第 10 話。山を越えて来る者達とは。
話しは戻り。
工藤と吉川、石川の三名は早朝に城を出、浜へと向かった。
「吉川さん石川さんには大変なご無理を申し上げ誠に申し訳御座いませぬ。
お二人が書き留められました書き物を拝見致しましたが、私も改めて技師長の頭脳は連合国の宝物だと思いました。」
「私達はただ技師長の話されました内容を書き留め、其れを順番に書き直しただけの事ですから。」
「ですが、これは大変な作業だったと思いますよ。」
「私は書き写しながら考えておりましたが、技師長の発想は並みの人間では考え付かないと思っておりますが、石川殿も同じ様に申されております。」
「確かにその様ですねぇ~、簡単に水車や風車と申されておられますが、我が野洲でも最初に聴いて理解出来る様な者はおりませんでしたから。」
「私も同じで正か船体に水車や風車を取り付けるとは誰も考え付きませんからねぇ~。」
げんたは一体どこから船体の外側に水車型の、其れに船の推進用に風車型の装置を取り付ける方法を考え付いたのだろうか、と、工藤も考えるが全く理解出来ない。
「私も随分と考えたのですが全く分かりませんでした。
ですが、総司令は何処で技師長を見付けられたので御座いますか。」
「城下で小間物屋を母親と一緒に営んでおりましてね、城下では順番待ちが出来る程でして、特に娘さん達には評判の小間物屋でしたよ。」
「えっ、小間物屋を営んでおられたと、では小間物を作っておられたのですか。」
「その通りでして、城下の女性達の注文を受けてどの様な物でも作っていたと、私の母が申しておりました。」
「では、その小間物屋は女性客で何時も繁盛していたのですか。」
「其れはもう大変だったそうですよ、技師長は女性客の話す内容を聞いて作るのですがどの女性客も満足していたと、其れが総司令の耳に入りましてね、最初に頼まれたのが潜水具だと伺っております。」
「では頭の回転が早いのと頭の中で全て組み立てが出来ると、う~ん、正に天才ですねぇ~。」
「全くその通りで私達も最初に話を聴いておりますが話される内容が全く分からずおりました。
でも今では少しだけですが理解出来る様に、ですが最初は理解すら出来ず理解するまで大変な苦労した事だけは覚えております。」
吉川も石川も源三郎の指示でげんたの潜水船建造の話しを全て書き取れと言われたが、げんたの話は理解出来なければ、幾ら腕の良い大工達でも書き留めたものだけを見て潜水船を造ると言うのは無理だと工藤は思った。
そして、話しの途中に浜へ着いた。
「技師長。」
「まぁ~工藤さん、其れに石川さんと吉川さんもですか、まぁ~入って下さいね。」
「お母さん、昨日は有難う御座いました。
中隊隊長達も小隊長達も大変美味しかったと其れはもう大喜びでしたよ、其れで今技師長は。」
「いいえそんな事、あんな物で良かったら何時でも宜しいんで来て下さいね、げんた、工藤さんよ。」
「母ちゃん、入って貰って。」
「工藤さん、汚いところですがどうぞ入って下さい。」
三名が入ると。
「えっ、あんちゃんは。」
「はい勿論、総司令からは許可を頂きましたので、其れに吉川さんと石川さんまでも同行して頂けましたので。」
「やっぱりなぁ~あんちゃんだ、其れでオレは何をすればいいんだ。」
「はい、其れで私は昨日から考えておりました事が有るのですが。」
その後、工藤はげんたに詳しく説明すると。
「うん、分かったよ、じゃ~今から行こうか。」
「えっ、今からですか。」
「オレだって昨日から行く気持ちだったんだぜ、こんなの早い方がいいと思うんだ、だって、簡単には終わらないと思うんだ。」
「分かりました、では今から参りましょうか。」
「母ちゃん、オレ今から行ってくるよ、其れで何時頃帰って来るか分からないんだ。」
「え~、そんなに長く掛かるの。」
「うんそうだよ、だって大工さんもだけど鍛冶屋さん達に話すのが一番大変なんだからなぁ~。」
「まぁ~其れは分かったけどねぇ~。」
「まぁ~オレの事はあんまり心配するなって、其れよりも母ちゃんはオレが居ないと淋しんだろう。」
「何言ってるの、母ちゃんはねぇ~お前と違って大人だからね、まぁ~あんまり心配はしないけど、其れよりも、皆さんにあんまり心配は掛けないでよ。」
「うん、分かったよ、じゃ~行ってくるからね。」
吉川も石川も正か直ぐに行くとは思って無かった。
「ねぇ~吉川さん、菊池と上田のどっちが近いのかなぁ~。」
「其れよりも順番を決めませんか、菊池が終われば一度戻り、数日後に上田に参ると言うのは。」
「うん、其れだったらいいよ、だったら菊池からだね。」
「はい、其れで宜しいですよ、では参りましょうか。」
げんたと工藤達は浜を出一路菊池の高野に会いに行く事に成った。
一方で高野には早馬で文が届き、大工の親方と鍛冶屋を呼び親方達は大急ぎで高野が居るところへと向かった。
その頃、高野は殿様にも報告して要る。
「高野、工藤と言う人物は官軍でもかなりの高官だ、その様な者が菊池の他に上田と松川でも潜水船を作れと申すのは余程事態が切迫していると言う事だ、我々も心して掛からねばならぬぞ。」
「はい、総司令からの文でもその様に感じております。
菊池の洞窟も殆ど掘削が終わっております。
総司令は技師長の事だ遅くとも今日の夕刻には、いや、早ければ昼過ぎには着くだろうと書かれております。」
「其れならば我々も準備が必要だと思うのだが如何じゃ。」
「私は多分説明には数日掛かると思っております。
間も無く大工さんと鍛冶屋さんが到着すると思いますので詳しく話して置きます。」
「頼むぞ、其れで昼過ぎに着くと思わねばなるまい、誰か居るか。」
腰元が来た。
「済まぬが、今日の昼食だが野洲から四名と大工と鍛冶屋の物も追加する様に賄い処に伝えて欲しいのじゃ。」
腰元は殿様から伝言を聴き直ぐに賄い処へと向かった。
そして、やはり昼過ぎに着いた。
「高野さんに会いたいんだけれど、オレは野洲のげんたって言うんだ。」
大手門の門番は驚いた、正かとは思ったが、高野から聴いていた通りで有る。
「はい、聴いておりますので、どうぞ此処を入られて右の建物に居られますので。」
「有難う、じゃ~行こうか。」
げんたは何時もの調子で入って行くので工藤は驚いて要る。
技師長は野洲だけで無く、菊池でも同じ様に堂々と入って行く、其れはまるで殿様の様にだ。
「高野さんは。」
「お~、これは技師長に工藤さんも其れに吉川様に石川様もわざわざお越し頂きまして、先程総司令より一応の内容は文にて連絡を頂いておりますので。」
「最初は菊池の大工さんと鍛冶屋さんに話をさせて貰いたいと思い参りました。」
「技師長はその人達とは面識が有ると思いますので。」
「うん、前に野洲で簡単に話はしたんだけど、あんちゃんがどんな事を書いてるか知らないんだ。」
「簡単ですよ、同行された工藤さんのお話しを伺い、我が連合国としては危機感をもちましたので、菊池、上田、松川の三カ国でも潜水船の建造をお願いしたいと、其れに付きましては技師長から説明が有るので皆様にご協力をお願いしたいと、まぁ~他にも書いて有りますが大事な部分は其れだけですので。」
官軍の軍艦が連合国の沖を通過し佐渡の金塊を奪い外国から最新の軍艦を購入すると、だが、今の連合国には官軍の軍艦と対峙出来る船は無い。
若しも望みが有るとすれば潜水船だけだ、だが潜水船も野洲の洞窟の一か所で建造するので有れば官軍の軍艦全てが通過出来る事に成り、源三郎としてはどの様な事が有ったとしても官軍の軍艦の佐渡行きを失敗させたいので有る。
源三郎の書面には何としても協力を願いたいと書いて有る。
執務室には大勢の家臣と、更に話を聴きたいとお殿様を始め重役方も集まっている。
「じゃ~今から大工さんと鍛冶屋さんに聴いて欲しいんだ、今度は参号船の建造に入るんだけどオレが覚えてる限りの事を吉川さんと石川さんに書いて貰ってるんで、今から吉川さんと石川さんに読んで貰うので聞いて下さい。
じゃ~お願いします。」
最初に吉川が風呂敷包みから分厚い書き物を出した。
「皆様方、私が今から技師長からお話しを伺っております内容を読ませて頂きますが、一度全てを読み終えた後から再び詳しく読み返しますので聞いて下さい。」
