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闇の帝国    作者: 大和 武
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 第 25 話。 正か、正かの展開に。

 話しは少し戻り


 飯田、上田、森田の三名が四十数名の農民を助け、一路江戸へと向かう旅が始まり、途中で泊まったお寺の和尚から今直ぐ江戸には入らず、一度別のところに入り、其処で情報を得てからでも遅くは無いと。

 和尚からは陽立の国ならば少しだが安全だと聞かされ、飯田達は和尚の言う陽立の国へと向かい、だが飯田達が向かう陽立の国とは一体何処に有るのかも知らず、其れでも和尚の言葉を信じ、幾つもの山を越え、其れは数十もの峠を越えて行かねばならず、毎日が悪戦苦闘の連続で何時 陽立の国に着くのかも分からない。


 そして、お寺を発って十数日が経ち、最後だと思われる峠の頂上に立つと下界には広大な田や畑が目に飛び込んで来た。


「上田殿、森田殿、どうやら最後の峠を越えたと思われますねぇ~。」


「確かに眼下に広がる田や畑を見ますと、やっと着いたと言う様に思います。」


「私も同感で、其れにしても農民さん達も良く我慢されましたねぇ~、私はほとほと感心しております。」


「あの~お侍様、本当なんですか着いたって。」


「ええ、多分ですが 陽立の国だと思いますよ。」


 飯田達もこの十数日間と言うもの真面な寺に、いや宿には泊まっておらず、半ば荒れ寺に近い寺ばかりに泊まり、農民達の顔を見ると疲労感で今にも倒れそうだ。


「飯田殿、農民さん達はもう限界ですよ。」


「確かに申される通りですねぇ~、今夜は何としても宿に泊まって貰いましょう。」


 上田も同感だと、飯田達は峠を下り、暫く進むと大きな倉庫の様な建物と蔵が有り、母屋も相当な大きさで。


「このお屋敷は物凄いですねぇ~、ですが果たして我々を受け入れて頂けるでしょうか。」


 上田も少し不安だと言うが、今はその様な事は言ってられる状況ではない。


「上田殿の申される通りだと思いますが、農民さん達の姿を見るのが辛いのです。」


 森田は農民達の辛そうな顔を見るのが忍びないと言う。


「上田殿、森田殿、三人で参りましょう、勿論、農民さん達の事も正直に話をすれば理解して頂けると思っております。」


 飯田は開き直ったのかさっさと一人で屋敷の中に消え、上田も森田も慌てて付いて行く。


「申し訳御座いませぬがどなたか居られませんでしょうか。」


「は~い。」


 と、この屋敷の女中らしき女性が出て来た。


「私は飯田作衛門と申します、私は上田角之助と申します、私は森田弥三郎と申します。」


 三人が名乗ると。


「どなたが来られたのですか。」


 声の主はこの屋敷の主らしく、白髪頭の老人が出て来た。


「名主様、此方の三人のお武家様が、あっそうだまだ何にも聞いて無かったです。」


「おきぬさん、私がお伺いしますのでね、宜しいですよ。」


 女中と思われた女性は農家の女性でこの屋敷は普段、農民達が食事も出来、風呂にも入れると言う所で、飯田達は四十数名の農民を助け、江戸に向かうのだと詳しく説明した。


「左様で御座いましたか、其れは大変で御座いましたねぇ~、お武家様、宜しければ今夜は此処でお泊りして下さい。」


「私の勝手で誠に申し訳御座いませぬ。」


「いいえ、其の様な事は御座いません。

 実を申しますと、この屋敷は普段からお百姓衆の食事とお風呂を提供させて頂いておりますので、お武家様とお百姓衆はお風呂で長旅の疲れを取って下され、お食事も直ぐ用意出来ますので。」


