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闇の帝国    作者: 大和 武
86/288

 第 12 話。やはり登って来たか。

「あの~宜しいでしょうか。」


「えっ、ええ、宜しいですが一体どうされたんですか。」


 後藤達が話し合って要るところに大勢の兵士が集まって来た。


「実はオレ達さっき此処の農村に行き連合国の事を聴いたんですが。」


 一人の兵士が代表で農村で聴いたと言う話をすると。


「そうでしたか、其れで私達に何か用事でも有るのでしょうか。」


「はい、其れよりもさっきから何を真剣に話されてるのかみんなが知りたいって。」


「別に大した事を話してはおりませんよ、私達は吉三組と申しまして、この菊池から山賀まで続く山にで

すが山の麓まで開墾する為にご領地を測量する事に成ったんですが、其れが何か。」


「なんですか、その測量って。」


「測量とはね領地に大小の池や井戸、そして田畑を作る為に領地内を測る事なんですよ。」


「じゃ~その測量ってあのお方からの命令なんですか。」


「あの方って、若しかしたら源三郎様の。」


「はい、源三郎様が命令されたんですか。」


「えっ、あんた、今なんて言ったんだ、源三郎様が命令されたって聞こえたんだけど、飛んでも無いよ、この話は源三郎様が命令されたんじゃないんだ、オレ達が、いや、後藤さんが源三郎様にお願いされたんだ。」


 彼らは軍隊時代の習慣が取れないのか、其れも仕方は無い。

 後藤や吉三達にすれば正か源三郎が命令するとは考えもしなかった。


「皆さんその通りですよ、私達は源三郎様からは何も言われておりませんよ。」


「でも、今測量するって。」


「あ~その話しですか、私も元は侍でしてね、ですが祖父の代から有る藩で治水と領地の測量を、其れは

ね農地を広げる為のお役目としておりましたので、源三郎様があの時申されたと思いますよ、暫くはのん

びりとしてからどの様な仕事でも宜しいですからってね。」


「私達も聞いておりますが、では後藤さんが申し出られたのですか。」


「その通りですよ、ですがその前に源三郎様がこの中に元侍はおられませんかと、其れで私が打ち首を覚悟して名乗り出、全てをお話しすると源三郎様が連合国で農地を拡げたいが協力して頂きたいと申されたんですよ、私はあの時源三郎様に命を助けて頂いたと思って要るのです。」


「確かに私も同じ様に思いました。

 戦と言うよりも官軍の指揮官達だけが戦死し私達は助かったと思うのですが。」


「皆さんも如何ですか、我々の全員が源三郎様の連合国に命を助けて頂いたとは思いませんか、私は命の恩人の為にこの先一体何が出来るか、色々と考えたのですが我が家では代々から治水の為の測量をお役目としており、其れで私はこの仕事を与えて頂いたのです。」


 後藤は源三郎を命の恩人だと、其れは吉三組の全員が同じ様に考えており、吉三の提案で後藤の手伝い

をする事になった。


「なぁ~みんな、私達も全員が源三郎様に命を助けて頂いたと思うんです。

 私は源三郎様に恩を受けたままで終わりたくないので後藤さんのお手伝いをしたいんです。

 私も是非参加させて頂たいのですが、何とか出来ないでしょうか。」

 

 彼は農夫では無い、態度と言い、言葉使いも農民では無い。


「ですが、私達はまだ何も始めておりませんので。」


「私に出来る事なばら何でも致しますのでどうかお願い申します。」


「では其の前にお聞きしますが。」


 彼の表情が一瞬に変わった、やはり農民、いや町民では無い、では一体何者だ。


「どうされましたか。」


「いいえ、別に私は。」


 彼は何かを考えて要る様子だが。


「貴方は。」


「はい、私は有る藩で足軽で御座いました。」


「やはりそうでしたか、ですが何故あの時名乗りをされなかったのですか、例え足軽で有ったとしても一応武家でお役目に就かれておられたのですから。」


「はい、ですがあの時の。」


 そうか、彼は官軍の指揮官達に放たれた矢が次々と命中し最後は狼の餌食になり、其の時の光景が頭の中から離れなかったのだろう、だが今更名乗り上げれば彼は一体どうなるのかと後藤は考えるが、かと言って源三郎に嘘だと知られると自分の命も一体どうなるのかも分からない。


「其れで貴方のお名前ですが。」


「はい、私は新三と申します。」


「新三さんですか、では皆さんの中に新三さんと同じ足軽だったと言われるお方はおられませんか。」


 だが暫くは沈黙の状態が続いたが其れでも暫くすると、一人、二人と名乗り上げ、二十人近くが足軽だと名乗り上げた。


「皆さん如何ですか、今から源三郎様のところに参り全て話すと言うのは。」


 途端に足軽だと言う者達の表情が変わった。


「皆さんはご存知無いと思いますが、源三郎様は大変恐ろしいお方だと思います。

 源三郎様と言うお方には嘘は通じないと言う事で、この私でも新三さんは武士では無いと、ですが武家のお宅で何かのお役目に就いておられたのでは無いかと分かるのですから、多分ですが一目で見破られて要ると思います。

 ですが皆さんが一刻でも早く名乗り上げられるを待っておられると思います。」


 やはり後藤は侍だ、源三郎は既に見破って要ると、其れでも彼ら足軽達の表情は冴えずに要る。


「なぁ~後藤さん、オラはお侍様の事は分からないですが、新三さん達は一体どうなるのか、正か打ち首

になるんじゃ。」


「私は何も分かりませんが、あのお方は普通のお侍様では無いですよ、侍だから全てが悪いとは考えてお

られませんよ、皆さん、私達は一度戦死したんです。

 私は源三郎様と言うお方は温情の有るお方だと、其れで無ければ何故官軍の歩兵を助けられたのですか、他の人達が農民だからですか、でも私はそうとは考えていないんです。

 其れに今更何処に行くのですか、仮に菊池の隧道から向こう側に出たとしてもですよ、何時狼の大群に襲われるかも知れず、狼のいないところまで果たして逃げ切れる事が出来ると思いますか。」


「源三郎様に言うんですか。」


「私は何も申しませんよ、ただ皆さんが名乗り上げてはどうですかと思って要るのです。」


 其の頃、源三郎と高野が彼らの方に向かっていた。


「彼らは何を話し合って要るのでしょうか。」


「私は分かりませんが、あの後藤さんと言う方とその仲間の人達が測量に付いて話し合って要るのは間違いは無いと思いますが、他の人達もそろそろ動き出すのでは無いかと思いましてね。」


