第 9 話。 やはり官軍の口車か。
源三郎が野洲を出立する数日前。
「小川さん、お願いが有るのですが、宜しいでしょうか。」
「実は私も少し気に成って要る事が有りましたので、総司令にご相談をと考えておりました。」
「ほ~、何か気に成る事でも有るのですか。」
「実は各藩から選ばれたご家中の人数の事で御座いまして。」
「私と同じ、私も人数が気に成っておりましたので、では小川さんの考えをお聞かせ下さい。」
「先日から考えておりましたのは最少人数を基本に、其れ以上の方々は第五班、其れが山賀班に成るのですが、山賀班に編入したいと考えて要るのです。」
「やはりでしたか、私は何故だが分かりませぬが、山賀の山が我々の連合国の盲点になって要るのではないかと考えて要るのです。」
「先日行った時に山を見たのですが、他国の山よりも少し低いのでは無いかと感じておりました。」
若様、松之介が山賀に入る前に見ており、小川の言う少し低いと言うのは知っていた。
以前だが旅人が山賀の山を越え向こう側に行って要ると、其れに井坂達も山賀の山を越えて来たと。
「山賀の山から大勢が来ると考えておられるのですか。」
「松川から菊池に至る山は想像以上に険しく、更に狼の大群も山賀以外に集中して要ると思われるのです。」
「申される通りで有れば山賀の山越えは増えると考えなければなりませんねぇ~。」
「私は山賀のご家中と他国から選ばれた者達で混成部隊を編成したいと考えて要るのです。」
「私も大賛成ですよ、全て小川さんにお任せ致しますのでね。」
「ご家中の方々がどの様に考えて居られるのか分かりませぬが、私は厳しく行ないたいのです。」
小川は直感的に考えたので有ろう。
「山賀に関しては山賀の猿軍団がおりますので、彼らと話し合って頂きたいのです。」
「私もあの方々には全面的に応援して頂ければ助かりますので。」
「何時頃の出立の予定でしょうか。」
「出来ますれば一刻でも速く出立し現地で射撃訓練に入りたいのです。」
「山賀にも連発銃と弾薬は十分に有ると思いますので、其れで訓練期間は。」
「一応十日間と考えております。」
「十日間ですか、ですが本当に大丈夫でしょうか。」
「本当は五日間で終わりたいのです。
中隊の農民さん達でも十日間で十分使い熟しており、其れに武士が出来ないとなれば恥だと思わなければなりません。」
小川は武士の意地を掛けてでも五日間で使い熟せと言うのでも言うのか。
「確かに申される事は良く分かりますよ、山賀もですが元官軍の兵士達の殆どが農民さんや町民さんでその様な人達は戦をする為に生まれて来られたのでは有りませんからねぇ~、其れに比べ侍と言うのは幼い頃から剣術を習い、戦になれば参戦するのだと教育を受けております。
農民さんや町民さんには武士同士の戦には全く関係が無かったのですからねぇ~、其れが今回の官軍と言うのは武家社会を倒すには農民や町民の力を借りなければ幕府軍との戦には勝つ事は出来無い。
幕府を倒さなければ何時までも農民さんや町民さんの生活は改善出来ないと、まぁ~官軍と言う新組織の上層部が説得したのだと思います。」
「工藤大佐のお話しをお聞きしたのですが、幕府と言う武家社会は八百年間と言う長期間民衆を苦しめ、特に農民さん達は幾度と無く、自分達の生活して要る領主に対し直訴し、その結果多くの農民が処されました。
八百年間も苦しめられた農民さん達が一気に爆発したと考えて要るのです。
農民さん達に連発銃の射撃訓練を行ったのですが、私の知る限り農民さん達は真剣に訓練され、私の想像上に上達されておられたのです。
やはり幕府を倒せば自分達の暮らしが少しでも楽になると考えたのだと思います。」
「そうだと思いますねぇ~、其れに比べ侍は何処かに何時でも出来るのだと簡単に考えて要る様にも思えるのですが。」
各藩に駐屯して要る兵士達は誰の為でも無く、我が身の為だと連日厳しい任務に就いて要る。
兵士達も殆どが農民や町民で、彼らの出来る任務が各藩の家臣達に出来ぬはずが無いと考えて要る。
「侍に対しては厳しい訓練を要求するつもりです。」
「どんどんやって下さいよ、時には小川さんが本気だと見せなければならないと思いますので。」
一体どの様な射撃訓練を行うか、と源三郎は考えるが、小川は今回は特別だと考えており、訓練は相当厳しくなると言う。
「何時の出立予定でしょうか。」
「明日菊池に出立し、野洲と上田と合流し松川で全員が合流し、松川で最後のお話をする予定で松川で一泊し早朝山賀へと向かう予定にしております。」
松川で最後の話をすると言うが一体どの様な話しをするのだろうか、内容を知りたいとは思うが小川の事だ各国の家臣達には想像以上に厳しい話をする事は間違いは無い。
「今回の任務は今までとは違いますので家臣達にも休みを考えて頂きたいのです。」
「勿論でして、表向きは全員を同じ様に扱いますが、警備の中心となるのは山賀と考えておりますので、私としてはどの様な編成にすれば良いのかを考えて要るのです。
中隊長の意見を聴き、其れから考えても遅くは有りませんので、今は其れよりも一刻も早く射撃訓練を開始する事だけを考えております。」
「そうですか、大変だとは思いますが、何卒宜しくお願い致します。」
「承知致しました。
私は今から菊池に向かい、人員が揃い次第出立します。」
源三郎に敬礼し菊池へと向かった。
「鈴木様、上田様、今お聞きの通りで家臣にも伝えて下さい。
明日山賀へ出立するので連発銃と弾薬百発を準備し、明日の明け六つに集合して下さいと。」
「承知致しました。」
と、鈴木と他の数名が城内の家臣達に伝えに向かい、上田と数名で武器庫へ行き、連発銃と弾薬百発出し、執務室に並べて行く。
「上田様、小川大尉は大変厳しい訓練に入ると申されておられましたが。」
「仕方有りませんよ、其れよりもこれから先城内に残られる各所のお役目に就かれる方々も大変だと思います。
今までならば我のお役目だけでよかったのですが、これからは掛け持ちとなり残られる方々にも大きな負担を受けますので、皆様方もお手伝いに向かって頂く時も有るかと思います。」
上田は執務室に居る数人に城内での役目を手伝うのだと。
そして、明くる日早朝、小川は菊池から十数名を連れ野洲に着いた。
「総司令。」
源三郎の思った通りで、菊池をまだ夜の明けぬ内に出立したので有る。
「野洲は全員集合しております。」
「承知致しました、では皆様方出立します。」
休む事も無く、上田へと向かった。
「上田様、小川大尉は軍隊方式で参られますねぇ~。」
「はい、普通ならば少しの休みも取ると思いますが、それ程にも山賀に危険が迫って要ると言う事なので御座いますねぇ~。」
「小川大尉は軍人としての見方をされておられますので、私がどうのと申し上げる事は有りません。」
上田に着いたのがお昼でも有り、上田で昼食の休みを取り、其の日の夕刻前には松川に着いた。
「斉藤様、食事は簡単で宜しゅう御座いますので、其の前に全員に話しが有りますので、松川から山賀に向かわれます方々にも集まって頂きたいのです。」
「承知致しました、では大広間の方に。」
「では皆様方は大広間に入って下さい。」
大広間に入って来る人数を数え始めた。
「四十五、四十六、う~ん其れにしても少ないなぁ~。」
最低でも五十人以上は集まるものだと思っており、だが考え方を変えればこの四十六名と山賀の家臣を含めれば百名以上は集まると思った。
「皆様方、大変お疲れだと思いますが、何故皆様方に山賀へ向かわなければならないのか、今からお話しを致しますので。」
この後詳しく説明した。
「この度の任務ですが、先程のご説明では連合国の中で最も登りが簡単だと申されましたが、私の知る限りでは山賀にも狼の大群が潜んで要ると思って要るのですが。」
「若殿様の申されます通りですが、連合国を訪れた旅人は他の国から行かれず、全て山賀の山を越えて来たと、其の通り道と申しますのか峠の話も各地で話されて要ると考えなければなりません。」
「では官軍も旧幕府軍も山賀の峠は知って要ると。」
「菊池から入るのでは無く、かと言って野洲も上田も松川の山から侵入する事は普通では無理でして、実は私も山の向こう側に有ります戻り橋から少し入った所に登り口が有るのは聞いておりました。」
「では今後山賀の山から侵入が有ると考えなければならないと申されるのですか。」
「先日、総司令ともお話しをさせて頂きましたが、山賀が最も侵入される可能性が有ると。」
