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闇の帝国    作者: 大和 武
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 第 16 話。工藤の考えとは。

「あんちゃん、大変だよ。」


「どうしたんですか、そんなに慌てて。」


「だから大変な事になったんだ。」


「ですから何が大変なんですか。」


 げんたが言う大変だとの意味が分からない。


「少し落ち着いて下さいよ、何が大変なんですか。」


 げんたも慌てており、源三郎の落ち着いての言葉で気持ちが楽になったのか。


「さっき親方と話したんだけど。」


 げんたは源三郎に野洲の洞窟で造る潜水船は洞窟内が狭く三隻が限界だと詳しく話した。


「う~ん、其れは大変ですねぇ~、ですが菊池や上田でも造るのですから大丈夫では無いのですか。」


「あんちゃんは何をのんきな事を言ってるんだ、今度の潜水船って長さが半町以上も有るんだぜ、オレが最初に造った潜水船がどれだけ掛かったと思うんだ、其れに菊池や松川の大工さん達だって初めてなんだぜ、あんちゃんは潜水船を造るのにどれだけ掛かると思うんだ。」


 源三郎も予想はしていた、此処に来て官軍の動きが分かり各国でも急ぎ潜水船を建造する事に成った。


 げんたの言う通り野洲の大工以外は今回潜水船を建造するのが初めてでその大工達に一年以内に何隻建造出来るのか聴ける様な状態では無いと言う。


「では何か良い方法でも有るのですか。」


「其れなんだ、オレが隣の上田に行って調べたいんだ。」


「上田に行くと言うのは他に何か考えが有っての事ですね。」


「やっぱりあんちゃんだなぁ~、だったらオレが松川に行った時の事を覚えてるか。」


「あ~あの時の事ですか、其れならば覚えていますよ、確か松川と上田の洞窟が繋がって要る事を。」


「オレはねぇ~、何処の洞窟よりも松川の洞窟が一番だと思ったんだ。」


「さすがにげんたですねぇ~、先の事まで考えたのですね。」


「そうなんだけど、あの時は洞窟の入り口が狭いって分かったんだけど、其れよりもオレはねぇ~深さが知りたいんだ、まぁ~その他にも色々と有るんだけど今一番大切なのが出入り口なんだ。」


「では其れを確かめる為に上田に行くのですか。」


「そうだよ、船を造るのは親方が任せろって、其れに銀次さん達も居るから大丈夫だからオレには上田の洞窟を調べてくれって。」


「では私も一緒に上田へ参りましょうか。」


「えっ、何であんちゃんが一緒に行くんだ。」


 げんたにすれば何も源三郎が一緒に行く必要も無いと思って要る。


「親方の事ですから野洲で潜水船の建造が終わればきっと上田に行かれますよ、其の時に何が要ると思いますか。」


「う~ん。」


 と、げんたは暫く考え。


「そうか分かったよ、親方達大工さんと銀次さん達が寝泊まりする家が要るんだ。」


「その通りですよ、上田の大工さん達も毎日となれば家に帰るのも大変ですからねぇ~、先に家を建てる

話もしなければなりませんのでね。」


話は少し戻り。


「総司令、技師長、私は吉田中尉のところへ参りますので。」


「決して強制だけはされない様にお願いしますね。」


「はい、其れは勿論で、では私は。」


 工藤は吉田のところへ向かった。


「参号船の建造からは工藤さんとも話をして下さいね。」


「オレはその方がいいんだ、工藤さんは兵隊さんの中から選ぶって言ってたけど。」


「やはり訓練は弐号船で行なうのですか。」


「そうなんだ、参号船は大きいけど中の装置も動かし方も弐号船と同じだからって言ったんだ、其れに参

号船が出来てから訓練する事に成ったら全員が納得出来る訓練は出来ないと思ったんだ。」


「まぁ~訓練は工藤さんに任せれば良いと思いますよ。」


「吉田中尉は。」


「あっ、中佐殿、吉田中尉は今朝早くから山に向かわれまして間も無く、あっ、戻って来られました。」


 吉田は小隊と野洲の山に入った、単なる偵察が目的では無く、あの時も後から幕府軍の一部と思われる武士の一団が山を登って来ており、吉田は今後の為にと山に入ったので有る。


「中佐殿、何かご用事でしょうか。」


「吉田中尉に相談が有るのですが宜しいでしょうか。」


「はい、私は中佐殿の。」


「中尉、これは命令では有りません。

 私もこの野洲に着て初めて気付いた事が有りましてね。」


「私も今後は元官軍兵では無く連合国軍隊の一員として軍務に励む所存で御座います。」


「其れは大変嬉しいですねぇ~、其れでね中尉に相談と言うのはこの野洲の浜に有る洞窟で潜水船を建造して要る事は知っておられますねぇ~。」


「はい、勿論です、私も話には聞きましたが、潜水船と言われる船が一体どの様な船なのかも全く想像が

付かないのです。」


 工藤も野洲に来るまでは船と言うのは海上を進むものだとしか考えて無く其れが普通で、だが野洲に着て船が海の中に潜り進むと聴かされても全く理解が出来ず、当然、吉田も工藤と同じで潜水船なる得体の知れない船は想像すら出来ないので有る。


「吉田中尉、私は官軍の軍艦が佐渡に行き金塊を略奪し、金塊で異国の軍艦を買い入れる話しですが、私は官軍の軍艦を佐渡に行く事を何としても阻止したいと考えております。」


「中佐殿、私も同感で御座います。

 官軍が異国の軍艦を購入すれば幕府軍との戦も当然大きく変わると思っております。

 問題はその軍艦を使って幕府軍とは全く関係の無い浜に上陸する事だと考えております。」


 やはり、吉田も同じ考えで有る。


 軍艦と軍艦の戦ならば海上での戦闘が行なわれ、戦とは関係の無い民衆に被害が及ぶ事は無い。

 だが問題と言うのは官軍兵の一部が浜に上陸しその地の民衆に対して犯すで有ろう略奪や暴行、更に戦とは関係の無い人達を殺すと言う事は許される事では無いと言うので有る。


「中尉、私は潜水船の乗組員を募りたいのです。」


「中佐殿、ご命令と有らば。」


「吉田中尉、これは命令では有りません。

 詳しくは後程私が説明しますが、兵士の中から志願者を募って頂きたいのです。」


 吉田は工藤の命令だと思ったのだろうが、工藤は命令では無く志願して欲しいと言う。


「中佐殿、志願で有れば私が一番に志願させて頂きます。」


「私は最低でも一人の将校は必要だと考えておりますが、潜水船は五隻建造の予定でしてねぇ~。」


「えっ、五隻と申されるのですか、では一体何人集まれば宜しいのでしょうか。」


「私も何人が必要なのか分からないのですが、技師長のお話しであれば、船を操縦する者が三名から五名が必要でして、それ以外にも爆薬を扱う者が数名程必要だと考えております。」


「えっ、中佐殿、爆薬を扱うのですか。」


 吉田は連発銃を使用するものだと思っていたのだろう、其れが爆薬を扱うとは、だが吉田は何故爆薬を扱う必要が有るのか知らない。


「吉田中尉達が持って来た大砲の火薬ですよ。」


「ですが、一体何故火薬が必要なのですか。」


「其れがねぇ~、船の舵を壊す為で舵を壊せば航行不能になるのでね、実は軍艦に乗るのは全て官軍の元武士達で総司令は軍艦を沈めろと申されておられるのです。」


「あの軍艦を沈めるのですか、う~ん、これは大変ですねぇ~。」


 吉田も官軍の軍艦は船体が二重構造で建造されている事は知って要る。


「中尉も知ってると思いますが官軍の軍艦は船体の左右は二重に造っておりますが、最後部ですが舵の有る所だけは二重では無く普通の船と同じ造りになって要るので舵を爆薬で破壊すれば、最後部部分も同時に破壊されると言う訳なんですよ。」


「中佐殿、其れならばこれは大変な操船技術が求められますねぇ~。」


「その通りで、軍艦の舵が有る所に近付き更に爆薬を着け爆発させるのですからねぇ~、幾ら何でも漁師さん達に求めるのは無理だと思っております。」


 工藤も吉田も潜水船の操縦技術を習得させるには長い期間が必要だと考えて要る。


「う~ん、これは大変ですねぇ~、普通に操船するだけでも困難が予想されますが、其れが軍艦の舵に近付けるのですから。」


「私も経験は有りませんが、漁師の元太さんと言われる人と野洲のご家中のお二人程が経験されておられると聞いておりまして、私は其の方々に教えて頂く事を考えております。」