「では話を聴かれるのですか。」


「はい、其れも必要ですが、あの歩兵達ですが数十人は侍では無いでしょうが、私は其れに近い者達では無いかと思っておりましてね。」


 やはり、源三郎は見破っていた。


「ですが、五千人もおれば武士の、あっそうか分かりましたよ足軽ですね。」


「足軽の中には主人から剣術を教わった者も要ると思いますよ。」


「あっ、源三郎様だ。」


「源三郎様、実は。」


「後藤さん、私から申し上げます。」


 新三は意を決したのだろう。


「如何されましたか、私は貴方が足軽だと知っておりますよ。」


 源三郎の言葉使いで後藤はもう知られて要ると思い。


「えっ、何故。」


「私は源三郎ですよ、私に嘘は通じませんからねぇ~。」


 源三郎の言葉で二十名程も足軽達は下を向き、やはり全てを諦めたのだろうか。


「申し訳御座いましませんでした。

 私はあの時の光景が頭から離れず、何も源三郎様に嘘を通すつもりは有りませんでした。

 私も覚悟は出来ておりますので。」


「そうですか、其れで他の方々は。」


 足軽達は次々と前に出、源三郎の前に座った。


「皆さんはもう覚悟されて要るのですね。」


 足軽達は頷き、頭を下げた。


「高野様、太刀を。」


 高野は全て分かって要るが、後藤を始め五千人もの元官軍兵は知らない。


「よ~く分かりました、では覚悟する事ですよ。」


 と言った瞬間、源三郎と高野が持つ脇差が風を切った。


「あっ。」


 元官軍兵達は顔に両手を当てたが新三達の髷が落ちた。


「は~い、これで終わりましたよ。」


 元足軽達の髷が落ち、其れが源三郎流の処罰で有る。


「えっ。」


 だが最も驚いたのは吉三達で。「あの~源三郎様、今処罰が終わったって言われましたが。」


「そうですよ、元足軽とは申しましても武家によっては読み書きから剣術も教え、意味ですがね、皆さんを見ればその当家が分かるのです。

 まぁ~其れよりも貴方方のご主人はどの様にされておられるのですか。」


「はい、申し上げます。

 私のご主人様は早くに戦死されたと伺っております。」


「では他の方々は如何ですか。」


「はい、私も同じで御座います。」


 と、足軽の全員が主人は戦死したと聞かされて要る。


「ではご主人のご家族方は。」


「奥様はお屋敷に残られておられると思いますが、私とご主人様が一緒に官軍に入りましたのでその後の事は分からないので御座います。」


 他の足軽達も同じ様に話した。


「そうでしたか、では今は戻ったとしてもご主人はおられないのですね。」


「私も一度は戻り奥様にと思ったのですが、ご主人様が何処で戦死されたのかも知りませんので、果たして戻っても良いものかも分からないのです。」


「まぁ~私が決める事では有りませんのでねゆっくりと考えて下さい。

 私は貴方方が戻りたいと申されましても止める事は致しません。

 但しですがねこの隧道を出られましても我々が貴方方を護衛する事は出来ませんのでね。」


 髷を切り落とされた足軽達は下を向いたままだ。


「何とお優しいお方だ、同じ侍だと言っても私の知って要る侍とは全く違う、何故だ、何故同じ武士で有りながらこれ程までに違うのだ。」


 と、後藤は思った。


「後藤さん、今何のお話しをされておられたのですか。」


「連合国の、いいえ、源三郎様の事で御座います。」


「私の何をですか。」


「はい、私に菊池の農地拡大を命令されたのではと聞かれましたので、私は源三郎様からは何も命令されたのではないと申し上げたのです。」


「あ~そのお話しでしたか、皆さん、我々の連合国では食料を増産し、領民さん達の暮らしが少しでも楽

になればと思い、皆さんが来られる以前から準備を進めておりましたが、その度毎に何かが起こりまして

ね、今だ工事に入る事が出来なかったのです。

 ですが、その様な時に皆さんが来られましてね、其の中に後藤さんがおられたのです。

 後藤さんは農地を拡大するので有れば池を作り、井戸を掘り、だが其の前に領地を測量する必要が有ると申されましてね、後藤さんのお話しでは私が考える程簡単では無いと、其れで私が後藤さんにご無理をお願いしたのですよ。」


「私もお手伝いさせて頂いても宜しいのでしょうか。」


「私は後藤さんにお任せしておりますので、後藤さんに聴いて頂きたいのです。」


「えっ、でも連合国では源三郎様が全てを決定されて要るのではないのですか。」


「えっ、私がですか、私は何も決定する権利は有りませんよ、連合国では全て現場の人達が決めるのです。

 まぁ~其れよりも、私は皆さんにお願いが有るのですが宜しいでしょうか。」


「オラ達は何をするんですか。」


「吉三さんと申されましたね、私のお願いと申しますのは出来るならばですが、皆さんが連合国に残って

頂けるので有れば新しい農地を開墾して頂けないでしょうか、ですがご無理ならば、私は無理にとは申しませんので、ですが皆さんの中には大勢の農民さんがおられると思うのです。

 私達の連合国にも大勢の農民さんがおられるのですが、でも今の人数では新しく出来る農地を開墾する

事は無理だと考えております。

 何卒、我々の連合国の領民さんの為に皆さんのお力を貸して頂きたいのです。

 この通りお願い致します。」


 と、源三郎はその場で土下座し両手を付き頭を下げた。


「えっ、お侍様が何でオラ達の様な農民に頭を下げるんですか。」


「源三郎様、もったいない事です、どうか頭を挙げて下さい。」


 吉三もだが元官軍兵達は余りにも衝撃に何も言えず唖然として要る。


 源三郎が立つと。


「何故、私達の様な者に頭を下げられるので御座いますか、私は足軽で。」


「えっ、何故ですか、私は皆さんにご無理をお願いして要るのですよ、ご無理をお願いするのですから、私は頭を下げたのですよ、其れが当然だと思いますが。」


「ですが、源三郎様はお侍様で。」


「皆さんは何か勘違いされておられますねぇ~、私はご無理をお願いするのに相手が農民さんでも漁師さんでも全く関係ないと思っておりますよ、私は侍の前に一人の人間をしてお願いして要るのですから。」


「皆さん、総司令はこの様なお方ですよ、我々の連合国では私は侍の前に一人の人間としてお願いする時には、例え相手が子供でも同じ様に致しますよ、其れが連合国なのです。

 ですが、総司令程恐ろしいお方は居られませんよ、特に悪人に対しては狼、いや鬼以上に恐ろしいですからね、其れとこれだけは申し上げて置きますが、総司令に隠し事は通じませんよ、今も二十人の方々の髷を落とされましたが、総司令はこの中に武家に仕えた人が要ると申されて居られましたから。」


「えっ、では私の事は知っておられたのに何も申されませんでしたが。」


「其れが総司令ですよ、まぁ~これから先の事は皆さんが決めて下さいね。」


 其の時、「パン、パン、パン。」


 と、突然隧道の方から数発の連発銃の発射音が聞こえた。


「高野様、今の音は。」


「はい、あの音は連発銃の発射音です。」


 一体何が起きたと言うのだ、今まで聞いた事も無く、其れも突然で有る。


「参りましょうか。」


 其の時、又も、


「パン、パン、パン。」


 と、今度は十数発の連続音で、源三郎と高野は大急ぎで隧道へと走って行く。


「誰か連発銃を。」


 後藤は元官軍兵に聴くが今の歩兵達は連発銃は持っておらず、仕方無く後藤は隧道へと走り、吉三達も走って行く。


 源三郎と高野はその後も連発銃の発射音を聴くが、隧道の入り口に着く少し手前で発射音は聞こえなく

なった。


「一体何が有ったのでしょうか、発射音が聞こえなくなりましたが。」


「私も分かりませんが、様子を見ましょうか。」


 源三郎と高野は入り口の左右に分かれ中の様子を伺うが、其の時、連発銃の発射音を聞いた中隊と新しく加わった連合国軍の家臣達も駆け付けた。


「全員下がれ、左右に分かれて下さい。」


 中隊と家臣達は入り口の左右に分かれ様子を見て要る。

 其の直ぐ後ろには五千人の元官軍兵も駆け付け、暫くすると、五人、十人と隧道の中から幕府の残党と思われる侍が出て来た。

 やがて其の人数は数十名となり、源三郎は入り口の正面で仁王立ちし。


「お主達は一体何者ですか。」


「何者だと、我々は幕府軍で有る。」


「分かった、だがこれ以上中に入る事は許さぬ。」


 源三郎は何時もと同じ様に自然体だが、今日は木剣は持っていない。


「お主は一体誰に対して言っておる、我々は幕府軍で後から五十名以上の剣豪と数百名が来る。

 今からこの藩は我々幕府軍が取り仕切る。」


「其れよりも我々の仲間は。」


「あ~あの兵達か、全員、我々が殺した。」


「何、全員を殺したとだと、もう許さぬ。」


 其の時には中隊と家臣達が連発銃を構え、何時でも撃つ事が出来る状態で。


「中隊長、手出しは無用ですよ、私に任せて下さい。」


「えっ。」


 と、其れは元官軍兵達の声で源三郎は脇差だけで立ち向かうのだと。


「源三郎様。」


 と、吉三は其れ以上何も言えずに要る。


「何だと、我々幕府軍を相手に一人で立ち向かうと言うのか、う~む、小癪な。」


 幕府軍の残党は連発銃は持っておらず、弓と槍、其れと大小の太刀だけで有る。


「お侍様、源三郎様を助けないんですか。」


「まぁ~見てて下さいよ、私が言った総司令は恐ろしいと言う意味が直ぐに分かりますから。」


 高野は平然として言うが。


「そんな無茶な、相手は幕府軍なんですよ、其れも三十人以上なんですよ、あっ。」


 其の時、幕府軍の残党が刀を抜き、源三郎に向かって行くが、脇差を抜き迫って来る残党の刃をかわし残党は次々と倒れ呻き声を上げて要る。


「一体何が有ったんですか、オラは何も見えないんですが。」


「そうですよ、総司令は一刀流の達人でしたね、あれくらいの人数では総司令を倒す事は不可能ですよ、其れにあの者達は直ぐに死ぬ事は有りませんので、誰か荷車を持って来て下さい。」