吉川は厚さにして弐寸、いや三寸以上は有ろうかと思える書き物を取り出した。
「では、読ませて頂きます。」
と、吉川は読み始め、潜水船の全体像を読み終えるのに一時半も要した。
「皆様方、今読みましたのは潜水船の全体像で御座います。」
次に石川と交代し石川も読み始め、同じく一時半も掛け、途中で少しの休みを入れたが夕刻になっても終わらず、二人が二度の交代が終わった頃。
「丁度、今が切りの良い頃だと思いますので食事にしたいと思うのですが、技師長は如何ですか。」
「えっ、もうそんな時刻になったんですか。」
「はい、先程ですが暮れ六つの鐘がなりましたので。」
「まぁ~オレはいいけど。」
「長めの休みも必要かと思いますよ。」
「じゃ~晩ご飯にしようか。」
高野が待ち受けた腰元に合図を送るとげんた達の食事が運ばれて来た。
「あれ~高野さんのご飯は、ねぇ~此処で一緒に食べようよ、ねぇ~お姐さん、高野さんの分もお願いします。」
腰元はニッコリとし直ぐ運んで来た。
野洲の雪乃ではないが、腰元も予想していたのだろうか、いや、殿様が指示をしていたのか其れは別として、 更に殿様や重役方の食事までもが運ばれ食事が始まると。
「大工さんも鍛冶屋さんも大変だねぇ~、正か潜水船を造るなんて考えて無かったと思うんだけど。」
「う~ん、わしも長い間大工の仕事はやって来たけど船を造るとはなぁ~、其れも海の中に潜る潜水船を造るとはなぁ~、まぁ~今日までは考えもしなかったんで驚いてるんですよ。」
「技師長さん、その潜水船で一番難しい仕事は一体どんな物なんですか、オレはお二人の話を聴いて少し不安になってるんです。」
「う~ん、そうだなぁ~、一番大事なところはねぇ~空気を取り入れるところなんだ、オレは野洲の鍛冶屋さんにお願いしたんだ、外に被せる物、オレはねぇ~これをでんでんむしって思ってるんだけれどその中で回る羽根だけど内側との隙間を髪の毛一本以内にしてくれって言ったんだ。」
「えっ、隙間を髪の毛一本以内にってですか。」
近くに居たお殿様は知って要るが、重役達は初めて聞く話で其れこそ大変な驚き様で食べる事も忘れる程の衝撃を受けたのかも知れない。
「何故、その様に作らなければならないんですか。」
「だってそうでしょう、其れが使えないとねぇ~中の人達は死んでしまうんだぜ。」
「オレも今まで色々な無理を聴いて来たけれど隙間が髪の毛一本以内にって、でもそんな物本当に作れるんですかねぇ~、オレは何だか自信が無くなって来たんですよ。」
鍛冶屋の言うのが当たり前で、其れが作れ無ければ船内の乗組員は全員が死亡すると言うので有る。
「でも空気の取り入れ口が出来なかったら中の人が死ぬんだぜ、でも野洲の鍛冶屋さんも最初は自信が無いって言ってたんだ、だけどそれが本当に出来たんだぜ、まぁ~他の部分は多少の誤差は許されるけどでもこの部分だけの誤差は絶対に許されないんだ、絶対に駄目なんだ。」
重役達は何も言えない、其れは他国で作れたからでは無く、余りにも高度な技術が必要だとわかり、今までの甘い考え方は改め無ければならないと考え出したので有る。
「まぁ~今からそんな事心配する事は無いよ、直ぐに出来るからね。」
何時もの様に簡単に言うが、工藤も潜水船を造るには軍艦を考えた知識では無理だ。
やはりげんたも頭の中では簡単には考えていない、何が一番重要なのか、其れだけを最初に考えて要るのだと改めて工藤は感心するので有る。
其の時、城内が突然慌ただしくなってきた。
「一体何事だ。」
高野が表に出ると。
「高野様、高い山を二百名の幕府軍が登って来たと、今、中隊長が。」
「えっ、何だと二百名の幕府軍が山を越えて来たと申されるのか。」
「はい、今第一中隊が山に向かわれております。」
「高野様、幕府軍が来たと聞こえたのですが。」
「大佐、まだ詳しい事は分かりませぬが、中隊が向かわれたと。」
「そうですか、分かりました。」
「大佐殿。」
「中隊長、詳しい事は分かりませんか。」
「今第一小隊からの伝令で二百名程の幕府軍が山を越えて来たと、第一小隊が応戦しており直ぐ第二、第三小隊を山に向かわせ野洲にも伝令を送りました。」
「う~ん、其れにしても大変な事態になって来ましたねぇ~。」
工藤は五千人の官軍と開戦がまじかだと言うのに、正か今頃になって二百名の幕府軍が山を越えて来るとは予想もしていなかった。
「工藤大佐、中隊の全員が向かわれても宜しいのですか。」
「中隊長の事ですから第四、第五小隊には他のところも重点警戒に向かわせていると思います。」
「では、中隊長だけが残られているのですか。」
「今は三個小隊ですが野洲からも応援部隊が参りますので、其れと現地からの報告を受け足らなければ再度野洲に伝令を向かわせますが、野洲の中隊長の事ですから二個小隊を向かわせていると思います。」
「大佐、其れだけの少人数で大丈夫なのでしょうか。」
「司令、相手が幕府軍ならば一個小隊でも十分で御座います。
私は其れよりも他の国に知らせ警戒を厳重にする様に要請して頂きたいのです。」
「大佐、分かりました、では今から認めまして家臣に届けさせます。」
高野は部屋に入り四カ国宛てに書状を認め、早馬で行かせる様に手配した。
その頃、菊池の山中では第一小隊が幕府軍との戦闘の最中で有る。
「小隊長、幕府軍は約二百名で鉄砲は二十丁程です。」
「よ~し分かった、小隊は確実に仕留めるんだ、一人たりとも逃してならない。」
小隊長は全員を殺せと、其れは幕府軍に連合国の存在を知られては困る為だ。
小隊の連発銃から発射された弾丸は幕府軍の武士達を撃ち抜き、既に半分以上の武士が倒れて要る。
「パン、パン、パン。」と。
其れは四方からの一斉射撃が始まり、応援部隊の到着で小隊の兵士達の腕前は素晴らしく、次々と幕府軍の武士達は倒れて行くが其れでも幕府軍は必死で火縄銃と弓で応戦して来る。
流れ弾に当たったのか連合軍の兵士二名が負傷した。
戦闘は半時程で終わり、幕府軍の武士達全員が戦死若しくは負傷している。
「小隊長、敵の負傷者ですが。」
「幕府軍の状態を聴きたいので一名だけを連れ帰り残りの全員は其のまま放置せよ。」
「中隊長殿に伝令、幕府軍は全滅し、我が方からは二名が負傷しておりますが怪我も軽症ですと。」
「はい、分かりました、小隊長、応援有難う御座いました。」
「いいえ、何もお役に立てず、私からも中隊長に報告して置きますので、其れとこれからは警戒は厳重にする様にと一緒に報告しますので、では我々は。」
野洲から応援に来た二個小隊は野洲へと帰って行く。
その少し前。
「総司令、伝令です、菊池の山中で二百名の幕府軍と交戦に入ったと。」
「えっ、菊池に幕府軍が侵入したと、う~ん其れは大変ですねぇ~、これからは警戒を厳重にしなければなりませんねぇ~。」
源三郎も二百名の幕府軍が侵入した聴き、連合国の山には警戒を厳重にする様にしなければならないと考えたので有る。
「中隊長殿。」
「ご苦労様でした、其れで負傷者ですが如何ですか。」
「中隊長殿、な~に大丈夫ですよ、まぁ~ほんのかすり傷ですから。」
「兵を休め、傷の手当をお願いします。」
二名の負傷者の傷は腕に流れ弾が当たった程度で命には別条無しと言う事で中隊隊長も一安心した。
「其れで、幕府軍ですが。」
「十数名を残し殆どが戦死し十数名が大怪我をし、私の判断で放置致しました。」
「まぁ~其れは仕方が無いですよ、後は森の主に任せるとして。」
「中隊長殿、軽症の一人を連れ帰りました。」
「そうですか、其れは良かったです、ではその者を尋問しなければなりませんねぇ~。」
負傷した幕府軍の武士は軽症で有り、これからは幕府軍とその他の事も聞かれるのだが。
「早く、拙者の首を撥ねてくれ。」
「いいえ、そうは簡単には参りませんよ、貴殿に聴きた事が有りますので正直に答えて頂けるので有ればこちらで傷の治療して差し上げますが如何でしょうか。」
「では拙者の命を助けると申されるのですか。」
「はい、その通りですよ、ですがその代わり質問に答えなければご貴殿はその日の内に山に連れて行きますよ、あの山にはねぇ~狼の大群がおりましてね、今頃はご貴殿の仲間は狼の餌食になっていると思いますがねぇ~如何なされますか。」