「中佐殿、一隻で最低でも五名以上は必要になると思うのです。

 操船する者と爆薬を扱う者とは別に考えなければなりませんが爆薬は別の器に入れるのでしょうか。」


「爆薬を入れる器に関しては先日技師長が若様と窯元さんに五合と一升徳利を数個作って下さいとお願いされ、陶器で型を作り山賀に有る鉄を作る窯で鉄の徳利を作って頂ける様にお願いしております。」


「中佐殿、今申されましたが若様と申されますお方ですが。」


「そうでしたねぇ~、あの時は確か吉田中尉以下一千名の官軍兵士が山越えの時でした、山賀から駆け付けられたのが山賀のお殿様で山賀の領民は誰でも若様と呼ばれ領民ならば誰でも知っておられますよ。」


「えっ、ではあの時の若いお侍が山賀の殿様で御座いますか。」


「ええ、その通りですよ、松川の若殿の弟君でこのお二人は何事に置いても先頭に立たれご家中の方々を引っ張っておられると聞いております。

 松川で陶器の徳利を作り山賀で鉄製の徳利に作り変え、火薬を詰めれば破壊力は想像を絶する威力になると私は考えておりまして、徳利の爆弾を舵に取り付けて爆発させれば船体の後部の舵は勿論ですが、他の部分も大きな損害で、良くて航行不能、更に悪くすれば沈没する事に成るのは間違いは有りません。

 私は爆薬を軍艦の舵に取り付け爆破する、其の為の訓練は我が連合軍だけが行なう事が出来ると確信しております。」


「中佐殿、陶器で形を作るとなれば徳利は二重か三重に作られるのですねぇ~、其れで有れば中佐殿が申されます破壊力ですが、私は船体の後部は舵と共に完全に破壊されると思いますので訓練も命懸けだと考えなければなりません。」


 吉田も官軍が使用する大砲の威力は知っており、だが工藤の言う五合徳利や一升徳利の爆弾は陶器を元に鉄を含めると二重か三重にもなり、その破壊力は想像出来ず訓練は命懸けだと。


「ですが何処かで爆弾を試さねばならないと思うのですが、浜では出来ないと思います。」


「試しの場所ですが、山賀には浜は無く高さが一町程も有る断崖絶壁が有り、其の断崖絶壁で試事を若様が申され、其の時には私と吉田中尉の他中隊長達と小隊長達にも見て頂ければと考えております。」


 工藤も吉田も火薬の威力は知っており、吉田と中隊長小隊長達にも確認させればどの徳利を使用すれば良いかを決める事が出来ると考えたので有る。


「出来るだけ早く説明を行ないたいと思うのですが、どの様な方法で行なわれるのでしょうか。」


「私は各中隊ごとか、其れとも小隊の様な人数で行なうのが良いのか其れを考えて要るのですが、中尉ならばどちらの方法が良いと思われますか。」


「私で有れば中隊ごとが良いと考えますが。」


「分かりました、ではどの中隊でも宜しいので何時から始めれば宜しいでしょうか。」


「今丁度第二中隊が休みに入って要ると思いますので、第二中隊からにしては如何でしょうか。」


「分かりました、では第二中隊からとしましょう、皆さんには休みの時を利用させて頂き説明します。」


「私は其れで良いと思いますので今から参りましょうか。」


 工藤は早速説明会を始めるが簡単に説明をしただけで兵士達に理解は出来るとは思っていない、だが工藤は大隊の中から多くの志願者が出る事を期待して要る。


 その頃、工藤も吉田もだが源三郎も山の向こう側で新たな動きが起きて要る事に気付いていなかった。


「なぁ~あんちゃん、山の向こう側の戦は何時まで続くんだ。」


「う~ん、其れは私にも分かりませんねぇ~。」


「オレは戦って全然知らないけど幕府軍と官軍のどっちが強いんだ。」


「そうですねぇ~、武器を見ても官軍が勝ると思っておりますよ、ですが今の我々は山の向こう側の戦がどの様な状態なのか全く分かりませんので田中様が其れを調べる為に隧道を出られ向こう側に行かれておりますので、田中様が詳しく調べられると思いますよ。」


 源三郎が山賀の殿様に闇の者と言った田中が密かに菊池の隧道を抜け山向こうに向かったのは工藤と五百の元官軍兵が野洲に来た頃で、今幕府軍と官軍がどの付近で戦を行なって要るかを調べる為だ。  

 今度の偵察任務は田中自身も戦闘に巻き込まれる可能性が有り、下手をすれば田中も巻き込まれ死亡も有り得る。

 それ程にも厳しい状況下での偵察任務で有るのに間違いは無い。


「ふ~ん、あんちゃんでも分からないのか、だけど工藤さんは官軍の軍艦は佐渡に行かせないって言って兵隊さんの訓練をするって言ってたけど、軍艦の後ろに行くのは簡単に出来るのかなぁ~。」


 潜水船の動きを数度見て知っており、軍艦の速度も分からない状態でどの様な訓練を行なうと言う。


「大変難しいと思いますよ、軍艦の直後に着けるのですからねぇ~簡単では無いと思います。

 其れに若しも乗組員に発見されると軍艦からは連発銃の一斉射撃をされ下手をすれば潜水船の乗組員は

全員撃ち殺されますからねぇ~。」


「えっ、其れだったら兵隊さんの命が。」


「勿論、全員が戦死すると思いますよ。」

「そんなぁ~、なぁ~あんちゃん、他に何か方法は無いのか。」


 げんたにすれば過去が官軍の兵士だと言っても今は同じ連合国の仲間で有り、その仲間の兵隊が官軍と言うより元の仲間に殺される事が現実味を帯びて来たのが相当不安になって要る。


 全員の顔は知らないがやはり戦だけは嫌だ、其れよりも仲間の兵隊が戦死せずに舵を壊す方法を考え始めた。


「う~ん、他に何か方法は無いかなぁ~、兵隊さんが見付からない方法が。」


 げんたが今考えて始めた方法が後に役立つとはこの時のげんたも源三郎も気付いていなかった。


「なぁ~あんちゃん、潜水船で無かったら無理なのか。」


「官軍の軍艦は幕府軍の軍艦よりも強力ですからねぇ~、海の上からではどんな方法も考えが浮かばないのです。」


「だったら潜水船だけが勝つ事が出来るのか。」


「私も色々と考えて要るのですがね、潜水船ならばまだ可能性は有ると思うのです。

 工藤さんでも潜水船は考え付かなかった申されておられ、今の官軍は正か海の中から攻撃を受けとは夢にも考えていないと思いますよ。」


「ふ~ん、やっぱり無理なのか。」


 げんたが考案した潜水船が今正に官軍の軍艦に対して有効だと証明する時期だと源三郎は考えて要る。


「あんちゃんは潜水船が多く有る方がいいと思ってるんだろう。」


「其れは当然ですよ、一隻よりも二隻有る方が官軍の軍艦には有利ですからねぇ~、勿論、官軍の軍艦が一隻ならば問題は有りませんがね、工藤さんの話では五隻の軍艦を建造する、其れを一隻の潜水船で攻撃すると言うのは無理が有りますからねぇ~。」


「だったら官軍が五隻造ったら潜水船も五隻が要るのか。」


 げんたは今から五隻もの潜水船が建造出来るのか少し不安になって来た。


「親方の言う通りで野洲の方は親方達に任せ、私と明日上田に参り少なくても残りの三隻は無理としても二隻が建造出来るだけの岸壁が必要ですから私と一緒にその洞窟を調べましょうか。」