 連合国軍の兵士十数人がお城へと走って行く。


「う~ん、助けてくれ。」


「へ~助けて欲しいのですか、ですが其れは無理と言うものですよ、貴殿達は私の仲間を殺してのですか

らね、高野様、隧道の向こう側に仲間がおられると思いますので。」


「承知致しました。

 二十人程一緒に来て下さい、其れとお城に行き、荷車を十台程持って来て下さい。」


 又も兵士達が走って行く。


「後藤さん、この者達の武器を取り上げて下さい。」


「はい、直ぐに、吉三さん、其れと。」


「オレも行きます。」


 と、吉三組が残党の刀や槍、其れに弓も取り上げて行く。


「一体を我々をどうするつもりだ。」


「貴殿達は全員この山の主に引き渡しますのでね、其れでご勘弁して下さいね。」


 と、源三郎はニヤリとした。


「何、山の主だと、何だ山の主とは。」


「そうですよ、我々の高い山には数万頭もの狼がおりましてね、その狼が、まぁ~簡単に申しますと狼の

餌食になって頂きますのでね、宜しいですね。」


 平然と幕府軍の残党を狼の餌食にと言うが、元官軍兵達にはこの世で一番恐ろしいと聞こえた。


「源三郎様は平然とされておられますが、何故この場で殺されないのですか。」


 足軽達には不思議に見えたのだろう、何故、足だけを切ったのか、あの傷ならば直ぐに死ぬ事は無い。


「本当だ、全員が呻き声を上げてるが、あの傷では死ぬ事は無いぞ、一体どうするんだろう、正か助けるのではないだろうか。」


「お~い、荷車を持って来たぞ。」


「有難う、ではこの者達を乗せて下さい。」


 幕府軍の残党は次々と荷車に乗せられて行く。


「中隊長、この者達を山に、其れと着物は必要有りませんので。」


「はい、承知致しました。

 連合国軍の兵士達は残党の着物を脱がし荷車に乗せて下さい。」


 その役目は新任の役目で連合国軍の兵士となった元藩士達は残党の着物を脱がし荷車に乗せて行く。


「頼む、この場で殺してくれ。」


「其れは駄目ですよ、貴方方は私達の仲間を殺したのですからね、その償いをして頂きますのでね、中隊長、この者達を後ろ手に、其れと猿轡をお願いします。」


 連合国軍の兵士は何故両手を縛り、猿轡をする意味が分からない。


「まぁ~直ぐに死ぬ事は有りませんがね、其れと後片付けは猪と烏がおりますので、最後は誰なのかも分かりませんから、では連れて行って下さい。」


 幕府軍の残党は荷車に乗せられ山へと向かうが、其れでも残党はもがいて要る。


「源三郎様は何て恐ろしいお方なんだ、オラはもう足が震えて動く事も出来ないです。」


「私もですよ、あれ程お優しいお方はいないと思っておりましたが、其れにしても足だけに傷を付け狼の餌食にするとは考えもしておりませんでしたから。」


「本当だ、オラは源三郎様ってお優しいお方だと思ってたんだけど、でもあんな奴らには本当に恐ろしい

お方なんだなぁ~って。」


「うん、オレもだよ、だって相手は三十人も居るんだぜ、其れを簡単に任せて下さいって、其れにしてもあいつらの顔を見たが、狼の餌食にって言われた時青くなってたからなぁ~。」


「オレは狼は知らないんだけど此処の山に狼の大群が要るって本当なのか。」


「狼は恐ろしいよ、そうか分かったぞだから狼から領民を守る為に柵が要るんだ。」


「そうですねぇ~、私達も急いで測量を終わり、池を掘らねばなりませんねぇ~。」


 後藤も改めて測量を急ぐ必要が有ると思うので有る。


 其れから暫くして。


「総司令。」


「やはり全員でしたか。」


「いいえ、其れが亡くなられたのは二人で、後は怪我をされておりますが、命だけは取り止めており、今荷車でお城へ向かわせております。」


「そうですか、お二人が亡くなられたのですか、其れと連発銃ですが。」


「全て回収しております。」


「分かりました、今後は向こう側でも警戒を強化する必要が有ると思いますが。」


「私も同感で、新任の兵士に就かせようと思いますが増員しなければならならと思います。」


「ではお任せしますが、入り口近くに兵士を守る為の頑丈な小屋を建てては如何でしょうか。」


「はい、私も今必要性を考えておりましたので早急に大工さんにお願いします。」


 源三郎も高野も隧道は簡単に見つかるとは思っておらず、その為に二名の兵士が戦死したと考え、若し

もの時を考え避難小屋を建てる事に成った。


 そして、暫くして新任の兵士が戻って来ると。


「ぎゃ~。」


「助けてくれ~。」


「狼だ、狼の大群だ。」


 と、幕府軍の残党は大声で叫び、叫び声はその後も聞こえていたが、暫くして叫び声は途絶えた。


「全員が噛み殺された様ですねぇ~。」


「はい、ですが問題は当分の間麓に近付く事は無理になりましたねぇ~。」


「まぁ~其れも仕方が無いと思いますねぇ~、で後藤さん達はその間に道具類を作られては如何でしょうか、これだけの人数ですから皆さんで提案され議論をすれば宜しいのですから。」


「承知致しました。

 私も皆さんと話し合いをすれば良い物が出来ると思っております。」


「総司令。」


「貴方方でしたが、ご苦労様でした。

 其れで残党ですが。」


「はい、恐ろしい程の狼でして参百頭は襲って要ると思います。」


「そうですか、高野様、先程の件ですが、今からでも話に入っては如何でしょうか。」


「私も賛成で御座います。

 皆さんにも分かって頂けると思いますが、幕府軍の残党が隧道から侵入して来まして連合国軍の兵士二名が戦死されました。

私は隧道の出入り口の警戒を強化したく、今までの倍以上の人員を配置する事を決めました。

 皆さんを四つの班に分け、その内の一班は必ず警戒の任に付いて頂きます。」


「高野司令、宜しいでしょうか。」


 中隊長は何かを思い付いたのだろうか。


「中隊長、何か提案でも有るのでしょうか。」


「はい、私は今の四個小隊分けで十分ですが、一個小隊を必ず休みに入らせてたいのです。」


「中隊長の提案をお話し下さい。」


「今までの中隊は五個小隊で一個小隊の人数は少なく、ですが高野司令が申されました四個小隊ならば今までの二個小隊以上の人員となり、人数的には何の問題も有りません。

 私が考えた方法ですが、山の警戒には二個小隊で入り、一個小隊は必ず休みを取らせるのですが、ただ皆様方は他国から来て頂いており、皆様方がご自宅に帰るだけの余裕が無いのです。」


「今は其れも仕方が有りませんねぇ~、若しも休みを自宅で過ごすとなれば今の人員では足りませんので当分は今の人員だけで乗り切らなければなりません。

 皆様方も其れだけは覚悟して頂きたいのです。

 其れで無ければ仲間二人の戦死が何の意味も無くなりますので。」


 松川から来た新任の兵士達も諦め無ければなら無い。


「ですが今回は菊池の隧道から侵入して来たので敵方の人数も分かりました。

 問題は菊池以外は全て山越えで一体何人の敵軍が来るのかも予想出来ず、其れは菊池以外の部隊は何時休みが取れるのかも分からないと言う事なのです。」


 源三郎の説明ならば兵士達にも理解出来る。


 菊地には隧道と言う出入り口が有り、出入り口に向かって来る敵方の人数も分かるが、菊池以外全ては山越えして来る為に敵方の人数も分からない。


「承知致しました。

 其れで休む所ですが、私は隧道の出入り口が最適だと考えるのです。」


「総司令、私も今思い付いたのですが宜しいでしょうか。」


「はい、勿論宜しいですよ。」


 彼は新任の兵士で松川から来た家臣で有る。


「今、中隊長が申されました休み処ですが、同じ作るので有れば、私ならば隧道の出入り口の左右に砦を作り、入り口には頑丈な扉を設けまして、扉の上には兵士を配置出来る様にしては如何でしょうか。」