中隊長の話し方は優しく聞こえるのだが質問に答えなければ狼の餌食にすると言う。
「えっ、では先程聞こえた悲鳴は狼の。」
「その通りですよ、我々もねぇ~山に一体何頭の狼が生息して要るのかも知りませんのでねぇ~。」
「分かった、拙者の知る限り全てを話すので狼の餌食にだけは許してくれ。」
「では今からお聞きしますのでね正直に答えて下さいね。」
尋問の前に傷口を洗い布を巻いた。
「では、今からお聞きしますから。」
その後、中隊長は主に幕府軍の動性を聴き、時々官軍の動きも聞いた。
この武士は幕府軍と官軍が交戦中の場所から幕府軍の軍勢、官軍の動きから知るだけの話をした。
「では、其れで全て終わりですか。」
「其れとこの山に登る前にですが、もう少し西側に官軍の軍勢を発見し、我々は大急ぎで東に移動し、そして、この山の向こう側から登ったのです。」
「その軍勢ですが何人くらいですか。」
「え~っと、あの軍勢だと千人は居たと思います。
我々が来た道を追い掛けている思うのですが、その場所には一人の白骨死体が有ったのを見ております。」
「其れは官軍兵でしょうか。」
「はい、其れにその白骨死体以外は無かったと思います。」
中隊長は直ぐに分かった、その白骨死体とは隊長の死体だと。
「其れでは官軍は貴殿達を発見しているのですか。」
「其れは無かったと思います。」
工藤も傍で話を聴いており、一千名の歩兵だと言う事は連帯本部から出発したと考えられる。
「高野司令、官軍ですが、我々が持ち出した連発銃と兵士五百名の捜索に来たと思われるのですが。」
「ですが何故高い山の向こう側に沿って来るのでしょうか。」
「我々は戦闘地域を避ける様に移動しておりましたので、其れに五百名もの兵士が移動するのですから何処かの村人が見て要ると思います。
村人の話しから山に沿って移動して要ると考えられます。」
「では野洲の方角から登って来ると考えなければなりませんねぇ~。」
「私は至急野洲に戻りまして、総司令にお話しを致したく思いますので馬をお借りしたいのです。」
「分かりました、誰か大至急馬の用意を。」
「中隊長、今一番近い小隊は。」
「はい、第三小隊で直ぐに手配します。」
「高野司令、小隊にも馬をお願いします。」
「はい、承知致しました。」
「中隊長、第一、第二小隊は少し休み、野洲方面の山の警戒に、其れと第三小隊には弾を二百と小隊が集まり次第野洲に向け出発を。」
「はい、了解です、私は残り警戒に入ります。」
暫くして馬の用意も終わり。
「技師長、この様な訳で誠に申し訳有りませんが、私は今から野洲に戻りますので。」
「うん、分かったよ、工藤さんも気を付けてよ。」
工藤は馬を飛ばし野洲へと向かった。
「オレ達は邪魔になるんですか。」
「いいえ、其れよりも技師長は大工さんと鍛冶屋さんに説明の続きをお願いします。
この部屋は当分の間忙しくなりますので別の部屋を準備しますのでね。」
工藤は一時半で野洲に着きそのまま源三郎の執務室に飛び込んだ。」
「総司令。」
「工藤さん、先程聴きましたが、如何でしたか。」
「幕府軍の二百名は全滅させ、生き残りの一名を今も中隊長が尋問しております。」
「全滅ですか、其れで中隊の方々は。」
「はい、軽症が二名で全員が無事で御座います。」
「其れは良かったですねぇ~。」
「其れよりもその武士の話に寄りますと官軍の一千名近くが山の向こう側で我々がおりましたところを東に進んで要ると申しております。」
「では、その官軍は工藤さん達の捜索に来て要ると思われて要るのですか。」
「私はその様に思っております。
連発銃と弾薬が連帯本部より大量に消え、その直後に我々が出発しておりますので、これは誰が考えても私が盗み出したと考えるのが当然だと思われます。」
「ではその捜索の為に野洲側に登って来ると申されるのですか。」
「その通りで、これは私の推測なので確信は無いのですが、あの付近には私達が登ったと言う痕跡が残っていると思われます。」
工藤と共にした五百名の兵士が山に登ると言う、熊笹をなぎ倒し登ると言う事が単に熊笹をなぎ倒しただけで無く、五百名の兵士達の足跡が数多く登ったという言う証が残っており、其れを発見すれば山越えしたと言う確証で跡を辿って行けば何処に向かったのか確認する事が出来る。
「ですが、今更山に行く訳にも行かないのでは有りませんか。」
「ですが連帯本部から出発したとなれば武装は十分に整えていると考え無ればなりません。」
「では野洲側に越えて来ると考えておられるのですか。」
「私ならばその様に追跡致します。」
「分かりました、其れで何か策でも有るのでしょうか。」
「私も考えたのですが、一千名の兵士が高い山を越えて来ると言うのは簡単な話しでは無いと思います。
ですが若しもと言う事も考えねばならないと思うので御座います。」
「では越えて来る事も有り得ると考え無ければならないのですねぇ~。」
幕府軍ならば方法も考えられるが官軍の其れも一千名ともなれば簡単に策が思い付かないので有る。
「官軍と言うのは軍隊で幕府軍とは全く違います。
ですが官軍の指揮系統さえ壊せば残るは決断の出来る数人の中隊長だけと、命令を受けるだけの小隊長だけで御座います。
私も指揮系統本体の隊長さえ潰せば残るは歩兵だけだと考えております。
ただ、中隊長達が優秀ならば話は別ですが、これだけは私でも分からないのです。
中隊全員を出撃させ何としても山越えだけは阻止せねばと考えております。」
工藤は戦死を覚悟していると源三郎は思った。
「官軍が山に狼の大群が要るとは知らないと思うのでが如何でしょうか。」
「私も実は其れを願っているのです。
生き残りの武士達も狼の大群が生息して要るとは全く知りませんでしたので、私の狙いは隊長一人を殺し、私が話をして見たいと考えております。」
「其れは無茶と言うものですよ、若しも中隊長達が優秀な軍人ならば工藤さんを直ぐには殺さず、兵士達を誘い出してから全員を殺すでしょうねぇ~。」
「総司令の申される通りだと考えておりますが、でも一千名の大部隊を滅ぼすのは今の中隊では不可能だと思いまので、私一人ならば何とかなります。」
「他に何か良い策は無いのでしょうかねぇ~。」
必死で別の方法が無いものかと考えるが。
「隊長を連発銃で撃つのですか。」
「実は今は迷っているので御座います。
下手に銃を撃つと我々の所在が知られ、其れこそ一斉射撃を受けますので。」
「其れでは弓では如何でしょうかねぇ~、弓ならば音もしませんよ。」
「ですが相手近くからで無ければ無理では御座いませんか。」
「私の配下には弓の名手が多くおりますのでね、そうですねぇ~、半町、いや、二十間位ならば山中でも確実に命中させる者達が居りますよ。」
弓ならば音も出さず放ち直ぐ身を隠せば居場所も特定出来ないだろうと考えて要る。
「私も藩に居ります時ですが弓の名手の腕前を見ておりますので。」
「覚悟されるならば我々も出陣致します。
勿論、連発銃と弓では間違い無く連発銃には負けると思いますが、工藤さんが申されます様に隊長一人ならば集中して放てば隊長も生きてはおられないと思うのです。」
「総司令、了解致しました。
では中隊の全員集合させますので。」
工藤は各国に配置している中隊の全てに野洲に戻れと伝令を飛ばした。
家臣の中で弓の名手十名を集める事に、更に各国に対し書状を届けさせたので有る。
野洲の家臣にも全員が弓を持つ事を命じたので有る。
一方で山向こう側の一千名の大部隊は源三郎と工藤の考えた通り野洲側に登る事に決定したが、やがて辺りは薄暗くなるにつれ狼の遠吠えが聞こえ始め兵士達は恐怖の中に身を置いて要る。
兵士達も敵が人間ならばさほどの恐怖は感じないのだろうが、目の前の山に一体何頭の狼が要るのかさえも分からず怯え始めた。
其れでも隊長は明日の早朝から山に入り野洲側に入る事を決定し全員に伝えた。
軍隊では上官の命令は絶対的な権限を持っており反対する事は出来ない。
その頃、野洲には各国から兵士達も集結し、中隊長小隊長達は工藤の元に集合し作戦会議が行なわれている。