「うん、分かったよ、じゃ~オレは。」


「今から帰るのですか。」


「そうだよ、明日の朝に来るよ。」


「其れでは身体が休まりませんよ、今夜は城に泊まり朝馬で参りましょう、その方が楽ですからね。」


「うん、分かった。」


「では今から賄い処に行って食事にしましょうか。」


 源三郎はげんたを連れ賄い処で夕食を取り早めに寝床に入った。


 そして、明くる日の早朝、源三郎はげんたと吉川、石川の四名で馬を飛ばし、明けの六つ半には上田のお城に着いた。


「私は野洲の源三郎と申します、この様な早朝に誠に申し訳御座いませぬが阿波野様に大至急お取次ぎをお願い致します。」


「はい、直ぐに。」


 上田の門番は其れはもう大変な驚き様で正か早朝に源三郎が来るとは思わなかったのだろう、更に驚いたのは登城間もない阿波野で有る。


「えっ、総司令が来られたと、直ぐにお通して下さい。」


 門番は再び大手門に向かい、源三郎とげんた達を案内した。


「この様な早朝にお伺いし大変ご迷惑かと存じます。」


「いいえ、正か総司令が早朝にお越しになられると言うのは余程の事だと思いますが、一体何が有ったので御座いますか。」


「実はですねぇ~。」


 その後、源三郎が詳しく説明すると。


「其れは大変で御座います。

 上田でもあの日以来洞窟内を整地させておりますが、正かとは思っておりましたので、では直ぐに参りましょう。」


「今日は詳しく調べ書き留めまして後日何が必要かを報告させて頂きますが、宜しいでしょうか。」


「其れは有り難いです。」


 その後、暫くして阿波野と数人の家臣と共に源三郎達は上田の浜に有る洞窟へと向かった。


「お訪ねしたい事が御座いますが、宜しいでしょうか。」


「勿論ですよ、でどの様な事でしょうか。」


「あの工藤さんと申されます元官軍のお方ですがどの様なお方なので御座いますか。」


「そうですねぇ~、阿波野様はご存知無かったのでしたねえ~、ではお話しします。」


 源三郎は阿波野に工藤に付いて知る限りの事を話した。


「左様で御座いましたか、では先の五百名と後の一千名の兵士を纏められておられるのですか。」


「今の連合国には大きな戦力となっているのは間違い無いと私は思っております。」


「我が上田に配属されました中隊ですが、中隊長は決して無駄な発砲はするなと、相手が官軍で有ろうと幕府軍で有ろうと関係は無い、私は其れを聴き無駄に相手を殺す必要は無いと思ったのです。」


「大変大事だと思いますよ、其れでも相手が攻撃と仕掛けて来たと言うので有れば勿論論外ですが。」


「高い山には狼の大群が要ると知っての話しだと思うのです。

 あの人達は組織化された軍隊ですから幕府の武士とは全く違った戦法なので、私も今までの様な戦の戦法では官軍には勝つ事は無理だと考えております。」


 阿波野もだが源三郎を含めた武士の戦と言うのはお互いが名乗り対での戦で有る。


 だが、官軍の戦法は個人で対峙するのでは無く全てが集団で行ない、その時には名乗りもせず敵方を殺すだけの戦で有る。


「潜水船ですがこの上田でも造られるのでしょうか。」


「其の事もお頼みしなければなりませんが、其れよりも上田の大工さん達に浜の近くに家を建てて頂きたいのです。」


「家を建てるのですか、其れは。」


「野洲の大工さん達が潜水船の建造が終われば上田の洞窟で二隻か三隻の潜水船を建造されると思いますので、大工さん達と他に九十名の者達が、この九十名ですが野洲の大工さん達の動きをよく知っておられ原木の切り出しから後は大工さん達のお手伝いまでが出来ます。

 其れと上田の大工さん達にも同じ様に寝泊まりが出来る様にと思っておりますので、彼らの家を建てて頂くのが先決だと考えております。」


「分かりました、上田の大工さん達の件ですが、後程私の方から大工さん達に詳しく説明致します。」


「上田で造る潜水船も急ぐ事に成ると思いますので、宜しくお願い致します。」


「承知致しました。」


 その様な話をしていると上田の浜が見えて来た、さぁ~これからはげんたの出番だ。


「阿波野さん、此処の海は深いんですか。」


「はい、私も漁師さん達に聴きましたが相当深いと言われておられました。」


「吉川さん、石川さん、今からオレが言うところの深さを測って欲しいんだ。」


「分かりました。」


 吉川と石川は何やら小道具を取り出した。


「あんちゃん、あの左に大きな岩が見えると思うんだけど。」


「あ~、あの左側の奥に見える岩ですね。」


「そうだよ、あの場所から洞窟に入れると聞いてるんだ。」


「では、私は舟を。」


 阿波野は早速漁師数名に話すと。


 漁師達が小舟を出しげんたと吉川と石川の三名、別の小舟には源三郎と阿波野が乗り込み洞窟へと。


 げんたは所々で深さを聴き、吉川と石川に指示を出し持って来た小道具で深さを測り始めた。


 源三郎は何も言わずただ見て要るだけで有る。


「先に入られますか。」


「いいえ、私も少し見て置きたいので。」


「それにしても技師長は大した人ですねぇ~、私達では分かりませんが。」


「げんたはこの洞窟には潜った状態で入れるのかを知る為にあの様に詳しく調べているのです。」


「私は別に潜らずとも良いと思うのですがねぇ~。」


 阿波野は上田の洞窟に入る為、何故潜った状態で行くのか其れが分からないと言う。


「其れはねぇ~、げんたは若しもの事を考えて要ると思いますよ。」


「若しもと申されますとはどの様な意味なので御座いますか。」


「私は上田の人達がでは無く、官軍の偵察船らしき不審な船が洞窟に入る潜水船を発見し、不審船が洞窟へと向かったと報告が有れば上田の浜は一体どうなると思いますか。」


 阿波野も同行した家臣達も一瞬顔色が変わった。


「私も分かりました。

 潜水船は誰にも見付かる事も無く官軍の軍艦に近付く為なのですね。」


「その通りですよ、半町も有る大きな船で有れば遠くの岬からでも発見されます。

 潜水船と言うのは官軍にも知られ無い様に全てが隠密で行動しなければならないのです。」


 官軍もだが上田の領民にも知られる事も無く潜った状態で上田を出撃し官軍の軍艦を沈め潜った状態で

洞窟に戻って来る、其れが潜水船にだけ出来る隠密行動だと源三郎は考えて要る。


「潜水船が海上に姿を現す時は官軍の軍艦を沈める時と、洞窟内で乗組員が降りる時なので御座いましょうか。」


「その通りでしてね、私は潜水船の隠密性を一番大切だと考えて要るのです。」


 げんたは時々漁師に聴きながらも洞窟の周辺の数十ヶ所の深さを調べている。


「よ~し、これで十分だ、次は洞窟の入り口を調べるとするか。」


 吉川と石川はげんたの指示通り克明に書き留めて要る。


 その後、洞窟の入り口付近も同じ様に調べやがて洞窟内へと入って行く。


「わぁ~、これは物凄い大きさだなぁ~。」


「技師長は上に上がって下さい、私と石川で深さを調べますので。」


「うん、じゃ~頼むよ。」


 げんたは洞窟内の岸壁に上がった。


「う~ん、これだけ広いと材料も沢山置けるなぁ~。」


 吉川と石川は入り口付近の深さを調べている。


「技師長、深さは十分に有ると思います。」


「有難う、じゃ~そのまま奥の方も頼むよ。」


「承知致しました。」


 吉川と石川は水路の様になった洞窟内を奥へと進み随時深さを幅を調べ書き込みながら行く。


 げんたは岸壁の上を歩きながらも考えて要る。


「う~ん、上田の入り口は狭いけど奥は深いなぁ~。」


 と、独り言を呟きながらも歩き。


「これが松川の入り口まで続てるんだったら上田からも松川からも入り口として使えるぞ~、よ~しこの間々松川の出口まで行くとするか、吉川さんと石川さん悪いんだけどそのまま松川の入り口まで調べて欲しいんだ。」


「分かりました、ではこの間々続けて参りますので。」


 吉川と石川も心得たもので、今度の潜水船がこの洞窟内で停泊が可能か、今までにない程に大事な調査だと分かって要る。


「この洞窟内が使用出来るか出来ないかで今後の潜水船の建造計画が大幅に変わって来ると思います。」


「では何としても此処を使える様にしなければなりませんねぇ~。」


「あんちゃん、オレが見た限りだけど此処の洞窟は十分に使えるぜ、それと上田も松川からも入り口と出口として使えるか、其れが出来るんだったらもう最高なんだけどなぁ~。」


「やはりですか、問題は松川の入り口ですか。」


「そうなんだ、松川の入り口は狭いけど、深さが十分だったら其れだけで十分なんだ。」


 げんたはこの洞窟内を停泊場所に出来ればと考えて要る。


 時には上田から入り松川へ抜け、時には松川から入り上田へ抜ける方法が可能になれば洞窟内で反転させる必要も無くなり利便性は更に向上するのだと、そして、暫くして吉川と石川が戻って来た。


