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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
五章

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第百三話 一刀胴断


「ぁ、あ……ああ……!」


 倒れた大切な人達を見て、アリシアの喉から嗚咽が漏れる。

 三人が三人、全力を出し尽くした。命を燃やすような戦いは、アリシアの心を動かした。勝って欲しかった。報われて欲しかった。自分は何の助けにもなれないけど、祈って叫んで声を届けることしかできないけれども、それでも勝って欲しかった。

 でも、負けてしまった。

 あんなに、あんなに振り絞ったのに、それでも及ばなかったのだ。

 悲しいのか、悔しいのか、恐ろしいのか、思いがごちゃ混ぜになった涙を流しアリシアにクルック・ルーパーが近づいてくる。宣言通り魔物の餌にされるのか、アリシアはクルック・ルーパーがぶら下げた刃の輝きを見つめる。

 彼は無造作さに一振り。

 アリシアを拘束していた戒めが、切り落とされた。

 解放されたのだと、一瞬理解できなかった。なぜと見上げるアリシアに、クルック・ルーパーは無言のままアゴでリルたちを示す。真意は知れないが、是非もない。彼女は倒れたリルに駆け寄った。

 彼女たちが流した血の海。そこにためらいなく踏み入り、血で汚れるのも厭わずに改めて状態を確認する。

 そんな彼女にクルック・ルーパーが近づく。アリシアは、涙を散らした瞳できっとクルック・ルーパーを睨み付けた。


「……ははっ。そう睨むなよ」


 暴力を持たずとも強い女の視線を受けて、クルック・ルーパーは苦笑い。胸ポケットから冒険者カードを取り出し、アリシアの足元にゆっくりと放る。


「これを使え。三百年前に溜めた奴が丸々残っていやがるんだ。三人分、ゆっくり癒す程度には経験値が余ってるからよ」


 アリシアの瞳が逡巡に揺れた。

 相手は信用信頼から最も遠い悪党だ。何か罠にでも嵌められているのではないかと思って当然だった。

 なんの保証ない助けの手に、アリシアは下唇を噛み締める。だがそもそも、選択の余地などない。


「どうした? 早くしなきゃ、見殺しだぜ。ああ、他人でも使えるようにロックは外してあるからそこは気にすんな」


 クルック・ルーパーの言う通りだ。冒険者カードの細かい機能はさておき、アリシアでは三人を助ける術はない。それが悪魔の誘いだとしても、助けるためには彼の甘言に乗るしか手段は残っていないのだ。

 こうなっては、自分などどうなってもいい。そう決意し、たどたどしい手つきで冒険者カードを操作する。慣れないアリシアではリルたちのように、冒険者カードを思考操作など出来ない。つっかえつっかえ、それでも必死に急いで、まずヒィーコから。

 真っ先にリルを癒さなかったのは、もし罠があった場合を警戒していたのだろう。一番親交が薄いヒィーコで安全かどうか確かめたのだ。

 無意識でやっている取捨選択と優先順位。実に女らしくしたたかで感情に忠実で慎重な姿勢。でも、だからこそこんな極限状況でも大切なものを放り出さずに考え動くことができるのだ。

 むき出しになったアリシアのふるまいをクルック・ルーパーは好ましく眺める。


「いい女だなぁ。あと三百と十年若けりゃ、口説いてたかもな」


 ふざけたクルック・ルーパーの態度にアリシアは取り合わない。無事に傷が治ると知れば、リル、コロの順で癒していく。

 無事に傷は治った。あとは目を覚ますのを待つだけだ。ほっと一息ついてへたり込んだアリシアは、クルック・ルーパーを仰ぎ見る。

 結局、何事もなく命をつなぐことができた。


「どうしてお嬢様たちを……殺さなかったんですか?」

「ははっ。そんなの簡単さ」


 あれだけの傷を刻んでおいて、救済の手段を無償で相手に受け渡す。最悪の殺人鬼が、結局はリルたちにとどめを刺さなかった不自然を問うアリシアに、クルック・ルーパーは笑う。


「こいつらに頼みたいことがあるんだよ。負かして思い知らせることが目的で、死んでもらっちゃ困る。だからわざわざ、こうやって瀕死でも治せる迷宮におびき寄せたんだ」

「頼み?」

「ああ、それは――」


 彼が続けて何かを言おうとした時だった。

 不意に、クルック・ルーパーの背後に人影が現れる。

 クルック・ルーパーの肩越しにアリシアの瞳が捉えたのは、黒髪黒目の小柄な少女。扉を開けて入ってきたわけはない。その人物は唐突に七十七階層に出現した。魔物が生まれるように地面から出てきたのだ。