「大尉、其れでは人数が少なくは御座いませんか。」
「今、この場に居られます四十六名の方々は各国より選ばれし武士達で、更に山賀からも多くのご家中が参加して頂けるものと信じております。」
松川の大広間に集まった、菊池、野洲、上田、更に松川の家臣達に対し、選ばれし武士だと家臣達は選ばれたのだと言う武士の誇りを持ち上げ、大広間の家臣達の心をくすぐり、否が応でも納得して行くが其れでもまだ優しい。
「皆様方には今日を限りに各藩の武士では無く、連合国軍最強の部隊だと呼ばれる部隊になる為にも射撃訓練は厳しく行ないますので、覚悟をして頂きたいのです。」
「大尉は連合国軍最強の部隊と申され、射撃訓練が厳しくなると、ではどの様な訓練に成るのですか。」
「実に簡単でして、半町先の五寸板に命中させると言う訓練で御座います。」
「えっ、半町先の五寸板に命中させるのですか。」
家臣達はとても無理だと言う表情をして要る。
「貴方方は侍だ、侍と言うのは一体誰の為に働くのか分かっておられるのか、総司令は何時も申されておられる全ては領民の為だとこの意味を理解しておられるのか。」
怒ったのでは無い、今の内に家臣達を脅かしてでも納得させなければならないと考えて要る。
「如何ですか、どなたか返答されては。」
だが誰も返答せずにおり、一気に話を進めるのが効果が有ると。
「貴方方の訓練期間は五日間と考えております。
今出来ないと思われるので有れば直ぐに申し出られよ、但し、但しですが、其の方々はこの連合国に留まる事は許しません。」
「えっ、何故だ、何故留まる事が出来ないのだ其れでは余りにも。」
「貴殿は何も分かっておられない、若しもだ山賀の山を官軍の大軍が越えて来れば山賀は半日もすれば侍は全員殺され、城下では略奪や暴行で女は犯され、子供達も一緒に殺されるんだ、そんな事も分からないのか、よ~し分かった、貴殿は今から一人で山を越え向こう側に行って頂く、但し山の向こう側には官軍兵が幕府の敗残兵を探し、勿論、発見されれば容赦無く殺される。
言って置くが官軍兵は相手が侍だと分かれば、その場で銃殺しても良いと言われており、貴殿がどの様に言い訳しても通じない、さぁ~直ぐ山に向かえ。」
この家臣もだが大広間に居る家臣達は正かとは思って要る。
「貴方方は正か官軍兵が其の様な理不尽な殺しはしないだろうと思って要るだろうが、官軍兵の殆どが農民や町民で数百年間も侍から苦渋を味わされ、歩兵は侍と見れば何も考えず殺す。
勿論、連合国では其の様な事はしない、だが其れは連合国内だけで山の向こう側では殆どの農民や町民は侍に対しては不満と言うよりも憎しみを持って要る。
侍と見れば何の躊躇もせずに殺すのが当然だと思って要る。」
「皆様方、今小川大尉の申された話しは本当ですよ、私も先日菊池から入られた元官軍兵から直接聞きましたが、我々の連合国は別としても、高い山の向こう側では大勢の農民さん達は幕府のいや侍に対しは憎しみが物凄いので、其の官軍兵達も上官からは相手が侍ならば問答無用で殺せと命令を受けており、菊池の隧道に入るまで一体何人の侍を殺したのかも覚えていないと、それ程までに侍に対しては憎しみばかりで、侍と言えば幕府の者だと、だから全員を容赦なく殺すんだと。」
斉藤の話しは本当なのか、だが仮に斉藤の話しが嘘だとしても今大広間に居る四十六名の家臣達は本当だと思っており、先程の家臣も座り込んだ。
「皆様方が半町先の五寸板に命中させなければ相手に殺されますよ、今度の任務は今の中隊の歩兵全員を別の任務に就かせる事になって要るのです。
皆様方に対し何も農作業に就いて下さいと申してはおりません。
皆様方の任務は確かに連合国の領民の為ですが、最終的には皆様と皆様方のご家族の為だと申して要るのですが、其れでも出来ないと申されるので有れば、私は何も申しませんが果たして菊池の隧道から無事に出る事が出来るでしょうかねぇ~、隧道を出たとしても辺り一面農家の一軒も有りませんので、其れに一体誰が貴方方に食べ物を差し出してくれると思いますか、まぁ~よ~く考えて下さい。
何れにしても明日の明け六つには全員が連発銃を持ち出立しますので、私からは以上ですので皆様方は食事に入って下さい。」
四十六名の家臣に対し選ばれし者達だと持ち上げ、其の言葉が家臣達を納得させたのだろうか、食事に向かう時には少しだが納得した家臣も要る。
そして、明くる日の明け六つには全員が連発銃を肩から下げ、弾倉帯には百発の弾丸が入って要る。
「皆様、お早う御座います、では今から山賀に向かいます。
若殿様、斉藤様、誠に有難う御座いました。」
「小川大尉、くれぐれもご無理をされない様にお願い致します。」
松川の若殿と斉藤は小川達を見送った。
山賀に向かい二時半が過ぎた頃、山賀から数頭の馬が飛ばして来る。
「若しや正かとは思いますが山賀で何か異変が起きたのでは、皆様方、急ぎましょう山賀で何か分かりませんが異変が起きたのかも知れませんので。」
小走りで山賀に向かうが、山賀からの早馬は山賀の山を百五十人と言う大勢の女性と子供達が登って来たと知らせる為で松川の斉藤、上田の阿波野、菊池の高野、そして、野洲の源三郎へ書状を届ける為で、山賀を離れた後に起きた事件で小川は全く知らずに要る。
「やはり小川が言った様に山賀から侵入、いや登って来たのか、だが其れにしても女性と子供ばかりだと言のが気に成る、何故、女性と子供だけで其れも百五十人と言う大勢なのだ、若しかすれば旅人が山賀の山ならば多少は安全だと話したのではないか、事実ならば今後の防衛体制を見直さなけれならない。」
最初山賀に来た時には若しも官軍や幕府の残党が登って来れば一体どの様な事態になるのか、これだけは大至急考えなければならない。
其れよりも先日には五千人と言う官軍の大軍が攻めて来るのでは無いかと、菊池の隧道に兵力を注いだが、結果的には連合国の犠牲者も無く今は五千人の元官軍兵は連合国に留めて要る。
源三郎は上田の阿波野と数人の配下と共に松川へと向かい。
そして、小川達は昼の休みも四半時で済ませ夕刻前、山賀の大手門に着いた。
「私は連合軍の小川と申します、若様は。」
「はい、先程、執務室にご家老様と。」
「では失礼します。」
と、小川が執務室に入ると。
「若様。」
「小川大尉、如何されましたか、この様に早く着かれて。」
若様はてっきり、源三郎の指示で来たと思った側。
「今朝早馬が松川へと向かったので正かと思い、私は連合軍として四十六名を連れ参ったので御座います。」
「そうでしたか、大尉が山賀を離れた直後百五十人の大勢が山を越えて来ましてね、其れで直ぐ松川、上田、菊池、そして、義兄上に書状を送ったのです。」
「分かりました、其れで今四十六名が大手門を入った所に待機して要るのですが大至急ご家中の全員に登城させて頂きたいのです。
訳は其の時に話させて頂きますので。」
「分かりました、誰か一斉登城の太鼓を鳴らせて下さい。」
執務室の数人が一斉に動き出し、四十六名の家臣、いや新米の連合軍兵士達を大広間へ案内して行く。
「間も無く総司令も参られると思います。」
「私もお待ち致しております。
何しろ突然の事で、どの様に対応して良いのかも分からずに困っております。」
「其れにしても中途半端な人数ですが何か有るのでしょうか。」
吉永は四十六名と言う人数が余りにも中途半端だと思って要る。
「其のお話しも皆様方が集まられてからさせて頂きたいと思っています。」
「分かりました、若、大尉が連れて来られました四十六名ですが、皆が若いと思いますねぇ~。」
「やはり、私は義兄上の。」
「若様、総司令からは何も指示は受けてはおりません。
全て私の判断に任せて頂いております。」
話の途中に、若様と吉永、そして、小川が大広間に入り。
「山賀のご家中に申し上げます。」
この後、何故緊急の呼び出しを行なったのかを半時以上も掛けて説明した。
「お話しはよ~く分かりました。
其れで私が選びたいのですが宜しいでしょうか。」
緊急時には吉永と言う人物は最適で、源三郎が何を考えて要るのかを知っており一番頼りになる。
「全て吉永様にお任せ致しますので、皆はご家老様の指示に従って下さい。」
若様も安心している。
「若、高木様は若の手足とならなければなりませんので外します。」
吉永は外す家臣の名を上げ。
「今名を挙げた者は城内のお役目を続けて頂くが、皆も大変だと思いますので、各自、お役目は二つ、いや三つ以上を掛け持ちして頂く事になります。」