「技師長、松川の入り口ですが物凄く深いですよ、二十尺以上は有ります。」


「へぇ~、そんなに深いのですか。」


「あんちゃん、大丈夫だぜ、此処の洞窟は最高の停泊地になる事は間違いないよ。」


「そうですか、其れは大変良かったですねぇ~、阿波野様、今お聞きの通りで御座いますので。」


「私もこれで一安心で御座います、それで何かする事は有りませんでしょうか。」


「そうだなぁ~、え~っと、そうだこの岸壁の上に厚さ一寸くらいの板を敷き詰めて欲しいんです。

 其れが出来たら作業場と休む所も作れるからね。」


「承知致しました。

 大工さん達の家が完成次第此処に板を敷き詰める工事に入りますので、其れで宜しいでしょうか。」


 阿波野も安心したのだろう。


「では此処で潜水船の建造に入るのでしょうか。」


「う~ん、其れはねぇ~野洲の潜水船の出来次第なんだ、親方には船体だけを造って欲しいと言ってるんだ、山賀で歯車の材料を作って貰ってるんで内部作りは後になるんだ。

 其れとだけどこの洞窟内にかがり火用の台とかがり火に使う薪木が大量に要るから厚木の枝木も全部此

処に集めて欲しいんだ。」


「どれ程必要になるのでしょうか。」


「そんなの分からないよ、だってこの中に百人以上の人達が入って潜水船を造るんだからね。」


 阿波野も百人以上は来るだろうとは思ってはいるが、其れにしても薪木がどれ程必要になるのか全く見当が付かない。


「まず先発隊として銀次さんと九十名が来るかと思いますよ。」


「其の方々ですが何をされるのでしょうか。」


「原木の切り出し作業で最初は数百本は切り出しますので、木こりさん達にも応援を依頼して頂きたいのです。

 其れとこの現場に食事が出来る為の施設も必要になりますので。」


「洞窟内にで御座いますか。」


「その為に浜のお母さん方にもお手伝いをお願いしなくてはなりません。

 城下の米問屋には米俵を数十俵運んで頂きたいのです。」  


 次々と準備に必要なものを依頼するが、阿波野は一体どれだけの物資と人を手配しなければならないのか分からなくなって要る。

 だが吉川と石川は源三郎とげんたの言う準備に必要な物と人員を書いており、やはり其処は経験した者の強みなのか日頃からげんたの傍で書き写す仕事が今頃になり生きて来たのだろうか。


「吉川様、石川様、全て書いて頂けましたでしょうか。」


「はい、全て書き写しました。」


 其れは経験した者だけが分かるのだろう、物を集め、人の手配まで全てを揃えるだけで今からでも十分な日数が必要で有り、野洲の現場で行なって来た事を上田の浜で行なうのだから仕方が無いと言えば仕方は無い。

 だが今は余計な事を考える暇さえも無いと、これが野洲のやり方なのか、傍で話を聴いて要る上田の家臣は目を白黒とさせて要る。


「大変だとは思いますが何卒宜しくお願い致します。」


 源三郎は阿波野に頭を下げた。


「私は家臣にも説明し、出来るだけ多くの人達の協力を得る様に致します。」


「申し訳御座いませぬ。」


 上田の浜に有る洞窟内で潜水船を造ると言うが、今まではそれ程までに多くの人達や資材が必要だと思わなかったのだろう、だが今回の潜水船の建造は野洲だけでは無理だ。

 其れもこの一年間と言う短期間で最低も五隻を完成させ乗組員の訓練も終わらなければならず、それ程までに事態は切迫しているのは確かな事で有る。


「さぁ~て一度戻りましょうかねぇ~、吉川様と石川様には書き留めて頂いたものを整理しなくてはなりませので。」


「書き留めて頂いたものですが、菊池や松川でも同じ様に必要なのでしょうか。」


「まぁ~其れは間違いは御座いませぬが、全てが同じと言う事は御座いませんので。」


「ですが、上田と松川は同じ洞窟内で繋がっておりますが。」


 阿波野は何故松川では無く、上田に決まったのか知りたい。


「私が決めたのでは有りませんよ。」


「えっ、では技師長がで御座いますか。」


「そうなんだ、だって松川の入り口は狭すぎるからね色々な物を運び込むだけでも大変だと思ったんだ、お互いの入り口と出口が繋がってても簡単な方を選ばないと工事が進まないと思った、ただ其れだけの事なんだ。」


「そうでしたか、よ~く分かりました。

 では参りましょうか。」


 阿波野と源三郎達は洞窟を出て上田の浜に上がりお城へと戻って行く。


「お昼ご飯が終わりますれば総登城を掛けますので。」


「はい、その方が宜しいかと思います。」


「では直ぐに手配致します。」


 阿波野は家臣に昼餉と総登城を伝え、家臣は大急ぎで戻って行く。

 源三郎達がお城に着く頃には上田の家臣の殆どが大広間に集まり何やら話し合って要るが、一体何が有ったのか家臣の誰もが知らない。


「総司令も皆様方も先にお食事を。」


「はい、ではお先に頂く事に致します。」


 源三郎達が食事中に大広間では阿波野が話を始めた。


「阿波野、源三郎殿は。」


「はい、今お昼ご飯で御座います。」


「そうか分かった、では私が少し話しを致す。」


 上田のお殿様が連合国の総司令官の源三郎が早朝に上田を訪れる言うのは、今正に連合国が重大な局面になっており、家臣には明日より手分けし指示された事柄を速やかに入れと告げた。

 お殿様の話しが終わる頃源三郎とげんた、吉川と石川が大広間に入って来た。


「皆の者、今から総司令からお話しをして頂くのでよく聞く様に、では総司令宜しくお願い致します。」


「はい、承知致しました。

 皆様方、本日は大変お忙しいところ急な呼び出しでさぞかし驚かれたと思いますが、私が今から詳しくお話しを致しますのでよ~くお聞き下さい。」


 その後、源三郎はげんたと工藤から聴いた事柄を詳しく説明し終り。


「明日、いや今日からご家中の皆様方とご城下の領民達とが一致団結し洞窟内の準備に入って下さい。

 皆様方、何卒宜しくお願い致します。」


 源三郎は話し終えると上田の殿様と家臣に向かって頭を下げた。


「銀次さん。」


「親方、げんたが来たんですか。」


「そうなんだ、其れで銀次さんに頼みがあるんだ。」


「親方、一体何が有ったんですか話を聴かせて下さいよ。」


 親方は別に深刻では無いがやはり銀次の早合点なのか。


「原木なんだけど、今度の潜水船の大きさが半町も有るのと、三隻分が要るんだ。」


「えっ、三隻分って物凄いですねぇ~。」


「そうなんだ、この洞窟で参号船と四号船、五号船まで造るんだ。」


「わぁ~、こりゃ~大変な事になったなぁ~。」


 銀次が驚くのも無理は無い、だが銀次も日頃の状態を知っており、げんたと源三郎が考えたのだろうと、其れならば早急に掛からなければならないと思うので有る。


「親方、分かりましたよ、じゃ~今からでも行きますんで。」


「別に明日からでいいんだ、今度は船体だけを造って後は鍛冶屋さんに任せる事に成ってるんだ。」


「えっ、船体だけって、じゃ~三隻ともですか。」


「そうなんだ、其れで船体を造り終わったら、わしらは上田の浜の洞窟に行く事を決めたんだ。」


「えっ、親方、上田の浜にって隣のですか。」


「あ~そうなんだ、わしはげんたには言って無いんだが今度の潜水船なんだけど一年以内五隻が必要なんだ、でも遅くても一年半以内には造らないと駄目だと思ってるんだ。」


「えっ、一年以内って、だけど今度の潜水船は半町も有るんでしょう、だったら今の弐号船の倍は有ると思うんですよ、そんなのって無理だと思うんだけどなぁ~。」



 銀次は今までの事を知っており、弐号船の倍以上も有る潜水船を其れも一年以内に三隻建造するとはとても不可能だと思ったので有る。


「なぁ~銀次さん、わしも分かってるんだ、だけど工藤さんが言うには一年か、遅くても一年半以内に官軍の軍艦が佐渡に行くって、そんな事になったらわしらは一体どうなると思う、相手が幕府の奴らだったら源三郎様も策の考え様も有ると思うんだ、だけど官軍が異国の軍艦を買ってわしらの浜に攻めてきたらって考えたんだ、わしは絶対に来させない為にも命懸けで潜水船を造りたいんだ。」