「ほ~、では隧道の出入り口は砦になるのですか、実に楽しい提案ですねぇ~。」


 源三郎は兵士の提案を楽しいと言ってニコリとした。


「其れで有れば、若しも敵軍が隧道近くに来たとしても、出入り口付近で応戦出来ると考えたのです。」


「総司令、私も提案をしたいのですが。」


「はい、勿論宜しいですよ、お話し下さい。」


 源三郎の策略なのか兵士達も必死に考え始めた。


「有難う御座います。

 私は今申されました隧道の出入り口に砦を設けると言うのは大賛成で御座います。

 私を何卒一番に任務に入られせて頂きたいのです。」


 彼は提案では無く一番最初に任務に就きたいと申し出たので有る。


「私は入り口の砦を発見されては困りますので、扉は内側開きに、其れと砦と申しましたが、入り口の左右に一個小隊が入れるだけの大きさで良いと思うのです。

 扉は内側開きとすれば大扉を閉めれば小隊が逃げ込む事も可能だと思うので御座います。」


「今の提案では隧道の出入り口に砦を設け扉を設ければ敵軍の侵入は容易では無いと考えられたのですね。」


 やはり彼らは武士だ、彼らはただ任務に就くのではなく、自分達の命も大事だと考えて要る。


「高野司令、私は同じ警戒に就くので有れば、今回の様に侵入は簡単に許さず、例え私が戦死しましても二箇所の砦と頑丈な扉が有れば応援部隊が到着されるまで持ちこたえる事が出来ると考えております。」


「この問題は私達が考えるのではなく、皆様方の提案を重要に考えては如何でしょうか。」


「はい、私も今その様に考えておりました。

 幕府軍の残党が何時来るのか分かりませんが、中隊長と小隊長、如何でしょうか、今回お二人の尊い命を失いましたが、その人達の為にも皆で考え、より良い物を作り、今後二度と侵入を許さない為にも全員で考えたいと思いますが、如何でしょうか。」


「高野司令、私も大賛成で御座います。」


「オラ達の測量も大事だと思うんだ、だけどお侍様の言われた砦と扉を作る方が先だと思うんだけど。」


「私もですよ、戦死されたお二人の為にも先に造るのは大賛成ですよ。」


「私達もお手伝いさせて頂きたいのですが宜しいでしょうか。」


「私は宜しいのですが、源三郎様にお聞きして頂きたいのです。」


 新三の気持ちは嬉しいが、やはり源三郎の許可が必要だと、後藤は思うのだ。


「あの~源三郎様。」


「新三さん、如何されたのですか。」


「はい、今、後藤さん達が砦と扉作りに参加されると聞き、私達も是非お手伝いさせて頂きたいのですが宜しいでしょうか。」


「私に聴かれる必要は有りませんよ、全てお任せしておりますので、後藤さんが宜しければ、私は何も申し上げる事は有りませんのでね。」


「はい、源三郎様、有難う御座います。

 では後藤さんのお許しを頂ければ宜しいのですね。」


「その通りですよ、其れから今後は私に聴かれる必要は有りませんのでね、皆さんで決めて下さい。」


 後藤が五千人の元官軍兵を掌握すれば隧道の出入り口砦も扉も、更に狼の侵入防止の柵も、大小の池も田畑の拡張も出来ると考えたので有る。


「源三郎様が後藤さんに任せると、其れから今後は私達で決める様にと申されました。」


「やはりでしたか、源三郎様は現場の事は現場に任せると申されていると思います。

 では部隊の中で大工仕事も経験が有る方を探して下さい。」


「はい、其れで人数ですが。」


「何人でも宜しいですから、其れと読み書きの出来る方もお願いします。」


「其れならば、私達足軽は読み書きも習いましたので。」


「そうですか、では私のお手伝いをお願いします。」


 その後、新任の連合軍兵士達と中隊長と小隊長を加え、後藤は提案を聞き、数日後、菊地の隧道の出入

り口に砦の建設が開始された。


「後藤さん、進み具合は如何でしょうか。」


「高野司令、皆様方の提案は誠に素晴らしいです。

 中でも扉ですが、どちらも左右に開閉する方式では無く、跳ね上げ式が良いと申されまして、砦も大変

頑丈に出来上がると思います。」


「そうですか、砦が完成すれば警戒も少しは楽になりますねぇ~。」


「其れと並行しまして砦付近にも仕掛けを作り簡単に侵入を許す事も無くなると思います。」


「へぇ~何か分かりませんが、後藤さんにお任せしますので。」


「はい、有難う御座います。

 其れと砦の工事を並行しまして今後使用します道具類作りにも入っており、道具類が有る程度作り上げますれば測量に入りたいのですが宜しいでしょうか。」


「其れも、全て後藤さんにお任せしますので、大変だとは思いますが柵と池が完成し、田畑の拡張が完成すれば食料が増産され、領民の生活も少しは楽になると思いますので宜しくお願い致します。


「高野司令、承知致しました。」


 その後、後藤を中心とした元官軍兵は砦の工事と道具類作りは始め、二箇所の砦と跳ね上げ式の扉は数

十日後に完成し、最初の第一小隊が警戒の任務に就き、後藤達は最初の測量を開始した。


「中隊長、大変です、五人程の女性が登って来ました。」


「そうですか、やはりあの話は本当でしたか、伝令、隊長に女性が五名登って来ましたと。」


「はい、了解しました。」


 伝令兵は小川に知らせるべく大急ぎで山を下って行く。


「お~い、あんた達。」


「う、何者じゃ、姿を見せなさい。」


「おい、おい、オレ達は別に怪しい者じゃ無いんだぜ、オレ達はなぁ~猿軍団と言ってなぁ~、まぁ~其

れよりも、其の中に小百合さんって言うお人は居るのか。」


「う、一体、何処なのじゃ、何故私の名を知って要るのですか。」


「そうかあんたが小百合さんか、じゃ~綾乃さんの妹だね、中隊長、小百合さんですよ。」


「分かりました。」


「一体何者ですか、姿を見せなさい。」


「まぁ~まぁ~、小百合さん、落ち着いて下さい。」


 と、声が聞こえ直ぐ背丈以上も有る熊笹の中から連合軍兵士が姿を現した。

 小百合も驚くが、其れよりも一緒に来た女性達の顔が一瞬にして顔が引き攣った。

 中隊長以外は誰が見ても兵士の姿では無く農民の姿に見えたからで有る。


「一体何者ですか、何故姉上の名を知って要るのですか。」


「我々は連合国の軍隊で綾乃様の妹で小百合さんと言われるお方が数人の領民さんと一緒に来られると聞きましたのでお待ちしていたのです。」


「では姉上は無事着かれたのですか。」


「はい、其れよりも一刻でも速くこの場から離れなければなりませんので、皆さん苦しいでしょうがお話しは後でも出来ますので私達と一緒に来て下さい。」


「えっ、ではやはり幕府軍が迫って来ているのですか。」


「いいえ、この山には幕府軍よりも恐ろしい狼の大群が生息しておりますので、其れよりもさぁ~皆さん急いで下さい。」


「中隊長、オレ達は戻りますので。」


「有難う、では後で別の小隊を手配しますので宜しくお願いします。」


 猿軍団は戻って行き、中隊長と兵士達は小百合と数名の領民を守りながら頂上を目指して行く。


「伝令です、隊長、やはり登って来られました。」


「そうですか、其れで何人ですか。」


「はい、小百合様と五名の領民さんです。」


 隊長は腰元に湯殿と雑炊の手配し。


「どなたか、若様にお伝え下さい。」


「私が参ります。」


 高木が若様の元へと向かい、隊長小川は城下へと向かった。


「もう少しで頂上ですのでね辛抱して下さいね。」


 女性達が疲れ切っていると分かっては要るが狼の大群が何時現れるかも知れず、一刻でも速く頂上へ、其処には小屋が有り、おむすびと飲み水が置いて有る。

 女性達は相当疲れていると見え、何も話さず必死で登って行く。


 そして、二時半程で頂上の小屋に辿り着いた。


「さぁ~皆さん此処で少し休みましょう、何も有りませんがおむすびと飲み水が有りますので、どうぞ休

んで下さい。」


 女性達が小屋に入るとその場にへたり込み、飲み水とおむすびと受け取り口に運んでいる。


「小百合さん、此処では余り長居は出来ませんので飲み水はそのまま持って行って下さい。」


「あの~まだ遠いのですか。」


「我々の連合国に有る山は全てが高く、ですが貴女方が登って来られた所が一番低いので後は下りですので、ですが先程も申しましたがこの山には狼の大群が生息しており何時襲って来るのかも分かりませんのでお疲れでしょうが休みは少し辛抱して下りましょうか。」