その頃になると急を聞き付けた上田、松川、菊池からも家臣達が集まり出したが山賀からは今だ着いておらず、其れでも弓を持った家臣達は工藤の話を聴いて要る。
「ご家中の皆様方は各中隊の後ろで待機願います。
ご家中の皆様方は私の合図が有るまではお待ち願いたいのです。
野洲のお方で総司令からご指名されましたお方は第二中隊の前で待機願います。
中隊の全員に告げる、若しもの時でも私に構わず一斉射撃せよ、誰一人として生きて帰らせる訳には行ぬ、出発は明日の夜明け前七つ半とする、以上。」
「工藤さん、命だけは大切にして下さいね、貴方有っての連合国ですからねぇ~。」
「誠に有難う御座います。
私自身も命は大事だと考えております、ですが戦争となれば話しは違い、其れにもまして今回は命を捨てる覚悟が無ければ作戦の成功は無いと考えております。」
工藤は一体何を考えて要る、相手は連帯本部から派遣され工藤を含めた五百名の兵士達全員の命を奪いに来たのは間違いは無い。
だが工藤は大隊の隊長と話し合いをすると言うが、一体何を話すのかも源三郎には分からない。
その頃、野洲の賄い処でも大戦争の最中で腰元も全員が集まりおむすびを作って要る。
「雪乃様、野洲は一体どの様になるのでしょうか。」
「私は源三郎様をご信頼申し上げておりますので、工藤様と申されます隊長は相当な戦略家だと私は思っておりますので、其れよりも皆様今夜と明日の朝のおむすびを作りましょう。」
「は~い。」
と、元気に返事をするが腰元達も不安を隠し必死でおむすびを作るので有る。
城内には多くのかがり火が焚かれ明るい。
そして、八半過ぎおむすびが届けられ、七つ半には全員が出撃体制を整え合図を待っており、工藤は七つ半の少し前に。
「では出撃致します。」
「何卒宜しくお願い致します。」
大手門が開くと、第一小隊を先頭に山へと向かい出撃して行く。
全ての小隊と全ての家臣が大手門を出た時、七つ半を告げる鐘が鳴った。
「雪乃殿、私の。」
「はい、承知致しております。」
雪乃も源三郎は最後に出るだろうと、其の時には太刀を持つと考えていた。
「お気を付けて下さいませ。」
「はい、承知しました。
後の事は父上と相談し決めて下さいね、お願い致します。」
若しかすれば源三郎の命さえも亡くなるかも知れないと雪乃は思うが、今の源三郎に悲壮感は無く何時もと同じだ。
そして、先頭の第一小隊からは工藤の指示通り左右に別れ家臣達も指示通りの陣形で進んで行く。
一方山向こうの官軍でも夜明けの六つには登り始め、総勢一千名の部隊の先頭は部隊の隊長で有る。
数時後、工藤達が予定地点に到着すると。
「各小隊は私の指示が有るまでは撃つな、但し、最初に狙うのは隊長だけで有る。
ご家中の皆様方は待機願います。」
その頃、山賀からも応援部隊が山の麓に着いた。
「中隊長殿、先頭をお願いします。
家中の者は中隊の後ろから進んで下さいね、では出発します。」
山賀の若様松之介が先頭になり山に入って行く。
一時、二時、そして、三時が過ぎ朝四つ半の鐘が鳴った。
「全員静かに。」
工藤達は身を屈め大隊の先頭を待って要る、すると先頭はやはり部隊の隊長でその後方は少し遅れ中隊長を先頭に歩兵が登って来た。
突然、工藤が隊長の前に姿を現した。
「貴様は。」
「工藤です、工藤中佐です。」
「何、工藤中佐だと、第一中隊前へ。」
「隊長、止めて下さい、この周りは既に取り囲まれておりますので。」
「何、取り囲まれて要るだと。」
「はい、我々一千名以上の兵士と弓隊と五百名の元官軍の兵士達が連発銃を構えておりますので。」
工藤が手を挙げると、一斉に立ち上がった。
「ところで隊長は一体何処に参られるのですか。」
「何だと、貴様が盗んだ一千丁の連発銃と弾薬を。」
「私は連発銃と弾薬を盗んだ覚えは有りません。」
「お~い、あの人は工藤中佐だ。」
「えっ、工藤中佐って、正か、連帯本部では戦死されたと聞いて要るぞ。」
「お~い、工藤中佐が生きておられるぞ。」
官軍兵は工藤が生きていると後方に伝えて行く。
その時。
「まぁ~まぁ~、皆さん少し前を開けて下さいね。」
「えっ、正か、源三郎様が。」
「あっ、本当だ源三郎様だ、えっ、正か太刀を。」
「あっ、本当だ、源三郎様が太刀を持たれたのは初めて見たぞ。」
「うん、拙者もだ、源三郎様が太刀を持たれたのは見た事が無いぞ。」
家臣達も初めてで、源三郎が太刀を持つ姿を見た事が無かった。
「私も初めてですよ、これは大変な事に成りますねぇ~、ご貴殿が部隊の隊長ですか。」
「そうだが、お主は一体何者だ。」
「お~これは失礼しましたねぇ~、私は源三郎と申します。」
其の時、官軍の隊長が腰の刀に手を掛け。
「隊長、今、工藤さんが連発銃と弾薬を盗んだと聞こえましたが、私はねぇ~他の人達からも聴きましたが工藤さんは何も知らないそうですよ、其れに何故工藤さんが盗んだと知られたのですかねぇ~。」
「う~ん。」
隊長は黙り何も答えない。
「工藤中佐殿、私です、吉田です。
我々は連隊長から工藤中佐が五百名の兵士を脅迫し、一千丁の連発銃と大量の弾薬を盗み、幕府軍に売り渡す為に逃げたと聞いております。」
「吉田中尉、黙れ。」
「工藤中佐、自分も話しを聴きました。」
「隊長、どうやら話は全く別になりましたねぇ~、其れで隊長はその連発銃と弾薬をどの様になされるおつもりなのでしょうか。」
「お前に何の関係が有ると言うのだ。」
「いゃ~、其れが私達にも大いに関係が有りましてねぇ~、貴殿はどうやら連隊長と秘密の取引をされて要る様ですねぇ~。」
「総司令、秘密の取引とは。」
「工藤さん、先日からのお話しと先程中隊長からの話は繋がって要ると私は思います。」
源三郎は連隊長と各隊長は連発銃を売り、他国へ逃亡を企てていると考えた。
「中佐殿、我々は中佐殿が連発銃と弾薬を。」
「工藤さんも各中隊長も連隊長と隊長達に上手に利用されていたのです。
工藤さんと先の五百名の兵士を殺して連発銃と弾薬を奪い返し、幕府軍に売り渡す計画だったと私は考えたのですか如何ですかねぇ~隊長。」
「工藤、お主はこの男の言う事を正か信じて要るのではないだろうなぁ~。」
隊長は何としても工藤に罪を擦り付けつもりで有る。
「今の私は貴方を信用してはおりません。
其れに五百名の兵士は連合国で大歓迎され我々は今連合国の一員として守りに就いているのです。」
「今、何と言った連合国だと我が官軍にはその様な国は存在しない、今は幕府軍との戦の最中で。」
「隊長、其れは連帯本部の考えで、我々は相手が幕府軍でも官軍でも敵と見なし、何時でも戦闘に入る準備は出来ております。」
「工藤、悪い事は言わぬから連発銃と弾薬を渡せ、其れさえ受け取ればお主の事は忘れる。」
「いいえ、私は隊長の申される事は信用出来ませんねぇ~、中隊長さん達は隊長と工藤さんのどちらを信用出来ますか、工藤さんは今日皆さんと戦になれば最初に戦死される覚悟で此処に来られたのです。
其れと連合国の中隊はどちらを信用されますか、皆さんで決めて下さい。
ご家中は全員弓を下げて下さい。」
「私は中佐殿を信頼しております。」
「中佐殿、私もで、大隊の全員銃を下げ。」
すると、官軍兵の全員が連発銃を降ろした。
「はい、これで分かりましたね、相手の全員が工藤さんを信用した、其れは貴殿は信用されていないと言うお話しですよ、まぁ~この様になればもう諦めるしか仕方が無いと言う事ですかねぇ~。」
「何だと、吉田中尉、今直ぐこの男を撃ち殺せ、命令だ。」
「隊長は今まで我々騙されておられたのですよ、今更何を命令されるのですか。」
「何だと、お前は上官の命令に。」
「私の上官は工藤中佐で貴方は上官では有りません。
中佐殿、私もお仲間に入れて下さい。」
「まぁ~まぁ~、そのお話しは後程にしましょうかねぇ~。」
其の時、突然。
「おのれ。」
隊長は腰から刀を抜き源三郎に襲い掛かったが、其れは一瞬で終わった。
「えっ。」
「あっ。」
殆どの兵士も家臣も唖然として、一体何が起きたのか隊長の両手と片足は砕け動く事も出来ず呻き声を上げ。
「うっ、う~ん。」
「さぁ~皆さん後はこの山の主に任せましょうか。」
「はい、では吉田中尉、みんなが連合国に行くも、官軍に戻るも私は命令は出しませんので皆で決めて下さい。