「オレも聴いてるよ、オレは今まで幕府の奴らだけと思ってたんですよ、でも源三郎様の話しじゃ幕府よりも官軍の方が何をするか分からないから恐ろしいって。」


「そうなんだ、わしはなぁ~五隻の潜水船を造ったら死んでもいいと思ってるんだ。」


「オレもだ。」


 大工の親方は五隻の潜水船を建造させ完成させる事に命を掛けていると銀次も分かって要る。


「じゃ~オレは木こりさん達に話すよ、其れで洞窟に入れるだけ入れて残りは浜でオレ達が洞窟で。」


「銀次さん、済まないなぁ~有難うよ。」


「いいんですよ、オレ達に出来る事は何でもやりますから、親方、ところでげんたは。」


「多分だけど源三郎様と一緒だと思うんだけど、何処に行ってるのか分からないんだ。」


「其れにしてもげんたも忙しいんだなぁ~。」


「そうなんだ、わしらは此処で船を造ればいいんだ、だけど今のげんたは菊池や上田、其れに松川や山賀にも行ってるんだ、銀次さん、わしはなぁ~げんたの身体が心配なんだ。」


 親方はげんたがまだ幼い頃から知っており、げんたは幼い頃から一度決めると誰が何と言おうと必ずやり遂げると、其れを知っており今は相当な無理をして要ると。


「オレだって心配ですよ、でも源三郎様と一緒だっらた少しは安心ですよ。」


「げんたって奴はねぇ~、源三郎様の言う事を聴く様な奴じゃ無いんですよ、今のげんたはねぇ~源三郎様の為なら命も掛けて類んですよ。」


「其れはオレも分かってるんですよ。」


「わしはねぇ~、源三郎様とげんたの為にも、だから余計に早く五隻の潜水船を完成させてげんたを休ませたいんだ。」


「オレ達も一緒ですよ、まぁ~そんな事言ってもオレ達は考える事よりも身体を使いますからねぇ~、原木はオレ達に任せて下さいよ。」


「済まないが頼みますよ。」


 この頃になると家臣達の動きも早くなり、数人が城下に向かい中川屋には米俵の手配を、伊勢屋には乾物類の手配を、大川屋には人手の手配を、何もお殿様や源三郎から言われているのでは無く、其れは野洲の家臣と領民達が一致団結すると言う事で有る。


「銀次さん、切り出しですが。」


「お侍様、今から木こりさん達のところに行って打ち合わせをするんですが、親方にも一応明日から山に入り切り出しますって言ってますんで。」


「そうですか、分かりました、では我々も明日一緒に向かいますので。」


「其れは有難う御座います。」


 家臣が山に入って何をするのかは簡単な話で、銀次と家臣が話し合い原木の運び出しは家臣が行ない、銀次達は木こり達と原木の切り出しから枝打ち、長さの調整の作業を行うのだと、其れは家臣達からの申し出で、其れ以後から今の方法が決定した。


 そして、明くる日の早朝、銀次達と家臣達の殆どが荷車数十台を引き山へと向かった。


「番頭さん、何俵ですか。」


「はい、一応ですが二十俵を用意したのですが、足りませんでしょうか。」


「そうですねぇ~、今は其れで良いと思いますので、お願いしますね。」


 中川屋からは米俵二十俵積んだ荷車が浜へと向かい、同じ頃、伊勢屋からも乾物類を大量に積んだ荷車が浜へと向かった。


「お~い、積み込みは終わったか。」


「お~、三平、何時でもいいぞ。」


 農村からは野菜と十樽以上の漬け物が浜へと向かい、この様に今の野洲では家臣が城下に来ると誰とは無しに話しを聴き、其れが良い方向へと向かって行く。


 浜でも浜のお母さん達も動き出して要る。


 一方で工藤の説明は続いており、その後も数日間掛け全ての兵士に対する説明が続き、説明が終わった明くる日の早朝。


「中佐殿、お早う御座います。」


「吉田中尉、お早いですねぇ~。」


「私は何としても一番乗りを目指しておりましたので。」


 吉田は何としても潜水船の訓練に参加したいと、工藤からの話しを聞いた時から決めていたので有る。


「吉田中尉が訓練に参加するのですか。」


「私は中佐殿の説明を聴き、その時この訓練は何が有っても必要だと思いまして、其れならば何としても一番に訓練に参加したいと最初に決めました。」


「う~ん、ですがねぇ~。」


 工藤は吉田が最初に決めるとは分かっていた、だが今の大隊から吉田が抜けると言うのは大隊にとっては大変な痛手となる。


「中佐殿が反対されるのは私も重々承知致しておりますが、私は別の考え方で参加を決めたのです。」


「中尉が言われる別の考え方と言うのは。」


「私は何も潜水船に乗り、官軍の軍艦の佐渡行きを阻止するとは申してはおりません。」


「えっ、では何故訓練に参加するのですか。」


「中佐殿、私は部隊の全員に知って貰う為には、私が訓練を受けなければ本当の説明は出来ないと考えて要るのです。」


 吉田は自らが訓練を受ける事で潜水船とは一体どの様な船なのか、そして、どの様な訓練を行うのか、他の兵士達に説明をする為には自らが経験せずに詳しく説明は出来ないと考えた。


 潜水船の実戦配置の時には工藤からは絶対に許可は出さない事も全て承知の上で有る。


「中尉、有難う、私も少しは安心しましたよ、今の中尉は部隊の最高指揮官ですからねぇ~、どんな事が有っても外す事は出来ませんのでね、私も理解して頂き誠に嬉しく思います。


「いいえ、我々の最高指揮官は中佐殿を置いて他には考えられません。

 私は中佐殿の一番弟子だと自負しておりますので。」


「いゃ~其れは困りましたねぇ~、私は官軍を。」


「中佐殿、大変失礼で申し訳御座いませんが今の我々は官軍では御座いません。

 今は連合国の軍隊で、その連合国の軍隊の最高指揮官は誰が見ても中佐殿で有ります。」


 工藤の思いとは別に、吉田は既に連合国の軍隊だと決めて要る。


「吉田中尉、話しは変わりますが、今の部隊で五隻の潜水船を任せられる人物ですが。」


「中佐殿、其れならば第一中隊の小川少尉です。

 小川少尉は部隊全員の人望も厚く、頭も良く体力的にも潜水船部隊の隊長の任務を任せても十分だと考えます。」


「そうですか、よ~く分かりました。」


 其の時。


「中佐殿、あっ、中尉殿がしまった、遅かったか。」


「小川少尉、私が一番乗りですよ。」


「私は正かとは思いましたが、やはり中尉殿は潜水船に乗り込まれるのですか。」


「少尉、中佐は私が乗る事には許可されないと思いますので、私は訓練だけは受けさせて頂きます。」


「やはりそうですか、私の考えた通りですねぇ~、中尉殿は部隊では一番必要なお方ですから中佐殿は絶対に許可されないだろうと考えておりました。」


 小川も工藤と同じ考えで有った。


「小川少尉は潜水船に乗られるのですか。」


「其れは勿論で、今度は幾ら中佐殿が反対されても私は参ります。」


 小川の決意は固く、工藤も吉田も別に反対する理由は無かった。


 だが何か余りにも出来過ぎの様だと工藤は思うが、その時。


「中佐殿、失礼します。」


 其れは、小川とは別に五人の小隊長と五十人の兵士達で。


「えっ。」


 工藤は小隊長達の顔ぶれを見て、やはり部隊の中で取り決めが行なわれたと感じたので有る。


「少尉、皆さんの顔ぶれですが部隊で何か有ったのですか。」


「はい、其れが中佐殿の説明が終わられてからが其れこそ大変だったんです。」


「一体何が有ったの聞かせて頂けますか。」


「実は中佐殿が志願だと申され各中隊の説明が終わり、私は全員聴きましたところ、中佐殿が驚かれる様な事に成ったのです。」


「私が驚くとはどの様な事ですか。」


「はい、其れが全員が潜水船に乗り込むと言うのです。」


「えっ、正か中尉はご存知だったのですか。」


「いいえ、中佐殿、私も今初めて知りましたので。」


 吉田は両手を振り否定した。


「中佐殿、中尉殿は何もご存知では有りません。

 私と中隊長、小隊長だけが知っており、中佐殿に怒られる覚悟で決めました。」


「少尉、私が怒る理由は有りませんよ、でもねぇ~。」


「あれからは部隊の中では大変な騒ぎになり、其れはもう全員が喧嘩になる寸前にまでになりました。」


「部隊の中で喧嘩が起きたのですか。」


「其れは中佐殿が志願だと申され、みんなが我も、我もと誰もが引き下がらなかったのです。」


「では、小隊長もですか。」


「はい、勿論でして、部隊の兵士達よりも大変でして、其れで余りにも騒ぎが大きくなれば中佐殿の耳にも入り、余計なご心配をお掛けする事になりますので、私に一任させてくれと申したところ、やっと全員が納得し其れから考えたのです。」