 それは大陸最強と謳われ、そうして堕ちた英雄ライラ・トーハだった。


「あんた、クビだって」

「――あぁ?」


 前触れなく現れた彼女は雷を鋼鉄にして雷霆を生み出し、それを投げた。

 クルック・ルーパーは反応した。アリシアの驚愕を見て、瞬時に自分の背後に誰が来たのか悟る。もろもろの疑念を浮かべるよりも早く体と思考が対応できるのは、彼がそれだけ戦いに生きてきたからだ。

 半身に体をひねったクルック・ルーパーは刃を振るい雷霆を迎撃しようとして、しかし、もう腕が動かなかった。

 限界に次ぐ限界を行使して酷使しきった体は、クルック・ルーパーの強靭不屈の精神についてこられなかった。彼の意思に反して迫り来る雷霆に、反撃も回避もできずに終わる。

 雷霆が、彼の胴体を貫通した。


「ぁ」


 漏れた声は、アリシアのものか、それともクルック・ルーパーのものだったのか。

 雷霆が、その熱量を解放する。


「がッ!?」


 瞬いた閃光に、アリシアは思わず手に持っていた冒険者カードを放り出してしまう。体の内から雷撃で焼かれ、おかしな声がクルック・ルーパーの喉を突いて出る。

 ふらりと足がよろめいた。どうっと巨体の崩れ落ちる音がした。不死身かと思われた男が、とうとう倒れて転がった。


「……」


 半ば炭と化した男を、ライラは見下ろす。ぴくりとも動かないのを確認し、次に視線を移した先には、倒れるリル達三人とその前にいるアリシアだ。


「ら、ライラ・トーハ……?」

「そうよ」


 疑問符はついたが、彼女はアリシアでも知っている英雄だった。彼女がトーハとともになした大功は世界に鳴り響いて周知され、何より彼女が映像とともに世界を裏切った衝撃はあまりにも記憶に新しい。

 ライラは足元に転がったクルック・ルーパーの冒険者カードを拾い上げ、一歩、リル達に近づく。

 後ろにリルたちをかばうアリシアは、びくりと震えた。


「そんなに怯えて、どうしたの? 悪い人を退治しただけよ?」


 穏やかな口調でライラがアリシアを優しくなだめる。

 確かにその通りだ。クルック・ルーパーにとどめを刺した。それは何一つ悪いことではなく、世界に讃えられて称賛されるべき功績だ。


「冒険者じゃないみたいだし、殺生が怖かった? それとも……ああ、あの時の映像を思い出してるの? だったら仕方ないとはいえ、誤解させちゃったわね。あれは演技。フリよ。こいつがあんまりにも厄介だったから、懐に潜り込んで油断させるための策だったの。ほら、上手くいったでしょう?」


 そうだと言われれば、なるほどあり得ない話ではない。事実ライラはクルック・ルーパーに致死の攻撃を撃ち込んだ。それを策略だと説明されれば舌のやり取りでは否定しきれない。

 にこやかに辻褄の合う理屈を語るライラに、アリシアはごくりと唾を飲み込む。


「リル様たちを、ど、どうするんですか……」

「どうするって……そうね」


 一瞬だけ無表情になり、ふいっと右斜め上の宙に視線をやったライラがすぐにアリシアへ視線を戻す。にこりと微笑んで、一言。


「コロナちゃん達を、助けてあげようと思ったの」


 嘘だ。

 アリシアは直感した。こんなわかりやすい嘘、コロとリル以外につく人がいるんだと、いっそ新鮮な気持ちすらした。


「だから、どいて? その子たち、あなたじゃ運べないわよね。わたしが迷宮の外まで運んであげるわ」


 どかなかった。

 アリシアは恐怖を堪えるためにぎゅぅっと目を閉じて、それでもリルたちを守るように上に覆いかぶさる。なんの助けにもさしたる時間稼ぎにもならないかもしれないが、それでもここからどくもんかという意思を示す。