其れと、今総司令が申されましたがこの山には狼の大群がおり何時襲われるかも分かりませんのでね、連合国の中隊は戻りますから、ご家中の皆様方誠に有難う御座いました。」
工藤は源三郎と家臣達に頭を下げ。
「さぁ~皆さん早く戻りましょう、もう狼の大群が近くまで来ておりますよ。」
源三郎はそう言うと野洲の城下へと向かった。
「中佐殿、お供させて頂きます。」
すると、部隊の兵士達も次々と吉田の後に付いて行く。
「お~い、誰か助けてくれ~。」
だが誰も隊長を助ける様子も無く野洲へと向かい暫くすると。
「ぎゃ~。」
其れは隊長の断末の声でその後は声も聞こえない。
「中佐殿。」
「吉田中尉、私は。」
「まぁ~まぁ~、工藤さん宜しいでは有りませんか、其の前にご家中の皆様にお願いが御座います。
今から城に戻り雪乃殿に千五百、いや二千名のおむすびと、其れと他の方々は大川屋さんには人手の女性をお願いしますと、其れと、伊勢屋さんと中川屋さんにもお米と乾物類を届けて頂きたいとお話しをして下さい。
詳しい事は私が戻り次第お話しをさせて頂きますと。」
家臣達の動きは早く数十名が速足で野洲の城下へと向かった。
源三郎は一千名の元官軍兵をこの先どの様な処遇に、其れよりも工藤は少佐では無く中佐だと言う。
「大変な事に成りましたねぇ~、私はもう驚きよりも呆れてものが言えないのですよ。」
「私も正か連隊長と各大隊の隊長達が連発銃と弾薬を幕府に売り渡すとは考えておりませんでした。」
「まぁ~官軍の上級幹部は将来の事を考え蓄えるつもりだったのでしょうかねぇ~。」
「これからですが何かお考えでも有るのでしょうか。」
「私ですか、私自身何も考えてはおりません。
其れよりも兵隊さんの処遇ですがねぇ~、城には全員入れませんので大手門前で。」
「我々のテントを使いますので大丈夫で御座います。」
「左様ですか、其れで小隊長以上の方々を呼んで頂きたいのです。
私から少しお話しがしたいと思いますので城に到着後私の執務室に。」
「承知致しました。」
数時後、大手門に家臣が飛び込んで来た。
「雪乃様。」
執務室の雪乃は源三郎の帰りを待って要る。
「雪乃様、間も無く全員が無事戻って来られます。
其れで総司令よりおむすびを二千人分作って頂きたいと。」
「はい、承知致しました。」
雪乃は何も聞かず賄い処へと大急ぎで向かった。
「源三郎は無事なのか。」
「殿、全員が怪我も無く、元官軍兵一千名を連れて戻られます。」
野洲のお殿様も雪乃と同様に待って要る。
「何じゃと、今何と申した、官軍兵一千名じゃと、う~ん。」
お殿様は余りにも急展開に驚きよりも呆れている。
「皆様、間も無く二千名の方々が戻って来られます。
誠に申し訳御座いませぬがおむすびをお願いします。」
雪乃は賄い処の女中達に頭を下げた。
「雪乃様、私達にお任せ下さい。」
「吉田様、有難う御座います。」
「さぁ~皆さん我々の戦が始まりますよ。」
賄い処の女性達も一斉に動き出し、城下にも家臣達が走って行く。
「中川屋さん、源三郎様よりお願いが御座いまして、米俵を十俵を届けて頂きたいのです。」
「承知致しました。
至急お届けさせて頂きますので、ご心配無く、番頭さん大急ぎで二十俵をお城に届けて下さい。」
中川屋は何も聞く必要など無く、其れは侍の姿を見れば理解出来たので有る。
「大川屋さん、申し訳御座いませんが二千人分の食器は有るでしょうか。」
「お侍様、お任せ下さいませ、何とでも致しますので、其れと女中達も必要では御座いませんか。」
「出来ればお願いしたいのです。」
大川屋も直ぐ理解した、やはり中川屋と同じで何も聞かない。
「伊勢屋さん、申し訳御座いませんが乾物類を至急に。」
「お侍様、お任せ下さい直ぐに手配致しますので。」
やはりだ、伊勢屋は何も聞かない。
「先程、中佐殿とお話しをされておられましたお侍ですが、一体どの様なお方なのですか。」
「そうですよ、中佐殿が総司令と呼ばれておられましたので。」
「そうだ、あのお方の剣術ですが誠に恐ろしいですねぇ~。」
何も知らない元官軍と呼ばれる吉田達も驚いて要る。
「ええ、そうですよ、全てが自然体で恐ろしい使い手ですからねぇ~。」
工藤も初めて見ると言っても良い源三郎の剣術なのだ。
「其れよりもこれから先我々は一体どの様な処分が待って要るのでしょうか。」
「私は中佐殿をよく知っておりますので、中佐殿は並みの人物では有りませんので決して心配する事は無いと思いますので出来るならば全員に何も心配する事は無いと伝えて下さい。」
「はい、了解しました、では全員に伝えます。」
吉田と言う人物は源三郎を知らないが、源三郎を総司令と呼ぶのは相当な人物で有ると思って要る。
小隊長は後方の兵士達にも全ては工藤に任せ何も心配する事は無いと伝えて行く。
「失礼ですが、総司令は一刀流を。」
「私は幼き頃より高橋道場に預けられ学問と剣術を学びましたが。」
「では正か総司令はあの伝説と言われております高橋道場でご指南役をされておられたので御座いませんか。」
「全くお恥ずかしい話しですねぇ~。」
工藤も一時期高橋道場で剣術を学んだ事が有るが其の時には源三郎は既におらず道場には最高位の総指南役として今も源三郎の名札が外されず有る、その為伝説の総指南役として今も高橋道場で語り継がれている。
「私も短い期間ですが高橋道場に席を置かせて頂いておりまして総司令のお話しを聴きました。」
「もう私は忘れておりますよ。」
「私は今日初めて拝見致しましたが、総司令は余りにも自然体で、其れに何処にも隙が無く恐ろしい構えで御座いました。」
「何事も修練の積み重ねだと私は思っておりますのでね、其れで話は変わりますが連隊は来ると思われますか。」
連帯本部に残った隊長達が連隊を引き連れて来ると考えて要る。
連隊長も含めこの間々工藤を見逃すとは思えず場合によっては連隊長自らが出撃する可能性も考えなければならないと。
「ですがこれで二人の隊長が居なくなり、其れよりも連帯本部には何も伝わりませんので連隊としては動きようが無いと思うのです。
幕府軍との戦も終わってはおりませんので、直ぐは動かないと考えております。」
源三郎は連帯本部は動くと、だが工藤はもうこれ以上の犠牲者を出してまでは動かないと考えて要る。
「総司令、ですが当分の間は監視に重点を置かなければならないと考えております。」
其の時。
「義兄上、遅れまして大変申し訳御座いません。」
「えっ、若様では。」
「もう終わったので御座いますか。」
遅れて来た言うのは山賀の若様松之介で中隊の全員と家臣の全員で有る。
「全て終わりまして今から戻るところでしてねぇ~。」
「あ~良かった、私は義兄上に若しもの事が有れば姉上に殺さますので。」
松之介は苦笑いをしているが一体誰に殺されると言うのだろうか、と、吉田達は思って要る。
「えっ、雪乃殿が正その様な事を申されたのですか。」
「別に言われておりませぬが、姉上の事ですから、松之介、若し遅れを取り源三郎様に何か有れば許しませんよ、と、言われそうで、私はこの世で姉上が一番恐ろしいのです。」
「そうですか、私は大変有り難い話しで、でも私は、ほれこの通りでして何も有りませんのでね、ご心配をお掛けしました。」
「ですが、大変な人数になりましたが。」
「ええ、其れで今から考えなくてはなりませんのでねぇ~。」
山賀の松之介達が加わり二千名近くになり野洲の城下へと戻って来た。
「お~い、源三郎様が大変だ、官軍の兵隊に取り囲まれてるぞ~。」
城下の領民が一斉に集まり。
「おい、お前らオレ達の源三郎様に指の一方でも触れて見ろ、オレ達が黙って無いからなぁ~。」
「まぁ~まぁ~皆さんの勘違いですよ、この方々は敵の官軍兵では有りませんから何も心配は有りませんよ。」
驚いたのは兵士達で城下の領民が取り囲み、手には斧や包丁を持ち上げて今にも襲い掛かろうと恐ろしい顔で睨んでいる。
「えっ、じゃ~。」
「おい、誰だ源三郎様が危ないって言ったのは。」
「オレが早合点したんだ済まない。」
「この大馬鹿野郎が。」
野洲の城下で源三郎に少しでも異変が起きると城下の人達が一番に駆け付けるので有る。