「名主殿、誠に有り難い事で、早速農民さん達にも知らせに行って参ります。」


 上田は名主に頭を下げた、すると。


「お武家様が其の様な事を。」


「私どもが何か悪い事でもしたのでしょか。」


「いいえ、決して其の様な事は御座いませぬが、お武家様が我らの様な者に頭を下げられるとは思ってもおりませんでしたので。」


「えっ、何故ですか、私は何も侍の立場で頭を下げたのでは御座いませんよ、私は侍以前に一人の人間としてご無理を申したので、当然だと思い頭を下げたのです。」


 飯田、上田、森田の三名は今では源三郎と同じ考え方をしており、頭を下げるのは当然だと言う。


「えっ、ですが。」


「実は私達三名も有るお方から命を助けて頂いたのです。

 そのお方は、我が藩の筆頭家老のご子息ですが、そのお方はご家老のご子息だと言う様な権力をかざす事も無く、自分は家老では有りませんよ、家老は父で私は一回の侍ですと、其れに何時も領民の事だけを考えておられるのです。」


「左様で御座いましたか、ではお武家様方もそのお方の様に。」


「正か、我々にはそのお方の様な事は出来ませぬが、我々は少しでもそのお方に近付ければと思ってはいるのですが、其れはまず不可能で有ると考えております。」


 上田は源三郎に近付ければと思うが、其れは飛んでも無いと言う。


「上田殿、農民さん達を。」


「そうでしたねぇ~、では。」


 上田は名主の家を出ると待たせた居た農民達の方へと向かった。


「お武家様、誠に失礼かと存じますが、お武家様とお百姓衆の着物と下の物は用意致しますので、どうかお気をなされずに着替えの方を。」


「名主殿は何故、其処までして頂けるので御座いますか。」


 確かに飯田達の着物は陽立の国に着くまでの間にボロボロの状態に近く、余りにもみすぼらしい姿で。


「お武家様、誠に申し訳御座いませんが、私の説明不足で、此処の百姓衆は田や畑を耕すのが仕事ですが、毎日の労働で作業用の着物はボロボロになり、数日の間に此処で別の着物に着替えるので御座います。」


 この後、名主は何故それ程までする必要が有るか詳しく説明すると。


「左様で御座いましたか、私は正かこの地が幕府の天領地だとは知りませんのでした。

 ですが天領地ともなれば色々と制約が有るのでは御座いせぬか。」


「お武家様、其れが全く御座いませぬ、数代前のお殿様がこの地だけは別格だと申されましたとか、今の私達には其の様に伝えられておりますが、其れ以上の事は分からないので御座います。」


 飯田達には天領地だと聞かされても全く理解出来ない状態で、と言うのも飯田達が居た野洲や菊池は高い山に囲まれ向こう側の事もだが、数百年間も山の向こう側との交流すらも無いと言っても過言では無かった。


「お武家様、多分ですが今日当たり魚が届くと思われますので、如何で御座いましょうか、夕食に魚を食べられては。」


「えっ、今何と申されましたか、私は魚がと聞こえたのですが、この地に海が有るのですか。」


 上田は魚が獲れるのは海だけだと思っており、峠から見た時には海は全く見えない風景だった。


「我々が峠から見た時には海は全くと言っても良い程見えてはおりませんでしたが。」


「お武家様、魚と言うのは何も海にだけ住んで要るのでは御座いません。

 川や池、其れに湖にも住んでおりますよ。」


 何と言う話しだ、魚は海だけに住んで要るのでは無いと、だが野洲に有る川や池には魚は住んで要るとは聞いた事が無い。  

 だがこの陽立の国では海では無く、川や池、更に湖と言う大きな池にも魚は住んで要ると言う。


「其れにしても我々は余りにも世の中を知らなさ過ぎましたねぇ~、我々は今の今まで魚と言うのは海にだけ要ると思っておりましたよ、其れが海以外にも川や池、更に湖と言う大きな池にも住んで要るとは驚きを通り越し呆れるばかりです。」