「私も時々大声が聞こえておりましたので何か有ったのかと思っておりましたが。」


「あれは抽選に当たった者の声で。」


「えっ、抽選をされたのですか。」


 工藤も正か潜水船の訓練に参加する兵士を抽選で行なうとは考えもしなかった。


「はい、全員が抽選で決まりました。」


「私も其れでよ~く分かりましたよ、あの大声の理由が。」


「其れはもう大変でして、抽選に当たった者達でしてね彼らは大喜びし、外れた者はがっくりとしております。」


「中佐殿、オレ達は絶対に逃げませんよ。」


「えっ、逃げないって何からですか。」


「そんなの決まってますよ訓練からですよ。」


「ですがねぇ~、潜水船と言うのは海の中ですよ。」


「そんなのみんな知ってますよ、オレ達は中佐殿の命令ならば何時でも戦死は覚悟してるんです。」


「ですがねぇ~、皆さんよ~く聞いて下さいね、若しもですよ、若しも潜水船に大砲の弾が当たればその瞬間全員が戦死するのですよ。」


「今のオレ達は戦死が怖いんじゃないんですよ、オレ達は奴らをどんな事が有っても佐渡には行かせたくないんです。

 オレは命が欲しいから言ってるんじゃないんです。

 オレ達は官軍のやり方を知ってますんで、だから全員が絶対に行かせないって決めたんです。」


「中佐殿、わしらは自分達の気持ちで決めたんです。」


 抽選で選ばれた兵士は喜びを別の意味で表現している。


「オレ達はあの時に戦死したんで、今度は幽霊になって奴らをこの世から葬り去るんです。」


 何と兵士は幽霊になってと、だが潜水船とは正しく海の中を行く幽霊なのかも知れないと工藤は思うので有る。


「皆さんのお気持ちはよ~く分かりました。

 私は今から総司令にお話しをして参りますので、皆さんは暫く待機して下さい。」


「正かとは思いますが、総司令が却下されると言う事は御座いませんでしょうねぇ~。」


「其れは多分無いと思いますよ、ただ総司令が申されたのは一切の強制は駄目だと、私は全員が希望したので全員を抽選で選びましたと報告しますので、全て大丈夫だと思います。

 ですが、この訓練期間は階級とは関係は無いと考えて下さい。

 これから訓練に入りますが、一人は漁師さんで元太さんと申され、後のお二人は野洲のご家中の方だと聞いております。

 皆さんはどの様な状況になっても言葉使いと態度だけには気を付けて下さい。

 それと技師長は子供の様に見えますが、私の考えよりも遥か先の事を考えておられますのでね。」


「中佐殿、技師長って子供なんですか。」


「見た目は子供の様ですが、頭脳は連合国のいや官軍の誰もが相手には出来ない程でしてね恐ろしい程にも先の事を、いやこれ以上の話しをする必要は今は無いと思います。

 その証拠に総司令が技師長と名付けられ連合国の宝だと申されておられますので、では話を戻しますが小隊長が抜けた後の小隊はどの様にされるのですか。」


「其れは新たに編成を行ない、小隊長が抜けた小隊は各小隊に一人づつ配置を変更し小隊を新たに第一から変更しました。」


「では旧の小隊は無くなり、新たな小隊を編成されたのですか。」


「その通りで、例えば第一と第二中隊からは小隊長が一人減り十人になったと言う事です。」


「よく分かりましたよ、其れで先程待機だと申しましたが全員私と一緒に来て下さい。

 中尉は中隊長と小隊長の全員を呼んで下さいね。」


「承知致しました。」


 源三郎への説明は工藤が行なうが、若しも選ばれた者達にも質問が有るかも知れないと予想したのだろうか。


 吉田は隊に戻り中隊長、小隊長の全員を呼び執務室へと向かった。


 その頃、源三郎は執務室で考え事をしていた。


「源三郎。」


「殿、何事で御座いましょうか。」


「源三郎は先日上田へ参ったのか。」


「はい、野洲の洞窟が手狭になり上田の洞窟内で残りの潜水船を造る予定で参りました。」


「そうか、で、上田は如何で有ったのじゃ。」


「私も見ましたが、あの洞窟は野洲の洞窟よりも大きく、十隻以上は停泊出来ます。」


「ほ~其れは良かったのぉ~、で、上田では何時から始まるのじゃ。」


「親方は野洲で三隻造れば上田に行くとは思いますが、今回は半町も有る大きな潜水船でして何日、いや数か月は掛かるのでは無いかと考えております。」


「其れでは一年と言う期間に間に合うのか。」


「私も今回だけは何時頃までには出来ますかと親方には申せませんので、其れでも原木さえ運び終えれば銀次さん達も応援に入ると思いますので、一応は一年と言う期日までには何とか完成出来ると思っております。」