大広間の居る山賀の家臣達は返事すら出来ない。
「私は源三郎と申します。」
「どうぞ、皆様方は今大広間に居られますので。」
「そうですか、有難う、では。」
さぁ~源三郎がやって来た、斉藤、阿波野、高野も一緒に大広間へ向かった。
「斉藤様、山賀のご家中は我々が来るとは思っていないと思いますねぇ~。」
「ですが何故百五十名もの女性と子供だけで山を越える事が出来たのでしょうか。」
「私も分かりませんが、何れにしても女性にお話しを聞かねばならないと思いますが、私は小川さんがどの様にされるのかも分かりませんが、其れよりも山賀の防衛が最重要だと考えて要るのです。」
「斉藤様、私も総司令と同じでして、菊池の隧道は簡単に突破されるとは思いませぬが、連合国の山では山賀の山が少し低いのでは御座いませんか。」
高野が言う様に海岸は山から大小様々岩を大量に集め埋め尽くし海岸からは簡単には侵入する事は出来ず、仮に隧道に入ったとしても途中の数か所に爆薬を埋め何時でも隧道内を爆破する事も可能だ。
「私達も今までの様な考え方から改めなければなりませんねぇ~。」
「若。」
「義兄上、いえ、総司令、お待ち致しておりました。
皆様方にもご足労をお掛け致しました。」
若様は源三郎と高野達に頭を下げ。
「若、女性達のお話しは後程に、其れよりも小川大尉何名になりましたでしょうか。」
「全員で九十九名で御座います。」
「ほぉ~大勢になりましたねぇ~、で射撃訓練は何時からの予定でしょうか。」
「明日の明け方からの予定で御座います。」
「では訓練教官はどの様に。」
「一応私がと考えております。」
「小川さんが一人では無理ですよ、高木さんは居られますか。」
「はい、此処に。」
高木は何故呼ばれたのか分かった。
「高木さん、中隊長を呼んで頂きたいのです。」
やはり高木の思った通りで、多分、中隊の小隊長を数人呼び、小隊長達を訓練教官にするつもりだと。
「小川さん、山賀以外の者は明け六つには訓練を開始して下さい。
其れと、山賀の方々は今夜と明日の昼までご家族に説明して頂き、昼から訓練を開始して下さい。」
「中隊長をお連れ致しました。」
「総司令、急用だと伺いましたので。」
「別に急用では有りませんが、中隊の兵隊さん達ですが射撃訓練をされたと思うのですが、勿論、殆どの兵隊さんは元は農民さん達だと思いますが、連発銃を持たれるのも初めてなので訓練は長きに渡り大変だったと思います。
其れでお聞きしたいのですが、射撃訓練は一体何日掛かられたのでしょうか。」
「訓練期間は僅か十日間で御座いました。」
「えっ、其れは誠で、私は連発銃もですが、鉄砲と言う物を全く知りませんので、ですがそんな簡単に扱う事が出来るのでしょうか。」
「連発銃を撃つだけならば誰でも出来るのです。
ですが我が中隊の兵士達は半町程離れた的ですが、その的に命中させるのは全員が出来ます。」
中隊長の部下は小隊長を除き全員が農民で、その農民が半町先の的に全員が外す事は無いと。
「その的ですが、一体どれ程の大きさなのでしょうか。」
「あれは確か三寸か四寸だと思いますが。」
「えっ。」
余りにも衝撃的な話に驚きの声を上げた。
源三郎も弓の的なら知っており、正か四寸の的だとは考えもしなかった。
「ですが我が中隊の兵士は別だと思います。
小川大尉ならばご存知だと思いますが、最初から半町先の的に命中させるのは無理ではと思います。」
「中隊の兵士は私の知る限りでは大隊の中でも最高の射撃手の集まりで御座います。」
「では中隊の中から射撃訓練の教官となられるお方は。」
「其れならば中隊の中でも一番が第一小隊でして、小隊長も中隊の中では最高の射撃手です。」
一体何を考え兵士を教官にさせる、教官と言えど元は農民で訓練生は全員が侍なのだ。
「正か第一小隊の隊員を教官にされるのでは御座いませんでしょうね。」
小川も驚いて要る。
「不都合でも有るのでしょうか、教えて頂くのですよ、私も射撃訓練に参加させて頂きますのですね。」
「私も是非お願い致します。」
「えっ、若もですか。」
「若様が、正か。」
「小川大尉、私も参加し、皆様方と共に。」
「若、其れは駄目ですよ。」
「義兄上、何故に私では駄目なので御座いますか、私も山賀の一員として幕府の残党、いや官軍の侵入を防ぎたいのです。」
「若のお気持ちは分かりますが、では一体誰が山賀で采配させるのですか、確かにご家老様は人物的にも
申し分ないお方です。
城下の民は常日頃若様が居られるだけで安心だと、若に若しもの事が有ったとすれば民を泣かせるのですか、其れに空掘りの工事も有るのですよ、若は訓練だけは受けて頂き、後は大尉に任せるのです。」
若様の気持ちは嫌と言う程理解しており、自分が先頭に立つ事で他の国から来た者達にも示が付く。
だが若様は山賀の要で、要を若しも失う事にでもなれば、其れこそ連合国は雪崩の如崩れ去って行く。
若様も当然ながら理解はして要る。
「では訓練だけでも参加させて頂きます。」
やはりこの様な時には源三郎ははっきりとして要る。
「先程の第一小隊の方々には明日の明け六つに集合させて頂けますか。」
「ですが皆様方は各国の、其れも武士で。」
「心配は私も良く分かりますよ、幾ら教えて貰うと言っても元々が農民さん達だから下手な言葉も
使えないと、ですが例え農民さんだと申されましても、立派な兵士で歴戦の勇士です。
我々にとっては歴戦の勇士から射撃訓練をして頂けるだけでも本当は喜ばなければならないの
です。
これは大変失礼な言葉ですが、私を含め連合国の中で本当の戦に行かれたお方は居られると思いますか、私は誰一人として居られないと思います。
その証に先日菊池の向こう側で官軍の指揮官に矢を放たれたお方ですが余りにも衝撃的な光景に誰もが放心状態に近く、ですが連合国の兵士もですが、五千人の官軍兵も私から見れば平然としておりました。
幾ら連合国の中で私は剣術の達人だからと言ったところで、所詮井の中の蛙大海を知らずと申しまして、外の特に戦争と言う残酷な現場を知らない者が言ったところで官軍の兵士には全く通じないのです。」
「では兵士達には何と説明すれば良いのでしょうか。」
「まぁ~私に任せて下さい。
そうですねぇ~、最初の数日、いや一日だけは基本的な撃ち方だけを教えて頂きたいのです。
其の時だけは優しく教えて頂き、その後の訓練に入れば、お前は下手だと罵倒されても決して怒りは致しませんのでね。」
「えっ、正か総司令をですか。」
「私も同じで、私は確かに抜刀術は姉上から教わりました。
今思い出しますと、あの時程姉上は恐ろしいと、いや鬼以上だと思った事は有りませんでした。
其の証に私の全身には姉上から何度切られたか分かりませんが刀傷が、ですが姉上は松之介の抜刀術は子供の遊びだと、その様な剣では敵に切り傷さえも与えず、切り殺されると、松川の兄上も同じで、私と兄上に対する教えは何時も太刀を使っておられました。
中隊長、言葉と言うものは直ぐ消えますが、私の身体中に付いた刀傷は一生残ります。
でも其のお陰で私は今も生きて要るのです。」
傍で聞いて要る斉藤も頷いて要る。
「皆様、本当に宜しいですか、彼らは今はれっきとした連合軍の兵士です。
ですが彼らの中にはまだ侍に対して憎しみは消えておりません。
彼らは面前で妻と子供が残虐な方法で殺されており、皆様方は確かに違いますが、彼らにとっては幕府の侍も連合国の侍も同じ侍なのです。
其れを本当に理解して頂かなければ、例え総司令のご命令でも、私は射撃訓練の教官になってくれとは申せません。」
中隊長は農民との付き合いは長く農民が今までどれ程苦しい思いをして来たかを知っており、本当に部下を信頼して要ると、其れで無ければ今の様な話し方は出来ないのだと、源三郎は思った。
「私に任せて下さい。
皆に伝えよ、明日の明け六つに集合するが、教官に対し少しでも失礼な言葉使った者は私が許さぬから、分かったのか、返事が無い。」
大広間の家臣達、特に山賀の家臣は源三郎の恐ろしさは鬼家老を退治した時の光景を思い出したのか、中には少し震えて要る者も。
「今一度聴く、教官に対す失言は許さぬ覚悟せよ、山賀以外の者は明日からの準備に入れ、高木さん、弾薬ですが一万発の用意を彼らが荷車に積み込みますので。」
「了解致しました。」
「鈴木様と上田様もお手伝いをお願い致します。」
山賀の家臣以外全員が弾薬の保管場所へと向かった。
「さぁ~山賀の皆様、お話しはこれからです.