 森田も当然魚は海にだけ生息して要ると思っていた。


「お武家様、あの林の向こう側に大きな池が御座いまして、其処で魚を育てているので御座います。」


「えっ、今何と申されましたか、魚を育てていると聞こえたのですが。」


「はい、誠の話しで御座いまして、林の向こう側の漁師の先祖が何度も失敗の連続で数十年も要したと聞いておりまして、其のお陰と申しましょうか、荒れた海で死ぬ事も無くなったと聞いております。」


 確かに海が荒れ、今まで一体何人の漁師が命を落とした事か、だがこの陽立の国に住む漁師は数十年と言う長い月日を掛け、魚の養殖技術を得、今では荒れた海の漁で命を落とす事も無くなったと言う。


「素晴らしいですねぇ~、私は世の中の事を知らず、正に無知だと思われても仕方が無いと思いました。」


「お武家様、ですが魚を育てていると申しますのは、多分ですが国中を探しても我が陽立の国以外は無いと思っております。

 勿論、他国でも行われて要ると思いますが、これ程にも大規模に行われて要るのは我が陽立の国だけだと考えております。」


 陽立の国の名主は其れが自慢なのかも知れないと飯田は思った、だが其れが後程恐ろしいと言うのか、其れとも飛んでも無いと言う話しになるとは、この時の飯田、上田、森田の三名は全く考えもせず、だが森田は名主が何かを話したいと言う様な顔付きだと思い。


「何か我々に出来る事ならば協力は惜しみませんので、宜しければお話しをして下さい。」


 上田も名主が何かを言いたいのだろうと先程から考えていた。


 名主は暫く考え、其れは飯田達が本当に信用出来る人物なのか、其れが分からないのか、其れも突然 農民四十数名連れ村に来た。

 其れよりも素性も全く分からず、いや其れよりも飯田達の頭に髷が無い、髷が無いと言う事は余程の悪人なのか、其れとも三名は脱藩し身を隠す様に陽立の国にやって来たのだろうか、だが果たして脱藩した侍が危険を犯してでも農民達四十数名を助けるだろうか、其れに命を助けられた農民達は飯田達を信頼して要る様にも見える。


「お武家様、誠に申し訳御座いません。」


「名主殿は我々三名に何故髷が無いのだと思われておられるのですね、実はこれには訳が有るのです。」


 飯田は名主に髷な無い理由を話すと。


「えっ、正かその様な。」


 と、名主は大変な驚き様で有る。


「今の話は本当でして、実は其のお方から江戸市中に入り幕府の内情を調べて欲しいと、ですが我々三名は江戸が一体何処に有るのかも知らなかったのです。」


「名主殿はそんな馬鹿な話しを一体何処の誰が信じるんだと思われているでしょうが、我々三名は本当に江戸が何処に有るのかさえも知らなかったのです。」


 飯田も上田も江戸が有る場所さえも知らないと言うが、名主は今だ信用しておらず。


「お武家様、私も江戸に行く事は御座いせんが、どの方向に向かえば良いかは知っておりますよ。」


「先程もお話しをさせて頂きました通り、我が藩はこの数百年間と言うもの殆どと申しても過言では無く、我々の住むところに聳える高い山を越えて来た人達はいないのです。

 それ程にも我が藩は隔離されたと申しましょうか、閉鎖された地域で、其れでも数年に一度の割合で幕府の使者だと申されますお方が来られておりましたが、我々は外の世界に出て行かずとも生活には何も不自由を感じておりませんでした。」