 源三郎は完成すると言ったが、内心では今までにない厳しさだと認識して要る。


 工藤は弐号船で訓練を開始するとは言ったが相当厳しい訓練になる事だけは間違いは無い。


 爆弾を軍艦の舵に取り付け爆発させなければならず、下手をすれば爆発の威力が増し、潜水船の乗組員も巻き添えになる可能性も考えられる。


「訓練と申すのは。」


「操縦と爆薬の取り付けで御座います。」


「何じゃと、爆薬を取り付けると申すのか。」


「軍艦が相手では連合国に有る漁師達の小舟では何も出来ず、潜水船で海中から忍び寄り後部の舵を壊すのが目的で御座います。」


「う~ん、それにしても大変危険な訓練じゃのぉ~。」


「はい、正しくその通りで御座いまして、下手をすれば爆発の威力が強ければ潜水船も多大な被害を受け最悪の場合には沈没する可能性も有ると考えねばなりません。」


 殿様は危険だから訓練を中止せよとも言えず。


「これは戦で御座いまして、野洲もですが連合国軍隊の全員が戦死を覚悟致しております。」


「爆薬で軍艦の舵だけを壊すだけでは軍艦は生きておるのじゃぞ、戦ならば軍艦を沈めるのじゃ、其れで無ければ後々我々の連合国に災いをもたらす事にもなるのじゃ。」


 殿様もやはり軍艦を沈めろと。


「私も同じ考えで御座います。

 我々の甘い考えから官軍兵が生き残れば官軍の事ですから別の方策を考えるやも知れませぬ。」


「そうか、確かに潜水船に乗り込む兵士達も戦死は覚悟の上だと思うが、決して兵士には戦死してでも軍艦を沈めよとは申すでは無いぞ。」


「勿論で御座います。

 其れだけは決して申す訳に参りませぬ。

 生きておれば必ずや良い事も有り、私からはどの様な状態になったとしても生き残れと申します。」


「余は何も出来ぬが、皆が無事に戻って来る事だけを願うばかりじゃ。」


「誠有り難きお言葉で御座います。」


 其の時、工藤と潜水船に乗り込み訓練に参加する兵士達の全員と中隊長、小隊長の全員が入って来た。


「総司令、えっ、殿が。」


「良い、良いのじゃ、余は此処には居らぬと思えば良いのじゃ。」


「工藤さん、其れに皆さんは。」


「はい、潜水船の訓練に参加する全員と中隊長、小隊長の全員で御座います。」


「そうですか、ですが正かと思いますが強制はされておられないでしょうねぇ~。」


「はい、其れだけは決して致しておりません。

 実は私の説明が終わってから大変だったと聞いております。」


「何か異変でも起きたのですか。」


「はい、其れが部隊の全員が訓練に参加すると申しまして。」


「えっ、今何と申されましたか、私は全員と聞こえたのですが正か一千名の方々全員ですか。」


「誠で御座いまして、此処に居ります小川少尉の提案で小隊長五名と隊員の五十名を抽選で決めたので御座います。」


「何と申した、一千名の部隊全員が潜水船訓練の参加を希望したと申すのか。」


「誠で御座います。

 私も先程聴き驚いたので御座います。」


 殿様は大変な驚き様で、正か部隊の全員が潜水船の訓練を受けるのだと申し出るとは全く考えていなかった。


「余は十名も集まれば良いと思っていたのじゃが、う~ん、これは考えもしなかったぞ。」


「正かとは思いましたが、其れよりも、私は皆さんにはどの様に感謝すれば良いのか分からないので御座います。」


「今の話は誠で私の作り話では御座いません。」


「私は何もその様な事は思ってはおりませんよ、其れはねぇ~工藤さんのお人柄が皆さんの心を動かし、皆さん方全員が潜水船の訓練に参加したいと申されたと思います。」


「源三郎様、大変だ~。」


 猟師が大慌てで飛び込んで来た。


「どうされました。」


「源三郎様、大変だ幕府軍が大勢登って来ます。」


「えっ、其れで場所は何処ですか。」


「はい、前に此方の官軍さん達が登って来られた所です。」


「分かりました、猟師さん申し訳有りませんが案内をお願いします、工藤さん。」


「はい、了解です。

 吉田中尉は二番、三番中隊と右翼へ、小川少尉は四番、五番中隊と左翼へ、第一中隊は私と中央へ、全員に告ぐ幕府軍の誰一人としても生きて帰らせてはならぬ全滅させよ。」


 工藤が連合国に来て初めて出す全部隊の出撃命令で有る。


 吉田、小川を先頭に中隊長、小隊長の全員、更に潜水船の訓練に入る予定の兵士全員が大急ぎで部隊に戻って行く。


「う~ん、やはり何か策を考えねばならないなぁ~。」


「家臣達は如何するのじゃ。」


「工藤さんに任せましょう、我々が下手に行けば工藤さん達の足を引っ張る事になりますので、ですが用心の為です、ご家中の全員を山の麓に待機、幕府軍の一人でも来る様な事になればどの様な方法でを用いても生きて帰らせない無い様にと全員に伝えて下さい。」


 源三郎も幕府軍の全滅を命じた


 その頃、幕府軍は山の向こう側を登り始めており、幕府軍は背丈以上も有る熊笹に悩まされ、更に怪我人も多く居る為登りに困難を極めている。


 其れが彼ら幕府軍の命取りに成るとは幕府軍の武士は全く気付いていない。


「お~い、みんな大丈夫か、みんな頑張れよ、何としても官軍からの攻撃から逃れるんだ。」


 武士達は気持ちだけは山を登っているが追っての官軍は幕府軍の後方約五町程を山の麓を急ぎ足で進んで要る。


「隊長、あの高い山に狼の大群がいると農民から聴いております。」


「其れは私も知って要る、幕府軍の生き残りが山に入ったので有れば、我々は何も深追いはせず別の場所に移動する。」


 官軍の隊長は無理な深追いをすれば部隊の全滅を恐れが有り山には登らないと、この決断が生死の分かれ目なのかも知れない。


 一方、野洲側では高い山に入る時には必ず猟師の指示に従う事に成っており、各中隊の先頭には猟師達が風の動きを感じながらも山を登り始めた。


 山の向こう側では幕府軍が狼の大群がいる方へ、その場所では熊笹が少し揺れる程の穏やかな風が吹き、一方の野洲側では殆ど無風に近く、猟師達は慣れた足取りで登り中隊の兵士達も登って行く。


「中隊長さん、わしらが先に行きますので後から来て下さい。」


「はい、では宜しくお願いします。」


 そして、二時半程登ると。


「少し上の方に太くて大きな木が見えますが、あの付近で少しですが休んで下さい、オレ達が見てきますので。」


「猟師さん、宜しくお願い致します。

 中隊は小休止に入るが、猟師さん達が偵察に行かれたが戻るまで静かにする様に。」


 猟師達は別の獣道の様な細い道を登り、中隊は猟師の指示した大木の傍で少しの休憩を取る。


 そして、一時程した時、幕府軍千五百名の運命が決まった。


「ぎゃ~。」


「わぁ~。」


「助けてくれ~、狼だ、狼の大群が来た。」


 其れは突然の出来事で幕府軍が狼の大群の襲われたので有る。


「隊長、今の叫び声は。」


「やはりか、聴いていた通り狼の大群だ、全員山の麓を離れるんだ、早くせよ。」


 山向こうの麓を進んでいた官軍は幕府軍が狼の大群に襲われている悲鳴を聴き一足早く山の麓を離れ、其れが良かったのか狼の攻撃から逃れられたので有る。


一方、野洲側でも悲鳴は聞こえていた。


「中隊長さん。」


 猟師達が戻って来た。


「猟師さん、あの悲鳴は狼に。」


「はい、多分幕府軍には大勢の怪我人がいたのでしょう、此処の山に住む狼が血の臭いを嗅ぎ付け大群が襲ったのだと思います。」


 中隊の兵士達も狼に襲われて要る幕府軍の悲鳴は聞こえ怯えている。


「全員、その場を動くな、じ~っとしているんだ。」


「オレは狼を知らないんだ。」


「わしは知ってるよ、狼は賢いんだ、だから恐ろしいんだ。」


「本当に大丈夫なのか、オレは怖いよ~。」


 連合国軍の兵士は息を殺しじ~っとし動かず要る。


 狼の大群は幕府軍の武士達を次々と襲い、一時、一時半以上か二時も悲鳴が聞こえ、さすがの猟師達も動く事は出来なかった。


「私は猟師さんの判断にお任せ致します。」


「はい、分かりました、もう少しの辛抱ですので。」


 そして、陽が少し西に傾き出した頃、昼七つの鐘が鳴り、其れと同じ頃に要約にして悲鳴は聞こえなくなった。


「中佐殿、如何致しましょうか。」


「私は猟師さん達の判断に任せます。

 猟師さん、悲鳴が聞こえなくなりましたが我々は登る方が良いのでしょうか。」


「いゃ~多分、其れは無理ですよ、悲鳴が聞こえないと言うのは、全員が狼に殺されたと言う事で、今頃は食べられていると思いますので。」


「では、引き上げた方が良いのでしょうか。」


「はい、その通りでして、オレ達の経験から考えますと今日よりも明日の方が狼は多くなりますのでもっと恐ろしくて危ないです。」


「はい、承知致しました。

 伝令です、部隊は静かに下山して下さいと。」


「はい、了解しました。」


 伝令兵の数名は中隊に工藤の命令を伝えるべく左右に散って行く。


「では、我々も静かに下ります。」


「中隊は静かに下山。」


 工藤と第一中隊は猟師達の後ろから静かに下山して行く。


「吉田中尉、伝令です、全員静かに下山せよと。」


「分かりました、有難う、全員静かに下山、静かに下山開始せ。」


 この様にして工藤と五個中隊の全員が下山を開始、一時、いや、一時半程で山の麓近くまで降りた。


「伝令です、全員無事を確かめて下さい。」


 伝令は吉田、小川の率いる中隊へと走って行く。


「隊長、あの山には一体何頭の狼が住んで要るのでしょうか。」


「う~ん、其れは私にも分からないが、山に逃げた幕府軍は相当な人数が居たと思うが全員が狼に殺されたとなれば三千、いや五千頭以上の狼が生息していると考えなければならない。」

  

「隊長、私は一万頭はいる様に思えるのですが、其れと先程からこの付近を見ておりますが山の麓には田畑が全く見当たらないのですが。」


 官軍の隊長も今までは気にも掛けていなかったが付近を見渡すと田畑もだが民家が一軒も見る事が出来ない。


「と、言う事はだこの付近の農民は狼の大群がいると知って要るんだ、よ~し、我々はもっと離れ田畑の有る所を進む、各中隊には幕府軍の発見も大事だが其れよりも狼の大群に警戒せよと、伝令だ。」