何も知らない官軍兵は罪もない領民を殺す事にでもなれば其れが虐殺だと末代までも語り継がれ、其れは新しい政府の一大汚点として五十年、百年と伝えられて行く、その様な事態だけは何としても防がなければならない。
「おかみさん達にお願いが有るのですが宜しいでしょうか。」
「私達はねぇ~源三郎様の頼みだったら何でも聞くからねぇ~。」
「そうですか、申し訳有りませんが、今頃お城では雪乃殿がおむすびと。」
「任せてよ、城下の女達を呼ぶからね、心配しないでいいよ。」
この女性は大声で叫びだした。
「みんな、お城でお姫様が大変なんだ、女はみんな今からお城に行ってよ。」
これは一大事だと家々から女性達が飛び出しお城へと向かった。
これが正に野洲だと改めて工藤は思った。
「小隊長、何故、女性達ばかりが家を飛び出して行くのでしょうか。」
「私も全く分かりませんねぇ~。」
今の官軍兵では何も理解する事は不可能で有る。
「では皆様参りましょうかねぇ~。」
源三郎は何時もと同じ様にお城へと向かって行く。
「其れにしても野洲では源三郎様ご夫婦の事となればご城下の人達の動きは速いですねぇ~。」
「其れが野洲ですよ。」
「あの~、一体何が起きたのでしょうか。」
「城下の女性達ですか、あれはねぇ~、総司令の奥方様をみんなで助けに行くのですよ。」
「えっ、では奥方様に何か有ったのでしょうか。」
「ええ、まぁ~有ると言えば有るし、無いと言えば無いのでしょうかねぇ~。」
先程の官軍兵に理解など出来るはずも無い。
一方、賄い処では大戦争の状態で有る。
「吉田様、女性の手が。」
「勿論、私も承知しておりますが、こればかりは私は何も出来ませんので申し訳御座いませんが。」
其の時、大手門に次々と城下の女性達が飛び込んで来た。
「みんな急いでね。」
大手門を通り賄い処に近付くと。
「雪乃様、大変で御座います、大勢の女性が。」
「雪乃様、みんなで来ましたよ。」
「皆さん、本当に有難う、私は何も。」
「いいのよ、だって雪乃様が困ってるのにねぇ~みんな。」
もう其の時には女性達はおむすびを作り始め、これが源三郎の力だと雪乃は思った。
「中川屋で御座います。」
中川屋が二十数俵もの米俵を届けに来た。
「中川屋さん、誠に申し訳御座いません。」
「いいえ、その様な事は、源三郎様がお困りですのに我々が知らない顔も出来ませんので。
「伊勢屋で御座います。」
荷車が次々と大手門を通り過ぎて行く。
「大川屋さん。」
「奥方様、私達に出来るのはこれぐらいですので、申し訳御座いません。」
大川屋は大きな鍋と釜を十数個も運んで来た。
「有難う、何とお礼を申し上げて良いか分かりません。」
中川屋の番頭も大川屋の番頭も笑い、最後に。
「雪乃様、伊勢屋で御座います。」
伊勢屋の荷車は十数台で大量の乾物類を積んで来た。
「伊勢屋さんも皆様方も皆さん本当に有難う御座います。」
雪乃は涙が止まらない。
「わぁ~。」
先頭の兵士達が驚いて要る、かがり火が数十カ所も点けられその付近全部と言っても良い程敷物が敷かれている。
「工藤さん、誠に申し訳御座いませんがこれ程にも大勢となれば城内に入るのは無理なので。」
「その様な事までも、ですが彼らも少しは驚いておりますが、私は領民の方々には何とお礼を申し上げて良いのか分かりません。」
「其れでは先の中隊の全員でテントを出し設営をお願いします。」
「はい、よ~し中隊の全員は急ぎ設営に掛かれ。」
「工藤さん、では中隊長と小隊長を呼んで下さい、其れと。」
「承知致しております。
大隊は武装解除し今から持って行くので各小隊の順番で頼みます。
では第一中隊の第一小隊から、其れと中隊長と小隊長は全員集合せよ。」
工藤も分かって要る。
第一小隊が工藤の後から行き執務室に入ると。
「整理して有るので奥から並べて行く様に。」
兵士達は順番に連発銃と弾倉を置いて行き、小隊長はそのまま残り回収の手伝いを行なって要る。
中隊長が集め始めた弾倉は一人百発入っており、各自が持って要る弾倉は三本も腰に付けており、兵士達は重い弾倉帯と連発銃を置くと誰もがほっとした表情になっている。
中隊長と小隊長の全員が集まると。
「改めて申し上げます、私は源三郎と申します。
其れと、今皆様方が居られます野洲を含め五つの国が合併し連合国と名を改めたところで御座います。
私は官軍にも幕府軍にも見方では御座いませんので、その訳を今から説明させて頂きます。」
その後、源三郎は半時以上も掛け詳しく説明した。
「如何でしょうか、私の説明でご理解を頂きましたでしょうか。」
「総司令、宜しいでしょうか。」
「はい、勿論ですよ、お願いします。」
「有難う御座います。
今、総司令から詳しく説明を頂いたが、総司令は全員の意見を聴きたいと思われますが、千人以上の話を聴くには余りにも時が掛かり、其れで簡単に申しますが、私と先発と言って良いのか分かりませんが先の五百名の兵士は総司令に命を助けて頂いたと思っております。
今の貴方方も若しかすれば幕府軍との戦に負ければ武器を取り上げられ命令に従わなければその場で銃殺されていると思います。
其れに連隊長と隊長達も貴方方の命はどの様になっても良いと考えております。」
「中佐殿、連帯本部では工藤中佐以下全員が戦死したと扱っており、我々もその様に聴かされておりました。」
「吉田中尉と申されましたが、ご貴殿が今は隊長の代理となっておられるのでしょうか。」
「いいえ、私が中尉と言うだけで他の中隊長は全員が少尉で、私が代理をさせて頂いております。」
「分かりました、其れで私は皆さんが今まで不自由な生活をされておらました。
これは別の意味で官軍と言われる組織の中でと言う意味ですのでね誤解の無い様に、其れでお聞きしたいのですが兵隊の皆さんは農民さんと漁師さんを含めてた一般の人達なのでしょうか。」
「はい、連隊本部に残る二個大隊は全員が侍でして中佐殿の指揮下の兵士は全員が農民や町民です。」
「では、小隊長以上の方々は。」
「はい、全員が侍ですが全て下級武士で御座います。」
源三郎の推測した通りでこの部隊の兵士達は侍の動きでは無いと。
「やはりそうでしたか、私は兵士達全員を開放して頂きまして、この先は誰の命令でも無く全ては自らの意思で決めて頂きたいと考えておりますが如何でしょうか。」
「私も同じ意見で御座います。
吉田中尉、兵士にはこの先全員が自分の意思で農業や漁業に就いて欲しいのです。」
「ですが其の前に全員に説明が必要だと思いますが。」
「中尉、其れは私がしましょう、総司令、如何でしょうか。」
「私は工藤さんにお任せ致しますが、でも決して強制は駄目ですよ。」
「其れは勿論承知致しております。」
「あっ、そうだ大変な事を忘れておりました。」
「えっ、一体どうされましたか。」
「実はあの付近の林の中に大砲が十門と弾薬、其れに連発銃と弾薬を残して来ました。」
「えっ、其れは誠なのでしょうか、其れにしても大変な忘れ物をされましたねぇ~。」
源三郎は笑うに笑えずにいるが吉田は冷や汗を流している。
大砲が十門と火薬に連発銃と弾薬を残して来たのだと。
「中尉、火薬と弾薬の量は。」
「はい、火薬を入れた樽が三百と弾薬は大量に有ります。」
「連隊の残りは出発しているでしょうか。」
「今は分かりませんが、多分、出発したと考えた方が良いと思いますが。」
「でも問題は官軍では無く幕府軍ですねぇ~。」
「私も今同じ事を考えておりまして、連隊に発見されるのは仕方が無いと思いますが、若しも幕府軍に発見されますと大変な事になります。」
「ですが、大砲を此処まで運ぶのは無理として火薬と弾薬ですねぇ~。」
「中佐殿、明日にでも取りに行きたいと思うです。」
「吉田中尉、今日の明日と言うのは無理だと思いますよ。」
「ですが。」
吉田は大変な失態だと全ての責任を感じており、 だが今の兵士達は疲れ方が酷く明日の朝山向こうに向かうのは危険だ。
隊長は狼の餌食になったばかりで付近にはまだ人間が要ると狼の大群が探して要ると考えれば、今山に入ると言うのは其れこそ自殺行為で有ると源三郎は考えて要る。
「私はねぇ~、何も吉田さんの責任では無いと思いますよ。
