小話集(夏のヒヨコ)
“立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花”
公立高校ながら、地域でも三大女子高として名高い高校がある。
すれ違う学友と優雅に挨拶を交わし、花を愛でる姿は絵になる。
舞台女優のように美人とまではいかないが、愛らしい少女達は無垢に笑いかける。
「おはようございます」
「こんにちは」
「さようなら、また明日」
これは無垢な花々の一コマである。
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公立ながら駅から近く、のどかな住宅地と自然豊かな土地に恵まれた、瑞波女子高等学校。
生徒一人一人は個性豊かな面々が多く、女子高ならではの力強さがある。
もちろん、芍薬と例えられるほどのたおやかで、しなやかな優しさを持っている。
夏真っ盛りな今日この頃。例年の猛暑により公立ながら教室にもクーラーを設置するほど、体が堪える。
その暑さはこの美術室も例外ではない。
四階建ての最上階の一番奥、日差しをダイレクトに受ける部室兼美術室は初夏ごろからとんでもない暑さとなる。授業中は、クーラーを付けるのだが部活中ともなるとそうもいかない。
特に、作品に使っている油絵の具が締め切りになると頭が痛くなってくるのだ。
空気の循環の悪いこの部屋には、壊れて使えなくなった換気扇がオブジェと化している。
あれさえ直っていれば・・・幾分か違っていたのだろう。
秋に行われる文化祭に向けて、作品制作に勤しむ我らが美術部員だが、大半がこの常夏の夏休みを避け、夏休み前に制作に見通しを立てていた。
だからこそ現在、部室にはたった二人しかいない。
少しでも暑さを抑えようと、電気を消し、家庭用の物より数段大きい巨大扇風機をかけ凌いでいる。
「あ”ぁ~、暑いよ~」
そんな生命線である扇風機の前で数時間陣取っている友人、小林紘奈は扇風機に向かいながら暑いよと繰り返していた。
図書委員の活動で文化祭での紙芝居が決まった為、一度図書室へ赴いて帰ってきたのだが、先程から彼女の作品が進んでいる様子がない。
それどころか、身に着けていた制服のスカートが体育用の短パンへ変わり、制服のワイシャツはだらしなく前を開けていた。短パンに至っては裾を極限まで捲り上げている。
「ピヨさん、ピヨさん、みっともないですよ」
開け放たれたドアから呼びかけると、彼女は椅子にみっともなく背もたれながら「おかえりー」と言ってきた。
同級生の彼女は、小柄なわりにパワフルで元陸上部の少女だ。長身な私にとって、ちょこまかと動き回る姿がヒヨコのようで、いつの間にかピヨというあだ名が定着していた。本人も満更ではないようで、自らアレンジして使っている。
「だっで~、暑いんだもん~」
「暑いって言ってもさ、扇風機にあたりながら言うのはどうかと思うよ」
幼い頃、扇風機の前でやった宇宙人ごっこのように、いつまでもダミ声を発している姿は彼女をさらに幼く見せる。自由奔放、猪突猛進。彼女はそんな言葉がよく似合う。この美術部に入部したのも昨年の7月頃になる。流星のごとく入部届けを提出に来た姿は、呆気にとられるほど騒々しいものだった。
彼女曰く“何かが頭の中に舞い降りたから入部した”のだそうだ。
入部してからメキメキと腕を上げ、今では絵の教室にまで通うほどとなった。
進学先は美大に行くとのことだ
「あ~残念だな~、頑張っているピヨの為にアイス買ってきたのに」
「なんだって?!」
右手に掲げていたアイスを目にし、一目散にこちらへ駆け寄ってくる姿は、やっぱり小動物の様で可愛らしい。
その姿についつい甘くなりがちな私は、部内では度々お母さんといわれるようになってしまった。
趣味で作っていたお菓子もピヨが喜ぶもんだから部室へ持っていくようになり、度々部室でお茶会が始まってしまうほど定番化してしまった。
その時は、どこからともなく紅茶のティーバックが出てきて、お湯が用意され、終いには先ほどまでいなかった顧問の先生まで参加している。
先生曰く、休憩も大切よ!とのことだが、本当にそんなんでいいのだろうか・・・。
チョコとバニラのどちらがいいかと言い、ピヨがチョコ!と答えるとチョコのアイスバーを差し出した。
受け取り包装紙から口に含んだ時、彼女から湧き出てくる幸せオーラが買ってきてよかったと思わせた。
「もうすぐ終わりそうだけど、まだ終わらないの?」
「えー、だってもったいないじゃない!」
彼女は慈しむように作品を見つめた。
「私が生み出した私の作品だもの。もっと丁寧に仕上げたい」
何度も何度も作り直したパレットの色は鮮やかで、キャンパスの色彩はどこまでも豊かだ。
彼女の作品を初めて見た時、敵わないと思った。
自分にはこんな色は出せないし、こんなに作品を慈しめない。
自分よりも周りよりもはるかに秀でた存在。
自分の中で漠然と出ていた美大への道も、諦めることになったけど後悔はいない。
だって彼女と彼女の作品に出合えたからこそ、得られることがあった。
ずっと大切なものを教えてくれた。
夏の日差しは陰ることを知らない。
まだ夏休みは始まったばかりで、しばらくここに通うことになるだろう。
今度はタッパいっぱいの牛乳寒天でも作ってこようかな?
「元気出た?」
「出た!!」
弾ける様な笑顔で答える彼女は、アイスの棒をゴミ箱に入れ作品へと向き合った。