパーの凶行に揺れていた王国はいち早くリル達を王宮に招き、功績をたたえた。特例としてヒィーコにはミスリルの槍が与えられ、彼女らの栄光は大々的に祝われた。リル達はそれを英雄にふさわしい厳かさで受け入れ、祝典はつつがなく終わった。

 その式典の帰宅の後アパートの最上階に帰ってきたリルたちを、アリシアは迎える。


「お帰りなさいませ、お嬢様、コロネルさん」

「ええ、帰りましたわ」

「ただいまです!」


 そういいながらも、リルたちはすぐに出立の準備に取り掛かる。

 最近はいつもこうだ。自分たちのクランの運営に他の冒険者たちとの調整にと、迷宮の奥に進むことをより一層励んでいる。


「迷宮に、向かわれるのですか?」

「ええ」


 アリシアの問いに、リルとコロはあっさりと告げる。


「ちょっと、世界に思い知らせるために」

「少しばかり、世界を救いに行くために」


 同時に言った少し違う言葉に、リルとコロは顔を合わせて微笑み合う。

 目的は違えど、歩む道は同じ。そんな二人を見て、アリシアも不思議と穏やかな気分になる。リルもコロも、いつまでも子供のままではない。でも、大人になっても彼女たちは一緒の道を歩むのだ。


「では、行ってまいりますわ」

「行ってきます、アリシアさん!」


 世界を見捨てろと言ったが、なぜそんなことをしなくてはいけない。自分勝手な彼の言葉なんて知ったことかと、少女たちは進むのだ。

 あまりにも悪党だったクルック・ルーパーの死を見届け、その意思を知っているからこそ、アリシアは留守を請け負うのに不満はない。


「はい。いってらっしゃいませ」


 リルたちの出立に微笑み、憂いなく、アリシアは一礼をして彼女たちを送りだした。

第五章、完となります。

かっこいいおっさんを書きたかっただけの五章でした。

リルの成長という面で、五章では自分と直接関係なかった人たちまでの視野を広げることができて、どこからどう見てもスーパーサイヤリルです本当にありがとうございましたみたいな魔法を習得したりもしました。


とはいえ、四章五章はコロに焦点を強めに当てています。四章ではリルとコロ、五章ではコロとクルクルおじさんという形です。

あからさまに美少女動物園なこの小説で、おっさん大活躍とか誰得だよと思いつつもカニを乗り越えた読者様ならへーきへーきと信頼してぶっこみました。

ちなみに三章越えを謳った五章、構成はほぼ三章と一緒になっています。狙ったわけではなく、作者がワンパターンなだけです。実際三章を超えられたのかは、ここまでついてきてださった読者様各々の感じ方しだいでございます。


以下、各人物の軽い捕捉です。


・クルック・ルーパー

『負けない敵』としてのロマンを詰め込んだ悪役。最終的に倒せはしたけれども、勝てなかったという相手です。

能力的に格上の相手。レベルを引き下げて、連戦の末全身ボロボロに傷つけて、リルたちがパワーアップして、それでもなお勝てない。そして彼自身が望んだ最後も、リルたちにとって決して後味よいわけではない。おかげで爽快感のない章になったとは自覚しています。

でも作品に一人くらいそんな相手がいてもいいんじゃないのかなと思います。


・イアソン

あくまで、名前が記された大英雄。

どんな人物かは語りませんが、超負けず嫌いな男でした。


・ルシファリリス

ツンデレ。ツンデレ魔王。出会い当初はツンツンで、攻略後にデレデレになるタイプのツンデレ大魔王。



次で人気投票の結果発表をして、六章に続いていきます。

六章は、二章越え。つまり皆様ご察しつつある六章のボスが、大鎧イノシシを超えればいいのです!


あと二章になりますが、これからのリルたちにお付き合いいただければと思います。

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【書籍情報ページ】

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――作者の他作品――
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