「はい、直ぐに伝えます。」


 山向こうを進む官軍の隊長は幕府軍よりも狼の大群に注意せよと伝令を送った。


「ですが、先を進まれておられます連隊長殿は何も知らずにおられると思いますが。」


「そうだったか、直ぐに伝令だ、連隊長殿へ山の麓には狼の大群が生息しており一里以上離れ進んで下さいと、早く行け。」


 伝令は連隊長が率いる二個連隊は山の麓近くを進んでいると考え、山の麓から一里以上離れ進めと。


  同じ頃、源三郎も考えていた、見方を変えれば野洲の山越えは簡単に見える、だが幸いな事に今回の幕府軍は怪我人が相当数おり、其れが結果的には狼の大群に襲われ幕府軍は狼の餌食で全滅したと思われる。


 今後、幕府軍の生き残りや官軍も山越えの可能性も考えられ、何か良い策は無いかと。


 一方で幕府軍を追跡して来た官軍は狼の大群に恐れを無し追跡を中断し別の目的地へ向かった。


「中佐殿、第二、第三中隊全員無事で異常無しです。」


「吉田中尉、ご苦労様でした。」


「中佐殿、我々も全員が無事で怪我人も無く異常無しです。」


「小川少尉、ご苦労様でしたね、では全員戻ります。」


 工藤と全一千名の連合国軍と野洲の家臣達は静かに城へと戻って行く。


 其の時、丁度、暮れ六つの鐘が鳴り、陽は西の山に沈み始めた。


「中佐殿、私は改めて野洲に無事戻って来た事を有り難く思いました。」


 吉田は一千名の兵士が狼の大群に襲われる事も無く全員が野洲に着いた事を思い、目の前の高い山に住む狼の大群が恐ろしく感じ、今頃になって足が震えて来るように感じたので有る。


「吉田中尉、我々は本当に運が良かったのだと思いますよ、若しもですがね、先程の幕府軍を追跡していた官軍が居たとすればですがね幕府軍の悲鳴を聞いていたと思いますよ。」


「中佐殿、では官軍は追跡を諦めたと考えられるのですか。」


「私は若しもと考えたのですが、私の予想ではあれだけ大勢の幕府軍が山を登って来ると言うのは後方から間違い無く官軍が追跡して要ると考えるのが自然だと思います。」


「私も中佐殿が申されるのは間違いは無いと思います。

 今後の事ですが、私は他の国よりも野洲の山越えをして来る幕府軍と官軍が多くなるのではと考えて要るのですが、中佐殿はどの様に考えておられるのでしょうか。」


 吉田も警戒を強化しなければならないと考え始めた。


「私も其れを考えておりまして、先程小隊長以上に集まって貰ったのはその話を総司令にする予定でしたが、幕府軍が登って来たので中断しましたが、私はこれからでもお話しをしたいと思って要るのです。」


「ですが明日からは潜水船の訓練が始まるのでは有りませんか。」


「其れで私も考えて要るのですが、貴方と小川少尉だけでも良いと思うのです。」


「では先に総司令にお伺いされては如何でしょうか。

 私は何れにしましても早い方が良いと思いますので、中佐殿のお考えで進めて頂いても宜しいかと。」


「では、中尉、小川少尉と三名で参りますので。」


「では、宜しく頼みます。」


「総司令。」


「工藤さん、ご苦労様でした。」


「総司令、ご家中の皆様方、幕府軍は全滅したと思われます。」


「其れは何よりでした、ですが連発銃の音は全く聞こえてきませんでしたが、やはり狼の大群が襲ったのでしょうか。」


「猟師さんの指示で待機をしましたが、我々も狼の大群に襲われたと思える悲鳴を聴きまして、猟師さんは今日よりも明日の方が大群が来ると言われ、猟師さんから下山する様にと、其れで我々も直ぐ下山しました。」


「其れは大変だったのですねぇ~、では一発も撃たずに幕府軍は全滅したと思って間違いは無いのでしょうか。」


「私も今はその様に考えておりますが、今は何も確認する事が出来ません。

 ですが、私は猟師さんの言われる事を信用しております。」


「大変ご苦労様でした。

 危険を犯してでも確認をする必要は無いと思います。

 其れよりも怪我人は犠牲者は居られませんでしょうか。」


「はい、我が方は一発も撃つ事無く全員が無事に下山し戻って参りました。」


「そうですか、其れが一番ですよ、あの山には一体何頭の狼が生息して要るのか誰も分かりません。

 山の途中には熊笹の大群生で切り傷をすれば狼が血の臭いを嗅ぎ付けますので、今後は手足も顔にも傷を付けない方法を考えねばなりませんねぇ~。」


「私も総司令の申される通りだと思います。

 今回は猟師さん達の指示で動きましたので助かったと思っております。」


「そうですか、其れで工藤さん、報告とは別に何かお話しでも有るのでは有りませんか。」


「実は今回もですが、この吉田達の時、其の前には私と五百名の兵士の全員が他の国へは入らず野洲の山越えをしております。

 私は今後の為にも野洲の山に関しましては警戒を今まで以上厳重にしなければならないと考えて要るのです。」


「私も実を申しますと先日より考えては要るのですが、これと言った策が浮かばず悩んでおりました。」


「誠に申し訳御座いませんでした、私がもっと早くに申し上げればよかったのです。

 吉田中尉の部隊では五中隊編成でその内の二個中隊が山に入り警戒任務に就き、二個中隊は麓を巡回、そして、一個中隊は休みを取ると言う方式で有ります。」


「その休みと言うのは個人として何をしても良いのですか。」


「任務は厳しくなりますので休みの日だけは何をしても良いと言う考え方ですが、今回の様に幕府軍か官軍が越えて来たとなれば兵士は休みを返上しなければなりません。」


 やはり工藤も相当悩んだのだろう、だがこの方法ならば休み方次第で緊急の時にも集合が可能で駆け付けられると言う。


「兵士の任務は激務だと思いますので、少々の事では休みを返上させないようにお願いしたいのです。」


「其れは勿論でして、私も兵士の立場ならば数日に一度は休みが欲しいと思います。」


「ですが、休みを利用して連発銃の手入れだけは怠らないで頂きたいのです。

 任務中は銃の手入れは出来ないと思いますので。」


「吉田中尉はどの様に考えておられるのですか。」


「私も休みの日には必ず銃の手入れだけは行うのが最低でも必要ではと思います。」


「其れと運用方法ですがどの様に考えておられるのでしょうか。」


「小川に一任しようと考えておりますが、中隊長、小隊長の全員と協議して欲しいと考えております。」


「私は出来る限り全員から聴きたいと考えて要るのですが、今日の様な事が明日にも起きる事は有り得ると考え、中佐殿の申されました通り小隊長以上の全員で協議し実行に移したいと考えております。」


「よ~く分かりました、其れでは小川少尉に全てをお任せしますので何卒宜しくお願い致します。」


 源三郎に異論は無く、彼らに任せる方が全て上手く行くと考えた。


「工藤さん、其れと潜水船の訓練ですが。」


「明日から開始したいと考えておりますが、私は漁師の元太さんとご家中のお二人に訓練教官をお願いしたいと考えております。」


「勿論、元太さんは承諾して頂けると思いますよ、其れと二人ですが確か鈴木様と上田様ですがこの二人も問題無く受けると思います。」


「私と上田殿は勿論参加させて頂きます。」


「有難う御座います。

 訓練方法はお二人にお任せしますが、五十名の兵士と小隊長も参加しますので厳しくお願いします。」


「お言葉ですが、潜水船は全て船長の指示で操縦しますが、私達も初めてでしたが思った以上に簡単だった様に思うのです。」


「鈴木様、上田様、五十五名は千人の中から選びましたので、どの様に厳しい訓練でも必ず最後まで成し遂げます。」


「まぁ~まぁ~吉田さん余り厳しく申されますとこの二人も緊張しますので、まぁ~其処は余り堅苦しく考えずに行って下さい。

 其れで訓練は明日から聴いておりますが、勿論、工藤さんも行かれるのですね。」


「其れは勿論で御座いまして、鈴木様、上田様、何卒宜しくお願い致します。」


「はい、私達も訓練に入らせて頂きますので、宜しくお願い致します。」


 そして、明くる日の早朝、鈴木、上田の二人と工藤を先頭に吉田を含め五十数名の兵士が元太の居る浜へと向かった。


 一方、小川は小隊長と細部に渡り打ち合わせを行ないながら歩いて要る。


 果たして、元官軍、今の連合国軍の中から選ばれた兵士達は何事も無く潜水船の訓練を終える事が出来るのか、更に他の潜水船は何時頃完成するので有ろうか、これからの一年間は長い様で短いと思う源三郎で有る。





          


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