皆様もご存知だと思いますが、先日山を越え百五十人もの女性と子供が来られましたが、其れよりも以前に官軍の五千人と言う大軍が菊池から侵入を企てたのです。」
「えっ、正か。」
と、大広間の家臣達は初めて聞く話に驚きの表情で。
「ですが、其れを一発の銃弾で仕留められたのは兵士ですよ。」
「其れは誠で御座いますか。」
若様も正かだと思います思って要る。
「私が嘘を申しまして何を得るのですか、嘘だと思われるので有れば私と一緒に来られました高野様、阿波野様、斉藤様達が証人ですよ、其れも眉間にですからねぇ~、私は其の方が狙いを定め、何時撃たれるのかを見ておりましたがね、五千の歩兵が連合軍の囲みに入ったその時でしたから、多分ですが、あの距離からすると半町以上は有ると思います。」
「宜しいで御座いますか。」
「高野様、宜しくお願い致します。」
「皆様方、確かに菊池から松川に至るまでの家臣の中から弓の名手を選び、其の方々の放たれた矢は全て官軍の指揮官に命中、命中と言っても全ての矢で致命傷を与えたのでは無く、大半が大怪我でその距離も殆どが六間以上でね、私は其の時改めて思いましたよ、この人達の腕前は並みでは無い、人には言えない程血の滲む様な訓練をされたのだと、先程も中隊長が申されましたが、半町以上先の三寸か四寸の的に命中させるのは至難の業だと私は思っております。
ですが此処でよ~く考えて頂きたいのです、我々の連合軍だけでもそれ程の腕前を持って居られるのです。
其れが官軍では一体どれだけの人数が居ると思いますか、実は私も銃の扱い方も知りませんので兵士に聴きました、すると撃ち方は半時も有れば十分に理解出来ますよと、ですが本格的な訓練になれば、十日、いや二十日間は掛かりますとね、其の兵士が言ったのですが、官軍の中にはもっと凄い腕前の兵士がおり、一町先の三寸の中心に命中させるのは簡単だと、皆様方が若しも、若しもですよその様な凄腕の持ち主に見付かればどの様になるか想像出来ると思うのですが、如何でしょうか。」
高野の話しは途中までは本当だが、あの時、高野は兵士とは話などはしておらず、源三郎も高野の大芝居に含み笑いをして要る。
「義兄上、私も怒られるのですか。」
「えっ、正か若様をですか。」
「中隊長、若には特別厳しく訓練をさせて下さいね、訓練中は若様では有りませんとね。」
「正か私がその様な事を兵士に言える訳が有りません。」
中隊長は本気で否定して要る。
「まぁ~皆様方、余計な話しは辞めますかが、幕府の残党か若しくは官軍が登って来るのは間違いは有りませんよ、皆様方が本気で領民を守れば、其れは皆様方のご家族も守れると言う事です。
では今から自宅に戻られご家族にお話しをして下さい。
明日は明け六つでは無く朝の四つには登城し、その後、連発銃を持ち訓練場へと向かう様に、其れと今後は登城する必要も有りませんので明後日からは明け六つから訓練を開始終わりは日暮れまでとし、朝餉と夕餉は自宅で、昼は、あっ、そうだ、吉永様、申し訳有りませんが、お昼のおむすびをお願い出来るでしょうか。」
「全てお任せ下さい。」
吉永は源三郎が、いや小川の訓練は何時も以上に厳しくなると、今はそれ程にも山賀の山が危険な状態に入って要ると思うので有る。
「宜しくお願いします、太刀は必要有りませんので、では訓練に向かう者は自宅に戻って頂き、その他の方々は未だお話しが有りますので残って下さい。」
明日から射撃訓練に入る家臣達は何故か足が重く感じて要るのだろうか、動きが鈍い。
「皆様方、これからが大変だと言う事だけは覚悟して頂きたいのです。
先程も申しましたが、山賀でのお役目は一で人何役もこなす事になりますが、其れも仕方が無いのです。
今の状況は菊池も野洲も、上田、松川に至るまで連合国では全て同じだと言う事なのです。」
「お伺いしても宜しいでしょうか。」
「どの様な事でも宜しいですよ。」
彼の賄い処では若い料理人全員が訓練に行ったので有る。
「私は賄い処の者で御座いますが、先程の中には賄い処の料理人も訓練に入る事に成りまして。」
中年の彼は言葉に詰まって要る。
「賄い処のお話しですね、まぁ~ねぇ~其れも仕方が有りませんねぇ~、若も辛抱して頂く事になりますので。」
若様も頷いて要る。
「そうだ、若、先日到着された女性に賄い処に入って頂いては如何でしょうか。」
「其れは、私に、そうだ義兄上、賄い処と申しますと、正太さんが現場で賄いさんが不足して要ると。」
「そうですか、あの現場は大勢が働いて居られますからねぇ~、まぁ~其のお話しは後程にね、皆様方も大変だと思いますが、先程の者達に比べれば余程楽だと思って頂きたいのです。
皆様方もよくご存知だと思いますが、連合国の山には狼の大群がおり、其れとは別に幕府の残党や官軍ですよ、何時何処から現れるかも知れず、若しも、若しもですよ、官軍との戦闘中に狼の大群が襲ってきたと思って下さいよ、彼らは官軍と狼の両方を相手に戦うのです。
多分戦闘現場は修羅場と化し、それ程までにも過酷な任務に就く事を考えれば狼も襲って来ない城内でのお役目に不満を少しでも漏らされるので有れば、私はその者を即刻其の任を解き、山の防衛部隊に転属させ最前線の配置を命じます。」
言葉使いは何時もながら優しい、だが罰則と言うのか厳罰に処すると言うので家臣達は何としても城内でも役目だけは熟さなければならないと思って要る。
更なる追い打ちを掛ける。
「皆様方もご存知だと思いますが、私の配下には闇の者が居ると、その闇の者は山賀だけでは有りませんよ、菊池から松川に至るまで全てに配置しており、闇の者は何も城内だけでは有りませんのでね。」
源三郎の言った城内だけでは無いと、だが一体どの様な意味なのか、家臣達は真剣に考えて要る。
正か自宅にもと考えるのが普通でその様に思った家臣達は身の毛も与奪程の想像したのだろうか悲壮な表情に。
「では皆様方はお引き取り下さいますか、若、吉永様、参りましょうか。」
平然とし執務室へと向かう。
「高木さん、先日山賀に着かれました女性ですが。」
「今は皆様は別の部屋に居られますが。」
「では農民さんと町民さんの、え~っと、若、武家の。」
「お二人の名は存じておりますが、お二人はご家老様のご息女だと申されておられます。」
「ご家老のご息女ですか、其れと他に腰元は居られるのですか。」
「はい、腰元と思われます女性も大勢居られます。」
「では高木さん、其の方々から数人づつ呼んで頂くのですが、ご家老のご息女が居られますと、何かを話す事も気が引けると思いますので、最初は農民さんと町民さんの中から、まぁ~適当に四人か五人程呼んで頂けますか。」
「はい、承知致しました。」
高木と数人が農民と町民の居る部屋へ向かった。
「若、私に任せて頂けますか。」
「勿論で実は先日女性達が着かれた時には一体どの様にすれば良いのかも分からず、正直申しまして、早く義兄上が来て頂ける様にと思っておりましたので、今日来て頂け、やっと一安心出来るので御座います。」
「何故ですか、女性ばかりで圧倒されたのですか。」
「勿論、其れも有りますが、突然だったのですが其れよりも余りにも大勢で吉永様も正かと申され、私も正かこれ程にも大勢が、其れも全員が女性だと言う事に少し慌てたので御座います。」
若様は正直な男だ、吉永も正かだと言ったが現実にはその正かが起き、若様は慌てたと、だが一番慌てたのは多分吉永だろうと、源三郎は思って要る。
「総司令、農民さんと町民さんをお連れ致しました。」
「高木さん、有難う、さぁ~さぁ~皆さん、私は源三郎と申しますので、まぁ~お座り下さい。」