「お武家様の申されます江戸で御座いますが、この村を寅の四つ、いや四つ半に出発されますと夕刻には江戸に着けますよ。」


 突然、名主は江戸へ向かうには寅の刻の四つ半に出発すれば夕刻には着くと、何故だ、何故 突然変わった。


「今申されました寅の刻の四つ半ですが、我々は江戸が何処に有るのかも知らないのですよ。」


「誰か与作を呼んでくれませんか。」


 与作とは一体誰なのか、正かとは思う飯田達で、暫くすると与作と思われる農民がやって来た。


「名主様、お呼びですか。」


「与作、お武家様達を江戸までお連れして欲しいんですよ。」


「分かりましたが、何時で御座いますか。」


「少し待って下さい、お気持ちは大変嬉しいのですが、我々は、う~ん。」


 飯田は一体何を言いたいのだと、名主が与作と言う農民に飯田達を江戸まで一緒に行けと言う。


「名主殿のご厚意は大変嬉しいのですが。」


 上田も同じ様な言い方をして要る。


「お武家様、一体どうなされたのですか、あ~そうか与作の事が、いや正か私達の事が信用出来ないとでも思われているのでは御座いませんか。」


「いや、其の様な事は決して御座いませぬ、ですが我々には。」


 名主は飯田達が何故あれ程にも江戸行きを熱望してはずなのに、何故 今になって躊躇する必要が有ると。


「お武家様、如何なされたので御座いますか。」


 飯田達は何も答えず、其れでも暫くすると。


「分かりました、名主殿、実は我々は通行手形を持っていないのです。」


 名主は少しも驚きはせず。


「お武家様、私は何もお武家様方を信用していないのでは御座いません。

 其れは何故かと申しますと、お武家様方とご一緒された百姓衆の顔を見た時に失礼だと思ったのですが、最初は野盗が姿を変え、やって来たのかと思ったので御座います。

 ですがお武家様方と百姓衆の話しぶりで何か訳が有る様に考えたので御座います。」


 名主ほどの人物だ飯田達と農民の会話に嘘は無いと思ったのだろう、だが正か北の国から陽立の国まで関所も通らずによく来たものだと半ば呆れかえって要る。


「我々の国では通行手形を見た事が無いのです。」


 確かに野洲を含めた連合国のは通行手形は不要で、しかも高い山を危険を犯してまで越える必要も無い。

 だが江戸へ入るには通行手形が必要で、だが飯田達は通行手形を所持していないと言う。


「お武家様、何も心配は御座いませぬ、先程も申しましたが、我々は幕府の天領地と申します特別の地に住んでおりますので。」


「今も幕府の天領地だと申されましたが、其れが特別の地だと申されましても我々は全く理解が出来ないのですが。」


「お武家様、其れでは簡単にお話しさせていただきます。」


 その後名主は詳しく説明すると。


「えっ、ではこの村から江戸の市中へは自由に行けると申されるのですか。」


 陽立の国は幕府の天領地だと、其れも特別な訳が有ると、其れは二百年以上も前の話しで有る。


 時の将軍が陽立の国へ泊まり掛けで鷹狩りに来たと言う、当時 鷹狩りとは何も不思議では無く、当日、将軍も鷹狩りを堪能され、だがこの日のお泊りは特別な家では無く名主の家でも良い言う。