 まるで動く様子のないアリシアを見て、ライラの瞳に煩わし気な色が浮かんだ。

 ふう、とため息。ライラの掌から、ばちりと帯電の火花が散った時だった。


「一刀――」


 ゆらりと、ライラの背後で巨漢が立ち上がった。立ち昇る気配にライラがハッと振り返るよりも、相手が刃を引き抜く方が早い。


「胴断」


 一閃。刃が閃光と瞬き、空間に線を刻むような寸断がなされた。

 予想した衝撃がこず、おそるおそる目を開いたアリシアが見たのは上半身と下半身が真っ二つになったライラの姿だった。


「……ちっ」


 ライラの上半身が舌打ちをした。

 紫電が弾けた次の瞬間には、離れた場所で元通りになっている。ただダメージは入っているようで、苦痛に顔を歪めている。


「痛いわね……死にぞこないが何してくれんのよ」

「はは! なんだよ、予想よりも早かったな。おじさん、びっくりしたぜ」


 やはりこいつは不死身なのか。腹に焼け焦げた穴を開けたまま、それでもクルック・ルーパーは二本の足で立って笑って刃を構える。


「女のくせに演技が下手っぴだな。人を騙す時には、もっと堂々としなきゃいけねえぜ。……それにしても、やたらと早いな」

「あの猫、人間を管理者に転化するのは二回目だから、早く終わったって言っていたわ。あんたの始末が、私の初仕事ね。管理者権限の乱用……あれだけ好き勝手して、バレてないと思ったの?」

「バレるとは思ったさ。あと一日は保つと思ったんだが……まあ、いいさ。あんたも立派に化け猫の犬に成り下がったようで、何よりだ」


 激情が、ライラの瞳にほとばしる。

 だが暴発することはなかった。彼女自身に自覚があるのだろう。ライラの黒瞳がクルック・ルーパーからそらされる。


「あんたが、誘ったんでしょうが」

「その通りだな。それで、今度はあんたが俺と遊んでくれるのかよ」

「……いいえ」


 ライラは手の中にある冒険者カードの感触を確かめる。

 七十七階層主から外すには命を奪うほか方法はない。だが冒険者カードを取り上げたからにはクルック・ルーパーに傷を治す手段もない。万が一リル達が目覚めたところで、リルたちも自分たちの傷を治すために経験値を目いっぱい使っている。彼を助ける手立ては、ない。

 死んだかどうか、冒険者カードが崩れれば確認できる。ただ最後に、同じくして化け猫の犬に成り下がった先達に一言だけ。


「あんた、死んでも魂の救済はないらしいわよ」

「そうか、ありがてぇ。最初っから、あの化け猫の救済なんざいらなかったからな。せいせいするぜ」

「……そう」


 荒れ狂う手負いの獣ほど面倒な相手はいない。死兵の相手などまともな人間だったら絶対にごめんだ。相手がひん死の重傷ならば、放置すればいい。死から逃れえない傷を負った男から、ライラ・トーハは逃げることを選択する。

 彼のついでにコロを、そのついでのついででリルとヒィーコをしとめようかと思ったが、最大の目的は果たしたようなものだ。長居をする理由はない。


「じゃあね、クルック・ルーパー」


 別れを告げると同時に、彼女は消える。

 階層主の管理者権限。己の管理する階より浅い階層を自在に行き来できるテレポートだ。

 アリシアはまだ体から煙を上げているクルック・ルーパーに声をかける。


「だ、大丈夫ですか……?」

「ああ……俺か? 気にすんな。もう手遅れだ」


 ただでさえ全身ボロボロだったところに、ライラの雷霆が突き刺さったのだ。皮肉にも傷口は焼けて出血はないが、そんなものは慰めにもならないような状態だ。

 だが彼は、自分の生死など問題でもないというような口ぶりだった。


「手遅れって……」

「そのままだよ。俺はもうじき死ぬ。自分の体のことは自分が一番わかってるさ。いくらなんでも無茶しすぎたな……いまも、やせ我慢をしてるだけだしよ」


 言いながら、ヒィーコに近づき上体を持ち上げる。肩甲骨の間に膝を入れ、両肩に手を置いた彼を止めようかアリシアが迷っているうちに、クルック・ルーパーはぐいっとヒィーコの肩を引き寄せる。


「っ!? ぁがっほ!」


 ヒィーコが咳き込み目を白黒させながらも意識を取り戻す。やや乱暴だが、失神した人間の意識を戻す気付だと悟る。

 クルック・ルーパーは続いて、リル、コロと気付けをしてたたき起こす。


「あ、あれ、あたし生きてるっすか?」

「っぶふ!? な、なにが……」

「び!? こ、このびっくりして起こされるやつは……よくクルクルおじさんにやられていたやつの感覚です……!」


 経験からいち早く答えを出したのはコロだった。四人の視線を集めたクルック・ルーパーは、彼らしくニヤリと笑った。


「はっはっは! 起きたんなら、最後の答え合わせをしようぜ」

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【書籍情報ページ】

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――作者の他作品――
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