「はい、承知致しました。」


 小百合は以外にも素直になり、其れで他の女性達も頷き、休みは四半時で終わり中隊長は女性達を連れ城下へと向かった。


「綾乃様、小百合様が来られますよ。」


「其れは誠で御座いましょうか。」


「はい、間違いは有りませんよ、先程小川大尉が湯殿と雑炊を手配し城下へと向かわれましたので。」


「左様で御座いますか、其れで何時頃着くので御座いましょうか。」


「そうですねぇ~、多分ですが夕刻にはお着きになられるとは思いますが、綾乃様は領民さんに知らせて頂き、着かれましたらお知らせし直ぐ湯殿に入って頂きますのでね。」


「若様、誠に有難う御座います。

 私は何と御礼を申し上げて良いのか分かりませぬ。」


 綾乃は頭を上げる事が出来ない。

 綾乃達の藩でも藩主は領民を大切にしていたが、山賀では其れ以上で比べものにはならない。


「綾乃様、まだ他の皆様が着かれておりませんので、私はどの様にお話しをして良いものかも分かりませんが、皆様全員が無事に着かれてから今後の事に付いて考えて頂いても宜しいと思っております。」


「承知致しました。

 私のおりました藩でも領民を大切されておられましたが、でも若様とは比べものにはなりませぬ。」


「綾乃様、私では有りませんよ、全て義兄上の考えですので。」


「ですが、何故源三郎様はその様にお優しいので御座いますか。」


「う~ん、私でも理解不能で御座いましてね、何れの時が来れば直接聞かれては如何でしょうか。」


「ですが、誠お話しを聞いて頂けるので御座いましょうか、私は。」


 綾乃は先日百合姫の言葉で源三郎が怒ったと思い、今のままでは源三郎に聴ける様な状態では無いと。


「まぁ~まぁ~其れよりも皆さんの無事だけを考えて下さいね。」


「はい、承知致しました。」


 綾乃は一緒に来た領民達が居る部屋へと向かった。


「さぁ~皆さん見えて来ましたよ、あれが我が山賀のお城ですからね。」


 小百合も他の女性達の顔が綻び少し、元気が出たのか足の動きが早くなり、夕刻の少し前に城下に入った。


「中隊長、大変ご苦労様でしたねぇ~。」


「隊長、小百合様と領民さん達で、皆さん怪我も無く無事です。」


「分かりました、皆さん大変お疲れだと思いますが、お城で綾乃様がお待ちですよ。」


「姉上がで御座いますか、あ~良かった。」


「隊長さん、皆さんを荷車に乗せたらどうですか。」


 城下の領民が数台の荷車を持って来た。


「皆さん、本当に有難う。」


「いいんだって、さぁ~みんな乗って、オレ達が引くからよ、まぁ~何も心配する事は無いからよ。」


 小百合が最初に荷車に乗ると、他の女性達も乗り、城下の男達がお城へと荷車を引いて行く。


「あんた達もう大丈夫だよ、此処にはねぇ~オレ達の若様が居られるから何でも相談する事だ。」


「えっ、若様って申されますと。」


 小百合が驚くのも無理は無い。


「うん、そうだよ、オレ達の若様だからな、もう何も心配する事も無いんだ。」


 城下の男も女も何か有れば若様に相談すれば大丈夫だと言うので有る。


「なぁ~隊長さん頼むよ、この女性達に。」


 隊長の小川はニコニコとして。


「はい、お任せ下さい。

 皆さん、若様の後ろには源三郎様と申されます総司令が居られますから。」


「そうだ、源三郎様だ、源三郎様が居られるんだ、そうだよ、うん源三郎様が居られるからなぁ~。」


 小百合達はもう何が何だか訳も分からず目を白黒させている。


「若様、まだで御座いましょうか、遅いのですが。」


 綾乃は気が気では無いのだろうか、若様も綾乃の心中は分かるが今は待つしか無い。


「もう着かれますよ。」


 綾乃は大手門の前で落ち着いておれず左に行ったり、右に行ったりと小百合達が着くのを待って要る


「あっ、あれは姉上、姉上で御座います。」


 小百合は大きく手を振った。


「小百合です、小百合~。」


 と、綾乃も大きな声で呼び走り出した。


「姉上様、姉上。」


「小百合、良かったです、其れで皆さんは。」


「はい、私は四人をお連れしました。」


 小百合は溢れる涙を拭いもせず、綾乃の胸に飛び込んだ。」


「さぁ~皆さん着きましたよ、お疲れ様でしたねぇ~。」


「さぁ~さぁ~どうぞ。」


「私の妹で小百合と申します。」


「小百合で御座います。」


 小百合が頭を上げると。


「えっ。」


 と、思わず声が出た。


「私は松之介と申します。

 皆さんお疲れでしょう、さぁ~お入り下さい、お願いしますね。」


 数人の腰元が優しく領民を湯殿へと案内して行く。


「姉上様、若様って。」


「あのお方が若様ですよ、お着物が違うので驚くでしょうが。」


「姉上様、何故で御座いますか、ご家中のお姿が見えませぬが。」


「小百合、中隊長様とご一緒の方々がこの山賀のご家中の方々ですよ。」


「ですが何故御座いますか、皆様方のお着物が。」


 小百合に今どの様に説明しても理解出来るはずが無く、それ程までに着物が違うので有る。


「ねぇ~聞きたいんですが、さっきのお若いお侍様が若様って聞こえたんですけど。」


「そうですよ間違いは有りませんよ、其れよりも先にお湯に入って下さいね、着替えの着物が有りますのでね。」


「えっ、じゃ~この着物は。」


「私達が洗いますからね、ゆっくりと入って下されば宜しいのですよ。」


 小百合と一緒に来た女性達が驚く以前に一体何が起きたのか、其れが理解出来ない。

 其れでも今までの汚れと疲れが湯殿に入り全部が飛んで行く様で有る。

 今回は人数も少なく賄い処ものんびりと準備をしている。


「ねぇ~あの人達も大変よねぇ~、一体何日掛かったのかしらねぇ~。」


「私だったらとてもじゃ無いけど無理だわ。」


「そうよ、私だったらとても歩けないわ。」


「だけど、一体何人が来るのかねぇ~。」


「私が聴いたところじゃ残りが二百人だって。」


「えっ、まだ二百人も居るの。」


 山賀の城下では綾乃達の話で残りが二百人程がおり、その女性達が山賀に来ると、山賀のお城では何時来ても良い様にと準備だけは進めている。

 女性達が湯殿に入って一時以上も経って要る、それ程にも気持ちが良いのだろうか。


「さぁ~小百合も湯殿に行きなさい、其れとお着物も別に有りますからね。」


 腰元が笑顔で連れて行き、暫くして小百合と女性達が湯殿から上がり広間に入ると。


「如何でしたか、皆さんも大変でしたねぇ~、まぁ~暫くはのんびりとして下さいね、お食事ですが皆さんも相当疲れている思いますので、今日のところは雑炊で辛抱して下さい。」