 そして、将軍の夕餉も無事に終わり、だが此処で大変な事態になった。


 其れは正に切腹ものの状況で家臣が将軍様専用の寝間着を間違えたので有る。


 勿論、家臣は切腹を覚悟したが、其の時、当時の名主が意を決し、付き添いのご老中に申し出た。


「ご老中様、誠に申し訳御座いませぬが、この地では昔から養蚕で生活を営んでおります。

 大変失礼だとは存じますが、私もどで作りました特別の寝間着が御座いますが将軍様に着て頂けないかと思うので御座います。」


 老中は何も答えず、名主の顔を見ると、名主の身体はガタガタと震え顔は青ざめて要る、名主は意を決し打ち首を覚悟で申し出たと判断したので有る。


「名主、それ程にも良いと申すのか。」


「はい、其れは誠で御座いまして、絹の肌触りは格別で御座います。」


「よ~し分かった、では直ぐに持って参れ。」


 名主は大急ぎで絹糸で作られた寝間着を差し出した。


「これが名主の申す絹の寝間着だと。」


「はい、左様で御座いまして、何卒宜しくお願い致します。」


 名主は老中に絹の寝間着を差し出し両手を付き、畳に顔を着け、老中は絹の寝間着を持ち将軍の部屋へと向かった。


 そして、明くる日の朝、老中は笑顔で名主に言った。


「名主、御上は大変気に入れられたぞ、この先も陽立の国から絹の寝間着を所望されておられるぞ。」


「えっ、其れは誠で御座いますか。」


 名主は腰が抜けたと言う表情で。


「名主、御上から特別にこの地を天領と致すと申され、今後は御上の寝間着はこの陽立の国から持って参れと申されておられるぞ。」


 何と言う事だ、名主は何も絹の寝間着を差し出したのではなく、家臣の切腹だけは見たく無いと思っただけの事で、其れが何と今後は将軍の寝間着は陽立の国で全て作り献上せよと言われたので有る。


「名主、後日御上のご家紋が入った手形を届ける、関所で手形を見せる様に。」


 何と言う事だ、将軍の寝間着を献上だけでは無い、陽立の国には将軍家の家紋が入った特別な手形を届けると、その手形が有れば陽立の国からは無条件で江戸市中に入れると言うので有る。


「お武家様、その様な訳で御座いまして、何も心配には及びません。」


 飯田もだが、上田も森田も余りにもの展開に呆れ果て何も言えない。


 確かに源三郎は江戸の情勢を探れと、だが飯田達が助けた農民達の話だと、江戸に着くまでは数か所の関所が有り、通行手形無しでは江戸へ向かう事も、更に江戸市中に入る事も不可能だと。

 其れが何と言う急展開だ、陽立の国から江戸市中に入るのは簡単だと、其れも二百年以上も前から将軍家の家紋が入った特別の手形が有ると言うので有る。

 その手形さえ有れば飯田達と農民達は何も疑われる事も無く江戸市中に入れると言うが、其れにしても余りにも話しが出来過ぎて要る。


「若しや我々に何かお話しでも有るのでは御座いませぬか、我々に出来る事ならばさせて頂ますのでどうか我々を信用して頂きお話しをして下さい。」


 飯田は江戸市中に入る事さえ出来れば後は何とでもなる、入る為ならば名主が考えて要る無理を承知で引き受けなければならないと思った。


「名主殿、どうか我々を信用して下され、我々がお話しを聞き無理だと思えば他の地に向かいますので。」


 森田は何としても江戸市中へ入らなければならないと考えており、其れでも名主は直ぐには答えず、暫くすると。


「お武家様方、よ~く分かりました、実は。」


 名主も余程深刻になっていたのだろう、この後、飯田達に話すと。


「名主殿のお話しでは江戸の陽立屋さんから長い間文が届かず、江戸市中で何か異変が起きて要るのではないかと、其れでこの先の事を考えると不安だと申されるのですね。」


「はい、正しく其の通りで御座いまして、今までならば十数日前後には必ず便りが来るので御座いますが、其れがこの数十日間も途絶えて要るので御座います。」


 確かに名主の言う通りかも知れない、名主は陽立屋から文が届かないと言う事は江戸市中で大変な事態が起きて要ると考えて要る。


「確かに名主殿の申される通りだと思いますねぇ~、其れで名主殿は陽立屋さんと江戸市中が今どの様な状態になって要るのか、其れを知りたいのですね。」


「はい、正しく其の通りで御座いまして、お武家様方には大変申し訳御座いませんがお江戸の状態が何も分からないので、今の私はどの様にして良いのか、其れが判断出来ずこの数日間考えていたので御座います。」


 名主は江戸に行く事で現在の状況を知る事が出来ると考えて要る。


「名主殿は江戸に行き陽立屋さんを尋ねられるのですか。」


 上田は当然名主が行くものだと思って要る。


「お武家様、其れが本当のところ江戸に行くのが恐ろしいので御座います。

 何故かと申しますと、若しも、若しもですが陽立屋さんが壊れていたとしますと我々陽立の国の百姓衆の生活が大変な事態になるので御座います。」


 名主は陽立屋の商いが不調だと思っており、だが現実を見る事には大変な恐怖感が有ると、その恐怖感を取り除く為には他人に陽立屋を見て貰いたいと考えていた、だが一体誰に頼めば良いのだと随分と考えていたのだろう、そして、考えて要る間に飯田達が来た。


