深夜2時の電話 3
「…こーんないきさつで、私と藤沢君は別れたのでした。めでたしめでたし」
「いや、めでたくないんじゃないかな」
昔話風に締めた私に律儀につっこみが入る。いいじゃない、もう半年も前のことなんだから。
半年前、私にとっては衝撃だったあの別れ話のあと、思ってもみなかったことがたくさん起こった。
今日のこの大会もそのひとつ。平日で制服着てるのに新幹線でおでかけって、なんとなく不思議なかんじ。
「本当は藤沢かこいつかって悩んでたんだけどな。あんなことがあって、どうせならこいつにってな」
先生思いっきり私情挟んだ選考理由じゃないですか。いやいやそんなことは、と先生は言うけれど、あの時なぜか先生方まで励ましてくれたことが忘れられない。
「お前だったらもっといい男つかまえられるぞ!」って。あまり話したことない先生からも言われてびっくりしたなぁ。うちの学校の平和さが尋常じゃない。
「でも確かに、選んでもらえてよかったです」
おかげでこんな素敵な人と一緒にいられることができた。『大会の練習』という名目が無ければきっとできなかった。
「だよね、一之瀬君」
涼しげな表情。いつもの一之瀬君だ。
はじめは一緒に大会に出るのが一之瀬君と聞いて驚いた。それもあんなことがあった直後に。
でも話してみると、一之瀬君は思った以上に私と波長が合っていた。どうしても別れた彼のことを考えがちだった私にとって、一之瀬君を見ることは連鎖的に別れた彼の事を考えることにつながっていた。
どうしても一之瀬君と一緒にいると暗くなってしまいがちだった私に、一之瀬君は素敵な笑顔で話してくれた。
「今はそれでいいんだと思う。無理してもいいことないし、あんなやつの為に無理するなんてもったいないよ」
「それだったら、せっかくもらったこの機会を無駄にしない方に頑張らない?」
あんなやつの為に。その言葉が、すとんと胸に落ちてきた。
そうだ。あんな理由で突然振ってきたやつの為に、なんで私の時間をこんなにつかってるんだろう。
どうせ時間を使うなら、もっとしあわせになれることに使いたい。
どうせなら、それを合言葉に、私たちの練習ははかどった。工業科の私たちにとっての大会は、計算したり図面におこしたりと派手なものではなかったけれど、少しずつ前に向く元気をもらえる大切な時間だった。
そして大会当日、結果発表待ちのこの空き時間。私は初めて、一之瀬君にあのことを話すことができた。
一之瀬君と会った、あの朝のこと。
「そういえば、ちょっと気になってたんだけど」
「なに?」不意に声を掛けられてびっくりした顔の一之瀬君が私を見る。
「あの日、藤沢が『一之瀬が彼女に乱暴して』って言い訳につかってたんだけど、あれどういうこと?」
聞いた途端に渋くなる顔。いつもの涼やかなお顔が、大変なことになってる。
やっぱり聞かないほうがよかったかなぁ。そう思っていると。
「あれは…呼ばれて行ったらカノジョが酒飲んでて、思わず叩き落としたんだよ。それのこと言ってんじゃないかなぁ」
…それ、乱暴っていうのかなぁ。でも言いそう。だって、人のカレシにわざわざ泣きつく女の子だもんね。あんまり元カノさんのこと言いたくないけど。
それにその渋くなった顔。元カノさんの悪いとこ、言いたくなかったんだろうなぁって。
半年しか一緒にいないけど、私にはわかるよ。
「それはしょうがない。私でもやる。気にするなとは言えないけど、そういう子を彼女にすると大変ね」
「大変だなぁ」
言外に大変なカノジョを手に入れてしまった藤沢君のことを匂わす私。それをわかったトーンで返答してくれる一之瀬君。うん。やっぱり一之瀬君と話すのはいいわ。
「そろそろ結果発表みたいだよ。おふたりさん」
結果集計の様子を見に行っていた先生が戻ってくる。
そろそろ終わってしまう。ずっと前だけ見ている理由をくれた大会も。
「なぁ内野」ぼそっとつぶやかれて、思わず後ろを振り向く。
「せっかくもらった機会。もうちょっと利用したいんだけど、どう思う?」
そんなこと聞かれたら。
「同感!」
そう言って私は、差し出された手をとった。
にやにやしている先生を横目に、私たちは表彰台へ駆けて行った。