だが農民と町民は何故だか表情は引き攣り、身体は震えて要る様にも見えた。
「皆さん、私は鬼でも幽霊でも有りませんよ、高木さん、また私の悪口を言われたのですか。」
高木は大慌てで。
「正か私は、ただ。」
「ただ、何ですか、う~ん、若、私はそんなにも恐ろしい顔をして要るのでしょうかねぇ~、其れとも女性の顔を見てよだれでも。」
「義兄上が余りにも若く、まぁ~男前ですから女性が驚かれて要るんですよ、皆さん、何も心配される事は有りませんよ、私の義兄上ですから。」
「えっ、若様の義兄上様で御座いますか。」
女性達は驚きの余り突然座り込み土下座をしようとすると。
「皆さん、私は若様でも無く、ただの源三郎ですからね、さぁ~頭を上げて下さいね。」
「でもお殿様では。」
「えっ、私が殿様ですか、そんな無茶な話しは聞いておりませんよ、ねぇ~高木さん。」
「はい、源三郎様は源三郎様で、お殿様では有りませんので。」
「でも、今若様が義兄上様だと。」
「皆さん、申し訳有りませんねぇ~、義兄上は私の姉上のご主人様で。」
「若、そのご主人様は余計ですよ。」
「はい、でも簡単に申しますとね、私の姉上が義兄上と結ばれないので有れば、姉上は自害すると申しましてね、私の父も野洲の殿様も、まぁ~大変だったんですよ。」
農民や町民達は話の内容が全く理解出来ない、若様もどの様に話をすれば良いのかも分からず困って要る。
「え~、でも源三郎様は普通のお侍様では無いんですか。」
「其の通りでしてね、野洲の国のご家老様のご子息で。」
「若、其の話しは。」
「この話しをしなければ、女性達は納得されないと思いますが、吉永様は如何でしょうか。」
困った顔をして要るが、吉永は笑いを堪えて要る様にも見える。
「若、私も是非お話しをされる方が良いと思いますよ、そうでは有りませんか皆さん。」
「仕方が御座いませぬが、私も大賛成で御座いますよ。」
阿波野は大笑いし大賛成だと、高野も斉藤も手を叩き喜んで要る。
だが女性達には何とも不思議でならない顔をしており、若様はその後、源三郎と雪乃の話をすると。
「あ~良かった、私はもう恐ろしくて、恐ろしくて、何時張り付けだと言われるかもう心配で。」
「えっ、貴女を張り付けだと、一体何処の誰が言ったのですか、正か。」
と、源三郎が若様を睨み付けると。
「正か私がそんな恐ろし事が言えるとでも、飛んでも御座いませぬ。」
若様が頭を下げると。
「えっ、若様が頭を下げるって、やっぱりだ。」
「まぁ~まぁ~冗談、冗談ですよ、若、女性達が驚いて居られますよ。」
「は~い、申し訳有りません。」
と、若様は舌をペロッと出すと。
「もう、私は何が何だかさっぱり分からなくなってきたわよ。」
「何が分からないのですか。」
「だって若様は山賀のお殿様で、そのお殿様が源三郎様に頭を下げられるんだもの、私達のお国では考えられ無かったものですから。」
町民の女性の言う事も分かる、幾ら源三郎がご家老様の息子だとしても殿様では無い。
若様はれっきとした山賀の藩主で、藩主がご家老の息子に頭を下げるなどとは全く信じる事が出来ない。
「まぁ~皆さん、これが我々の連合国でして、ですから皆さんが連合国に残られるのも自由で、
故郷に戻られるのも自由ですが、但し皆さんも知って居られると思いますが、我らの連合国を囲む
高い山には数万頭もの狼が群れを成しており、山賀の山を越えて向こう側に行かれるのは不可能だと考えて頂きたいのです。
でも皆さんは狼とは会わなかったと思われるお方も居られるでしょうが、其の時はただ運が良
かったのだと思って下さい。
実は近く狼の侵入を防ぐ為の高い柵を山賀から菊池に至るまで作る事になって要るのですが、皆さんが山賀に来られる前に官軍が五千の兵隊さんと共に菊池を攻撃すると聴き、でも官軍は滅ぼしたのですが、その為に柵作りに入れずにおりましてね、その官軍の歩兵五千人ですが、今は我が連合国に入り生き残りたいと申されましてね、柵の工事と田畑の拡張工事に入る矢先、今度は皆さんが山を越えて来られたと聴きましてね、私達が今日来たのです。」
「では官軍の兵隊が連合国に居るんですか。」
「其の通りですよ、多分ですが、数日の内に菊池から測量と同時に柵作りと同時に田畑の拡張工事に入る予定なんですよ。」
だがこの時、農民の女性や町民の女性も、更に源三郎達でさえ知らない事が進んでいた。
「其れでね、私は皆さんがこの先一体どの様にされるのかをお聞きしたいのですが、何かご希望でも有れば言ってくださいね。」
「あの~オラは農民なんで田畑を耕せれば其れで十分なんです。」
やはり農民だ、何処に居ても土を耕せるだけで気持ちが落ち着くのだろう。
「そうですか、山賀でも農地を拡げる工事を行なっておりますのでね、貴女の希望される場所ですが。」
「でもオラは何処も知らないんですよ。」
「そうでしたねぇ~、これは大変失礼しました。」
優しい言葉に女性達も次第に和み始めた。
「源三郎様、オラもです、畑を耕すだけでもいいんで、オラは死んだ父ちゃんや子供の事を少しでも。」
此処に来た農婦達の主人は全員殺されたのだろうか。
「あの~源三郎様、私は賄いだったら出来るんですが。」
「ほ~其れは大助かりでして、実はこのお城の北側に空掘りが有るのですがね。」
「えっ其れって若様が言われた何かの工事現場なんですか。」
「其の通りでして、その現場で鉄を作っておりましたね、千人の人達が毎日働いて居られるのですがね、現場で働く人達にも食べ物は必要なんですよ、じゃ~其の食事を作って頂ければ助かるんですが。」
「えっ、私にですか、でも一人じゃ~ねぇ~。」
「では其のお話しは部屋に戻られてから皆さんと相談して頂いてからでも宜しいので、後程返事をして下さいますか。」
「本当なんですか、でも若様が。」
「皆さん、源三郎様は我々の連合国の最高責任者で、私達は総司令とお呼びしております。
総司令が許可されますと、ですが最後の判断は皆さんで決めて欲しいんです。
我々も総司令も皆さんの出された結論には一切異議を申しませんのでね。」
「まぁ~まぁ~若が余り無理を申されますと、私が嫌われ者になりますのでね。」
源三郎も少し安堵し。
「では皆さんに私から少しお願いが有るのですが聴いて頂けますか。」
「えっ、源三郎様が頼みって、なんか恐ろしい話なんですか。」
「はい、そうですよ、私のお願いは大変恐ろしいですよ、実は明日の明け六つに五十人、いや六十人
以上が訓練に入るのですが、皆さんにその者達のお昼のおむすびを作って頂きたいのですがね、如何でしょうかねぇ~。」
「恐ろしい話っておむすびを作るんですか、私は若しかって思って。」
「私はねぇ~、恐ろしい男でしてね、この様な頼みを平気でお願いしますので、これからも何度か有ると思いますので、皆様、何卒宜しくお願い致します。」
何時もの様に女性達の前に土下座し頭を下げた。
「源三郎様、オラは農民ですよ、なんでお侍様が農民に頭を下げるんですか。」
「何故ですか、私は皆さんに無理をお願いして要るのですよ、無理をお願いする相手が皆さんで、私はねぇ~皆さんが農民さんで有ろうと、町民さんで有ろうと関係は有りませんので、でもやはり無理でしょうかねぇ~。」
農民や町民の女性達は唖然とし開いた口が塞がらない様子で有る。
「いいえ、飛んでも御座いません。
私に出来る事だったら何でもしますので、私は源三郎様の言われる事だったら何でもしますので。」
農民や町民の女性達は満足した様子で頷くので有る。
「そうですか、では皆さんは一度戻られ他の人達にもお話しをして頂きまして、詳しい話は賄い処で聞いてくださいね。」