 名主は何としても陽立屋の現状を知りたいと思ったが、果たして飯田達が引き受けてくれるのだろうかと内心は穏やかでは無かったので有ろう。


「無事江戸に入るので有れば陽立屋さんの現状を調べさせて頂いても宜しいですが。」」


「えっ、其れは誠で御座いますか、私は何もお武家様方を信用していないのでは御座いません。」


 名主は少し安心したのか安堵の表情を浮かべた。


「ですが私達も大変な危険を犯しており、名主殿が期待される程の調べは出来ないかと考えて要るのです。

 名主殿が其れでも良いと申されるので有れば、我々が江戸に参っても宜しいですが如何でしょうか。」


 森田は江戸に入る事の方が大事で名主が知りたいと言う陽立屋の調査に関しては何も真剣に調べる必要も無いと思って要る。


「お武家様、私は陽立屋さんの事もですが、私達の住む農村の百姓衆の事の方が大事でして、その為には何としても陽立屋さんの様子を知りたいので御座いますので何卒宜しくお願い申し上げます。」


「上田殿、森田殿、私は名主殿が申される陽立屋さんの事を調べ後程 名主殿に返書を出したいと思うのですが如何で御座いますか。」


 飯田も江戸に入る事の方が重要だと考えて要る。


「飯田殿、私も其れで良いと思います。

 ですが我々は江戸がどの様なところかも全く知りませんので、名主殿の申されます期待通りの成果を得る事が出来るのか、其れだけは約束出来ないと思っております。」


「森田殿、其れは仕方が無いと私も考えております。」


 飯田もやんわりと名主には約束は出来ないと言う。


「お武家様、私も重々承知致しております、其れに余りご無理をなされますと、お武家様方に危険が増すと思いますので、全てお武家様方にお任せ致します。」


「ではお引き受け致します。」


「お武家様、其れで実は他の事もお願いが出来ないと思うので御座いますが誠に申し訳御座いませぬが何卒お聞き願いたいので御座います。」


 名主は陽立屋の調査だけでは無いと言う、だが一体何を頼むと言うのだ。


「我々に一体何を頼むおつもりなのですか。」


「はい、実は陽立屋さんに繭の籠と綿花の籠、其れと米俵を十俵、更に野菜や漬け物樽などを届けて頂きたいので御座います。」


 何と名主は繭の籠に綿花の籠を届けて欲しいと、確かに繭と綿花は理解出来る、だが何故食料までも届ける必要が有ると言うのだ。


「繭や綿花は私でも理解出来ますが、何故に米俵や野菜までも届ける必要が有るのですか、陽立屋さんは江戸で商いをされておられ商いで得られる金子で食料も得る事が出来ると思いますが。」


「誠にお武家様の申されます通りで御座いまして、実は数年前になると思うのですが、市中のお米屋さんから買い求めましたが数日の内に職人達が激痛を訴えまして、更に野菜からも毒物が入って要ると聞かされ、陽立屋さんの旦那様がお米と野菜に漬け物樽は私達陽立の国から売って欲しいと申されたので御座います。」


 江戸市中では商いに負けた商家が相手方の食べ物に毒物を入れて要ると噂が有ると言う。


「私も陽立屋さんの旦那様も毒を盛られたと言う確証は無かったのですが、市中では商いに負けた商家の雇人が毒物を入れて要ると噂話が誠しやかに流れて要るので御座います。」


「ですが何も証拠らしき物は無いのですか。」


「はい、正しく其の通りで御座いまして、お役人様もお医者様もこれは確かに毒物だと判断出来る証拠が無いと申しておられますが、陽立屋さんの旦那様は何も証拠が無くても職人達が次々と吐き気や嘔吐をもようすと言う事事態が証拠で、今後一切市中からの食べ物類は用立てず、全て陽立の国から仕入れると申され、其れ以後は私どもからお米や野菜に漬け物などを届けて要るので御座います。」