 其の時、最初に来た女性達も入って来た。


「わぁ~おきみさん、良かったわねぇ~。」


「おきよさん、私。」


「もういいのよ、みんなが無事でよかったわ。」


「さぁ~さぁ~皆さんも食事にして下さいね。」


 若様、松之介は其れだけを言うと広間を出た。


「綾乃様、若様って。」


「皆さん、若様がお殿様ですよ。」


「えっ、お殿様って、でもお殿様のお着物が。」


「まぁ~その話は食べ終わってからしますので、其れよりも皆さん若様が申されました様にこのお城での

んびりとして下さい。」


「姉上、ですがまだ殆どの人達が残っておられますが。」


「小百合、今の私達は何も出来ないのです。

 残りの皆様が無事に着かれる事だけをお祈りする事しか出来ないのです。

 皆様にもお願いしますね、さぁ~食べましょうか。」


 綾乃は女性達に笑顔を見せ、落ち着かせようとするので有る。


 その後、二日経ち、三日が経っても山を登って来る女性も無く、五日が経った時、突然。


「きゃきゃ。」


 と、猿の鳴き声が聞こえた。


「若しや。」


「中隊長、今の鳴き声は。」


「猿軍団ですが、何故猿の鳴き声だ、若しや官軍兵か幕府軍の残党では無いだろうか。」


「中隊長、自分が見てきますので。」


「気を付けて下さいね、他の者は配置に就いて下さい。」


「中隊長、大変です、官軍兵です。」


「やはりでしたか、其れで何人程ですか。」


「二百人前後です。」


「二百人ですか、分かりました。

 誰か第二と第三小隊に直ぐに応援を頼むと伝えて下さい。」


「はい、了解しました。」


 と、兵士は大急ぎで第二、第三小隊の方へと向かった。


 猿軍団との打ち合わせの必要も無く、猿軍団の鳴き声で判断出来る様になっている。

 官軍兵は二百人以上で小隊に別れ登って来る。

 半時が過ぎた頃。


「お前達は何処から来たのだ。」


「えっ、何処だ。」


 官軍兵は辺りをきょろきょろと見回し声が聞こえる方角を見るが、何処を見ても声の主の姿が全く見えない。


「お前達は官軍なのか。」


「そうだ、我々は官軍だ、一体何処に隠れて要る早く姿を見せろ。」


 中隊長が姿を見せ。


「私は一人では無い、お前達は既に取り囲まれて要る。

 死にたく無ければ直ぐ下山し、二度と登って来るな。」


「何を言っておる、我々は官軍だ何も恐れるものは無い。」


「そうか分かった、だが言って置くがこの山には狼の大群が潜んでおり、その狼の大群が間も無くお前達を襲い全員が狼の餌食になるが其れでも良いのだなぁ~。」


「何だと、狼の大群が要るだと、誰がその様な話を信じるか。」


「そうかでは好きにするんだなぁ~、連合軍兵士は全員引き上げる。」


 中隊長の命令で熊笹だけが動き、官軍兵から見れば一体何人が潜んで要るのかも分からず、余計官軍兵の恐怖心となり少しづつ下がり始めたが。


「中隊は突撃開始、突撃せよ。」


 其の時。


「パン、パン、パン。」


 と、乾いた連発銃の発射音が聞こえ、官軍の指揮官らしき男が倒れ、その直後官軍兵は辺り構わず連

発銃を撃ち始めた。


「中隊長、奴ら必死ですねぇ~。」


「全員早く小屋に入れ、もう狼が襲って来るぞ。」


 中隊の兵士が小屋に入った途端。


「ぎゃ~。」


「助けてくれ~、狼だ。」


「狼だ、誰か助けてくれ。」


「わぁ~狼だ。」


「パン、パン、パン、パン。」


 官軍兵は辺り構わず必死で連発銃を撃つが、狼の大群が何処から襲って来るのかも分からず、官軍兵は大混乱で、中には仲間に撃たれたのだろうか倒れる兵士も出るが殆どが狼の餌食に、二百名もの兵士達の叫び声は半時以上も続き、やがてその声も聞こえなくなり、中隊は簡単に小屋を出る事も出来ず、其のまま翌日まで小屋を出る事が出来なかった。


「う~ん、やっぱり狼は恐ろしいですねぇ~。」


「中隊長殿、自分もですよ、一体何頭要るのでしょうか。」


「私も分からないですよ、其れも山賀から菊池までですから、一万頭、いや二万頭ですかねぇ~。」


「中隊長、そろそろ外に出ても大丈夫でしょうか。」


「いいえ、まだですよ、もう少し待って見ましょう。」


「中隊長、其れよりもこの五日間ですが女性達は登って来ませんが、若しもですが官軍兵に見付かったのではないでしょうか。」


「確かに其れは分かりませんが、今の我々としては何も出来ませんので待つしか出来ないのですよ。」


 最初綾乃達が登って来て、その直後百合姫が、そして、二日後には小百合が領民と共に登って来た。


 其れからの五日間は誰も来ず、女性達が来る前に二百名の官軍兵が登って来た、と言う事はやはり官軍兵に発見され殺されたのだろうかと中隊長は色々と考えるが、今となっては残りの全員が無事で有る事だけを祈るだけで有る。


「小川大尉、この五日間何の連絡も有りませんが。」


「私も心配で、今からでも山に参り中隊長に聞いて参ります。」


 若様も五日間も女性達が山へ登って来ないのが心配で仕方が無い。

 小川も同じで半時後山の麓に来ると、中隊の兵士は何処にも見当たらず、仕方無く小川は登って行き、二時半が経つと頂上付近で兵士を発見した。


「中隊の兵士は大丈夫ですか。」


「あっ、隊長殿、もう大変だったんです。」


「何か有ったんですか、若しや官軍兵から攻撃を受けたのでは有りませんか。」


「はい、数日前ですが二百名の官軍兵が登って来まして。」


「で、中隊の兵士は。」


「はい、全員が無事で、もう直ぐ中隊長が。」


「隊長殿。」


「ご無事でしたか、良かったです。」


「はい、全員が無事でしたが二日間も小屋で待機し、先程から下山を開始したところです。」


「そうでしたか、若様も大変心配されておられ、私もですが、其れで今日登って来たのですが、その間女性達は登って来られ無かったのですね。」


「我々も官軍兵が登って来ましたので若しやと思って要るのですが、我々としては何も出来ず、正直なところ少しいらついておりました。」


「其れで官軍兵ですが。」


「はい、私は一応勧告したのです。

 この山には狼の大群が生息しており直ぐ下山せよと。」


「ですが官軍兵は無視したのですね。」


「其れで我々も狼の大群の攻撃を受けますと下手をすれば全員が犠牲になると思い、官軍の指揮官に発砲し指揮官は倒れ、歩兵は下山を開始したのですが、其の時には既に遅く我々は避難小屋に飛び込み何とか全員が無事でした。」


「そうでしたか、大変な状況下で全員が無事で有ったと言う事が一番大事です。

 中隊長は一度下山して下さい、後は私が残りますので他の者を送って下さい。」


「えっ、隊長殿がですか。」


「中隊長も兵士達も大変疲れておられますので。」


「はい、ですが別の者と申されましたが。」


「第二小隊か第三小隊の何れかで宜しいですからね、中隊は数日間の休養を命じます。」


 中隊長が指揮する第一小隊は全員が選ばれし者達で、彼らも初めての戦だ。

 だが其れよりも狼の大群の恐怖で疲れて要ると言うより、あの恐怖心が身体から抜けない。


「隊長殿、第二小隊か第三小隊の何れかと申されましたが、正か隊長殿が警戒に入られるのですか。」


「その通りですよ、兵士が無理ならば、う~ん、何か策が。」


「隊長殿、第五小隊ならば宜しいかと思いますが。」


「では第五小隊で行きましょうか。」


 第五小隊も選ばれし者達の集まりで、今回は別の場所で任務に就いており、官軍との戦には参加していない。


「では第五小隊を呼びます。

 其れと官軍兵ですが、まだ何も確認出来ておりませんので。」


「分かりました、私が確認して置きますので中隊長は部下を休めた後、若様に報告して下さい。」


「はい、了解しました。

 隊長殿、では自分達は下山します。」


 中隊長と第一小隊が下山して行く。


「隊長さん、官軍はまた来るんですか。」


「う~ん、其れがねぇ~分からないのです。

 其れよりも私は女性達の事が気になるのですが。」


「オレ達が注意してますんで、隊長さんは余り奥に行かず、小屋の近くで待ってて下さい。」


 やはり猿軍団は頼りになる。

 彼らは狼の動きを知り尽くして要るので小川も安心し小屋付近で待機に入った。


「第一小隊は弾薬の点検と補充が終われば今日は休んで下さい。

 私は若様に報告しますので。」


 小隊は大手門に入ると、其のまま執務室の隣に有る連発銃の保管庫に入り銃の点検と弾薬の補充を終え休みに入った。


「若様に報告致します。」


「中隊長、大変だったそうですが、一体何が有ったのでしょうか。」


「はい、では報告致します。」


 と、中隊長は若様松之介と吉永に官軍との戦に付いて説明を始めた。


「では官軍は全滅したのでしょうか。」


「大変申し訳御座いません。

 自分はまだ狼の大群が要ると判断し確認出来ておりません。」


「其れは仕方が無いと思いますよ、では小川大尉が確認作業をされておられるのですか。」


「ですが今までと違い今回は大勢の官軍兵でして人数も正確では無かったので、若しやと思って要るので御座います。」


「そうですねぇ~、まぁ~今は女性達が無事で有る事だけを願うばかりですよ、後は小川大尉に任せ休んで下さい。」


「ですが自分は大丈夫ですので明日には山に。」


「お気持ちは私も分かりますが、疲れが残った身体で山に入っても満足な務めも出来ないのです。

 下手をすれば途中で倒れ、狼に襲われれば今の中隊長では狼の餌食になりますよ、中隊長だからこそ山をお任せ出来るのです。

 小川大尉も分かっておられ、中隊長に休めと申されたのですからね、分かって下さい。

 まぁ~二~三日の休みを取り、その後小隊と共に行かれた方が良いと思います。」


「若様、有難う御座います。

 では、自分はお言葉に甘えさせて頂き、三日間の休みを取り、四日目の早朝には小隊と山に入りまして

任務に就かせて頂きます。」


「は~い、其れで宜しいですよ。」


 若様も中隊長は責任感の強いと男だと分かって要る。

 だが、今の中隊長は身体もだが目を見ればどれだけ過酷な任務なのかが分かる。

 相手が幕府軍の残党や官軍だけならば任務を続行させるだろう、だが今は違う何の武器も持たず、更に侍の護衛も無く無謀と思える長い逃避の先に一番恐ろしい狼の大群が生息する山を登って来る。


