第九話
リルとコロが入った瞬間、冒険者ギルドが確かに一瞬だけ沈黙した。
だが、それも無理はないだろう。
それだけの威力が、二人の格好にはあった。
一人は先日に来た見るからに貴族っぽいお嬢様だ。ドレス型の乗馬服を着こなし腰にレイピアをつる下げただけの姿は前回から変わらず、冒険というものを舐め腐っているとしか思えない格好のリルであり、相も変わらず五本の縦ロールを揺らしていた。
そしてもう一人。
そこに赤毛の美少女が加わっていた。
身ぎれいにしたコロもまた、リルと同じくらい周囲の視線を集めていた。
なにせ素朴ながらも明るい美少女である。すらりとした小鹿のような手足。まだ子供といえる年齢とはいえ、そこには気さくで庶民的な魅力があった。
だが、コロに視線が集まったのはそれが理由ではない。
大変残念なことに、昨日は軽く括ってまとめていた髪が、いびつな一本の縦ロールになっているのこそが注目を集めている理由だった。
せっかくの素晴らしい赤毛だというのに、くるくると回っているその髪形は頭に異常に長めのコロネパンをくっつけているかのように不自然だ。周りから見れば「どうしてそんな髪形にした」としか言えないが、本人はいたってご満悦である。
もちろんリルの仕業だ。一応コロがねだった髪形ではあるが、そもそもの影響がリルなのだから言い訳のしようもない。
そんな二人が並んでいるとどうなるか。
目立つ。
恐ろしく目立つ。その髪形が明らかに悪目立ちをしていた。縦ロールの二人組など、いまだかつて冒険者ギルドに踏み入ったことはないと断言できる異質な存在である。そんなものが入ってきて目立たないはずがなかった。
そして、そんな異端の二人は周囲を気にすることなく受付に直行する。
「いらっしゃいませ――赤毛?」
セレナがきょとんと言葉を途切れさせた。髪の色より縦ロールに反応しろよと周囲は思った。
リルは相手が昨日と同じ受付嬢だと気がつき鷹揚に頷く。
「ええ。薄汚れていたのを洗ったら、なかなか見れる色になりましたわね」
「えへへ。水浴びはともかく、お湯に浸かったのは久しぶりでした」
「……そうですか」
二人の驚異の髪型に騒めきおののく周囲に対し、受付嬢はクールだった。奇抜になったコロの髪形を見てもそれ以上の動揺した様子は見せず、淡々と業務を遂行する。
そうして記帳を終えたリルたちの予定を見て、わずかに眉根を寄せた。
「――五層、ですか」
「そうですわよ。わたくしはレベル十五。コロネルも昨日でいくつかレベルを上げましたし、いくらか使えることも確認済みですわ。何か問題がございまして?」
「……いえ」
一瞬だけ押し黙った受付嬢は、ちらりとコロに視線を飛ばす。
受付嬢の業務には、不相応な階層に挑む冒険者を止める役目もある。
セレナは、前回の二人の戦績を把握している。冒険者カードに蓄積された経験値や素材を見れば、おおよその魔物の討伐数や質は把握できる。そこから冒険者の実力を逆算することも可能なのだ。
そしてセレナはライラとの会話も思い出していた。それらを総合的に鑑みて、判断する。
「リルドール様は、今回もコロネル様とご一緒で?」
「そうですわよ」
「なら問題ありません。お気を付けください」
コロにリルがついているからではなく、リルにコロがついているから平気だという判断だからこその言葉。
その真意には気がつかず、リルは迷宮に挑んでいった。
二人の迷宮探索は、快進撃といってもよかった。
一層から五層まで、ほぼ敵なしと言っていい。まだまだ低層で小動物じみた魔物しか出現しないとはいえ、それでも初心者であるならば多少はまごつく。何かしらの問題は起きるし怪我だってする。
しかし、二人にそういった様子はなかった。
それは、まだ素人といっていいはずであるはずのコロの働きが大きい。
「意外と楽勝ですね、リルドール様!」
「そう、ですわね」
迷宮の五層で嬉しそうにはしゃぐコロが、剣を振るって吸血コウモリを真っ二つにする。
空中をはためく魔物は対処がしづらい。初心者がまず躓くその相手に、コロは何の問題もなく対応して瞬殺していた。
「コウモリってぱたぱたしてますけど、ひゅんって感じの燕を切るのに比べれば、なんてことないですね」
どういう生活をしていたら燕を切る羽目になるか。わけのわからないことを言いながら、コロはまた剣を振るう。
コロが吸血蝙蝠の群れを一手に引き受けていたために、リルはやることがない。手持無沙汰気にコロの活躍を見ていたリルは、ふとはぐれの吸血コウモリを見つける。
コロの注意がこちらに向いていないことを確認したリルが、レイピアを振るう。静かに、リルなりに狙いすました一撃だった。
「……くっ」
そのレイピアを吸血コウモリは嘲笑うかのようにすり抜け、群れている仲間に合流していく。
さらに一匹増えた群れの吸血コウモリだが、コロは問題にした様子もない。剣を振るって瞬く間に駆逐していく。一撃必殺という言葉がふさわしく、はためく吸血コウモリ相手に剣線を外すことはなかった。
「……」
それを見て、リルは唇を嚙みしめる。何かをこらえるようにして、ぎゅっとレイピアの柄を握りしめる。
またじわり、と染みるようにリルの心に広がった感情。黒く汚らしく、自覚したくない思い。
それを抑えつけるようにして、リルは強く強く拳を握りしめた。