農民や町民の女性達は頷き。
「では皆さんは戻って頂いても宜しいですよ。」
農民と町民の女性達は何やら話をしながら戻って行くが、女性達がおればこの様な時には大変重宝する。
「高木さん、武家の人達を呼んで頂けますか。」
高木は大急ぎで綾乃達を呼びに行く。
「この様な時には女性達が居られると大助かりになりますねぇ~。」
「まぁ~そう言う事ですねぇ~、やはり男と言う者は使い勝手は悪いのかも知れませんねぇ~。」
「あの人達ですが、この先も賄いの仕事に就いて頂くのですか。」
「今は何も分かりませんよ、山賀に入って来るのが今回で終わりとは限りませんのでねぇ~、若、この先当分は山賀の山を厳重に警戒し、城下に怪しい者が潜り込んでいないか調べる必要が有りますよ。」
「では、城下に幕府の残党か官軍の密偵が潜んで要ると考えておられるのですか。」
「其れは何とも言えませんが、女性ばかりが登って来たとは思えないのです。」
「では直ぐ手配しますので。」
「まぁ~まぁ~、若、武家の女性から話を聴いてからでも遅くは有りませんので。」
一刻も早く密偵を探し出したいと、だが今更急いだところで直ぐには見つからないのだと言われ、やはり今は女性達から話を聴く方が先だと思った。
「総司令、お連れ致しました。」
高木は綾乃と小百合、他に腰元と思われる数人の女性を案内した。
「さぁ~さぁ~皆さんお座り下さい。」
綾乃と小百合、腰元が座り、顔を上げると。
「あっ、えっ。」
と、綾乃達は驚いて要る、昨日若様から源三郎と言う人物が連合国の総司令官だと、だが顔を見ると想像していた人物とは大違いで、其れは年配者だと綾乃達が勝手に決めており、余りにも若いからだ。
「皆様、私は源三郎と申しますが、多分、若より私の話を聴いて頂いたと思いますが、皆様が想像されたのは多分年配者だと、ですが私は間違い無く源三郎本人ですのでね、まぁ~其れよりも余り固く考えないで下さいね、では少しお聞きしたいのですが、何故山賀の山を越えて来られたのでしょうか。」
「では私からご説明させて頂きます。
私は綾乃と申しまして、有る国の筆頭家老の娘で御座います。」
綾乃はその後、国元での出来事を詳しく説明すると。
「綾乃様、今のお話しでは貴国は幕府に対して相当な憎しみを持っておられる様に聞こえるのですが。」
「我が藩は毎年の様に不作が続き、領民は食べ物にも困り、其れでも幕府は上納金を増やせと。」
連合国だけでは無く、幕府は何の為に上納金を増やせと言うので有ろうか、やはり幕府は存続を維持する為なのか。
「其れが五年か六年前の話なのですが、突然城下に数百台の荷車と官軍の上層部の者だと名乗られるお方と大勢の兵達が来たのです。」
「数百台の荷車には何が積んで有ったのですか。」
「全てがお米でして、官軍に協力するので有ればこの先も今と同じ量の食料を届けると、其れと上層部のお方は我が藩の近隣諸国の全ては官軍の味方だと申されたのです。」
「其れでその食料は毎年届けられたのですか。」
「はい、確かに明くる年は届けられたのですが。」
綾乃は説明に困って要る。
山賀には来たが、この連合国は本当は幕府方では無いのか、若しや官軍方ではと未だ半信半疑で有る。
「官軍の武官は何を要求されたのですか。」
「はい、家中の者と領民の中から兵士を募ると。」
「ご家中の全員ですか、其れと領民は。」
「ご家中の方々は殆どでして、領民からは農民と町民を、でも一体何人が官軍の兵隊に行かれたのかも分からないのです。」
「何人か分からないと申されましたが、其れは何故なのです。」
「実は官軍が直接領民から募り、その見返りとして城下を離れる者も多く居りました。」
この藩にも大きな戦が起きると伝わっており、城下の領民は家財を荷車に積み込み夜逃げし、他国へと向かったとそれ程までに城下は混乱していたので有る。
「ですが、私が分からないのは貴女方は何故山賀に向かう事になったのですか。」
「私の父が旅人の話で遠く東の方角に高い山が連なり、その高い山を越せば心優しい人達が居られる国が有ると、父は旅人の話は嘘では無いと、旅人の言う心優しい人達の居られる国を目指せと、旅人の言われた通りの地図を描き、其れで私達は。」
其れは未だ連合国となる以前の話しで菊池からは海岸沿いに細いが道が有り多くの旅人が訪れており、旅人は山賀の山を越える為に少しづつだが道を作り、山を下ると目印を付け、その先には戻り橋が有る。
「では、綾乃様はその地図を頼りにお国を出立されたのですか。」
「城下には男の姿は殆ど無く、皆が官軍の兵士と、其れに農村でも同じで御座います。」
全てを信じて要るのでは無い、家臣の殆ど官軍に入ったと言う、ではその家族は今何処に。
「綾乃様、其れでご家中のご家族ですが。」
綾乃は何やら考えて要る、武家の家族が含まれていない、家中の殆どが官軍に入ったと言うが、其れにしても女性達の人数が余りにも少ない。
「実は。」
「綾乃様、私は貴女を責めて要るのだは有りませんよ、ただ本当の話しを聞きたいのです。」
「では正直に申し上げますが、実は私達の後からも城下と農村の女性だけで二百名近くが山賀を目指し出立しております。」
「えっ、何ですよ、二百名近くの女性が出立されておられるのですか。」
若様も吉永も余りにも衝撃的な話しに驚きを通り越して要る。
正かそれ程多くの農民と町民、其れとは別に武家の家族が山賀を目指して要るとは。
「ですがねぇ~、何故それ程多くの女性がお国を離れる決心をされたのですが、戦は何時までも続く事は有りませんよ、其れに幕府は既に壊滅しており、戦が終わればご主人が戻って来られるのですよ。」
だが綾乃達の顔が曇った。
「ですが。」
「一体どうされたのですか、戦が終われば。」
「でも一年程前、官軍からの知らせで、我が藩の家臣全員と領地で募った兵士の全員が戦死したと。」
「えっ、ではご家中も領民も全員が戦死だと。」
この話しは何処かで似た様な話しを聞いた事が有ると、源三郎は思った。
「何故、全員が戦死したと分かるのですか。」
「幕府軍の大軍に奇襲攻撃を受け、其の時連発銃を奪われたのだと。」
だが何故かこの話しは出来過ぎており、しかし話しを聞いた綾乃達は信じるしかなかった。
「其の話しを信用されお国を出られる決心をされたのですか。」
「はい、我が藩が官軍に協力したと幕府に知られたとなれば、残った領民はどの様な仕打ちを受けるやも知れず、私も其の時には自害も考えたのです。
勿論、ご主人の帰りをお待ちする女性達も同じで自害すると決めたのですが、でも領民に自害せよとは申せ無かったのです。」
「まぁ~ねぇ~、其れが普通でしょうからねぇ~、其れで。」
「私は数日間考え、父の言った国へ行く事を決心し、ご家中の奥方様に申したところ即答されず、でも数日後皆様全員が向かう事に賛成されました。」
「ですが、皆様方の中に武家の方々と思われる奥方様も子供も居られる様には見えないのですが。」
「奥様方は其の前にご領地の領民を助けるのが先だと申され、私が城下に出向き直接話をしたのです。」
綾乃は自ら領民に説明したと、だが農民や町民も自分達の主人が全員戦死したと聴いても信じて要るのだろか、其れでも武家の奥方が言う様に領民を助けて欲しいと、この国でも領民は大切だと考えていた。
「ですが、官軍の話しを信じますかねぇ~。」
「私も其の時には信じる事が出来なかったのですが、でも官軍が約束した食料は其の一回だけでしたので、知らせに来られた官軍の方に聴きましたところ、何処でも食料は届けていないと、あれは兵士を募る為の方便だと、私達は官軍の口車に乗せられ大切な親兄弟を死なせたのです。」