 まぁ~何と言う話しだ、江戸市中では商いに負けたと言う商人が相手方が食べる物に毒物を入れ、食べた相手方は腹痛や吐き気を訴え仕事にならないと言うので有る。


 役人も確かな証拠が無ければ犯人を見つけ出す事は出来ないと言う。


「左様で御座いましたか、名主殿は陽立屋さんから何の書状も届かないと言う事は陽立屋さんが大変な事態になって要ると思われて要るのですね。」


「はい、正しくお武家様の申されます通りでして、江戸が、いや陽立屋さんが大変な事態になって要ると考えて要るので御座います。」


「飯田殿、明日の早朝に出立し江戸の陽立屋さんの状況を調査し名主殿に報告する事に致しましょう。」


「左様ですなぁ~、まぁ~考え方を変えれば名主殿のお陰で我々が江戸に入れるのですからねぇ~、名主殿の申されます陽立屋さんの現状を調査するのは当然だと考えます。」


「では我々は明日早朝出立する事に致します。」


「お武家様方、大変申し訳御座いません、改めて御礼を申し上げます。」


 名主は飯田達に礼を言うと与作と言う人物に指示を出す為に部屋を出た。


「何れにしましても我々が江戸に入る事が出来るのですから、其れで良しとしなければなりませんねぇ~。」


「上田殿の申される通りで、我々は当初江戸の位置すらも知らなかったのですからねぇ~、其れが農民を助け、あの寺の住職から聴き初めて知ったのですからねぇ~、世の中は一体何が起きるか分からないと言う事なのでしょうねぇ~。」


「確かに森田殿の申される通りで我々は数代前に幕府の密偵となり、ですが源三郎様は我々の話しを聞かれ命を助けられ、これは我々に生きよと、そして、この先は領民の為に命有る限り役目を果たせと申され、そして、今我々は幸運にも恵まれ江戸に入れるのです。

 私は何としてもこの幸運を生かし江戸で成功を収めたいと願っております。」


 飯田、上田、森田の三名は幕府の密偵で有りながら、実は密偵としての役目は果たしておらず、話しを聞いた源三郎は三名の髷を落とし成敗は終わったと、この先は領民の為に命を捧げなさいと言った。


「お武家様、誠に申し訳御座いません。」


「何か問題でも起きたのですか。」


「いいえ、其の様な事は御座いませんが、実は大変申し訳御座いませんが、昨日お願い申し上げた物ですが今回は何時もより大量に有りまして。」


「大量にと申されますと。」


「はい、お米が十俵と漬け物樽が二十樽と、更に野菜が。」


「少し待って下さよ、其れだけも荷車は二十台以上になるかと思うのですが、我々と一緒に来られました農民さん達だけで運ぶと言うのは無理では無いでしょうか。」


「勿論承知致しておりますので、私達が用意しました馬車で運んで頂きたいのです。」


「えっ、馬車と申されましたが。」


「私達では以前より馬車で米俵や繭玉を入れた籠を陽立屋さんまで届けておりますので。」


「ですが、我々の中に馬車を操れる者はおりませんが。」


 森田もだが、一緒に来た農民達の中に馬車を操れる者はいない。


「お武家様、大変失礼致しました。

 私は何も皆様方が馬車の操り方をご存知無いとは思っておりません。

 其れよりもこの度はお武家様方に大変なご無理を申し上げ、私と致しましてはこれ以上ご無理をお願い出来ないと思っておりまして、私達の村では皆が馬車を操る事が出来ますのでご心配される事は御座いません。」