まぁ~其れよりも大砲は仕方が無いとしてですが、火薬と弾薬が幕府軍の手に渡ると大変ですのでね、何か良い方法を考えなければなりませんねぇ~。」
あの付近に幕府軍は来ているのか其れを知りたい、だが今は其れよりも火薬と弾薬を取りに行く方法を考えねばならない。
「火薬の樽ですが大きさですが長さが一尺程ですので。」
「ですがねぇ~運ぶ方法が。」
「弾薬は背嚢に入れる事が出来ますので、火薬も兵士の背中に。」
「ですが、火薬が一尺も有る樽に入って要るのですよ、其れを兵士の背中に乗せ運ぶと言うのは危険では無いのですか。」
「ですが、今はその方法以外に無いと思います。」
「う~ん、他に何か無いでしょうかねぇ~。」
火薬を詰めた樽は相当な重さだと、其れよりも何時火薬が爆発するかも知れないと考えた。
「総司令殿、火薬だけで有れば何も危険は御座いません。」
「我々も兵士で、総司令にお助け頂いたこの命を決して無駄には致しません。
其れに先程も総司令が申されました様に火薬が幕府軍が手に入れますと例え連発銃は無くても中の火は利用出来ますので、其れが何よりも恐ろしいのです。
総司令、何卒許可を頂きたいのです。」
工藤も源三郎が許可しなければ取りに行く事は出来ないと分かって要る。
「総司令、何卒我々に許可を頂きたいのです、お願い致します。」
他の中隊長と小隊長も同じ考えの様で有る。
「総司令、私はこの火薬だけは幕府軍に渡したくは有りません。」
小隊長は大砲よりも火薬が必要だと、大砲と弾を積んだ荷車で山を越える事は無理だと分かって要る
「兵士達にも訳を話して頂きたいのです。
そして、危険を承知だと申されますお方だけで。」
「では私から全員に話しますので、今から参ります。」
「分かりました、では私もご一緒しましょう。」
執務室を出、大手門も外に出た、兵士達は敷物に座りおむすびを食べ今は和やかな状態で有る。
「みんな少し聴いて欲しい事が有りますので。」
「あっ、隊長だ。」
「お~い、みんな隊長がお話しされるから静かにしてくれ。」
一千名の兵士達は何やらを話しているが、工藤の傍には源三郎が、その後ろには中隊長と小隊長が並んで立ち、暫くすると静かになった。
「今から大切なお話しをさせて頂きます。」
工藤は今までの経緯を全て話した。
「今お話しした事は全て本当でしてね、今からは皆さんは自由で官軍の兵士では無くなりました。」
「え~、だったらオレ達は一体何処に行けばいいんですか。」
「隊長、連隊本部では隊長もですがオレ達の仲間は全員が戦死したと言ってましたよ。」
「そうですよ、だったらわしも今頃は戦死したと家族に言ってますよ。」
「だったら、オレは何処に行ってもいいんですか。」
「はい、勿論ですよ、農業でも漁業でも宜しいですよ。」
「じゃ~オレは残りますよ。」
「えっ、何故残る必要が有るのですか、今は自由になったのですよ。」
「だからオレは残るんですよ、あの連隊長や隊長達の事ですよ、オレ達全員が戦死したと言ってますよ、其れにですよ今は下手に帰る事なんか出来ないですよ。」
「隊長、わしも残るよ、其れに今更帰ってもあの村ではわしは死んだ事に成ってるんですよ、今更死人が生きて帰ったら大変な事に成るんですよ。」
「そうですよ、オレも帰れないですよ、今は幕府軍と戦争の最中なんですからね、オレが歩いてて幕府の奴らに見付かったら必ず奴らに殺されるんですよ、同じ戦死するんだったらオレは仲間を一緒に死にますよ。」
この後も兵士達は次々と残ると言っている。
源三郎は暫く考え、全員が自分の意思で残ると決めたのだと。
「皆さんは自分の意思で残ると決めて頂き、私は何とお礼を申してよいのか分かりません。
実は先程吉田さんが忘れ物を、其れも大事な物だと言われたのですがね。」
「隊長、忘れ物ってあの大砲の事ですか。」
「大砲もですが、皆さんの連発銃と弾薬と大砲に使う火薬ですが。」
「あっ、そうだ、火薬は木樽に入ってますよ。」
「ええ、そうなんですが、其れを吉田中尉は大切だと、勿論、私も大切だと思いますが、多分、多分ですが連隊本部からは出発したと思いますが私は連隊が見付けて使うので有れば。」
「隊長、連隊長はそんな事はしませんよ。」
この兵士は連隊長付きの兵士だったので全てを知って要る。
「其れはどの様な意味ですか。」
「連隊長が隊長達に言ってましたよ、オレ達の持ってる連発銃と弾薬の全部を売るんだって。」
やはり思った通りで、今残る部隊の連発銃は別にして歩兵が持って要る連発銃と弾薬の全てを売り払い多額の金子を手に入れ何れかの国へ逃げ込む計画だ。
「では、皆さん聴きますが残してきた弾薬と火薬ですがどの様にすれば良いと思いますか。」
「隊長、そんなの簡単ですよ、今からでも行って持って帰りましょうよ。」
「お~、其れが一番だよ、幕府軍に取られるのも嫌だしなぁ~、連隊長に取られて売り払われるのも腹が立つし、みんなで取りに行こうぜ。」
「そうだ、そうだ、みんなで行くんだ、そうだ直ぐに出発するんだ。」
兵士達は今直ぐに取りに行くんだと、だが山には狼の大群が人間が来るのを待って要る。
「皆さん少し待って下さい。
皆さんのお気持ちは私も大変嬉しいのですが、今から山に向かわれるのが一番危険ですよ。」
「総司令、オレは一度死んだ人間ですよ、だからオレは狼なんてもう恐ろしく無いんですよ。」
「私も貴方のお気持ちは大変嬉しいのですが、人間の味を占めた狼の大群があの付近を他にも死体が無いかとを探して要るのです。
まぁ~すぐには行く事は出来ませんので、明日にでも猟師さんに来て頂きまして計画を練りましょうかねぇ~。」
源三郎も火薬と弾薬が幕府軍でも官軍にでも奪われたくな無かった。
「ご家中の方は明日の朝猟師さんに来て頂く様にお願いに行って頂きたいのです。」
家臣の数人が城下へと向かった。
「まぁ~皆さん、今日はゆっくりと休んで下さい。」
「総司令、有難う御座います。
みんな総司令が許可して下さった、其れで明日中隊長と小隊長の全員は猟師さんと打ち合わせをします。」
そして、明くる日の朝猟師達が執務室に集まり、源三郎も参加し打ち合わせが行なわれ昼を過ぎ、やがて陽が西の空に差し掛かった頃終わった。
「では猟師さんから説明をお願いします。」
猟師は大手門へと、勿論、源三郎も工藤達も全員が向かい。
「皆さん、今から猟師さんの説明が有りますので、よ~く聞いて下さいね。」
「皆さん、出発は明日七つ半にしますが一番の問題は。」
この後も、猟師は詳しく説明し陽が暮れた頃にやっと終わった。
「みんな、明日の出発からは全ての指示は猟師さん達が行ないますので、小隊長以上の全員も全て従います。
其れと全員背嚢と縄を大量に持って行く様に、先程猟師さんからの注意でも有りましたが小刀ですが、兵隊には小刀は有りませんので銃剣と連発銃は持って行きますが全て猟師さんの合図に従う事です。
では、明日の七つ半には出発しますので、以上で終わります。
忘れておりましたが中隊長と小隊長の全員も今回は銃剣だけにして下さい。」
猟師達全員が帰らず残り、更に明くる日と言っても歩兵達は夜中に起床しなければならず殆どが眠る事は無い。
賄い処も大戦争の最中で八半には全員分のおむすびを作り執務室に運び込まれて来た。
「総司令、少し早いのですが。」
「そうですか、私は全員が無事戻る事だけを願っております。」
「お侍様、今からでしたら明け六つには麓に着きますので。」
「はい、承知致しました。
では、全員出発します。」
猟師達を先頭に工藤達元官軍兵千五百人は大量の火薬と弾薬を取りに向かった。
「大丈夫でしょうか。」
松之介も高い山には狼の大群が生息して要る事は知っており、今回の作戦は相手が幕府軍でも官軍でも無く、狼の大群で猟師達は風向きだけを心配している。
其れでも歩兵達は元気だけは良く猟師が思った以上に早く進み、明け六つの鐘が鳴る頃には猟師と先頭の中隊は山を登り始め、休みを取る事も無く進んだお陰か朝の四つ半には猟師は頂上に登っている。
兵士達はおむすびを食べながら歩み、昼の九つには全員が登り終え。
「さぁ~もう少しですからね。」
「今日の風向きは何時もと違うぞ、今吹いている風が最後まで続けば狼に知られる事も無く麓に着きますよ。」
「そうですか、其れは良かったです。」