其れが今の官軍のやり方なのかも知れない。
農民や町民から兵士を募る方法として大量の食料を餌に見せれば食べ物が少ない国、しかも農民や町民は自分達が兵士に行く事で家族の食料は確保されたと、官軍の考えた海老で鯛を釣ると言う方法だ。
何も知らない農民や町民達は大喜びで、官軍の上層部は何時でも何処でも簡単に大量の兵士を集める事が出来る。
特に歩兵は最前線に派遣する為、戦死は日常的で官軍の上層部は農民達を人間としては考えず、単に将棋の駒だと考えて要るのかも知れない。
「ですが、これ程大勢の女性が街道を進まれると直ぐ官軍に発見されますよ。」
「私も十分承知しておりましたので、出立する前日城内に集まり、おむすびと金子を渡し、出立は夜の五つを過ぎてからと考えておりました。」
「五つですか、でも街道を行けないとなれば。」
「勿論危険ですが、領地を出、歩くのは全て夜と決めており、其れに其の時には何の不安も無く、其の国に着く事だけを考えておりました。」
やはり並みの女性では無い、幾ら家老の娘だと言え、余りにも無謀過ぎる、更に夜だけ歩くと言うが、街道は避け間道は街道以上に危険で夜ともなれば野盗もおり、その間道をあえて夜に歩くとなれば大勢の犠牲者が出る事も考えねばならない。
「ではお国を夜出立されるのは分かりましたが、食事や休みを取る所は。」
「街道よりも間道を選んだ訳は街道筋にはお寺は有りませんが、間道にはお寺が有ると聞いておりましたので、其れに宿場に泊まる事の方が余程危険だと思いました。」
出立は夜の五つと決めたのだろうが、其処に辿り着くまで綾乃は相当深刻に考えたのだろう、宿場には近付かない、泊まるのは全てお寺だと、だがお寺も危険は有り、其れでも綾乃は山賀と言う聞いた事も見た事も無い夢の様な国を目指したので有る。
「綾乃様、其れで全員が無事、この山賀に着かれたのですか。」
綾乃も小百合も腰元達も源三郎の問い掛けに表情が沈んだ。
やはり覚悟はしていたのだろうが、危険を犯してでも国を、其れも女性だけで街道を進むのでは無く、間道を夜に歩くと言うのは、何時、何処で何が起きても不思議では無く、全員が無事に着くと言う保証は無い。
「実は国を出立する時から十数人が身体の調子が悪く、其の他にも数人が身体の変調で二十人近くがこの地に辿り着くまでに命を落とされ、私はその度近くのお寺に弔いをお願いしたので御座います。」
「う~ん、やはりですか、其れも仕方が無いと考えねばなりませんねぇ~、我々の連合国を知る者は殆どおりませんので、其れで此処まで何日程掛かったのですか。」
「わたしもはっきりとは覚えてはおりませんが、多分十日前後かと思います。」
「十日間も大変な危険を犯され、今山賀に居られるのですが、今はどの様に考えておられるのですか。」
「私は未だ何も考えるだけの余裕が無いのです。
其れよりもまだ二百名近くの方々が無事この地に着かれる事だけを考えております。」
綾乃の言う事が本当だろう、今自分達は無事に着いた、だが後から来る二百名近くの女性達が無事に着くとは一体誰が保証出来ると言う。
「では其の方々も綾乃様と同じ様に大勢で出立されるのですか。」
「いいえ、其れは多分無いと思っております。
武家の方々数人と農民、町民も数人づつで十人前後の人数で毎夜出立すると思っております。」
「ではこれから毎日十数名の女性が山を登って来られるのですか。」
「いいえ、私達が出立した数日後からだと聞いております。」
幾ら城下に男がいないと言っても中には官軍に知らせる者も要るだろう、官軍に知られると先に出立した人達の行く道を辿れば、全員が捕まり全てが失敗に終わる。
「あの~源三郎様、私は一体どの様になるのでしょうか。」
「何故、その様な事を聞かれるのですか、私は何も考えておりませんよ。」
小百合は綾乃の妹だと言うのだが、綾乃が全員の無事だけを考えて要るが、小百合は何故だか我が身だけを考えて要る様にも聞こえた。
「私は不安で、其れに。」
「小百合様、其れに何ですか。」
小百合は源三郎の眼を見る事が出来ない。
「何が不安なのですか、若も申されたと思いますが、我々の連合国では貴女方に何も望んではおりません。
今は綾乃様が申された様に他の方々が無事に着かれるまではのんびりとされては如何でしょうか。」
源三郎は小百合を直視しており、だが小百合は何かを隠して要るようだ。
「小百合様、貴女は。」
「えっ、言え何も。」
やはりだ、小百合は慌てて要る、一体何を隠して要るのだ、源三郎は大芝居を打った。
「小百合様、貴女は私が何も知らないとでも思われて要るでしょうがねぇ~、私は貴女が綾乃様の。」
「申し訳御座いませぬ、全て私が悪いので御座います。」
やはりそうか、源三郎の思った通りで、小百合は綾乃の妹で無い。
「綾乃様、私は嘘が大嫌いでしてねぇ~、確かに綾乃様はご家老のご息女だと思いますがね、小百合様は。」
「全てお話し致します」
「駄目ですよ。」
小百合は一体何を拒んで要る。
「小百合様、貴女は殿様の。」
「えっ、何故に。」
やはりだ、小百合は殿様の娘だと、源三郎は今確信した。
「多分、小百合と言う名も違うと思いますが、如何でしょうか。」
小百合にすれば、何故知れたのかも分からない。
「実は名を百合姫と申されまして、小百合は私の妹で、多分今頃は家中の奥様方と農民と町民を連れこの地を目指しております。」
「えっ、では私に申されたのは全て嘘だと、う~ん。」
若様は怒るでも無く、ただ自分が簡単に騙された事が悔しくて仕方が無かった。
それ程にも綾乃と小百合、いや百合姫の芝居が上手なのだ。
「若、まぁ~其れも経験だと思えば良いのですよ。」
傍の吉永も頷いて要る。
「何時分かったのですか。」
若様も今まで多くの人達を見て来たが、今回の様に女性達ばかりと言うのが初めてでは仕方が無い。
「簡単ですよ、綾乃様と小百合、いや百合姫と言うのは少しですがね所作が違うのです。
普通の姉妹ならば同じ所で生活をされておられる、妹は必ずと申しても良い程姉の真似をしますからねぇ~、ですが百合姫の動きが何処か綾乃様と違うのです。
若もまぁ~これからも色々と学ぶ事が多く有る事に間違いは有りませんよ。」
「はい、承知致しました。」
腰元達は何も言えずにただ聴いており、それ程、源三郎は人の動きを見て要る。
「本当に百合姫ですか、ですがねぇ~其れは貴女の居られた国の話しでしてね、この連合国では姫としてでなく武家の娘として下さい。
其れはねぇ~貴女と一緒に来られた農民さんや町民さん達は貴女が百合姫だとは知らないからです。」
「何故其の様な事まで分かるので御座いますか。」
「まぁ~これからは百合様とお呼びしますのでね、其れと今申されました話ですが、農民さんや町民さんも百合様を姫様だとは知らないのです。
あの人達にすれば何故姫様が一緒に来たのだと、其れに今の百合様が其の訳を説明出来ないと、私は思っておりますのでね。」
「はい、承知致しました、では私は。」
「まぁ~そうですねぇ~、百合様は綾乃様を実の姉だと幼い頃より慕っていたが、父上は官軍の兵士として参られと言う話にして置いてくださいね。」
「何故その様な作り話を。」
「其れはねぇ~簡単な話しでしてね、幾ら藩主が領民の事を考えて要るとは言え、全ての領民が殿様の為だとは思っていないのです。
領民の中には殿様、特に姫様に対しては良い印象よりも悪い印象を持って要る人達が多いのです。」
「ですが、私は何も悪い事などはしておりませぬが。」
「貴女が思って要るだけで、お城に住んで要る人達は自分達の苦労も知らず、毎日を楽しく暮らして要ると思って要るのです。」