「そうでしたか、其れならば我々も大いに助かります。」


「失礼かと存じましたが、皆様方の荷車に乗せて有りました米俵なども我々の馬車に移し替えましたので。」


「では我々は何をすれば宜しいのでしょうか。」


「誠に申し訳御座いませんが夜が開けるまで松明を持って頂きたいので御座います。」


 名主は飯田達と農民達には松明を持てと、では陽が登り明るくなると何もする事が無いではないか。


「ですが夜が明けますと、我々は一体何をすれば宜しいのですか。」


「皆様方には馬車と一緒に行って下されば其れで宜しいので御座います。」


「う~ん、ですがねぇ~我々は。」


「名主様、準備が整いました。」


 与作が知らせに来た。


「では皆様方どうかお気を付けて下さいませ。」


 飯田達が表に出ると其処には二十数台の馬車が何時でも出立出来る状態で待って要る。


「名主殿、大変お世話になりました。

 我々は何としても陽立屋さんに関する事を得まして、お知らせ致しますので。」


「お武家様、何も急いではおりませんので、其れよりも皆様方もお身体には十分お気を付けて下さい増せ。」


 飯田、上田、森田の三名と四十数名の農民達は馬車の後方に乗り、与作が先頭の馬に鞭を入れると馬車はゆっくりと進み始め、名主と残った村の百姓達は大きく手を振り飯田達を見送った。


 馬車が村を離れ一里程進むと長い上り坂に入った。


「与作さん、この坂ですが何処まで続いて要るのですか。」


「お武家様、坂は二里程も続きますが途中で何度も曲がり、時には急な登りに入りますので、米俵や野菜を積んだ荷車でしたら人間の力だけでは動かないんです。」


「其れで馬車で荷を運ぶ理由が分かりました。」


「お武家様、坂を登り終えますと目前に江戸の町が見え、その手前に有る橋の袂の関所を抜けますと後は何も御座いませんので。」


 与作は何時もの事で何も心配するなと言ったが。


「与作さん、本当に大丈夫でしょうか。」


「お武家様、わしらに任せて下さいませ、其の前に坂の上でお昼にしたいんですが。」


「そうですねぇ~、戦の前に腹ごしらえですか、我々も腹が減っては戦は出来ぬと申しましますから。」


 その後はやはり馬の力を借りる事で二里も有る坂を登り切りお昼の休みに入り、全員でおむすびを食べ終わると今度は坂を下って行く。


 下りは早く一時半で関所に着いた。


「あれ~、何か変ですよ、お役人が一人も居りませんが。」


 与作は幕府軍と官軍の戦は知らないのか。


「えっ、誠ですか、其れにしても何かが有ったとしか思えないですよ、一人の役人も居ないとは。」


「まぁ~幸いと申しますか役人がいないので有れば我々はこの間々行けば良いのでは御座いませぬか。」


「森田殿の申される通り、我々は何も無かったかの様に江戸の市中に参りましょう。」


 上田も其のまま江戸市中に入るのが得策だと言う。


「分かりました、ではこの間々江戸市中に参りましょう、我々には何も関係が有りませんのでね。」


「はい、承知致しました、みんな其のまま陽立屋さんまで行きますからね。」


 与作の馬車が先頭になり役人のいない江戸市中への最後の砦とも言うべき関所を次々と通り抜けて行く。


 そして、橋を渡ると其処は正しく江戸市中で有る。


「お武家様、この橋を渡りますと江戸で御座います。」


「わぁ~、何て凄いんだ、お江戸って物凄く大きいなぁ~。」


 北の国で飯田達に命を救われた農民達は初めて見る江戸の町に大変な驚き様だ。

 さぁ~て閉鎖されて要る国から江戸へ向かうが、江戸と言う場所さえも知らず、ただ宛ても無く、其れが菊池を出立し数日経ったところで四十数名の農民の命を助けた時から事態が急変し、農民達と共に何日経過したのかも分からないが、今正に江戸市中に入ろうとして要る。


 飯田達と旅を共にした農民達も不安でいっぱいだったが、今は其の不安も少し晴れ、だが一体これからはどうなるのだ飯田達も分からない。


 ただ目的とした江戸に入る事が出来、これからが本当の意味で正念の場だ、これからは何が起きるのか、其れは誰にも分からない。


 飯田達と四十数名の農民達は今後どの様になって行くのか。





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