下りは早い、其れでも猟師は風向きを見ながらも歩みは早く兵士達も其れに続いて要る。
「工藤さん、もう間も無く麓ですから皆さんに知らせて下さい。」
「はい、有難う御座います。
全員に知らせて下さい、もう直ぐ麓ですから其のまま林まで行き直ぐ作戦を実行して下さい。」
「小隊長、今のお話し全員に伝えて下さい。」
小隊長は順々に伝えるに言った。
「さぁ~あれが林ですよ。」
「急ぎましょうか。」
「はい、了解しました。
全員急ぎ林に入り、弾薬と火薬を取りに。」
「お~、行くぞ~。」
此処はやはり軍隊だ、上官の命令なのか指示なのか兵士達は次々と林の中に入り計画通りに弾薬は背嚢に、だが一体何発の弾なのだろうか。
「隊長、弾薬は全て背嚢に入れました。」
「分かりました。」
その頃、別の中隊も火薬の入った樽を歩兵の背中に乗せ縄で兵士の身体に括り付けて行き、その作業が全て終わり。
「さぁ~みんな行きますよ、第一中隊は監視に入れ。」
第一中隊だけが連発銃を持ち警戒の任務に就いた。
「隊長、異常なしです。」
「さぁ~みんな。」
工藤も背嚢に弾薬を入れ先頭になり早足で麓から山へと入って行く。
「中隊長、三町程後方から幕府軍が迫って来ます。」
「分かった、中隊は迫る幕府軍を迎え撃つ準備に入れ。」
「隊長、三町程後方から幕府軍が迫って来ます。」
「よ~し、全員苦しいだろうが山に逃げ込むんだ。」
「お~い、早足だ。」
火薬の樽や弾薬を背負った兵士達も必死で山を登って行くが背嚢に入れた弾薬は重く、肩にのし掛かる。
その時、下で待ち受けた中隊の連発銃が火を噴いた。
「パン、パン、パン。」 と。
其れは追撃する幕府軍に対してで先頭で追い掛けて来た数十人がその場で倒れ、幕府軍も応戦する。
「パン、パン、パン。」 と
火縄銃も火を噴くが、一町先を行く兵士には命中もしない。
「工藤さん、風向きが急に変わりましたよ、其れに今の銃声を聴き付けると血の臭いを嗅ぎ付け狼が来ます。」
「はい、分かりました、全員もう少しだ、狼が来るぞ~後少しの辛抱だ頑張ってくれ。」
工藤の叫び声がした、其の時。
「ぎゃ~、助けてくれ~。」
「誰か助けてくれ、狼だ、狼が襲って来たぞ。」
「狼の大群だ、助けてくれ~。」
連発銃で撃たれた幕府軍の侍が次々と狼に襲われて行く。
「中隊長、今の内ですよ。」
「よ~し、全員早く登れ、狼の大群が押し寄せて来るぞ~、早く登るんだ、早くだ。」
最後尾で幕府軍を迎え撃つ第一中隊の兵士達は狼の大群が目に入り今度は必死で山を登り始めた。
「うっ。」
数人の兵士が倒れた、幕府軍が放った矢が足や腕に命中した。
「おい、大丈夫か。」
「うん、大丈夫だ。」
「銃を渡せ、誰か来てくれ。」
仲間の兵士達が駆け寄り左右から支え、傷付いた兵士も登って行く。
「助けてくれ~。」
「ぎゃ~、狼だ。」
幕府軍が味わう地獄だ、数百、いや千頭以上の狼が幕府軍の武士達に襲い掛かる。
武士達も反撃を試みるが相手は恐ろしい狼の大群で狼の数は益々増え続け麓までも逃げ惑う武士に襲い掛かって行く。
其処は既に狼の大群が人間を襲う修羅場となって要る。
その場所から遠く一里近くまで迫っているのが工藤達が話をしていた連隊が最後とも言える二個大隊で有る。
「連隊長、前方であれは銃声だと思うのですが。」
「うん、多分、あの銃声音は連発銃だ、全員速足しだ、若しやと思うが進め。」
連隊長の命令で二個大隊の兵士達は大急ぎで行く。
「工藤さん、もう大丈夫だと思いますので、少しですが休みましょうか。」
「はい、全員小休止。」
背嚢を背負った兵士も樽を背負った兵士もその場に次々とへたり込んで行く。
「あ~恐ろしかったよ。」
「うん、オレもだよ必死で逃げたぜ。」
「中隊長、小隊長は全員の無事を確かめて下さい。」
中隊長と小隊長達は一斉に全員の人数を数えて行く。
「中隊長、もう大丈夫の様です。」
「よ~し、全員小休止、怪我をした者は何人だ。」
「今確かめています。」
第一中隊も直ぐ近くで小休止に入り怪我人の人数と怪我の程度を確認している。
「中隊長、十五名で足が十名と腕と肩をやられたのが三名と二人は肩に矢が刺さっておりますが、全員命には別状なしです。」
「そうか、其れで歩く事は出来るのか。」
「はい、足を怪我した者は仲間が両肩を支えて行くと申しており、腕と肩をやられた者は仲間が背嚢を受け取りましたので、自力で下山する事は出来ます。」
今回一人の犠牲者も出なかったのは兵士全員が重い背嚢と火薬の樽を背負っていたのが幸いした。
背嚢には数本から数十本の矢が突き刺さっていたが兵士達は気にもして入ない。
其れよりも狼が何時襲って来るのかと其れが今一番恐ろしいので有る。
「工藤さん、そろそろ行きましょうか。」
「はい、全員が無事でしたので良かったです。
全員に告ぐ、後もう少しですから辛抱して下さい。」
其れからは狼の襲撃も無く全員が下山して行く。
一方で山向こうを行く二個大隊も麓に沿って行くと。
「あっ、連隊長、狼の大群がえっ、正かあれは幕府軍の様ですが。」
連隊長も他の兵士達も見たのは数百人もの幕府軍の武士が狼の大群に襲われ殺され狼の餌食になっている姿で其れは何とも恐ろしくこの世のものとは思えない程の光景で有る。
「これは物凄い狼の数だ。」
連隊は止まり連隊長は考えて要る。
「あの銃声は若しや、いやそんなはずは無い、日数的に考えてもこの付近に居るはずが無い、では一体何処からの銃声なのだ。」
連隊長も正かその銃声が工藤達の第一中隊が幕府軍を迎え撃った銃声だとは思わず、ましてや、工藤達がこの地に要るとは想像すらしていない。
「第一小隊は直ぐに偵察に向かえ、この山は避け付近に幕府軍が居ないか調べるんだ。」
連隊長は山を避けて幕府軍がいないか探せと言ったが。
「連隊長、あの様子ならば幕府軍は全滅したと思われます。」
「其れは分かって要るが、其れよりもあれ程の狼の大群が要るとなれば下手に山に入るのは危険だ麓を避け進む。」
「はい、ですが、連発銃と大量の弾薬、其れと大砲は。」
「そんな事は今は考える必要も無い、この山に一体何頭の狼が生息して要るのかも知れないのだぞ、そんな事も考えられないのか。」
連隊長は連発銃や弾薬、其れに大砲の事よりも我が身の保身を考えて要る様にも聞こえるが、連隊長で無くても部下の事を考えるならば狼の大群が要ると分かって要る山に入る事は考えないのが普通で有る。
「お前は何も分かっていないのか、仮に連発銃が幕府軍の手に渡ったとしてもだ、今の我々に一体何が出来ると言うのだ。
狼の大群を追い払い山に入って何処を探すと言うのだ、隊長は狼の恐ろしさを知らないだろうが、狼から人間を見ればこれ程襲うには都合の良い相手はいないんだ。
足は遅く、武器と言っても火縄銃か弓だけで他には何も無いんだ。
狼も一度人間の味を覚えると次からは人間を襲う様になるんだ、私はこの山には数千頭、いや、一万頭以上の狼が要ると思うんだ、そんな大群に襲われでもすれば今の二個大隊では直ぐに全滅するんだ、私はなぁ~狼の恐ろしさを嫌と言う程見て来たから言っているんだ、分かったか。」
「はい、よ~く分かりました、申し訳御座いませんでした。」
隊長は官軍に入るまで城下での生活で山に生きる動物を全く知らない。
その後、暫くして第一小隊が戻って来た。
「連隊長、この先三里程行きますと道が有り山からは離れ周りは田畑だけです。」
「よし、その道を進む、其れで幕府軍は見付かったのか。」
「いいえ、其れが何処にも見当たりません。
農民に聴きましたが、あの山は遠くまで連なり土地の農民も狼の大群が要るので誰も山には近付かないとの事で御座います。」
「やはりか、其れでこの山は何処まで続いて要るんだ。」
「はい、この先も続き、山の端に行き付くまでは数日は掛かると。」
「よ~し、ではその道を行く。」
連隊長は山の麓を避け、より安全な道を行く事にしたが一体目的地は何処なのか。
「工藤さん、ほら野洲のご城下が見えて来ましたよ。」
「お~、これで助かったのですね。」
「はい、もう大丈夫ですよ。」
工藤達が野洲の城に戻って来たのは陽も落ちた頃で有る。
そして、吉田達はその後、連合国に入り、連合国軍の中心的部隊となる。