「ですが私の父は其の様な事は一度もされてはおられませんが、寧ろ反対で御座いました。」
「其れは誠の話しで、私も他の者も知っております。」
「綾乃様、其れはねぇ~、貴女方や侍が思うだけでしてね、領民は特に農民さんは憎しみを持って要るんだ、そんな事も分からないから姫様は駄目なんだ、百合殿分かったのか。」
さぁ~大変だ、源三郎が本気で怒った。
「百合殿、私は貴女と話す事は無い、二度と私の前に姿を見せないで下さい。
さぁ~、綾乃様、貴女もだ、この部屋に来る事は許さない、早く出なさい。」
「ですが。」
「早く出ろと言ってるんだ、分からないのか。」
「さぁ~お二人共、部屋を出て下さい。」
綾乃と百合姫は何故源三郎が怒って要るのかも分からず、部屋を出た。
「私達も。」
「いいえ、貴女方は宜しいのですよ、其れよりも正直に話しをして頂きたいのですが、宜しいですか。」
腰元達も源三郎が本気で怒って要ると思い、下を向いたまま返事すら出来ない。
「まぁ~先程の話しは忘れて下さいね、まだ二百名の女性が山賀に目指して要ると言うのは誠ですか。」
「其れは間違いは御座いません。
綾乃様と小百合様のお二人が城下の農村を回り、皆様方を説得されておられましたので、私も其の時一緒に参りましたので、特に妹の小百合様は必死で農民さんを説得されておられました。」
「左様ですか、よ~く分かりました。
其れと先程の話ですが、貴女方は先にお国を出立されましたが、後から来られる人達はどの様にして山賀に来られるのですか。」
「綾乃様が私達もですが着物の一部を裂き、目印として一里ごと木に結び、最後の人達が全てを回収して行くと、其れならば官軍にも幕府軍にも知られる事は無いと考えられたのです。」
「ですが、若しも途中で発見されるとは考えておられなかったのですか。」
「勿論、其れは考えましたので、私達は短刀で、其れも一里では無く、時には一町、時には一里と進む方向の木々に印を付けてきましたので。」
「ほ~何とも素晴らしいですねぇ~、でも其の目印は簡単に分かるのですか。」
「でも何も知らないお人が見ても、単に傷としか見えない様にとして。」
「そうですか、其れにしても素晴らしい考え方ですねぇ~、一体どなたが考えられたのでしょうか。」
「全て綾乃様が考えられまして、先程綾乃様が申されましたお話しですが、全て事実で御座います。」
城下の女性達を助け出す為に綾乃と言う女性が全てを考えたのだと。
「綾乃様がねぇ~、ですが何故最初に領民を最初に連れ出さなかったのしょうか。」
「其れは若しもの時の事を考え、半分の人達が生き残れる方法で、勿論、最初は全員の予定でしたが。」
「何と素晴らしい考え方ですねぇ~、私でも其処までは考えが、いや頭が回らないですよ。
其れで妹の小百合様と言われるのは。」
「はい、綾乃様とまるで双子かと思う程で、最初は小百合様が出立の予定でしたが、綾乃様は最初が一番危険だからと無理矢理小百合様を止められたのです。」
「よ~く分かりました、其れで貴女方が出立される時ですが、殿様とご家老様は。」
「お殿様とご家老様は私達が全員無事城を出、城下を出たと確認出来た後にご自害されると。」
「其れは綾乃様もご存知なのですか。」
「ご家老様は何としても残った女性達だけは助けろと、お二人には命を捨てる覚悟をと申されました。」
「分かりました、私も出来るならば皆様方の意向を反映出来れば良いと思うのですが、其れより今は残りの女性達が無事山賀に来られる様にと考えておりますので、其れから皆様方の進まれる方向を伺いいますのでね、其れまでは山賀でのんびりとして下さい。」
「承知致しました。
其れで先程の百合姫様の事で御座いますが、百合姫様は。」
「分かっておりますよ、私も本気では有りませんので、ですが今まではお国の姫様だと、その為誰からも怒られる事も無く育って来られておりましたが、我々の連合国では殿様だと申しましても何の権力も有りません。
連合国では何事に置いても領民が、其れも特に農民さんが一番でしてね、我々の侍は同じ一番でも最後なんですよ。」
「其れではお殿様は飾りだと申されるので御座いますか。」
「まぁ~連合国ではそうだと思いますよ、山賀では若が一番最後で、お食事も城下の領民さん達よりも貧しいかも知れませんよ、そうですねぇ~、若。」
「はい、其の通りで、私は全てに置いて満足しておりまして、貴女方もご存知だと思いますが、殿様の食事は余り好きでは無いのです。
私はねぇ~、其れよりも城下の一善飯屋で食べる方が大好きなんですよ。」
「えっ、若様がで御座いますか、でも何故城下の一善飯屋が。」
「其れがねぇ~、私も不思議でしてね、あの雰囲気がどうにも好きで、お城の中で一人で冷えた物を食べるよりもみんなでわいわいがやがやと話しながら食べる方が楽しいでしょう、ですから私は今でも一善飯屋に行きますよ。」
「でも其れではお城のお殿様だと。」
「城下の人達は誰でも私を知っておりますよ、あの時も皆さんが私を若様って呼んだと思いますよ。」
腰元達も城下の人達が若様と呼んだのを聴いており、其の時、何故若様と呼ぶのかが分からなかった。
「私はねぇ~、お殿様よりも最初に呼ばれた若様の呼び方が一番嬉しいんですよ。」
若様も今では山賀にすっかり馴染んで要ると源三郎は思い、腰元達も少しづつだが連合国では何が大切なのかを理解し始めたので有る。
「我々の連合国では、大人も子供も、其れに農民さんや町民さんの区別はしておりません。
自分に出来る事の方が大事ですから、其れに我々が食べて行けるのは農民さん達が苦労して作物を育てるからで、私が果たす役目は農民さんや漁師さん、其れに大工さんや木こりさん達が一生懸命に仕事をされる、其の人達の命を守るのが連合国の侍で、今では各国に駐屯されて居られる連合国軍の兵隊さんなのです。
今進めております工事は領民の為で、山の主で有る狼から守る為に柵を作り、農地を拡大し連合軍の兵隊さんの中で元々の農民さんや、この先農業に就かれる人達の為で、何も我々の為では無いのです。
ですから貴女方もこの先自分の出来るお仕事を探して頂き、其の仕事に就くのが全ての人達に、其れが最終的には我が身の為なのです。」
「ではどの様な仕事でも宜しいのでしょうか。」
「其のお方がされる仕事に付いては何も申しませんのでね。」
「ですが、あの百合姫様は。」
「百合姫にも出来る仕事は有ると思いますよ、城下の人達に読み書きを教えるのも大切な仕事だと思いますからねぇ~。」
何故腰元達に話したのか、何れ今の話は百合姫にするだろうと考えたので有る。
「私達も良く考え、連合国の皆様の為に役立つ仕事に就かせて頂きたく思います。」
「其れで十分ですよ、人生はこれからですからね、ですが何も急ぐ必要は無いのでね、まぁ~其れよりも今までの事は早く忘れて下さいね。」
「有難う御座います。
其れでは私達はこれで失礼します。」
腰元達は源三郎と若様に礼をし執務室を出た。
これからの数日、いや数十日間は特別な警戒が必要だと感じて要る。
まだ二百名者の女性達が山賀を目指しているからで、其れも何時頃来るのかも分からず、其れよりも問題なのは果たして女性達だけなのか、若しも女性達の近くに官軍が、いや幕府軍の残党が潜み、女性達の後から来る事も考えねばならず、一体何処まで警戒の範囲を広げれば良いのか、今は其れすらも分からず今一番頭痛の種で有る。
だが今となっては全て仕方の無い事で、果たして二百名の女性が山賀の山を登って来るのだろうか、今は猿軍団と中隊に任せる他に手は無いと考えるので有る。