 その様な状況下で中隊の兵士と中隊長が死亡すれば山賀を守るのは一体誰が出来ると言う。

 小川は今後の事も考え中隊長と小隊と休ませ無ければならないのだと、其れは松之介も同じで有る。


「若、中隊長は並みの疲れ方では有りませんねぇ~。」


「私も中隊長のお気持ちは痛い程分かります。

 確かに今までならば幕府軍の残党か官軍の監視だけでしたが、綾乃様が言われた様にまだ二百名近くの女性が登って来られる可能性が有ると思うのです。

 全員が無事我が山賀の城下に送り届けなければならないと考えておられますが、この数日間一人の女性も来られず、其の時官軍が来れば誰が考えても女性達は官軍に殺されたと、特に中隊長は今憎しみに満ちた気持ちでおられ、その気持ちだけでは小隊もですが、他の小隊の兵士も危険に巻き込まれる可能性が有りますので中隊長を休ませる必要が有ると思うのです。」


 松之介は中隊長には満足出来る身体と神経を取り戻し、そして、改めて任務に就かせたいという強い思いが有ると吉永は感じた。


「私も若しやと思っておりますが、綾乃様には。」


「今は何も伝える事が出来ないのです。

 私自身が山に行きたいのですが、今の私が山に行けば領民に不安な気持ちを持たせる事は出来ません。

 私自身が今は耐えなければならないと思っております。」


 松之介も相当神経が疲れて要ると吉永は思うが、今の吉永は何も言えない。

 其れよりも、山賀に着いた女性達が心の底から安心出来る様に受け入れの準備だけは責任を持って進め

なければならないと考えて要る。


 中隊長と小隊の兵士達は数日振りの風呂と雑炊に満足したのかその後二日間も眠っていた。

 中隊長が眠りから覚めたのは三日目の早朝で有る。


 綾乃も小百合も心配で十日間近く領民の女性が着いたと言う知らせが無かった為で有る。


「姉上、この十日間と言うもの良い知らせが御座いませんが大丈夫でしょうか。」


「小百合、私も何か有ったのでは無いかと心配ですが、今の私に何も出来ないのです。」


「私は心配で心配で。」


「私も分かっておりますが、今は耐えなければなりません。」


「はい、其れと、私は中隊長様も。」


「そうですよ、私達は中隊長様のお陰で助かったのですからね、中隊長様には感謝せねばなりません。」


 綾乃と小百合は話の途中で部屋を出た。


「隊長さん、登って来られました。」


「其れは女性達でしょうか。」


「はい、二十人程だと思います。」


「あっ、中隊長様です。」


「えっ、どなた様でしょうか。」


 中隊長は忘れたのでは無く、綾乃達が山を登って来た時とは違っており、直ぐには分からかった。

 綾乃と小百合が頭を上げ。


「中隊長様、お忘れで御座いますか、綾乃で御座います。」


「えっ、綾乃様ですか。」


「はい、私は綾乃で隣が妹で小百合で御座います。」


「中隊長様、小百合で御座います。」


 中隊長は綾乃も小百合も忘れたのでは無い。

 あの時は着物も汚れ、顔も汚れと疲れで今とは全く違い直ぐには分からないのも当然で有る。


「申し訳御座いませぬ、私も忘れていたのでは御座いませんが。」


 綾乃と小百合がニコリとした。


「あ~良かった、私は中隊長様に嫌われたのではないかと心配で。」


「いゃ~その様な事は決して御座いませぬ。

 ですが、私はあの時にお会いしただけでしたので。」


 十日間と言うもの綾乃や小百合とは全く会う事も無く、この二日間も眠り込んでいた事さえも忘れて要る。


「中隊長様、この十日間と言うもの知らせが無く、私も小百合も心配で。」


「えっ、十日間もですか、何と言う事だ、私は何と二日間も、綾乃様、小百合様、私は急ぎますので。」


 中隊長は大慌てで執務室へと向かった。


 其の頃、小川は女性達を助け頂上を目指していた。


「間も無く頂上に着きますので、頂上には我々の小さな小屋が有り、おむすびと飲み水が有りますのでそれまでは辛抱して下さいね。」


 其れは十日振りの女性達で相当疲れて要るのか誰も話さず、必死で山を登って来た。

 発見され二時半近く掛け頂上までは後少しで、此処まで来れば少し安心出来ると小川は思った。


「皆さん、後少しで小屋に着きますが、此処まで来れば一安心ですからね、少しだけ休みましょうか。」


 女性達は少し安心したのかその場にへたへたと座り込んだ。


「隊長、自分が知らせに行って宜しいでしょうか。」


「そうですねぇ~、ではお願いします。」


 兵士は大急ぎで山賀のお城へと向かった。


「若様。」


「そんなに慌てて如何されたんですか。」


「申し訳御座いませぬ。」


 と、言って、中隊長は膝を付け頭を下げ脇差を置いた。


「中隊長、何をされるのですか、正か。」


「私は幾ら疲れて要るとは申せ二日間も眠っておりました、私は。」


「其れで良いのです。

 其れほどにも中隊長は疲れておられると言う事ですからね、其れに誰が中隊長を責めると思いますか。

 その様な者は今の山賀には一人もおりませんよ。」


「ですが私は。」


「何も心配される事は有りませんからね、其れに小川隊長も分かっておられますよ。」


「若の申される通りですよ、今の山賀で中隊長の任務は過酷だと知らない者はおりませんからね、小隊の兵士達も疲れが酷く、その様な状態で山に参られても満足な任務は出来ないと思います。

 まぁ~其れよりも今日一日は休まれ、明日向かわれては如何でしょうかねぇ~。」


「ですが、この数日間隊長が。」


「そうですねぇ~、まぁ~小川さんも大変でしょうが、中隊長にはこの先も山の任務を続けて頂くのですからね、今日は休まれ明日の早朝小隊と共に山に入り、隊長と交代して下さい。

 これは私からの命令ですよ。」


「はい、承知致しました。」


 其の頃、小川と二十名の女性達は小屋に着き。


「さぁ~皆さん、この小屋に着けばもう大丈夫ですからね、其れとおむすびは今日の朝届けられたので心配無く食べて下さいね。」


「はい、有難う御座います。

 皆さん、頂きましょうか。」


 女性達は数人を除き、全員が農民で、その数人は武家の奥方と思われる程落ち付いて要る。

 小川は無理に聞く事もせず、静かに女性達を見守って要る。


「隊長、今、丁度お昼だと思います。」


「そうですか、では半時程で下山を始めますので警戒をお願いします。」


 今がお昼だと言う事は、女性達の足ならば夕刻近くにはお城に着くだろうと小川は考え。


「伝令をお願いします、夕刻近くには到着しますと。」


「あの~宜しいでしょうか。」


 やっと口を開いた。


「勿論宜しいですよ。」


「今、夕刻近くには到着されると申されましたが。」


「山賀のお城には綾乃様と他のお方もおられ、皆様方にお知らせしなければなりませんので。」


「では、綾乃様も小百合様もご無事で。」


「其れに他の方々も無事ですよ。」


「わぁ~良かった、じゃ~オラ達もお城に行くんですか。」


「勿論ですよ、皆さんがお待ちですからね。」


「隊長様、オラは何て言ってお礼を言っていいのか分からないです。」


「私達は別にお礼を言われる様な事はしておりませんよ。」


 小川はその後もニコニコとしながら話をし。


「さぁ~皆さん、参りましょうかねぇ~、お城に着きましたら皆さんはお風呂に入って下さいね、明日の朝には髪結いも来ますのでね。」


 幾ら農民とは言え、其処はやはり女性だ、この何日、いや数十日間も髪は其のままで髪結いが来ると大喜びして要る。


 小川と小隊の兵士達は女性達の前後に付き下山して行く。


「若様、大変です。」


 と、兵士が飛び込んで来た。


「何か有ったんですか。」


「はい、今朝、二十人程の女性が登って来られました。」


「えっ、二十名の女性がですか、其れで。」


「隊長は小屋に向かわれておられます。

 私の知る限りでは官軍兵も狼の群れも来ず、今頃は小屋で休みを取られて要ると思います。」


「そうですか、二十名の女性と言う事はやはり何処かに隠れておられたのだと思いますねぇ~。」


「私は手配に入りますので。」


「宜しくお願いします。」


「二十名の女性ですが、其の中で武家の奥方か、ご息女は。」


「はい、数名だと思いますが。」


「そうですか、高木さん、綾乃様に知らせて下さい。」


 高木はニッコリとし執務室を飛び出して行った。

 城下の領民達も下山して来た兵士から聴いており。


「お~い、今度は二十人だってよ~、荷車の準備だ。」


「よ~し、オレ達が行くから。」


「其れと敷物が有ればいいんだけどなぁ~。」


「そうだ、オレが旅籠に行って来るよ。」


「じゃ~私達も一緒に行くよ。」


 若様が城下の領民に言ったのでは無い。

 兵士の誰かが話したのだろう、其れは領民も世の中の変化に気付き始めたので有る。


「さぁ~間も無く城下に入りますからね。」


 小川は小屋を出て二時半程で後少しで城下に着くと言った。


「ねぇ~良かったねぇ~、オラはあの時どうなるのか怖かったよ。」


「うん、オラもだ、でもあの官軍は何処に行ったんだろうかねぇ~。」


「隊長様、オラ達は官軍に。」


「官軍に見付かったんですか。」


「隊長様、申し訳御座いませぬ、私は。」


「いいえ、宜しいですよ、貴女方がどれ程疲れておられるか、皆様方の姿を見れば私でも分かります。

 皆様方が話をしたく無いと申されるのも当然だと思っておりますのでね、今は宜しいですよ。」


「隊長様、私は佳乃と申します。

 其れと、此方のお二人が松井様の。」


「宜しいですよ、其れよりも貴女方と一緒に来られた女性ですが、これで全員でしょうか。」


「はい、全員がお城を出た時と同じです。」


「そうですか、皆さん、良くぞご無事で良かったですねぇ~。」


「隊長様、でも未だ二百人近くがお城に隠れて要るんです。」


「えっ、二百人もですか。」


「はい、其れでオラの父ちゃんは。」


 農民達の主人や親兄弟が戦へと駆り出され、女性達の城下でも老人までもが戦に向かい、男達は殆どいなくなり、綾乃が領民をお城に集め、家臣達の妻達にも理解を求めた結果、山賀と言う未だ聞いた事も無い国を目指したので有る。

 其の頃の城下には侍は一人もおらず、お城に隠れた女性以外は他国へと逃げ出し、この城下では廃墟に近く、だが綾乃は残った領民を何としても助けるのだと言う決意で最初に山賀へと向かった。


 その後、二日ないし、三日後の夜には次々とお城を抜け出して行くので有る。


「お~い、大丈夫か。」


「お~これは皆さんでしたか。」


「持って来ましたよ、さぁ~みんな荷車に乗って、後少しだけど、オレ達がお城まで送りますからね。」


「有難う、皆さん。」


「さぁ~さぁ~乗った乗った。」


 男達は農民達を次々と荷車に乗せお城へと向かった。


「なぁ~あんた達、お城にはオレ達の若様が居るから何も心配するなよ。」


「えっ、若様って。」


「そうだよ、この城下じゃ誰だって若様を知ってるんだ、だから若様を知らない奴は他の国から来た、あんた達もだけど、まぁ~そんな事はどっちでもいいから何でも若様に言うんだよ。」


 女性達は何と返事をして良いのかも分からない。


「あの~隊長様、若様って。」


「若様ですか、若様ならば大変お優しいお方ですから、城下で若様の悪口を言う方はおられませんよ。」


「でもオラ達は農民だから。」


「若様はその様な事は全然気にされませんよ、皆さんが気を使う事は有りませんからね、其れよりもお城に着けば其のままお風呂に入って下さい。」


「でもオラ達はこんなに汚れてるんですよ。」


「だからお風呂に入って汚れ落とすんですよ、だけどご飯は簡単だと思って欲しいんです。」


「隊長様がそんな事勝手に言ってもいいんですか。」


「は~い勿論ですよ、まぁ~多分ですが、私の言った通りになると思いますよ。」


 と、小川はニコニコとしながら話すが、農民の女性達はやはり不安なのか顔色が沈んでいる。


「我々の連合国では、前向きな考え方で有れば、出来る、出来ないは別として、貴女方の様な農民さんでも、城下の町民でも進言する、まぁ~考え方を言う事が出来るんですよ。」 


「隊長様、オラ達が言っても若様は聞いて下さるんですか。」


「勿論ですよ、若様よりも我々の連合国では源三郎様と申されますが、我々は総司令とお呼びしておりましてね、総司令は侍が言う話よりも、そうだ野洲には技師長がおられますが、この技師長は子供の頃から総司令に提言しておられましたが、全てを聞かれ、その結果、技師長や漁師さん達の提言が、まぁ~そんな話しよりも、暫くは何も考えずのんびりとして下さいね。」


「どうやら皆さん到着された様ですねぇ~。」


 吉永も手配が終わり、大手門に来て要る。


「皆さん、大変ご苦労様でしたねぇ~、さぁ~さぁ~其のままで宜しいですからお風呂に入って下さいね、明日の朝には髪結いも来ますので、其れとお食事ですが身体の事も考えて今日は雑炊にしておりますので。」


「あの~オラ達はこんなに汚れてるんですが。」


「だからお風呂に入るんですよ、其れと着物も揃えて有りますのでね、では案内して下さい。」


 数人の腰元がニコニコとしながら湯殿に案内するが、湯殿に着くまでに説明し何も心配はないと。


「あの~今のお侍様ですが。」


「若様の事ですか。」


「えっ、若様って、隊長様が言われてましたが、オラ達の話しでも聞いて下さるって本当なんですか。」


「本当ですよ、私達よりも皆さんの話しの方がよ~く聞いて頂けると思いますよ。」


「でも何で若様が農民の作業着を着てられるんですか、其れにお殿様は何も言われないんですか。」


「若様がこのお城のお殿様ですよ、でも此処では誰もが若様って呼びますから、其れに城下の人達は誰でもお城に来ても宜しいんですよ。」


「え~若様がお殿様なんですか、オラはもう分からなくなってきたよ。」


「そうだよ、オラ達が居たところでもお殿様は、でもオラ達と同じ着物で、あっ、あの兵隊さん達もだ。」


「其の方々も全員が連合国のご家中で、そうですねぇ~、連合国でお殿様のお着物を召しておられるとお殿様はおられないと思いますよ。」


「皆さん、湯殿には着替えも有りますのでゆっくりとして下さいね。」


「でもオラ達は農民ですから。」


「連合国では農民さんが一番大切なんですよ、まぁ~何も心配しないで身体を休めて下さいね。」

 腰元は其れだけを言うと湯殿を出た。


「綾乃様、遅れましたが。」


「佳乃様では御座いませぬか、良くぞご無事で何よりでした。」


「はい、佳乃で御座います。

 後、松井様と佐川様の奥様で。」


「皆様方もお疲れだと思いますので、先に湯殿に行かれては如何でしょうか、お話しは後程と言う事でも宜しいかと思いますので。」


「若様、誠に有難う御座います。

 佳乃様、松井様、佐川様、先に湯殿に。」


 と、腰元が湯殿に連れて行く。

 二十数人の女性達は半時以上過ぎて湯殿から上がり、大広間に入ると、其処には先に着いていた町民が

待っていた。


「わぁ~あんた、良かったねぇ~。」


「わぁ~ほんとだ、みんなが居るよ。」


 町民や農民達は抱き合って喜びを爆発させて要る。

 やはりお互いが無事だと確認出来たのが余程嬉しかったのだろう、だが未だ二百名近くが残っており、果たして全員が無事山賀に着く事が出来るのだろうか、其れだけは今の松之介も吉永も其れに監視任務に就いている連合国の兵士も分からない。


 そして、中隊長と小隊の兵士達は小川と交代し山へと入って行く。




   

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